
何事もなく夜を向かえ、縁には友雅と頼久の二人が座っていた。
あかねは奥の局で一人休んでおり、隣の局で残る八葉が休んでいる。
夜の警護は交代で行うことになり、最初に残ったのが頼久と友雅の二人だった。
月が美しい冬の夜だ。
互いに何も語らぬ二人の美丈夫は月明かりに映えてまるで絵から抜け出たかのようだったが、それを見守る者は誰もいない。
最初は起きているのだと言い張っていたあかねもいつの間にか頼久によりかかってうとうとし始めたところで、頼久が奥の褥へ寝かせてきた。
あかねが眠ったとなると一気に緊張の糸が切れた八葉は交代で休むことにしたのだが、頼久と友雅はそんな一同に、最初に警護につくことを自分の方から申し出たのだった。
二人とも考えていることは同じ。
もし敵が次の手を打ってくるとしたら皆が寝静まった頃合を見計らってくるだろう。
だとすれば、明け方ということはないはずだ。
寝入ってしばし時のたった頃、つまり今頃が一番危ういはずだった。
ならば最も腕の立つ者が警護していた方がいい。
それが武人である二人の下した決断だった。
それに、この二人、互いに何も語らないが、心の内では警護を他の八葉と交代して休むつもりなど最初から毛頭ない。
一日や二日寝ずの警護をしても十分に勤めが果たせるという自信を二人とも持っていた。
そして互いに何も言わなくとも、同じ思いでいることがわかっているから何も言わずにただたたずんでいる。
辺りの気配に全神経を集中し、ただひたすらに月を見上げていた。
「お前達の思惑は外れたかもしれぬな。」
そう言いながら御簾を上げて局から出てきたのは泰明だ。
「泰明殿…お休みではなかったのですか?」
「敵が襲ってくるとすれば今頃であろう。お前達もそう思えばこそ警護についたのだろうが、術の気配は全くしない。」
「敵が襲ってこないならばそれにこしたことはありません。神子殿を危険にさらすことなく事が解決できればそれが最も望ましいのですから。」
低い声でそう断言した頼久は、再び辺りの気配に気を配る。
何も、敵の攻撃は呪詛だけとは限らないのだ。
「まぁ、今のところ敵の気配は皆無だしね、このまま晴明殿が先に敵の正体なり居場所なりにたどり着いてくださればそれが一番平和でいいのだが…。」
「お師匠は全てが判明しだいすぐに式神で知らせると言っていた。」
「では、晴明殿にもまだ敵はつかめていないというわけですね。」
「そういうことだが、お師匠のことだ、夜明けまでにはおそらく。」
「それまでこの静かな夜が続くとよいのだが。」
そう言って友雅も頼久と同じように月を見上げる。
そうしながら辺りの気配を探っているのだ。
そして泰明は、懐から紙を取り出すと何か呪文を唱えてそれらを庭へ放った。
するとその紙は皆、鳥へと姿を変えて四方へと飛び去った。
「式神、ですか?」
「辺りの様子を探りに行かせた。」
「泰明殿の式神が探ってくださるのなら安心。私は少し休ませてもらうとしましょう。」
源武士団きっての凄腕である頼久と、安倍晴明の愛弟子である希代の陰陽師泰明の二人が全力を持って警戒しているならば自分の出る幕はないだろうと、友雅は柱に背を預けて姿勢を崩した。
それでも眠ってしまうつもりはない。
そうして3人が黙ってたたずむことしばし。
月が少しばかり西に傾いた頃、泰明前に白い鳥が舞い降りた。
その鳥を泰明が自分の手に止まらせると、鳥はすっと一通の文に姿を変えた。
「晴明殿からですか?」
「うむ。」
友雅の問いに短く答えた泰明は文を解いて目を通す。
すると泰明は不機嫌そうに顔をゆがめてからその文を懐へしまいこんだ。
「泰明殿、晴明殿はなんと?」
「敵の正体は知れた。陰陽寮の陰陽師ではない。」
「では、術者はいったい…。」
「播磨から流れてきた外法師のようだ。名は知らぬ。」
「ほぅ。居場所はわかりませんか?」
「わかった、だが…。」
泰明がそこまで言うと頼久と友雅が同時に門の方へと視線を移した。
泰明の方はめぐらせてある築地へと向けられる。
どちらも人の気配が感じられた。
「式神の方は引き受けた。」
「では私は人の方を引き受けましょう。頼久は神子殿を。」
「承知。」
詳しい状況を話し合ったりせずともこの三人には今自分が何をすべきなのかがわかっていた。
だから頼久は腰の太刀に手をかけ、友雅も傍らに置いてあった太刀を手に取った。
そして泰明が懐に手を入れてそこから札を何枚か取り出したその時、築地の上にひらりと人影が現れ、同時に門を破って妖しげな男が何人もなだれ込んできた。
築地を越えてきたのはおそらく敵の式神。
そして門を破って入ってきたのは刺客だろう。
「さて、我らが尊き神子殿を狙う不届き者には、それ相応の挨拶をせねばなるまいな。」
すらりと太刀を抜き放ち、そう言ってすっくと立った友雅はどこから見ても腕の立つ武人だった。
いつもの柔らかで艶な友雅の姿はどこにもない。
目の前に立ちはだかるのは友雅ただ一人だと言うのに、門を破って入ってきた男達はその姿を見てすっかりひるんだ。
ひるんでいる相手を一瞥した友雅は、抜き放った太刀を綺麗に構えて男達の方へと切り込んだ。
一方、泰明は、懐から取り出した神を庭へ放り投げて呪文を唱えた。
すると紙はすぐに人の形になり、築地を越えてきた式神達の相手を始めた。
泰明自身は首に下げている連珠を手にするとそれを敵に向けて術を放ち、己の式神達の援護をしながら背後へも気を配っていた。
泰明の背後には背にあかねのいる局をかばう頼久がいる。
「うぉ、何ドンパチやってんだよ、起こせよ!」
そう言いながら御簾を上げて出てきたのはイノリだ。
「まったくです、起こしてくれてもよさそうなものですよ。」
イノリの後ろから駆け出した鷹通はすぐに友雅と並んで応戦を始める。
「なに、この程度、私一人でもと思ってね。」
「ご冗談を。苦戦しておられるように見えますよ。」
「言うねぇ。」
友雅と鷹通は互いに笑みを交わして背を合わせると、次々に暴徒達をなぎ払い始めた。
「泰明殿…。」
「永泉、笛だ。」
二人に続いて御簾の向こうから姿を現した永泉は急の泰明の言葉に戸惑って目を見開く。
「はい?」
「笛を吹け、敵の式神を操る術を破る。」
「は、はい!」
永泉が泰明の指示で笛を唇に当てたその時、奥の局から御簾を上げてあかねが顔を出した。
「頼久さん、何かあったんです、か?ってええええええ!!」
寝ぼけ眼で辺りを見回せば仲間はみんな戦闘中で、あかねの頭は一気に覚醒した。
「ちょ、ちょっと!!」
「あかね!お前は中にいろ!」
イノリが慌ててあかねを後ろにかばうように立つが、あかねはそんなイノリの言うことを聞いておとなしく後ろに下がったりはしない。
それくらいよく心得ている頼久は、すぐイノリの隣に立ってあかねを背にかばった。
「私一人奥で安全になんてしてられないよ!」
「狙われてるのお前なんだぞ!」
イラついているらしいイノリの怒声が響くと、泰明がちらりとイノリの方を振り返った。
その間にも永泉の笛の音が辺りに響き渡り、敵の式神の動きが鈍くなる。
友雅と鷹通も自分達よりは遥かに数の多い敵を相手に一歩も引かない。
そして、友雅と鷹通が一人二人と敵を戦闘不能にし、押し始めるのと同時に泰明が連珠を手に呪文を唱えた。
息の合った攻撃で泰明の術が発動し、敵の式神が悲鳴をあげる。
更に永泉の笛の音が式神達に追い討ちをかけると、友雅と鷹通も一気に敵を押した。
ところが、このまま押し切れると四人が思った刹那、築地を越えて一つの人影が素早く庭を横切るとあかねの方へとにじりよった。
もちろん、そこにはイノリと頼久が立っている。
イノリはすぐに懐から小刀を抜いて構えたが、人影はイノリを無視して頼久へと手を伸ばした。
キンッという綺麗な鍔鳴りを響かせて頼久が太刀をぬきざま、その刃で自分へとのびてきた腕を切り落とす。
だが、手ごたえはほとんどなく、頼久は返す次の一太刀で敵を切り伏せるべく一歩踏み込んだ。
すると、すっと式神の方も頼久へ近寄ろうと踏み込んでくるではないか。
これは先日あかねを守ろうとして呪詛を受けたときと間合いが同じと感じて、頼久はくるりと身をひねった。
案の定、同じ手で頼久を呪詛しようとしたらしい敵がバランスを崩して前へつんのめる。
頼久はその背に向かって一刀を振り下ろした。
今度はかすかな手ごたえを感じた頼久はすぐに太刀を構え直すと、あかねを背後にかばい、敵の様子をうかがう。
すると、頼久へと襲い掛かってきた人影は先日同様、人型の紙切れになって床に落ちていた。
友雅と鷹通を相手にしていた男達はその様子を見て舌打ちすると、一斉に逃げ始めた。
泰明と永泉が相手をしていた式神はあっという間に紙切れへと姿を変える。
今度も失敗したので引き上げようというのだろう。
「逃がすかよっ!」
そう言って最初に駆け出したのはイノリだった。
「あ、待って!イノリ君!」
「み、神子殿!」
イノリを最初に追いかけたのはあかねで、慌てて頼久があかねの後を追う。
こうなっては八葉の面々も放っておくわけにはいかず、皆で敵を追うことになってしまった。
「オレのこと無視してやりたい放題やりやがって!」
「イノリ君!追いかけてるのってそのせい?!」
半分あきれてあかねが溜め息をつくと、走りながらもイノリは不機嫌そうだ。
「策も何もあったものではないな。」
「晴明殿の探索の結果を待って、ゆっくりこちらで策を練ってから奇襲をかける方が効率がいいと思うのですが…。」
「このまま突入するようですね…。」
友雅、鷹通、永泉もそう言って苦笑しながら後を追う。
「いや、我々はとんだ思い違いをしていたのかも知れぬ。」
「泰明殿?」
一人走りながらも真剣に口を開いた泰明に永泉が小首を傾げた。
「思い違いとは?」
「敵の目的だ。」
永泉の問いに答えた泰明の言葉に皆が走りながら小首を傾げる。
この京を救った影の英雄、龍神の神子を葬る。
それが敵の目的のはずだ。
何故その必要があるかと問われれば、左大臣の権力があまりにも強大になった右大臣がそれを嫌ったため。
確かそういう話は最初に見えていたはずだ。
そう頭の中で思い返して誰もが泰明が何を言わんとしているのかわからずに小首を傾げる。
そうしながらも敵を追って走っているのだから皆器用なものだ。
「敵の目的がなんだろうが、このままアジトに殴り込んで壊滅しちまえば関係ねーだろっ!」
「うん、それもそうだね。」
イノリの提案にあっさり賛成したあかねはそれでも仲間達に釘をさすことを忘れない。
「でも、殺すとかだめですからね!みんな無事で、敵さんも殺さないで帰りますから!」
「ハイハイ、我らが神子殿は難しいことを要求なさるのが常だからね、もう慣れたよ。」
「…難しい、ですか?」
急にすまなそうな顔をするあかねに友雅は面白そうに笑って見せた。
「なに、我らの腕をもってすればそう難しいことではないがね。そうだろう?頼久。」
「はい。どのようなことがあろうと、必ず神子殿のお望みのままに。」
「だそうだよ。」
一同がそんな話をしている間に敵が急に立ち止まり、くるりと反転して今度はあかね達に切りかかってきた。
敵は皆手には刀を持っている。
あかねが悲鳴をあげる間もなく、あかねの前にざっと並んだ八葉が敵の攻撃をことごとく跳ね返した。
「あかねは頼久から離れんなよっ!」
イノリがそう言って敵に切り込むと、一人がイノリの相手をしただけで、他の面々は一斉に頼久に切りかかった。
頼久はというと難なくそれら全てを太刀で受け流し、あかねを後ろ手にかばう。
防戦に集中し、ただひたすらあかねを守ることだけを考えている頼久は攻撃には転じない。
「友雅!鷹通!頼久を守れ!」
そう言いながら泰明も術を使って敵を呪縛し、式神を操って自分達よりも数の多い敵を牽制する。
指示を出された友雅と鷹通が頼久を援護し始めると、敵の数がだんだんと減っていった。
あかねの隣にいる永泉は武術全般が何もできないのでただ見守っているしかない。
結果、頼久はあかねと永泉の二人を背にかばいながら太刀を振るっているのだが、敵の攻撃は二人をかすることさえできなかった。
そうして乱戦すること数分、八葉一同はなんとか敵を一掃し、退けることに成功した。
敵は皆、みね打ちで気絶するか、泰明の術で気絶させられ、怪我を負っているものはいても死者は皆無だ。
そう、八葉は全員、龍神の神子の望みをたがえたりはしない。
「数はいるがそうたいした腕前ではなかったな。」
そう言って友雅が太刀を鞘へおさめると、他の面々も手にしていた武器をおさめた。
ただ一人、泰明だけは連珠を手にしたまま何か考え込んでいる。
「泰明殿?何か気になることでも?」
「うむ、やはり敵の目的は神子の命ではないのかもしれぬ。だが、敵の目的がなんであっても、敵の首領に尋ねてみればわかることだろう。」
友雅の問いにそう答えた泰明は視線を上げ、遥か前方にある古びた屋敷を見つめた。
どうやらそこが敵の首領の居場所らしい。
「泰明殿?」
「お師匠からは先程、敵の正体と居場所を突き止めたという知らせがあった。あそこがその居場所だ。」
相棒の問いに泰明が答えると、一同は再び屋敷へと視線を向けた。
当初、左大臣を快く思わない右大臣によって雇われたそれなりに腕のたつ刺客であろうと思っていた一同は、その屋敷のあまりの古さに驚いた。
身分を隠すための隠れ家なのか、それとも本当にたいして腕の立つわけでもない外法師の単独行動だからこのようなあばら家に起居しているのか。
龍神の神子と八葉の7人は互いに顔を見合わせてから、泰明を先頭に敵のアジトと思われる屋敷へ向かって踏み出した。
第八話へ
管理人のひとりごと
はい、第七話でございます!
急いだからなんか細かい部分の表現が雑になったような気がします(TT)
が、お話はちゃんと当初の予定通り進んでおりますのでご容赦をm(_ _)m
残すところあと1話ということで、とうとうみんな敵のアジトへ殴り込みです!
どうやら泰明さんだけは何かに気付いているようですが、イノリ君辺りは敵をぶっ飛ばす!ことでいっぱいいっぱいみたいです(’’)
管理人はストーリー追いかけるだけでいっぱいいっぱいです(’’)(マテ
たくさんのキャラクター一度に戦わせるの難しいですね…
私、オリジナルでは最高でも3人までだったんで(オイ
でもあと1話で完結!頑張ります!
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