
「と、友雅さん!大丈夫ですか?!」
「ん?まぁね。私は大丈夫だよ、神子殿。それより…。」
そう言って友雅は頼久へと歩み寄る。
あかねもつられて頼久を見つめたが、自分を見返す頼久の顔には優しい笑みが浮かんでいたので、ほっと安堵の溜め息をついた。
「よかったぁ。みんな無事ですね。」
「はい。」
低いがそれでも優しい声で答える頼久。
そんな頼久を友雅は苦しげな顔で見下ろす。
「二人とも怪我とかも全然ないですか?」
「私は大丈夫だよ、神子殿。泰明殿の式神の助力もあったのでね。」
「頼久さんは?」
「はぁ…その…さきほど…。」
「あ、ああ、あの…さっきのは別に気にしませんよ?私…。」
急に顔を赤くしてうつむくあかねに一瞬目を丸くした頼久はくすっと笑って首を横に振った。
どうやらあかねは先程賊の女が頼久に口づけた件のことを言っているらしい。
「いえ、先程の戦いで少々手首をひねりましたので、一度別室にて手当てをして参りたいのですが。」
「ええええっ!怪我してるんですか!」
「いえ、少しひねっただけですので、別室にて処置してまいります。友雅殿、しばし神子殿の警護をお願いできますでしょうか?」
頼久の視線を受けてそれを真剣に受け止めて友雅はいつになく真剣な表情でうなずくと、すぐにいつもの表情に戻ってあかねを見つめた。
「愛しの神子殿のお側近くに侍ることができるのだ、断るはずもない。」
「では、お願い致します。」
そう言って頼久は立ち上がると、すぐにあかねの局から出て行った。
残されたあかねはというとなんとなく違和感のようなものを感じて小首を傾げた。
何かがいつもとは違う。
だが、何が違っているのかがわからないのだ。
「頼久ほどではないにしても、私も武官だからね、もう少し安心してくれないかい?神子殿。」
「あ、いえ、別に恐がってるわけじゃないんですけど…なんかひっかかって…。」
「何が、だろうね?」
「それがわからなくて…。」
友雅はこの状況であかねに張り付くのも頼久に恨まれそうだと、その辺に退けられていた几帳を移動しようとして足下に落ちている紙切れに気付いた。
どうやら人の形に切り抜かれているらしいその紙は、右の肩の辺りから左の腹の辺りへと袈裟斬りに切られている。
「友雅さん?」
足下に落ちていた紙を拾う友雅に小首を傾げるあかね。
そして友雅が手にした物を見て眉をひそめた。
「それ…。」
「泰明殿に聞いてみなくてはなんとも言えないがね、式神の類だろう、おそらくは。」
「じゃぁさっきのは…。」
「まぁ、その辺の判断は泰明殿に任せるとして…。」
友雅は拾った紙を懐へしまうと几帳をあかねと自分との間に立てた。
「友雅さん?」
「真夜中にこのように荒れ果てた部屋で神子殿と二人きり、並んで肩を抱いてたたずんでいたなどと頼久に思われては命がいくつあっても足りぬからね。」
「はぁ…。」
なるほどと心の中でうなずきながらも、あかねはやはり何か言い知れぬ違和感を感じていた。
一方友雅は、あかねとは几帳を隔てて座って、長い髪の先を指でもてあそびながら現状に思いをめぐらせていた。
源武士団随一の腕を持つ頼久が太刀を振るって手首をひねるなどありえない。
何より、それしきの怪我で自分と神子殿を二人きりにして退出することがそもそもありえない。
ということは、さきほどの怪我の話はここを退出するための口実ということになる。
その前の頼久の一瞬だが友雅には見抜けた苦しげな表情といい、友雅の中に何か嫌な予感が巣食っていた。
もしや、頼久の身に何か予想だにしない事態が起きているのではないだろうか?
「あ!」
友雅が一人思いをめぐらせている間、どうやらあかねも何か考えていたらしく、小さく声をあげるとひょこっと几帳の向こう側から友雅に顔を見せた。
「どうしたのだい?」
「わかったんです。何がひっかかってたのか…。」
「ほぅ。それで、なんだったのかな?神子殿のお心にかかった事柄というのは。」
「おかしいんです、頼久さんがいなくなることが。」
「ん?」
「今、夜で、ここは賊が入ったばかりで荒れてて、しかも私、友雅さんと二人きりじゃないですか?」
そうなのだ。
危険が及ぶといけないというので、あかね付きの女房達は宿下がりをさせてしまっていて、ここには警護の武士団の者と友雅、頼久しか人がいない。
あとは泰明の式神がいるばかりになっているのだ。
しかも、賊が入った後の警護をかためるため、武士団の者たちは屋敷の外回りを守るために屋敷の中にはいない。
つまり、夜の夜中にあかねは友雅と二人きりで放置されたことになる。
「この状況で頼久さんが友雅さんに私を任せて出て行っちゃうなんておかしいんです。絶対おかしいんです…。」
「それはまた、私はずいぶんな言われようだ。」
「ああああ、えっと…その…そういうことではなく……。」
頼久の身に何かあったのではないかと心配し始めそうなあかねをわざとからかって、友雅はくすくすと笑って見せた。
こうして紛らわせておかないとこの聡明な神子殿はきっと真実にたどり着いてしまうだろうから。
「神子の局を移すべきだ。」
いきなりそう言いながら入ってきたのは泰明だ。
いつものように無表情な顔で入ってきたが、あかねが無事な姿を見ると少しだけその表情を緩めた。
「泰明さん、わざわざ来てくれたんですね。」
「当然だ。結界が破られたからな。」
「あ、そっか。夜中なのにわざわざすみません。」
「問題ない。」
ぺこりと頭を下げるあかねにそういいながら泰明は几帳を挟んで座っている友雅に訝しげな顔を向けた。
何をしている?とでも問いたげな表情だ。
「賊はどうした?」
「撃退しましたとも。」
「手がかりは?」
そう、その手がかりを得るために隙まで作って敵の襲撃を待ち構えていたのだから、泰明がそれを求めるのは当然のことだ。
友雅は無愛想な地の玄武に懐から人型の紙切れを取り出して渡した。
「賊は頼久が斬って捨てた。私と泰明殿の式神が相手をしていた賊どもは姿を消し、後に残っていたのがその紙切れだけだ。泰明殿ならばそれを手がかりとすることができるのでありませんか?」
「式神だ。」
「やっぱり。それ、式神さんなんですか。」
あかねの言葉にただうなずいて、泰明はじっと手元の紙を見つめる。
この希代の陰陽師の愛弟子はどうやらそうやって見つめているだけで何か探ることができるらしい。
「斬って捨てていなければこの式神をそのまま術者へ返すことができたのだが…。」
「そ、そんなことできるんですかっ!」
「それくらいは他愛ない。だが、斬ってしまったとなっては…。」
「どうにもできませんか?泰明殿でも。」
「いや、術の気配をたどってあるいは術者に行き着くことができるかもしれぬが…時がかかる。」
そう言って泰明は紙を懐へしまいこみ、辺りを見回した。
「これは私が預かる。お師匠の助言を聞いて敵を探ってみよう。頼久はどうしたのだ?」
「あぁ、手首をひねったからって奥で治療を…。」
「手首をひねった?」
あかねの言葉を復唱して眉をひそめた泰明はそのまま視線を友雅へと移した。
「あの手練が手首をひねっただと?」
まるで友雅を問い詰めるかのような鋭い視線を放って泰明は一歩、友雅へとにじり寄った。
当の友雅はというと深い溜め息をついて苦笑する。
この陰陽師にあかねの気持ちを考えて黙っていろというのは無理な話なのだ。
「ありえぬ。何があったのだ?」
「そう恐ろしい形相でにらまれましてもね、私は庭で応戦していたので頼久の戦いぶりを見ていないのですよ、泰明殿。」
友雅があきれたようにそう言うと泰明の視線はあかねへ向いた。
「何があったのだ?神子。」
「えっと…何って…半蔀が飛んできて、それを頼久さんが切り落としてくれて…狩衣を来た女の人が蔀を破って襲ってきて、それを頼久さんが斬って……。」
「斬られた式神があの人型だ。それだけか?」
「……その…えっと…一瞬ですけど、その式神さんが…その…。」
「はっきり言え、神子。はっきり言わねばわからぬ。」
「はい、あの…一瞬、ちょっとだけなんですけど、その式神さんが頼久さんに口づけを……。」
最後は真っ赤になって言い淀むあかねを無視して泰明はすたすたと局を出て行く。
泰明のいきなりの行動は今に始まったことではないが、何事かと気になってあかねも泰明の後に従った。
そうなっては頼久からあかねの護衛を任された友雅としてはあかねに従うしかなく、二人は足早に歩く泰明について奥の部屋へとやってきた。
「いるのはわかっている、入るぞ、頼久。」
御簾を上げて中へ入った3人ははっと息を飲んだ。
そこには胸を押さえてうずくまる頼久の姿があったのだ。
「頼久さん!」
「大丈夫です、神子殿、お気遣いなく。」
慌てて駆け寄るあかねに見せる笑顔も弱々しい。
もともとが頑丈にできていて少しくらいの怪我なら痛さなど微塵も見せない頼久だ。
これほど苦しそうにするということはかなり苦しいはず。
それがわかるだけにあかねは顔色を真っ青にして泰明を見上げた。
「どうなってるんですか?泰明さんには何がどうなってるかわかってるんでしょう?」
「式神にうたれたな、頼久。」
「は?」
「しかも、ずいぶんと手の込んだやりようでうたれたようだ。」
「それは……くっ…。」
どういうことかと尋ねようとして頼久は強く胸を抑えてうめき声をあげた。
これも頼久には珍しいことだ。
あかねは顔面蒼白になりながらただそばに座っていることしかできない。
「頼久さん…。」
今にも泣き出しそうなあかねにやっとの思いで頼久が弱々しい笑顔を見せるが、その笑顔さえ痛々しくてあかねの目に涙が滲む。
自分が言い出した作戦のせいでまさか頼久がこんなに苦しむことになろうとは。
後悔だけがあかねのうちを埋め尽くそうとしたその時、あかねの隣に座った泰明が頼久の顔をじっと見つめて口を開いた。
「無駄に護法をかけたわけではない。式神にうたれたとはいえ、今すぐどうこうなるということはない。だが、今となっては身固めで返せる呪詛でもない。」
「じゅ、呪詛なんですか?」
「式神でうつというのは呪詛をかけるための手段の一つだ。このまま放っておけば護法が切れたその時、頼久は呪詛で命を落とすことになる。普通であれば事前に身固めで防げるが、これは手の込んだ呪詛で今からでは身固め程度では解決できぬ。これもお師匠に話して方策を探す。お師匠であればおそらくこの呪詛を返すか、あるいは消し去る方法をご存知だろう。」
「ほ、本当に?」
「尋ねてみなくてはわからぬ。それよりも神子。」
「はい。」
「私がお師匠に策を授けてもらう間、頼久に触れていろ。」
「はい?」
急に何を言い出すのかと目を丸くしたのはあかねだけではない。
苦しみながら頼久も、そしてとんでもないことになったと顔をゆがめていた友雅も、キョトンとした顔で泰明を見つめた。
このような状況でこの陰陽師は何を言い出すのか。
「神子には神気が宿っている。頼久に触れていれば呪詛の苦痛がやわらぐだろう。」
「あ、そういうことですか。」
「なんだと思ったのだ?」
「い、いえ、別に…。」
「多く触れれば触れるだけ苦痛はやわらぐはずだ。頼久の苦痛がひどくなった時はその体を抱いていればいい。」
「だ、抱いているぅ?」
「そうだ。私はお師匠のもとへ行く。友雅。」
「神子殿の警護ならば引き受けます。ですが、泰明殿。」
「わかっている。すぐに結界を張り直し、永泉と鷹通を呼ぶ。」
それだけ言うと泰明はすたすたと歩み去ってしまった。
イノリも呼んでやるべきかと考えながら、友雅はそっと外へ出ようと足を踏み出し、あかねに呼び止められてしまった。
「友雅さん?」
「何かな?神子殿。」
「警護してくれるんじゃないんですか?」
「もちろんするとも。庭に下りてね。」
「はい?」
「何度も言っているだろう?あてられるのは割に合わないと。」
「そ、そんなことはっ!」
「多く触れていた方がいいそうだから、そうしてやりなさい。私は外にいるから気兼ねなく、ね。」
「友雅さん!」
「神子殿に抱いて頂けるのなら、私が式神にうたれるのだったよ。」
そう言いながら頼久を見ると、頼久は友雅に小さく頭を下げた。
どうやら警護を任せなくてはならないことを申し訳なく思っているらしい。
友雅は苦笑を浮かべると二人に向かって軽く手を上げて御簾の向こうへと姿を消した。
「友雅さんったらこんな時まであんなこと言って…。」
「いえ、友雅殿は神子殿のお心を和ませようとなさったのかとっ……。」
言葉の最後でうめき声をあげて、頼久はまた胸を押さえてうずくまる。
「頼久さん!」
慌ててあかねが背をさすると、すぐに頼久がにこりと微笑んで体を戻した。
「泰明殿のおっしゃったとおりのようです。」
「あ、こうしてると楽ですか?」
「はい、ずいぶんと。」
「よかったぁ。」
嬉しそうに微笑んだあかねは頼久の隣に座ってその背を優しくさする。
あかねの手から放たれる神気で頼久の内にこもる苦痛が少しだけやわらいだ。
「えっと、もっとたくさん触ってた方が楽になるんですよね。どうしたらいいかなぁ。」
これは後ろに回って両手でさするべきだろうかとあかねが思案していると、頼久がすっとあかねを自分の膝の上にのせてその小さな体をぎゅっと抱きしめてしまった。
「よよよ、頼久さん?」
「こうしているとたいそう楽なのですが。」
「あ、あぁ、まぁ、そうですよね、こうしてるのが一番たくさん触れてますよね…。」
「はい。」
そもそも抱きしめられるのは嫌じゃないし、これはこのままずっと抱かれているのがいいのだろうか?
でもそんなの恥ずかしすぎる気がする。
いやいや愛しい許婚のためなのだからこれくらい。
などなど、頼久の腕の中であかねが真っ赤になりながら頭の中で怒涛のように思考を回転させていると、頭上から低い艶のある声が降ってきた。
「御迷惑でしたら…。」
「め、迷惑なんかじゃないです!全然大丈夫です!むしろ嬉しいです!」
そこまで言ってまた真っ赤になってうつむくあかね。
あかねから放たれる神気ですっかり苦痛が引いた頼久は、そんなあかねが愛しくてそのままあかねを抱く腕に力を込めた。
「あの、頼久さん。」
「はい、なんでしょうか。」
「さっき、手首ひねったなんて嘘だったんですよね?」
「はぁ…その…神子殿に御心配をおかけしてはと…申し訳ありませんでした。」
「今回は泰明さんがすぐ気付いてくれたからいいですけど、もしかしたら手遅れになっちゃったかもしれないじゃないですか。今度からはちゃんと苦しい時は苦しいって話して下さいね。そりゃ心配もしますけど、私も頼久さんを助けるために何ができるか考えますから。ね?」
「御意。」
あかねの耳元で低くそう囁いて、頼久はそのままあかねの頭を抱え込む。
頼久の腕の中であかねは真っ赤になって、それからうっとりと目を閉じた。
庭にいる友雅が御簾の内側で二人が寄り添う気配に苦笑しながら天を見上げると、もう空は白々と明け始めていた。
ようやく、戦いの一夜が明けようとしていた。
そしてそれは新たな戦いの日の夜明けでもあった。
第六話へ
管理人のひとりごと
はい、7000Hit御礼でございます♪
皆様のおかげで連載第五話を迎えることができました、有難うございますm(_ _)m
どうやら頼久さんは呪詛をかけられてしまったようですよ(><)←自分で計画した展開だろ
書いててかわいそうになってきたんであかねちゃんをぎゅうぎゅうしてもらいました(’’)
どうやら手がかりは入手できたようですから、ここからは泰明さんの腕の見せ所です!
もしかしたら晴明師匠かもしれないけど!(マテ
頼久さんにかけられた呪詛を解く方法とは?
あかねちゃん達を呪詛してきた相手はどんな人物なのか?
連載第六話をお待ち下さいませ(^^)
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