六刃一閃 第四話
「友雅さん、頼久さんをからかって遊ぶのやめて下さい。」

 助け舟を出したのはやはりあかねだった。

 いつもなら一緒になって赤い顔で友雅に抗議するところだというのに、今のあかねはやけに冷静だ。

 そんなあかねの様子に友雅は少しだけ不満そうに小首を傾げた。

「みんなで力を合わせて、次の犠牲者が出ないうちに早く解決しましょう?友雅さんも協力してください。お願いします。」

 そう言ってあかねは深々と一礼した。

 そういうことかと友雅の口元がほころぶ。

 とにかくこの龍神の神子は次の犠牲者を出さないために必死なのだ。

 やはりこの果てしなく優しく、純粋な神子殿には一生勝てそうにない。

「もちろん協力するとも。私も龍神に選ばれし八葉の一人だ。それに何より…。」

 誰が止める間もない絶妙なタイミングで友雅はあかねの側へにじり寄るとその耳元へ唇を寄せた。

「この清らかな龍神の神子殿に心酔する男の一人でもあるからね。」

「と、友雅さんっ!」

「友雅殿っ!」

 頼久があかねから友雅を引き離そうとした時にはもう友雅の体はすっとあかねの側から離れていた。

「では、私はとりあえず仕事を片付けて参ります。全てを放り出してきてしまいましたので。」

 あきれたような深い溜め息をついた鷹通がそう言って立ち上がるのが合図だったかのように、イノリと永泉も一度帰宅すると言って共に立ち去った。

 残るは友雅、泰明、そして頼久とあかね。

「私は結界を不安定なものに張り直す。」

「さて、今日はもう特に予定もないことだし、私は外で控えているとしようか。」

 すたすたと外へ出て行ってしまう泰明はいつものことだ。

 だが、事あるごとに何かにつけてあかねの側にいようとする友雅が外で控えていようなどと言い出すのは珍しくて、あかねは思わず呼び止めていた。

「友雅さん。」

「ん?どうしたね?かわいい姫君。」

「別に外で控えなくてもいいんじゃないでしょうか?」

 可愛らしく小首をかしげて見上げられて、友雅はその顔に苦笑を浮かべながら並んで座る許婚二人を見比べる。

 この神子殿は無邪気にもほどがある。

 心の中でそうつぶやいて一つ溜め息をついた。

「神子殿、四六時中張り付いて警護するのは頼久に任せるよ。私は外堀となることにしよう。先程言ったはずだよ、あてられてばかりでは割に合わぬ、とね。」

「あ、あてられるようなことしませんよ!」

 カラカラと笑いながら友雅はさっさと御簾の向こうへ出て行ってしまった。

 残るのは友雅の残した侍従の香りばかりだ。

「まったくもぅ、友雅さんったら。こんな大変な時にあてられるようなことするわけないのに。ねぇ、頼久さん。」

「はぁ…。」

「頼久さん?」

 歯切れの悪い頼久をあかねがじっと見つめてみれば、見つめ返してくる紫紺の瞳はどこかしっとりとしているようで…

「その…自信はありません……。」

「はい?」

「その…友雅殿が神子殿にその…先程のようなことをなさっては……神子殿をかき抱く程度のことはしてしまいそうな……。」

「よ、頼久さんっ!真剣にやって下さいっ!友雅さんじゃないんですから!」

「も、申し訳ありません。」

 平伏しそうな勢いで頭を下げる頼久にあかねはふっと溜め息をついた。

 これではまるで友雅が感染したみたいだ。

「神子殿、いくら外にいてもそれほどの大声では聞こえてしまうのだがね。」

「はい?」

「あまりの言われようだね、私は。」

「す、すみません…。」

 御簾の向こうから聞こえた艶のある声にあかねはさっと顔を赤くしてうつむいた。

 そう、ここは厚い壁や扉でしきられたあかねの世界の建物とは違うのだ。

 局の中の音は御簾を越えて簡単に外に聞こえてしまう。

「藤姫に言わせると、普段の行いが悪い私の自業自得なのだそうだ。まぁ、今回は少々本気で努力して神子殿に認めていただけるようにするよ。」

「友雅さん、面白がってません?」

「まぁ、楽しいことは楽しいねぇ。」

「真面目にやる気、あります?」

「あるに決まっているだろう?私に唯一情熱を与えて下さった神子殿のお望みなのだからね。ただ、楽しいものは楽しいのだからしかたがない。久々だからね、情熱を傾けることのできる仲間達とこうして過ごすのは。」

「友雅さん…。」

 あかねは嬉しそうに微笑を浮かべて隣の許婚へと視線を向けた。

 するとそこにはやはり嬉しそうに微笑む頼久の端整な笑顔があって、あかねは命の危険がある今でもやはり嬉しくなってしまうのだ。

 この人達が、仲間がいてくれれば大丈夫。

 あかねは一人、心の中で強くうなずくのだった。





 夜。

 あかねは褥の上にきちんと正座してうつむいていた。

 何故かというと、薄暗い局の中、目の前にはやはりきちんと正座している頼久がいるからだ。

 どうしてこのような事態になっているのかといえば、いつものように外で警護につこうとした頼久が友雅によって阻まれてしまったからだ。

 友雅は「ここは私に任せてもらおう。よもや、私の腕が信用できない、というのではないだろうな?頼久。」と剣呑な眼差しを向けてきて、頼久に有無を言わせなかったのだ。

 しかも、更に「頼久は神子殿のお側近くで、お守りするように。声も出せぬほどの呪詛をかけられては、外では気付かぬだろう。どうしてもというのであれば、私が神子殿のお側近くに控えてもいいが?」とまで言われてしまい…

 現在の状況に至る。

 もちろん、頼久にしてみれば友雅をあかねの寝所に入れるなど論外だったからだ。

 だが、いざ薄暗い局の中に二人で座ってしまうと、そんなつもりでいるわけでは全くないのだが、やはり意識してしまって二人向かい合って凍り付いてしまったのだった。

「…神子殿はゆっくりお休みください。」

「そ、そう言われても…その……。」

 このシチュエーションでいったい誰だったらゆっくり眠れるというのだろう。

 寝巻きの上に小袿を一枚羽織ったまま、それさえ脱げないあかねが眠れるはずもなく、あかねは深い溜め息をついた。

「えっと…お、おしゃべりでもしましょうか。」

「はぁ…。」

 言ってみてからあかねはムリムリと心の中でつぶやいていた。

 他の人物が相手ならともかく、頼久と一晩中楽しくおしゃべりなんて絶対無理だと一番よくわかっているあかねだ。

 普段なら何語ることのない静かな時間もとても心地いいのだが、この状況ではとても心地いいなどとは言っていられない。

 あかねは室内を意味もなくキョロキョロと見回してぽんと手を叩いた。

「神子殿?」

「几帳立てましょう!」

「ああ!なるほど!」

 すっと立ち上がった頼久が部屋の隅に追いやられていた几帳を立てて、あかねとは反対側に座す。

 これで一応、互いに互いの姿が見えなくなったわけで、なんとか二人は安堵の溜め息をついたのだった。

「お休みになれそうですか?」

「あ、はい。たぶん…。」

 あかねは寝巻きの上から羽織っていた小袿をゆっくりと脱いで褥の中にもぐりこんだ。

 気配はしても姿が見えないし、視線も感じなければなんとか眠れそうだ。

「頼久さんも無理しないで休んで下さいね?武士団の人達もいてくれるし、外は友雅さんが守ってくれてるんですし、泰明さんの結界もありますから。」

「はい…そうさせて頂きます…。」

 もちろん頼久は眠るつもりなどない。

 どんなものからもあかねを守る。

 という想いでいるからなのだが…

 もとよりあかねが身じろぎする気配を感じたり、衣擦れの音が聞こえたりしているこの状況で眠れるはずなどなかったし、賊が入ってこなくても外には友雅がいる。

 逆においそれと眠ってなどいられないというのが正直なところだ。

 だが、そんなことを言ってしまえばあかねがむきになって休めというに違いないことがわかっているから、とりあえずは休むとこたえておく。

 今はあかねがゆっくり休めるようになってくれれば頼久としては問題がないのだ。

「あの、頼久さん?」

「はい、何か?」

 すっかりあかねは眠ったものと思っていたところに声が聞こえて、頼久ははっと我に返った。

「そこにいます、よね?」

「はい、控えておりますが。」

「……。」

「神子殿?どうかなさいましたか?」

「えっと…見えないと見えないで不安、というか…。」

「は?」

「な、なんでもないです…。」

 かさかさと衣擦れの音が聞こえた。

 あかねが身じろいだのがすぐにわかる。

 どうやらあかねは几帳があるせいで頼久の姿が見えないとそれはそれで不安らしい。

 そうとわかっても今の頼久にはどうすることもできず、眉間にシワを寄せてどうしたものかと考え込んでいると、背後の半蔀がかたりと音をたてて少しだけ上げられた。

 何事かと頼久が刀に手をかけて振り返るとそこには苦笑する友雅の顔が。

「友雅殿。」

「しっ、大きな声を出すんじゃない。私が気を使ってわざわざ外にいるのに何をやっているんだい?」

 そう言う友雅の声は囁くほどの大きさだ。

 どうやら几帳の向こうにいるあかねに気を使っているらしい。

「何、と申されましても、警護ですが?」

 友雅は大仰に溜め息をつくと、これはダメだと言いたげに首を横に振った。

 癖のある長い髪が揺れるのが頼久の目にさえ艶に映る。

「許婚ともあろうものが几帳など立てて何をやっているのだか…。」

「ですから、警護です。」

「わかったわかった。もう何も言う……。」

 友雅がふと言葉を切って頼久を見上げた。

 頼久と友雅、二人の視線がぶつかり、互いに気付いたことを暗黙のうちに確認する。

 優れた武人である二人は同時によからぬ気配を察知していた。

「この背を預けるのは鷹通と決めていたんだがね。」

「私も天真以外の者に背を預けることになろうとは思いませんでした。」

 ということは二人とも互いに互いの背を任せ合うつもり。

 そうと知ってうなずき合って、友雅は庭へ、頼久は几帳の向こうへとその身を移す。

「よよ、頼久さん?!」

「お静かに。」

「へ?」

 急に几帳の内側へ許婚が入ってきたものだからあかねは顔を真っ赤にして焦っているのだが、頼久はというと真剣な顔で辺りの気配をうかがっているようだ。

 頼久の真剣な顔、鋭い瞳、その全てから何かがあったのだと察知したあかねはすぐに起き上がって小袿を羽織る。

 すると外から何やら物騒な音が聞こえ始めた。

「な、何が…。」

「ご心配には及びません。外は友雅殿が守って下さっておりますので。」

「そ、それはそうでですけど…。」

 耳に鋭く響く金属音、そしてドスドスという何かを殴るような音、時折聞こえる人のうめき声。

 あかねは自分で自分の肩を抱いて顔色を青くした。

 怨霊と戦っていた時よりずっと気分が悪い。

 同じ戦いでも人間同士の戦いとはこうも気分の悪いものなのかとあかねは今更ながらに実感していた。

 ふるふると震えだす自分をどうすることもできないあかねの肩を頼久の鍛えられた腕が抱く。

 あかねが視線を上げると、頼久はすっと几帳をどけ、さきほど友雅が顔を見せた半蔀の方をにらみ付けていた。

「頼久さん?」

「ご心配には及びません。この頼久がお守り致しますので。」

 その声が低く響いてあまりにも真剣で、あかねは自分が本当に今、危険にさらされているのだと悟った。

 それでも恐ろしいとは思わない。

 自分を守ってくれている人達を信じているから。

 だが、耳に届く戦いの音は不快でたまらなくて、震えを止めることはできない。

 自分がこんなことではいけないとあかねが一念発起して立ち上がろうとしたその時、頼久がにらみつけていた半蔀が物凄い音と共に頼久とあかねの方へ飛んできた。

 そうと悟った刹那、あかねは小さな悲鳴をあげてかたく目を閉じる。

 あかねが目を閉じるのとキンッという鍔鳴りが響くのとは同時。

 あかねの肩から頼久の腕が離れ、バスッという音が聞こえたかと思うと、ガタッと何かが床に落ちた。

 恐る恐るあかねが目を開けると、目の前には真っ二つに切られた半蔀が落ちていた。

 どうやら即座に抜刀した頼久が飛んできた半蔀を切り裂いて退けたものらしい。

 そのまま頼久はあかねの前に出て背であかねをかばうと、隙なく抜き身の太刀を構えた。

「気をつけろ頼久!尋常の者ではないぞ!」

 半蔀がなくなったそこから友雅の声が聞こえた。

 外は暗くて何が起こっているのかあかねには全くわからない。

「承知!」

 そうとだけ答えて頼久は辺りへの警戒を強める。

 声からして友雅は大丈夫とわかってはいても、あかねはどうしても友雅の安否が気にかかり、前へ出ようとして頼久の背にそれを遮られた。

「神子殿、そこでじっとしていて下さい。敵が何者かわかりませぬ故。」

「あ、はい、ごめんなさい。」

「いえ、その、怒っているわけでは…。」

 落ち込むあかねに頼久が気をとられたその瞬間、蔀が鋭く切り裂かれ、そこから人影が一つ切りかかってきた。

 切りかかってくる狩衣姿を目にしてあかねが小さく悲鳴をあげる。

 もとより抜刀していた頼久がその刀身で敵の刃を受け止めると、キンッという戦いにはふさわしくないほどの綺麗な金属音が鳴った。

 きりっと敵がにじり寄り、その瞬間、頼久は相手の顔を見た。

「女…。」

 つぶやいて頼久は力任せに敵の刃を押し返す。

 一瞬見えた顔は唇が赤く色が白く、それは女のものだった。

 たやすく押し返すことができる刃からも相手が女だと知れる。

 だが、狩衣姿の女は自分から刃を引くとそのまますっと宙を舞った。

 あっけにとられている頼久の頭上を軽々と飛び越えてあかねの前に音もなく降り立つ。

「神子殿!」

 しまったと思うのと同時に頼久の体は動いていた。

 二歩ほど離れていたその距離をあっという間に詰めて、あかねに害をなそうとしている女の方へと踏み込む。

 すると女は頼久の予想に反してくるりと振り返るとすっと頼久の懐に踏み込んできた。

 狙いがあかねだとばかり思っていた頼久は女が懐に入り込むのを許してしまった上に、見上げてくる賊の女の顔を間近で見ることになった。

 薄く紅の唇は妖艶で、切れ長の美しい目は妖しく微笑んでいる。

 この姿に惑わされてはならぬと己を叱咤して頼久が太刀を持つ手に力を込めたその時、女がくいっと顔を上げ、あろうことか頼久に口づけた。

 頼久が驚きに目を見開いたのは一瞬のこと。

 次の瞬間には自分から離れていく女を問答無用で斬りつけていた。

 右肩から左の腹へと容赦なく女を袈裟斬りにした頼久はだが、全く手ごたえがないことに気付いていた。

「きゃーーーっ!」

 目の前で人が斬られたことがショックであかねが悲鳴をあげながら両手で顔を覆う。

 だが、血飛沫が飛ぶこともなく、斬られた女の声が聞こえることもなく、すっと狩衣姿の女は消えてなくなった。

 それと同時に辺りは静寂に包まれた。

 刀身に血がついていないことを確認して頼久が刀を鞘へ収める。

 頼久が刀を収めたのが音でわかったあかねがゆっくり目を開けると、目の前に賊の姿はなくて、ただ眉間にシワを寄せている許婚の姿だけが目に入った。

「いきなり賊が消えたが、何をした?頼久。」

 庭から姿を現した友雅は振り返って自分を見上げる頼久の顔を見てその麗しい顔をゆがめた。

 友雅には頼久が何かに苦しんでいるらしいことがその表情から見て取れたのだった。



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管理人のひとりごと

はい、やっと出ました!頼久さん抜刀!(笑)
でもなんか敵にキスされてますけどね!(マテ
この先まだ頼久さん抜刀シーンは出てくるはず。
今回はまぁちょっとさわりだけって感じで(’’)
一応武人の少将様にも頑張ってもらいました。
人間と戦う人ってこの二人しかイメージできなかったので…
いや、結論、どうやら人間じゃなかったようですが…
抜刀シーンよりも二人で向かい合って寝所に座っちゃってるシーンの方が印象的ですか?
そこはそれ、そういうことで(マテ
とりあえず敵の再襲撃はあかねちゃん達の期待してた通りあったわけです。
さぁ、ここから彼らはどうやって敵を突き止めてお仕置きするのでしょう?
次回をお待ち下さいませ〜(^^)






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