
泰明は半分崩れかけた門の前に立って難しそうな顔をして首をかしげた。
後に続いていた一同は泰明と共に足を止めるとその視線を泰明に集中させた。
相手は術者、おそらくはあかねの屋敷にそうしてあるのと同様に結界がはってあるだろうと警戒したのに、泰明が行動を起こそうとしない。
「泰明さん?」
「納得がいかぬ。」
「はい?」
「術者がいるならば当然この屋敷は結界で守られているべきだが、結界がない。」
「へ、結界ないんですか?」
あかねの問いに泰明は軽くうなずくだけで答える。
「納得がいかぬといえば、先程の男達、我々にかなわぬと悟ったにしてもあきらめるのが早かった。屋敷でも呪詛が失敗に終わったとしてもそのために彼らが神子殿を呪詛のための式神と共に襲ってきていたはずだ。それなのにあっさりと退いていった。おかしいと思わなかったか?頼久。」
「はい、思いました。おかしいと申せば、この屋敷へ逃げ込もうとしたこともおかしいかと…。」
「うむ。追っ手が迫っているのはわかっていたのだから隠れ家へ逃げ込めば主の身も危険にさらすとわかっていただろうに…。」
「主に忠誠を誓っているわけではない、ということではないでしょうか?」
友雅と頼久は鷹通の言葉に顔をしかめた。
金のために武を振るうのは彼らのような武人にとってあまり歓迎すべきことではない。
「神子の屋敷に張ってあった結界は完璧なものだった。それを破ってきたほどの術者が自らの屋敷に結界の一つも張っていないとは…。」
「泰明殿…それは…もしや罠、ということでは…。」
怯えたように永泉がそういえば、泰明の鋭い視線が永泉を牽制する。
「罠にしてはあからさますぎる。神子の屋敷の結界を破った手並みといい、相手は馬鹿ではないはずだ。」
「では何故…。」
「だから納得がいかぬと言っている。」
苛立ちを隠せない泰明が顎に手をあてて考え込むと同じようなかっこうで鷹通も考え始めてしまい、一同は敵のアジトと思われる屋敷の前でぼーっと並んで立つことになってしまった。
「あのぉ…とりあえず入ってみたらだめですか?罠じゃないなら危険じゃないし、それに、泰明さんや友雅さんがおかしいと思ってることってその術者さんに直接聞いてみればいいんじゃ…。」
このあかねの発言で場の空気が一気に変わった。
敵の首領と対峙しようというこの時に、この龍神の神子はまっすぐ素直なままなのだ。
困ったものだと思いながらも、八葉一同はそれでも微笑を浮かべていた。
このように素直な神子だからこそ、守らねばという想いが強くなる。
「ま、ここで考え込んでいてもしかたがないしね、ここは我らが神子殿のご命令に従ってみようか。」
「め、命令なんかじゃないですってば!提案です!提案!」
「ここでこうして皆で考え込んでいても始まらぬ。その神子の提案とやらに従ってみるとしよう。」
そう言って泰明が再び表情を引き締め、一歩踏み出すのを合図に一同は崩れかけた門をくぐった。
皆で辺りの気配に気を配り、頼久がしっかりとあかねの傍らにつき従って守っている。
とても人が生活しているとは思えないほど荒れ果てた庭へと足を踏み入れると、そこでやっと人の気配がして一同は歩みを止めた。
やぶれた御簾の向こうに人影があった。
頼久と友雅は太刀に手をかけ、泰明が懐から呪符を取り出して構える。
イノリと鷹通も小刀を構え、永泉はあかねを背で守るようにその前に出た。
「出て来い、お前が成したこと、全てわかっている。」
冷静ないつもの泰明の声だった。
そしてその声にあっさり反応するようにやぶれた御簾が白いほっそりした手で退けられて、その向こうから小柄な水干姿が現れた。
「やはり、命をとっておくべきであった。」
その声を聞いて一同は目を丸くした。
水干を着て烏帽子をかぶったその姿は男のものだったが、声が女のものだったからだ。
「取らせはせぬ。神子殿のお命は我らが必ずお守りする。」
低い声でそう言って太刀を引き抜いたのは頼久だ。
水干姿の女はそんな頼久を見つめて苦笑した。
「やはり、狙いは神子ではないな。」
今度は女の顔が驚愕で歪む。
どうやら泰明の読みは当たっているらしい。
「泰明さん、狙いが私じゃないってどういうことですか?」
「それはあの者に説明させればよい。」
そう促されてあかねの視線が女へ向かった。
あかねよりも少々年が上というくらいでまだ若いその女は、驚きをおさめて一つ溜め息をついたところだった。
「希代の陰陽師の弟子ともなれば私の思惑などお見通しか。」
「何故、頼久を狙った?」
この泰明の一言に当人と会話をしている女以外の全員がおののいた。
「ちょっと待ってください、私、さらわれそうになりましたよ?」
「それは、そなたがほしかったからだ。」
「はい?」
「さすがは希代の陰陽師の愛弟子、確かに私が命を狙ったのは源頼久。龍神の神子ではない。」
「えっと…さっき私がほしかったって言いませんでしたっけ?」
あかねが話についていけずに目を白黒させていると、水干姿の女は苦笑を見せた。
何が何やらわけがわからないのは泰明以外の八葉一同も同じ事で、いきなり当事者に担ぎ上げられてしまった頼久も太刀を手にしたまま立ち尽くしていた。
「我が主が求めているのは龍神の神子、そして神子を手に入れるのに邪魔なのが源頼久ということだ。だから、お前をさらい、お前を人質に源頼久を呼び出してその命を奪おうと当初は考えていた。」
「だが、それに失敗した。だから今度は頼久の命を狙ったのか?」
「そういうことだ。源頼久さえいなくなれば神子は己が手中にできると主は信じていたのでな。」
「私一人いなくとも神子殿は八葉の皆が守る。決してお前の主の手になど落ちぬ。」
一人頼久が低い声で不機嫌そうにそう言うと女は首を横に振った。
「そういうことではない。我が主は愚かなことに、神子を自らの妻にしたいと考えておいでなのだ。」
『はぁ?』
これには泰明以外の全員の声が重なった。
あかねは政権争いに巻き込まれて命を狙われているのではなかったか?
「それには許婚たる源頼久を消す必要があるということらしい。」
「確かに愚かだな、お前の主は。」
静かに響いたのは泰明の声だ。
そして次に響いたのは…
「そうですよ!頼久さんは絶対そんなに簡単に殺されたりなんかしませんけど、でも、万が一頼久さんに何かあっても私、他の人のお嫁さんになんかなりません。」
「神子に言われずとも普通の人間であればそれくらいのことはわかる。無論、私にもな。だが、私は雇われた身、命じられたことは実行せねばならぬ。」
自嘲するように苦笑する女はどこか痛々しい。
そんな女の顔にあかねも何も言えなくなってしまう。
「人の心とはそのようなことで簡単に動いたりはせぬものよ。」
「そうとわかっていてまだやるか?」
そう言って静かに呪符を構える泰明の鋭い視線が女をとらえた。
その気迫は味方であっても圧倒されるほどだ。
だが、女はそんな泰明から視線を外し、まっすぐあかねを見つめた。
「龍神の神子よ、我が主は多少愚かではあるが身分高きお方、妻になって損をすることはあるまいよ。妻になる気にはどうしてもならぬか?」
「なりません!」
「では…。」
次に女が視線を向けたのは頼久だった。
頼久の太刀を握る手に力が入る。
「源頼久、我が主の妻になれば龍神の神子には何不自由ない生活が保障されると約束しよう。それでも身を引く気にはなれぬか?」
一同の視線がさっと頼久に集中した。
この女の一言は一番痛いところをついていることを皆が知っていた。
頼久が一番気にしているのがあかねとの身分、立場の違いだからだ。
不安そうにあかねが頼久の表情を盗み見ると、頼久は厳しい表情のまま深く息を吸い込んだ。
「断る。神子殿をお守りする役目は誰にも渡すつもりはない。」
とたんにあかねの顔に嬉しそうな笑顔が浮かんだ。
なんの戸惑いもなく、逡巡することもなく言い放った頼久の一言はあかねにとってとても嬉しい言葉だった。
そして問いかけた女はというと悲しそうでどこかあきらめたような苦笑を浮かべてうなずいた。
「そうであろうな。」
「神子も頼久もお前の話を聞くつもりはないようだぞ。どうする?力ずくでというのなら相手になろう。」
「いや、やめておく。」
泰明の挑発に女は乗らなかった。
それどころかやはり寂しげな苦笑を浮かべて首を横に振った。
「術者として素質があると褒められながら女だというだけで術者になることを許されなかった。それが疎ましくて男形をして京へ出てきたが、やはり私も所詮は女だったということらしい。このまま私は主を捨てて田舎へ戻ろう。案ずるな、お前達を狙うようなことは二度としない。」
「お前はそれでよいのか?」
「良いも悪いも、私にはそれしか道がないということがよくわかった。」
そういった女はあかねの顔をじっと見つめると深い溜め息をついた。
「なるほど、京を救いし龍神の神子、か。かなわぬはずよ。」
「いえ…そんなたいそうなものじゃ…。」
「お前達ならば案ずることもなかろうが、我が主はたいそう神子に執着しておいでだ。私が姿をくらましたところであきらめはすまいよ。気をつけることだ。」
「お前の主はよくよく手下に裏切られるろくでもない男のようだな。」
皮肉たっぷりな泰明の言葉にも女は苦笑するだけで動じない。
「私より先に雇われていたらしいごろつきどもはとっくの昔に裏切った上に私の足手まといにまでなってくれたしな、ろくでもない男であることだけは確かだ。だが、ろくでもない貴族なだけに始末に終えぬ。気をつけることだ。」
「して、我らが気をつけねばならないそこもとの主というのはどなたかな?」
相手が女と知れたからか、尋ねる友雅の口調はどこかやわらかだ。
だが、女はふっと鼻で笑って今までのものとは違う不敵な笑みを浮かべて見せた。
「確かに我が主はろくでもない男だが、主は主。それを裏切るほど私は落ちぶれてはいない。」
「我らがとらえた賊は自害して果てた。どうも今の話を聞いていると忠誠心から自害したとは思えない。ということは結論として我らがとらえた賊はおそらく人質を取られていたのでしょう。万が一、泰明殿が術を使って賊から情報を聞き出すようなことをすればその人質の命がない、そう思えばこそ賊は自害して果てたと思われます。そのような主であっても義理は義理とおっしゃいますか?」
今まで黙っていた鷹通がもう我慢がならないといったふうに口を開いた。
その声は低く、苦しそうで、そして真剣だ。
話を聞いた女の顔も苦虫を噛み潰したように歪んだ。
「そうか、そこまで腐っていたか…だが、私にも意地がある。主の名を口にするつもりはない。」
「どうしても、ですか?これからまた犠牲者が出るかもしれないのに?」
あかねが悲しそうにそう問いかけても女は不敵な笑みを浮かべるばかりだ。
「そう思うのなら、龍神の神子、お前が主の妻となればよい。それで全てはおさまるのだから。」
「それは…。」
「できぬであろう?私が主の名を口にすることができぬ理由も同じようなものだ。できぬものはできぬ。」
そう言って女はすっと頼久を見つめると、ふっと微笑んで屋敷の奥へと姿を消した。
誰も後を追おうとはしなかった。
女が本当に今後自分達に危害を加えることはないだろうと直感でわかっていたから。
「とんだ結末だったねぇ。」
「とんだ結末になったのはどなたのせいだとお思いですか?」
「ん?」
「友雅殿が最初に右大臣殿が神子殿を狙っているなどとおっしゃったから皆それを信じてしまったのです。蓋を開けてみればなんのことはない大仰な横恋慕ではありませんか…。」
そう言って大きな溜め息をついたのは鷹通だ。
友雅は癖のある髪の先をいじりながらくすくすと笑った。
「まぁね、だが、私の情報も嘘ではない。右大臣殿も神子殿を狙っておいでなのは確かだよ。まぁ、今回は少しばかりあてが外れたことは否定しないが。」
「あの者の主とやらについてはお師匠と私で突き止める。今日のところは戻るぞ。」
そう言って泰明が歩き出し、一同はその後を追ってあばら家を後にした。
帰る道すがら、誰も何も語ろうとはしなかった。
誰もがなんともいえない後味の悪さを抱えていた。
あかねは寝巻きに着替えて縁に座っている。
皆はとりあえず事件は解決したということで帰っていった。
ただ一人、頼久だけは今夜はあかねが心細いだろうからと夜の警護に自らすすんでついた。
だから今、縁にはあかねと頼久が二人きりだ。
「寒くはありませんか?」
「少し寒い、かなぁ。」
寝巻きに袿を一枚はおっただけのあかねがそう言って苦笑すると隣に座っていた頼久が肩を抱き寄せた。
あまりにも頼久が珍しい行動に出たのであかねが目を丸くして月に照らし出される許婚の顔を見上げると、そこには優しい笑顔があった。
「ここ数日、大変なめにお会いでしたから、今宵は何も案ずることなくゆっくりお休み下さい。」
「有難うございます。でも、私、さらわれそうになってからだってそんなに恐いとは思ってませんでしたよ?すぐにみんなが駆けつけてくれたし、それに、頼久さんがずっと守っててくれたし。」
そう言って頼久を微笑みを交わしたあかねはだが、すぐに表情を曇らせてうつむいてしまった。
「神子殿?」
やはり何か恐れておいでなのではと頼久が心配してみれば、あかねの口からは頼久が予想もしなかった言葉が飛び出した。
「あの人、かわいそうだったなぁ。」
「あの人、とは…。」
「あの、術者の人です。播磨から出てきて頑張ったのに全然いい主がみつからなくて、思い通りにいかなくて播磨へ帰って行っちゃったでしょう?」
「それはまぁ…ですが、いたしかたないことかと…。」
「そうですけど…。」
敵の首領に情けをかけられるとはなんと慈悲深いお方かと頼久が心密かに感動していると、あかねは深い溜め息をついた。
まだ何か気がかりなのかと頼久の顔が心配で曇る。
「それに…あの人、やはり命をとっておくべきだったって言ってたじゃないですか。」
「はい、ですが、神子殿のお命、この頼久が絶対にとらせは致しませんのでご安心を。」
「違うと思うんです。」
「は?」
「あの人、結局狙ってたのは私の命じゃなかったじゃないですか。」
「はぁ…。」
そういわれてみればそうであったと思いながら頼久は小首を傾げる。
あかねが何を言いたいのかが見えないのだ。
「頼久さんを狙ってたのに、あの人、頼久さんの命はとれなかったんだと思います。」
「はぁ…。」
「あの人、頼久さんのことが好きになったんだと思うんですよね。」
頼久がきょとんとした顔であかねを覗き込む。
「だから命は取れなかった。それなのに命を助けた頼久さんには相手にしてもらえなくて…あの人の頼久さんを見る目、凄く寂しそうだった…だから凄くかわいそうで…。」
つぶやくようにそう言って落ち込むあかねの肩を抱きながらどうしていいかわからず、頼久は天をあおいだ。
本当にあかねが言うようにあの女の想いが自分に寄せられていたかと自問しても、元々がそのような話に疎い頼久だからわかるはずもない。
たとえばあかねの言うとおりだったとして、自分にできることもない。
もうすぐ明けそうな夜空を見上げて考えて、そして頼久はあかねの肩を抱く手に力をこめた。
「神子殿が身分高きお方の妻にならぬとおっしゃって下さったように、私の想いも変えようがありません。たとえどのような相手に想いを寄せられようともです。ですから…その…。」
「そうですよね、変なこと言ってごめんなさい。私、信じてますから。大丈夫ですから。」
「はい、神子殿の信頼にお応えできるよう励みますので。もうどうか、今回のことは忘れてゆっくりお休み下さい。神子殿が眠りにつかれるまでこうしてお側におりますので。」
「はい、有難うございます。」
やっとそう言って儚げにだが微笑んだあかねは頼久にもたれかかって目を閉じた。
色々なことがあって悲しい人を見たりもしたけれど、自分には大切な人がいて、その人も大切に思ってくれているから大丈夫。
そう思えばあかねの意識はゆっくりと眠りに落ちていった。
頼久はあかねが完全に眠りにつくのを見守ってその身を褥に横たえると、一人夜明けまで縁で警護を続けるのだった。
後日、頼久は何度か刺客に襲われたが、どれも間抜けなほどに腕の立たない相手であっという間に退けた。
あかねをさらおうという計画もあったようで、何度か屋敷に侵入者があったがどれも皆、泰明の式神か武士団の警護の者によって捕らえられた。
結局、泰明と鷹通が敵の正体を突き止めたのだが、本当に身分の高い人物だったので手も足も出ず、左大臣の力を借りればいいと憤りも激しく言った藤姫の提案を友雅があっさり却下した。
もっと相手がこたえるやり方があると言った友雅はそれから一月の間、一同の間に姿を見せなかった。
そして一月後、一同のもとにある身分高きお方の星の数ほどいた恋人達が全て橘少将に横取りされたという噂が立った。
もちろん、自分よりも身分の高い相手の恋人を横取りしたりして大丈夫なのかとあかねが心配したのだが、そんなあかねに友雅は「寝取ったわけではないからね、大丈夫だよ」と言ってさらりと笑った。
どうやら横取りしたというのはただの噂で友雅は文か何か贈って気を引いただけであっさり女の方が心変わりしたらしい。
というのがあきれながら鷹通が語った事の真相だった。
そしてあかねを狙い続けていた男はというと、これ以上友雅に恋人をとられてはたまらないとすっかりあかねをあきらめたという。
管理人のひとりごと
ということで、完結致しました(>▽<)
皆様のおかげで無事、1万hitを迎えることができました有難うございますm(_
_)m
当初の予定通りのラストを迎えたのですが、プロットしっかり作ってないから枝の始末が全部きちんとできてるか不安(^^;
多少のことはおおめに見てやってください(TT)
最後の最後で少将様大活躍ですが、まぁ恋愛沙汰はこの方が一番手際よく処理しますので(笑)
とりあえず管理人としては頼久さんと少将様の殺陣が書けたので満足。
名前は出ませんでしたがちょっとだけ敵にオリジナルキャラが出ちゃって不安(’’;
という感じです。
久々に連載物なんかやりましたので不手際あったかもしれませんがご容赦くださいませm(_
_)m
連載って難しいですね(’’)でも楽しかったのでまたやってみようかなと思います(^^)
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