聖夜
 大きなクリスマスツリーに星やら人形やらを飾りつけてあかねは満足そうにうなずいた。

 上の方は自分では届かないから頼久に飾り付けてもらって、てっぺんにはもちろん星も飾った。

 綺麗なライトも点滅して、これで準備万端。

 料理は昨日の夜から準備してさっき完成。

 外はもう薄暗くてみんなが集まるのもすぐのはず。

 あかねはツリーをもう一度チェックしてうなずいた。

「できましたか?」

「はい、できました。もう完璧です!」

 後ろからかけられた優しい声に振り返ってあかねはにっこり微笑んだ。

 このツリーはもうすぐクリスマスだと一月も前から大騒ぎしていたあかねのために頼久が用意してくれたもので、あまりにも嬉しくてあかねはたくさんの飾りを買い集めて今日、それこそ一心不乱に飾りつけたのだった。

「お料理もできたし、ツリーも飾ったし、あとはみんなが来るのを待つだけですね。」

「そうですね。」

 頼久も穏やかに微笑んでいる。

 今日はこれからクリスマスパーティの予定なのだ。

 もちろん、天真、蘭、詩紋の3人を呼んで楽しく大騒ぎをする予定だ。

 そのために料理もたくさん用意したし、飲み物の買出しもした。

 集まる場所が頼久宅になったのも人数が多くなるとここの方が都合がいいからだった。

 子供の頃からクリスマスは楽しみだったけれど、今年はいっそう楽しいクリスマスになりそうだとあかねがうきうきしていたその時、携帯がメールの着信を知らせてきた。

 慌ててあかねがテーブルの上に放ってあった携帯をチェックして表情を曇らせる。

「神子殿?どうかなさいましたか?」

「蘭が…。」

「何か?」

「今日は急に用事ができてこられないって。」

「それは残念です。」

 あかねが深い溜め息をついて携帯をテーブルの上へ置こうとすると、再び携帯がメールの着信を知らせた。

 慌てて携帯をチェックしてあかねは目を丸くする。

 今度は頼久も小首を傾げてあかねの様子を見守った。

「……詩紋君も急用って……みんなどうしてこんな日に限って…。」

「こんな日だから、ではありませんか?」

 頼久の優しい問いかけに一瞬考えて、それからあかねはやっと納得したようにうなずいた。

「なるほど、そうですよね。」

 クリスマスは一年に一度の大切な日だ。

 だからこそ、みんなどうしても避けられない用事が入るのかもしれない。

 そういわれてみればそうだとあかねが機嫌を直して携帯をテーブルに置くのと同時に今度は頼久の携帯が鳴った。

 頼久は自分の携帯を手にとってかけてきた相手の名前を確認して顔をしかめた。

 表示されていた名前は森村天真。

 頼久の真の友だ。

 そもそも電話をかけてくる相手というのが頼久には仕事の関係者かあかねが天真しかいない。

 仕事はこの日をあけるために全て片付けてあるし、あかねは目の前にいるのだからかけてくる相手はもう天真しかいないのだが…

 蘭、詩紋ときて今度は天真。

 頼久の脳裏に嫌な予感が走った。

 それでも出ないわけにはいかない。

 頼久は重々しく通話ボタンを押した。

『よっ、蘭と詩紋からはもう連絡いったか?』

「……。」

 この天真の第一声で頼久には全ての事情がわかった。

 これはもう間違いなく計画された欠席だ。

「天真、お前…。」

『あぁ、もち、俺も欠席な。あかねには急用とでも言っておけ。』

「おい、天真…。」

『お前があかねと二人きりがいいって押し切らないから俺達が気を使ってやったんだ。うまいことやれよ。』

「何をだ…。」

『そりゃまぁ色々とな。』

「神子殿が楽しみに…。」

『バカ、あかねだってお前と二人がいいに決まってるだろうが。あかねの性格だ、本当は二人きりがよくたって俺達に気を使わないわけないだろ。お前が二人きりがいいって押し切るところだったんだぞ、ここは。まったく。いまだに何から何まで神子殿のお望みのままにの姿勢なんだからな、お前。』

「そ、それは…。」

『とにかく、俺達はお前らの邪魔する気は最初からねーんだよ。』

「しかし…。」

『こっちにきて最初のクリスマスだろ?あかねだってお前と二人でいい思い出作りたいに決まってる。来年からは一緒に騒いでやるから、今日のところはお前が男を見せろ。』

「……何がどうして、どこでどう見せるのだ…。」

『それはお前に任せる。ま、あかねに嫌われない程度にやっとけ。』

「何がだ。」

『じゃぁな、明日にでも結果報告しろ。』

「報告?何を…。」

 頼久が問い詰める間もなく電話は一方的に切られてしまった。

 不機嫌そうな顔のまま頼久が携帯を置いて溜め息をつく。

 ふと視線を上げるとあかねが小首を傾げていた。

「天真君から、ですか?」

「はい…その……。」

「もしかして天真君も来られないとか?」

「はい…。」

「後で聞いておかなきゃ!」

「はい?」

「天真君、クリスマス誰と一緒だったのか聞いておかないと!もしかしたら彼女とかできたのかも!」

 一瞬きょとんとしてから頼久は苦笑した。

 おそらく天真は妹と一緒に愚痴でもこぼしながら過ごしているだろう。

 だいたい、天真に女ができるなど頼久には想像もつかない。

 もちろん自分達を応援してくれていることは承知しているが、今でも天真があかねのことを想っていることは知っているし、天真があかねのことばかり気遣っていることにも気付いている。

 そんな天真が他に女を作ってクリスマスを過ごしているなどとうてい想像できるものではない。

「天真君、モテるんですよ、昔から。前はちょっと恐い感じがするってみんな言ってたけど、そこがいいっていう子とかいて。」

「天真はいい男ですから。」

「ですよね。」

 と、肯定されてしまうと頼久は少し複雑だ。

 天真はいい男だと心から思うが、愛しい人にそれを肯定されてしまうと心が狭いと思ってもやはり嫉妬せずにはいられない。

「あ、どうしよう!」

 ところがあかねの方はそんな頼久の内心など全く気付いていないようで、急に台所の方を見て悲しそうな顔をした。

「どうかなさいましたか?」

「お料理、みんなで食べると思ってたくさん作っちゃった…食べきれない…。」

 そういわれてみればと頼久が台所へ視線を向ければそこには大量の料理が準備されていた。

 3人減ったのはかなり大きい。

 いくら頼久がよく食べる男であっても全部食べきるのは無理だろう。

「冷凍できるものはしましょう。私が一人の時に頂きます。」

「そんなの…おいしくないですよ…。」

「いえ、一人でいる時に神子殿の手料理が食べられるのは至福です。」

「ま、また頼久さんはそういうことをさらっと…。」

 あかねが赤くなってうつむいている間に頼久はおそらく冷凍しても食べられるであろう料理を次々に冷凍庫へ片付け始めた。

 天真がああ言った以上、今日は何があっても3人はここへは来ない。

 ならば作業は手早くとばかりに次々に片付けていく頼久をあかねは慌てて手伝った。

 二人で食べきれる量までなんとか料理を減らして、二人はほっと溜め息をつくと顔を見合わせて微笑んだ。

 クリスマスにこんなことで苦労することになるとは思いもしなかった。

 それでも少し寂しくなった料理を囲んで二人で食事をして、ケーキを切り分けて食べ終わった頃にはもう二人は今までの騒動をすっかり忘れて二人きりの時間を楽しんでいた。

「はい、頼久さん。」

「は?」

 食事が終わってそれこそ頼久が至福の一時を味わっていると、あかねが大きな包みを頼久に差し出した。

 綺麗に包装されて可愛らしいリボンがかかっている。

「クリスマスプレゼントです。あんまり上手じゃないですけど…。」

 と、うつむきかげんで渡されたそれを受け取りながら頼久は微笑んだ。

 大きさの割には軽い。

 ふわりとした手触りは間違いなく手作りの何かだ。

「有難うございます。開けてみてもよろしいですか?」

「どうぞ。」

 頼久が丁寧に包みを開いてみると中から現れたのは紺の毛糸で編まれたセーターだった。

 そういえば数ヶ月前に何やら背中だの腕だの体のサイズを測られたことを思い出して頼久は微笑んだ。

「ずいぶんと時間をかけて用意して下さったのですね。」

「マフラーくらいなら編めるんですけど、セーターは初めてだったから…。」

「有難うございます。」

 早速頼久がセーターを着てみればサイズはぴったりだ。

 もちろん、できも素晴らしかったのだが、それより何より頼久にはあかねの手作りであることが嬉しい。

「よかった、ピッタリですね。」

「はい。とても暖かいです。」

 そういいながら今度は頼久が奥の部屋から小さな箱を持ってきた。

 もちろん、頼久だってこの日がどんな日かよくわかっている。

「私からも神子殿へ。」

「あ、有難うございます!開けてみてもいいですか?」

 頼久が静かにうなずくのを見て、あかねも丁寧に包みを解いた。

 中から出てきたのは綺麗な涙型の水晶のペンダント。

「うわぁ、綺麗…。」

「何にしようか迷ったのですが…その…私にはそういうものを選ぶ才があまりありませんので…ただその石が透明で、その透き通ったところが神子殿のようだと、そう思えましたので…。」

「そそそそ、そんなことは…。」

「お気に召しませんか?」

「とんでもない!すっごく嬉しいです!有難うございます!」

 気落ちしかけた頼久に慌ててぺこりと頭を下げて、あかねはペンダントをつけてみようと首の後ろに手を回した。

 するとすっと立ち上がった頼久が微笑みながら手伝ってくれて…

 とても近くにある頼久の胸になんだかドキドキしてしまって、ペンダントがあかねの胸元で揺れる頃にはあかねは真っ赤になっていた。

「神子殿?」

「あ、えっと、なんでもないです、有難うございます。」

 赤い顔のまま微笑んで、それでも近くにいる頼久になんだか照れてしまって、あかねは慌てて窓の方へと目をやった。

 本当はみんなで大騒ぎと思っていた夜に二人きりでこんなに近くで大好きな人をじっと見つめることなんてとてもできそうにないから。

「あ…。」

 窓へと目をやったあかねが小さく声をあげたので、頼久もあかねの視線の先へと目をやった。

 するとそこには…

「雪、ですね。」

「降ると思わなかった。」

 あかねは吸い寄せられるようにツリーが飾ってある大きな窓の前へと歩み寄った。

 そこからは静かに雪が降り積もる庭が見える。

 ツリーの光に照らされて綺麗だ。

「ん〜、部屋のあかりのせいでよく見えない…。」

 色々と角度を変えて外を見ようと試みるあかねを見て、頼久は微笑を浮かべると部屋の電気を全て消してみた。

 それでもツリーのあかりがあるから真っ暗にはならない。

 あかねはぱっと広がった窓の向こうの銀世界に嬉しそうな笑みを浮かべた。

「綺麗…。」

 幻想的な風景にすっかり見惚れているあかねの隣に立って、頼久はというとあかねに見惚れていた。

 大きく見開いた目がキラキラと輝いてとても愛らしい。

 いや、愛らしいのはいつものことなのだがと一人で惚気ている間にあかねがそっと頼久へ視線を移した。

「綺麗ですね。」

「はい、とてもお美しいです。」

「はい?」

「神子殿が。」

「ま、またそういうことを……。」

 また顔を真っ赤にしてうつむくあかねが愛しくて、頼久は優しく肩を抱き寄せた。

 すると、いつもならうっとりそのまま抱き寄せられるあかねが何やらびくっと体をこわばらせたのに気付いた。

 何か自分はいけないことをしただろうかと頼久が慌ててあかねの表情をうかがうと、あかねは下を向いたまままだ顔を真っ赤にしている。

「神子殿?離した方がよろしいですか?」

「ちっ、違います!えっと…その…暗いから…。」

「あぁ…。」

 そういわれてみれば部屋のあかりを消したのだったと思い出して頼久は苦笑した。

 部屋が暗いので警戒されたのかと思うとやはりこれは離した方がいいだろうと頼久が手の力を抜けば、その手をあかねがそっと両手で押さえた。

「あの…大丈夫です…離さないで下さい…。」

 恥ずかしそうにそういうあかねが愛しくて、頼久は言われなくてもあかねを離すことなどできるものかと再び手に力をこめた。

 そうして音もなく静かに降る雪をじっと並んで二人で黙って眺め続ける。

 このまま時間が止まればいいと思うほどそれは幸せな時間で、離れたくなくて、何も言わずに二人は分かれなくてはならない時間までずっとそうしてたたずんでいた。

 だが、夜は確実に更けて…

「そろそろお送りしますので…。」

 頼久がそう言って手を離すと慌ててあかねが頼久の腕をつかんだ。

 すっかり夜も更けてあかねは帰宅しなくてはいけない時間だ。

 だが、あかねは何やら悲壮な顔つきで頼久を必死に見上げていた。

「神子殿?」

「あの…今日は…その……ここにお泊りしちゃだめですか?」

 一瞬頭の中が真っ白になった頼久は、次にお泊りという単語の意味を頭の引き出しから引っ張り出し、その意味をよくよく考えて我に返った。

 さっきまで部屋が暗いというだけで警戒していたあかねがこんなことを言い出すとは。

 頼久にとっては嬉しい申し出ではあるのだが、だからといってここでそれをよしとするわけにはいかない。

「お送りしますので、今日のところはお帰り下さい。」

「どうしてもダメですか?」

 頼久は苦笑しながらうなずいて見せた。

 あかねとて簡単にこんなことを言い出しているのではないだろうし、この家に泊まればどういうことになるかくらいはわかっていて言っているはずだ。

 それでも頼久はあかねをここへ泊めるつもりはない。

「御家族が心配なさいます。」

「それが…その…今日はみんなでパーティでみんなでお泊りって言ってあって…本当にそのつもりだったし…。」

 そういえば、確かに本来ならまだ大勢で騒いでいる予定だった。

 天真達がいないのはハプニングなのだ。

 だが、頼久はやはり苦笑したまま首を横に振った。

「御家族をだますようなことをなさるのはいけません。」

「それはそうなんですけど…でも…一緒にいたい、です……頼久さんはいたくないですか?私とじゃ…。」

「まさか。永久にお側にと思わぬ時はありません。ですが、今はどうか…。」

「……。」

 泣きそうな顔で動こうとしないあかねに頼久は小さく溜め息をついた。

 離れたくないと思う気持ちはおそらくあかねより自分の方が切実だと頼久は思っている。

 それでもここであかねを家に帰さないわけにはいかないのだ。

 何しろ自分達には今日だけではなく、その先の未来があるのだから。

 それに、こんな悲壮な決意のあかねをだまってここへ泊まらせることなど頼久にはとうていできはしない。

 共に一夜を過ごすのなら、あかねには何一つ心配することもなく、楽しく、幸せで、穏やかであってほしいのだ。

「では、初日の出を見ましょう。」

「はい?」

 これにはさすがに今まで悲しそうにうつむいていたあかねも驚いて顔を上げた。

 話が飛んでいて理解できない。

「今度こそ、天真達と共に神社に初詣に行って共に新年を祝って、そのまま初日の出を見ましょう。たかだか一週間先のことです、それまで一晩中共にいることは我慢して頂けませんか?」

「頼久さん…。」

「神子殿にそのようなお顔をさせてまで今日、無理をして共に過ごすことは私にはできません。それに今宵が最後の一夜というわけではありませんから。」

「へ?」

「これから先のことを考えれば、今無理をして御家族に嘘をついて一夜を過ごすより、この何年か先、御家族に祝福されてその先の何百、何千もの夜を共に過ごせた方がいいと、私はそう思いますので。」

「はぅっ…。」

 それはひょっとして結婚してずっと一緒に暮らすという意味では…

 そう考えてあかねはまた顔を真っ赤にしてうつむいた。

 さっきまで頼久に拒絶されたことが悲しくてしかたなかったのに、もう今は嬉しい気持ちでいっぱいで…

 あかねが恥ずかしさで顔を上げられずにいると頼久の大きな手があかねの頤を優しく持ち上げて上を向かせて、あかねがはっとする間もなく頼久に優しく口づけられていた。

「今はこれで。」

「はい…。」

 頼久に優しく抱きしめれて、あかねはうっとり目を閉じた。

「さぁ、お送りしますので支度を。」

「はい。」

 次に頼久の体が離れた時にはもうあかねの顔から悲壮さは欠片も感じられなかった。

 ただその顔には幸せそうな笑みが浮かんでいたのだった。








管理人のひとりごと

ということで、こちらの世界へやってきて初めてのクリスマスでした♪
うちの頼久さんは大人なんで(爆)いきなり後先考えずにあかねちゃん押し倒したりはしません(マテ
でも基本、神子殿のお望みのままにな姿勢は変わらないようです(笑)
まぁ、そのせいで苦労させられるのは天真君達3人のようですが(’’)
この後、寂しい翌日の朝を迎えた頼久さんがどうなったかの後日談が見たい方は下の方へどうぞ♪
長くなったので分けてみました(’’)




  
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