落花流水 第九話
「八葉全員で乗り込んだりしたら事が大きくなりますし、きっとあの人だって怖がります。だから、一緒に行くのはは泰明さんと、友雅さんと、頼久さんにお願いします。」

「承知した。」

「神子殿の御指名なら光栄だよ。」

「御意。」

 3人はあかねの指名にすぐにうなずいたが、残された八葉の面々はおだやかではない。

「神子殿、どうなさるおつもりなのですか?人選の理由もお聞かせ頂ければ…。」

「私に何ができるかなんてそんなこと全然わからないんです。どうしていいのかも…でも、みんなで押しかけていってよってたかってっていうのは違うと思うんです。」

 落ち着いた声音ではあるが納得していないという様子の鷹通の問いにあかねは答えた。

 その言葉に鷹通も、そして残される他の八葉もうなずく。

「泰明さん一人に調伏をお願いして、それで解決したなんて、私にはそんなふうに思うこともできません。」

 これにも一同は納得した。

 心優しいあかねならば必ずそういうだろうと誰もが予想してもいたから。

「人選は、泰明さんにはどうしてもどうしようもない時には鬼を調伏してもらわないといけないので選びました。友雅さんはあの家の女房さんと知り合いだし、もともとこの話を持ってきてくれたのが友雅さんでしたから。頼久さんを選んだのは、もし万が一何か起こって泰明さんや友雅さんと離れなくちゃならないようなことになったら、その時、二人でも戦えるって思える人が頼久さんだったからです。」

 一人目二人目の人選にはうなずきながら聞いていた居残り組は、最後の頼久の人選理由を聞いて一斉に頼久を見つめた。

 確かに、戦闘になることを前提に考えるなら頼久は誰よりも戦力になるだろう。

 だが、今回は相手が鬼なのだ。

 ならば、霊力の強い永泉や知識が豊富な鷹通でも良かったはず。

 誰もがそう思わずにはいられない。

 そして、それ以上に納得がいかなかったのは…

「おい、あかね。俺だって鬼になんざ負ける気はないぜ?」

「うん、わかってる。天真君だって強いのはわかってるの。鷹通さん、永泉さん、イノリ君、詩紋君、みんな頼りになるってわかってる。でも頼久さんなの。3人で戦うっていうのなら誰でもいいって思ったけど、もし、2人になったらって考えたら頼久さんなの。」

 そういわれてしまえばそれ以上誰にも反論することはできなくて…

 一同は指名された頼久を見つめた。

 そこには心の内をゆるがすことなくまっすぐ主を見つめている頼久がいた。

「頼久、あかねがここまで言ってるんだ、今回は黙って譲ってやる。あかねの側、離れるなよ。」

「当然だ。片時も離れず、必ず神子殿を無事にこの土御門へお連れする。」

 相棒の言葉にそう断言して頼久はあかねに一礼した。

 それほどまでに信頼されている事実はただ頼久には嬉しい。

「私にはまだ納得がいきません。確かに頼久は腕が立ちますが、そのような事態を避けるためにもやはり全員で行った方が…。」

「ダメです!それは絶対ダメです!」

 鷹通の言葉をあかねが即座に否定した。

 その顔は必死だ。

「女の人なんです。」

「は?」

「女の人が顔に傷ついているのに、そんな姿、大勢の人になんて絶対見られたくないと思うんです。八葉のみんなは男の人なわけだし。私、あの人と話がしたいんです。それでどうなるかはわかりませんけど、でも、大好きな人を恨んで恨んでその想いが鬼になっちゃうなんて悲しすぎます。だから、そんな悲しいことはやめてって話してみたいんです。でも、みんなが一緒じゃ…。」

 八葉全員でおしかけては大勢の男にその傷ついた顔を見られることになると警戒して会うことさえしてもらえないかもしれない。

 あかねはそう思って少数精鋭での解決を選択したのだった。

 その想いがみんなに伝わるようにとあかねは必死に居残り組を見つめる。

 すると、彼らを代表するように鷹通が深い溜め息をついた。

「神子殿のお考えはよくわかりました。今回はおとなしく、こちらでお帰りを待たせて頂きます。」

「鷹通さん、有難うございます。」

「その代わり…。」

 鷹通が安堵の笑みを浮かべているあかねから同行組3人へと視線を移した。

 自分達は黙って待たなければならないのだ。

 だからその代わりに、死んでも神子を守れとその思いを込めて3人を見つめる。

 すると友雅が髪の先をもてあそびながら苦笑を浮かべた。

「まったく、鷹通は堅苦しくていけないね。だいたい、我らが神子殿にかすり傷一つでも負わせると思っているのかい?信用のないことだ。」

「あなたが真面目にやって下さればこのような心配はせずにすむのですが?」

「言うねぇ。まぁ、今回は人数も少ないことだしね、少しは真面目にやるとするよ。」

 友雅と鷹通が微笑を交わす。

 それが八葉全員の信頼を表しているようで、この場の誰もがその顔に笑みを浮かべた。

「神子、お気をつけて。」

「オレ達もここで応援してっからな。」

「怪我、しないでね。」

 永泉、イノリ、詩紋がそう言ってあかねにうなずいて見せると、天真はあかねに歩み寄り、その頭をポンと軽く叩いた。

「あんま、頑張りすぎんなよ。やばかったら逃げたっていいし、ここへ逃げてくりゃ俺達がいるんだからな。」

「うん、みんな有難う。行って来ます。」

 仲間達の言葉に勇気付けられて、あかねは立ち上がった。

 泰明と友雅があかねの左右を守りつつ、共に出て行く。

 最後にあかねを追う頼久は、何も言わずただ一度、天真に向かってうなずいて見せた。

 それに答えるようにうなずく天真を残して、最後の頼久が門の向こうへと去っていくのを、居残り組は祈るような気持ちで見送った。





 4人は庭に立ち、御簾の向こうに座っているであろう女房と話を始めていた。

 ここまでくる道すがら、口を開いた者はいなかった。

 あかねの意思は来る前のあの話し合いで3人ともすっかり理解している。

 あかねは話し合いでこの屋敷の女主を救おうとしているのだ。

 ならばそんなあかねの意思を尊重するのみ。

 誰が言うでもなく、そんな流れで友雅が女房と話し合いを開始した。

 もちろん、相手は一筋縄ではいかない。

 女主人が顔に傷を負っていることを知っている女房は、どうしても客人を中へ入れるわけにはいかないといってあかねの申し出を承知しないのだ。

「困ったね、その怪我の原因を取り除こうと言っているのだけれどね。」

「少将様にお願いしたのはそのようなことではございませんでしょう?」

「まぁ、始めはそうだったのだが…。」

 女房の言葉に答えながら友雅がちらりとあかねの様子を盗み見た。

 ここでこの屋敷に出没していたのは女主が生み出した鬼だとこの女房に話してしまっていいものかと迷ったからだ。

 そんな友雅の思いを察してか、あかねは軽く首を横に振った。

 なるべく話は大きくしたくはないということだろう。

 友雅は厄介なことになったと心のなかで溜め息をついて、御簾へと視線を戻した。

「ここで押し問答している間にも事は悪い方へ転がっていきそうなのだけれどね。」

「この屋敷に現れる物の怪を始末して頂きたいと、お願いしたのはそれだけでございます。それ以外のことにお口出しは無用。」

「主思いなのはよいことだとは思うけれどね、我々も事を荒立てずに収めようとしているのだよ。わかってもらえぬかな。」

「なんとおっしゃられましょうとも、主は誰ともお会いにはなりません。」

 凛とした女房の声に友雅は軽く溜め息をついて、御簾から離れるとあかねの前に立って肩をすくめて見せた。

「どうも、これではらちがあかない。口説き落とすのなら得意なんだが、鷹通に真面目にやれといわれているしねぇ。」

 友雅はそう軽口を叩いて苦笑した。

 友雅がこういうのなら本当にどうしようもないのだろう。

 そう察してあかねが考え込む。

「問題ない。」

 急に口を開いたのは泰明だった。

 3人が驚いて泰明へと視線を移すと泰明はそんな3人を無視して御簾の方へと歩き出した。

 泰明が何をしようとしているのか悟って慌ててその腕にしがみついたのはあかねだった。

「ダメです!いきなり乗り込むとかダメですから!」

「何故だ?このままでは神子が思うように解決はできぬ。」

「それでもダメです!勝手に乗り込んで行っても解決なんかできませんからっ!」

 あかねが必死に言っているのが伝わったのか、不服そうにしながらも泰明は足を止めた。

 ほっとあかねが安堵の溜め息をつくのを見て頼久はあかねと同じように安堵の溜め息をつき、友雅は苦笑を浮かべた。

「神子殿の気持ちはわかるが、これでは手のうちようがないよ。」

 友雅の言うことももっともだ。

 泰明にしてみれば八葉のつとめと今回のこの件は別物であり、とっとと鬼を調伏して怨霊退治に戻るべきだとさえ思っている。

 こうしてあかねに従っているのはあかねがそれを望んでいるからに過ぎないのだ。

 あかねの好意を受け入れないというのであれば、本来の自分のつとめをまっとうするまでと行動を起こしたのだが、それをあかねは良しとしない。

 泰明は不機嫌そうな顔で御簾をにらみつけていた。

 するとあかねは泰明の脇をすり抜けて、御簾の前に立った。

 何をするつもりかと友雅と頼久が顔を見合わせる中、あかねは一つ深呼吸をして口を開いた。

「あなたの主のお姫様の額に大きな傷があるんですよね?だから誰にも会いたくないし会わせたくない、そうですよね?」

「……。」

 御簾の向こうから返事はない。

 それでも、御簾の向こうの気配が揺らぐのは感じられた。

 動揺しているのだ。

 あかねはそうと気付いて再び息を吸い込んだ。

「ここには確かに男の人が一緒に来てくれています。でも、みんなにはここで待っていてもらって、私が一人で会います。それならいいでしょう?」

「神子殿っ!」

 背後から頼久の叫び声が聞こえた。

 一人で鬼を生み出す女に会わせるなどとんでもない。

 頼久にとってはとても承知できることではないのだ。

 だが、あかねは振り向きさえもせずに御簾を、御簾の向こうを見つめていた。

「私、力になりたいんです。頭弁さんのことも知っています。お話、させてもらえませんか?」

 頭弁、その名を出すと御簾の向こうで衣擦れの音がした。

 御簾の向こうに在る人が動揺して身じろぎしたのだろう。

 あかねはじっと御簾の向こうを見つめ、3人の八葉はそんなあかねの背を見つめた。

 ここはもう3人に手出しはできない。

 あかねの無謀を止めようとしていた頼久は友雅に牽制されて、苦しげに黙りこみ、友雅は冷静に、泰明はいつもの無表情さを取り戻してたたずむしかなかった。

「そこまで御存知なのでしたら、巫女殿のみ、中へどうぞ。殿方はご遠慮頂きます。」

「有難うございます。」

 しばらくして返事があって、あかねはほっと安堵の溜め息をついた。

 そして一度振り返って3人の仲間に微笑を浮かべて見せた。

「神子殿!お一人で向かわれるなど無謀です!どうかお供を…。」

「ダメです。私一人だから会ってくれるんですから。何かあったら助けを呼びます。だから、その時は頼久さん、助けに来てください。大丈夫。頼久さんならここからだってちゃんと助けに来てくれるって信じてます。」

「神子殿…。」

「友雅さんもお願いします。」

「それが神子殿の判断なら、従おう。」

「泰明さん…。」

「問題ない。」

 一人だけいつもと大差ない泰明にあかねはどこか安堵してうなずいた。

 友雅も納得してくれた、泰明はいつもの通り、そして頼久は…

 あかねを真剣な顔で見つめて律儀に深々と一礼した。

 それは主の命に従うという意の表れ。

 どんなことがあろうとも主を守るという決意の証。

「じゃぁ、行ってきます。」

 3人にそう言って微笑んで見せて、あかねはくるりと振り返ると御簾をめくって中へ入った。

 更に几帳を隔てた奥にその人はいた。

 額に白い布を当てているその姿は痛々しくて、あかねは思わず泣きそうになるのをこらえて臥せっている姫の側に座った。

「私はあかねっていいます。」

 とりあえずそう自己紹介をしてあかねは軽く深呼吸した。

 何をどうしたらこの人を助けることができるのかはわからない。

 でも、どうにかしなくては。

 そんな思いだけが胸の内にはある。

「左大臣様が見込まれた巫女殿とか。」

「あ、はい…あの……その怪我なんですが……。」

「わたくしの知らぬ間に負っておりました……このところ、己の知らぬ間にいろいろな異変が……恐ろしくて…。」

 そう言って姫は震えた。

 本当に恐がっているのだ。

 こんなに儚げな人が鬼を生み出すなんて…

 あかねは心の中でそうつぶやいて、悲しそうに顔をゆがめた。

「頭弁さんのこと、今でも好きですか?」

「……。」

 あかねの一言に姫ははらはらと涙を流した。

 他に好きな人を作って結婚直前で話をなかったことにしてしまうような人なのに、それでも好きだと泣いている人。

 あかねは姫がかわいそうでその目に涙を浮かべた。

「好き、なんですね…。」

「お慕いしております……お優しい方なのです…。」

「他に好きな人がいてここにはもう来てくれなくても、ですか?」

「会えぬというだけでどうして嫌いになどなれましょう、どうして忘れることなどできましょう…会えねば会えぬほど会いたいと思うばかり……。」

 そう言って姫はまたはらはらと涙を流した。

 他に恋人を作っても、会えないとわかっていても好きだといって涙を流す人。

 愚かな女といってしまえばそれきりかもしれないが、あかねにはそうは思えない。

 会えなくても、振り向いてもらえなくても好きだ。

 その気持ちはなんとなくあかねにも理解できたから。

 でも、だからといって鬼になって相手の女の人を襲ったりするのはいけない。

 そのせいでこの純粋な人が傷つくのも見たくない。

 あかねは小さく息を吸い込むと、意を決して口を開いた。

「好きだって思う気持ちはわかります。でも、悪いのは頭弁さんです。頭弁さんの新しい恋人を憎んだり恨んだりするのは違うと思います。」

「……それは…。」

「頭弁さんの新しい恋人の家に鬼が出ました。それは……あなたです。」

「……。」

「その額の傷は私の仲間の陰陽師がつけました。だから、間違いないんです。」

「……夢を見ておりました…頭弁様にもう一度ここへ来て頂きたくて…わたくしから頭弁様を奪った女人が憎らしくて……そればかり思って…夢を見たのです…。」

「……。」

「あばら家のような屋敷でひっそりと暮らしているというのに、その女人は幸せそうで…わたくしの苦しみなど何一つ知らぬ顔で…それでも……。」

 そこまで言って姫は泣き崩れてしまった。

 あかねもこぼれそうになる涙をこらえる。

「気持ちはわかります。でも、やっぱり違います。悪いのはあなたでもあの人でもありません。頭弁さん……でもないのかもしれない……。」

「……。」

「人の気持ちなんて、心なんて……本当は自分にもどうしようもないものなのかもしれないから…。」

 そう話しながらあかねの脳裏にはいつの間にか頼久の顔が浮かんでいた。

 何を想っているのか一番気になる人。

 でも、想いなんてわかるはずもなくて…

 ああ、自分は彼のことが気になってしかたがない。

 それはきっと好きだっていうことなんだ。

 あかねはそう自覚して、そして目から涙をこぼした。

 もし、頼久に誰か好きな人ができて、その人と結婚したら、自分はその女性を憎むんだろうか?

 答えは否だ。

 頼久に幸せになってもらいたい。

 あの夜、そういった言葉に嘘はないから。

 あかねは涙をぬぐうときりりと視線を上げて臥せったままの姫を見つめた。

「人の気持ちはきっと自分でもどうしようもなくて…でも、誰かを憎むことで自分も傷つくなんてダメです。私なら、好きな人には幸せになってもらいたいです。そのために側にいるのが私じゃないとしても、やっぱり幸せでいてほしいと思います。」

「巫女殿…。」

「私は悲しくて泣いちゃうかもしれないけど、それでも大好きな人には幸せで笑っていてほしいです。そういうふうには思えませんか?そんなふうに大好きな人の幸せを願っていたらきっと自分も幸せになれる、そう思えませんか?」

「愛しきお方の幸せを願う幸せ…。」

「はい。大好きな人だから、その人を憎んだり、新しい恋人を憎んだり、そんなんじゃなくて……そうすればあなたも傷つかずに済みます。大好きな人の幸せを祈っていられたら、きっとそんな優しいあなたのことをもっとステキな人が幸せにしてくれます。ううん、もしそうならなくても誰かを憎んで不幸になるよりずっとましなはずです……奇麗事かもしれませんけど…。」

「……。」

「無理、でしょうか?」

 無理なら、もう泰明に調伏してもらうしかない。

 そう覚悟を決めてあかねは姫を見つめた。

 すると…

「……わたくしにも祈れるでしょうか、あの方の幸せを……。」

「大好きなら、きっと。」

 あかねがそう言って微笑んで見せると、姫はそんなあかねの膝にすがって泣いた。

 あかねはただ姫の手に自分の手を重ねて一緒に泣いた。

 きっとこんなふうに泣ける人なら大丈夫。

 きっと大丈夫。

 あかねは暖かな姫の手を握ってそう祈るように思った。



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管理人のひとりごと

あと1話!(><)
やっとここまできました…
誰よりも頼久さんを信用したあかねちゃんとその信頼を受け止める頼久さんの図でございます♪
もうここまできたら話のオチとかより頼久さんとの進展が気になる(’’)(コラ
次回最終話でございます。
もう少々お付き合いくださいませm(_ _)m







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