落花流水 第十話
 夜。

 あかねは御簾をゆっくりと上げて縁へと出てきた。

 もちろんそこには見慣れた背中がある。

 見慣れた背中はあかねの気配に気付くとすぐに振り返り、驚いたように目を見開いた。

「神子殿、このような夜更けに…。」

「色々あったからなんだか寝付けなくて。」

 心配そうに覗き込んでくる頼久にそう答えて苦笑して、あかねは縁にペタリと座った。

「本当に大丈夫だといいんですけど…。」

 昼間、鬼を生み出していると泰明が指定した姫君に会いに行き、話をした。

 結果、姫は自分の夫となる人の新しい恋人を憎むことをしないように努力すると約束してくれた。

 本当にそれができるかどうかはわからないから泰明に一応見張って、鬼が出てきたらもうしかたがないので今度こそ調伏してほしいと頼んだのだが…

 泰明はその必要はないだろうと言っていた。

 姫から鬼気が消えたとかで、おそらくもう鬼は出ないだろうというのが泰明の見解だった。

 それでも警戒して、被害にあっていた方の姫の屋敷に新しい結界を張ってもらった。

 結局、それで事件は解決してしまい、土御門邸で待っていた八葉は皆、怪我一つせずに戻ってきたあかねを見て安堵したのだった。

「泰明殿がああも断言なさったのです、大丈夫かと。」

「だといいです。誰かを憎んで鬼になって傷ついて、そんなの悲しすぎますから。」

「神子殿…。」

 縁で膝を抱えて溜め息をつくあかねはどこか悲しげで、頼久は目の前の主の方をこそ心配した。

 この優しい龍神の神子は他人を思いやるばかりに自分の体を壊してしまいはしないだろうか。

 頼久にはそちらの方が重大事だ。

「頭弁さんのことを大好きだって、それだけだったのにあんなことになっちゃうなんて…。」

「……。」

「……ちょっとだけわかる気がするんです、あの人の気持ち。」

「……。」

「大好きな人が自分のことを忘れてしまって、その人にはもう会えなくなってしまって…そうなったら私だってきっと悲しいです。でも、だからってあんなのはいけないと思ったんです。」

「はい。」

「悲しくてもつらくても、やれるだけのことをやって、それでもダメだったら、私ならやっぱり大好きな人には幸せでいてほしいなって…そう、思えたらいいなって…。」

「はい。」

「きれいごと、なのかなぁ…。」

「いえ、神子殿が本心でそう思われていることが伝わればこそ、今回の一件、戦わずにおさめることができたかと。」

「そう、かな。」

「はい。」

 しっかりとした頼久の返事にあかねはようやく微笑を浮かべた。

 いつも言葉少なな頼久にそう断言してもらえるのなら、自分は正しい事をしたのだと信じることができたから。

「今回のことで、私、気がついたことがあるんです。それから、決めたことも。」

「はぁ…。」

「頼久さん。」

「はい。」

「この戦いが終わったら、私、頼久さんに聞いてもらいたい話があるんです。」

「……私も、神子殿にお聞き頂きたいことがあります。」

 月明かりに照らされて二人は見つめあった。

 そこには以前の頼りなげなお互いの姿はもうなくて…

 しばらく見つめあって、そしてどちらからともなくその顔に微笑を浮かべるとあかねは抱えていた膝を解放して月を見上げた。

「もう少しだけここにいてもいいですか?今日はとっても月が綺麗だから。」

「はい、お供致します。」

「この戦いが終わったら、ゆっくりお話ししましょうね。」

「御意。」

 二人はその口元に微笑を浮かべたまま、黙って月を見上げていた。

 やがて疲れに負けてあかねがうとうとし始めるまでそれは続いて…

 空が白くなり始める頃、苦笑する頼久に見送られてあかねはやっと御簾の内で眠りにつくのだった。





 数日後…

 友雅は朝早くから土御門邸へと足を運んだ。

 目的はもちろん、龍神の神子たるあかねに会うためだ。

 あかねの部屋まで案内しようとする女房を勝手知ったる場所だからと断って庭へと回ってみれば、そこにはなにやら楽しげに庭の花を眺めているあかねの姿があった。

 水干姿で局の外にいるのは、この異界から降ってきた神子にはいつものことなのだが…

 友雅はすぐにそのあかねの様子が今までと少々違っていることに気付いた。

 どこかさっぱりとしていて、以前よりも朗らかに見える。

 そしてそんなあかねの傍らに立つ頼久もまた、以前とは違って見えた。

 以前は殺気さえ放って辺りを警戒し、その眉間にはいつもシワを寄せていたその男は今、なにやら柔和な面持ちであかねを見守っている。

 友雅は苦笑しながら手にしていた扇をパチリと閉じた。

「友雅さん、どうしたんですか?こんな朝早くから。」

 音で気付いて振り返ったあかねはすぐに立ち上がってにっこり微笑んだ。

 頼久は無言で友雅に一礼する。

 こちらは驚いていないようだから、さすがに気配でその存在を察知していたのだろう。

 友雅は苦笑を浮かべたまま二人のもとへと歩み寄った。

「朝から神子殿の御尊顔を拝し奉りに来たのだが、邪魔だったかな?」

「友雅さんはすぐそうやってからかうんですから。私は友雅さんが朝からお出かけなんて珍しいですねっていってるんです。」

「まぁね、少々神子殿の耳に入れておきたいことがあったものだから、内裏へ参上する前に寄ったのだよ。」

「あ、じゃぁ、今日は一緒に怨霊退治には行けないんですね?」

「ああ、すまないがそうなるね。」

「残念、今日は友雅さんと行こうと思ってたんです。」

「申し訳ないが御上に呼ばれているのでね。」

「わかりました、じゃぁ、代わりに鷹通さんにお願いします。で、話ってなんですか?」

「先日の一件なのだが…。」

 友雅のこの一言であかねと頼久ははっと表情を変えた。

 先日の一件とはもちろん、鬼を生み出した姫と、その鬼に狙われた姫の一件のことだ。

 数日前、泰明からもう大丈夫だと連絡がきて安心していたのだが、何かあったのかと二人に緊張が走った。

「ああ、そんなに深刻にならないでくれないか、別に問題が起きたわけじゃないんでね。」

「じゃぁ、何があったんですか?」

「実は鬼に襲われそうになっていたあばら家の君なんだが…。」

「ああ、はい、貧しい生活をしていたあの。」

「そのあばら家の君に少々話をしてね。」

「はい?友雅さんがですか?何を?」

「頭弁殿の噂、などね。」

 そう言って友雅はあかねに綺麗にウィンクして見せた。

 あかねは頼久と顔を見合わせて目を丸くする。

「神子殿が気にしていただろう?頭弁は不実な男だと。」

「え、はい、まぁ…。」

「不実な男にか弱き女人が遊ばれるのを見ているのも不本意だしね、少々出すぎたことをしておいたのだが、おかげでそちらの結婚も破談になってね。」

「はい?」

「ふったそうだよ、姫が、頭弁殿を。」

「……。」

 あかねと頼久は二人並んで驚きで目を見開いた。

「まぁ、二兎追う者一兎も得ずというからね。それから、哀れな鬼の姫の方だが、そちらにはね、新しい恋人が通いだしたそうだよ。」

「はい?」

「私の友人になかなか見所のある男がいてね、哀れで一途な女人が傷ついて悲しんでおいでだとついもらしてしまったのだが、すぐに興味を引かれたようでね。今まで女人に不実を働いたことのない男だから、まぁ、今度はよい結婚ができるのではないかな。」

「友雅さん……。」

「まぁ、そんな話が聞こえてきたから、一応神子殿の耳にも入れておこうかと思ってね。」

 そう言って微笑む友雅にあかねはいきなり深々と一礼した。

「有難うございました。色々気を使ってくれたんですね。」

「いや、神子殿のお心がこれで少しでも楽になれば、私としては多少働いた甲斐もあるというものだよ。これでも私は神子殿を守る八葉の一人だからね。」

「とっても楽になりました。」

「それはよかった。では、私はそろそろ内裏へ参上するとしよう。」

 友雅はもう一度頭を下げるあかねに軽く手を振って、門の方へと歩み去った。

「さすが友雅さんですね。女の人への気遣いさせたら八葉で一番!」

 そう言ってあかねは頼久に笑って見せた。

 あかねは冗談めかして言っているが、友雅の大人らしい気の使い方には頼久も感服するばかりだ。

 とうてい自分にはできそうもないことでもある。

 頼久は心の内で友雅に礼を述べながらあかねの笑顔を見守った。

 するとそこへ…

「神子さまぁ…」

 珍しくとてとてと藤姫が駆けてきた。

 その目には涙さえ浮かんでいて、なにやら慌てているようだ。

 あかねは頼久と顔を見合わせて小首を傾げてから藤姫の方へ駆け寄った。

「どうしたの?」

「本日は友雅殿と頼久とでお出かけになるとおっしゃっていらっしゃいましたので手配致しましたが…。」

「ああうん、友雅さんは内裏に行くからダメだってさっき聞いたよ。だから鷹通さんにお願いしようかなって…。」

「そうおっしゃるかと思いまして手配いたしましたところ、鷹通殿も本日は仕事で抜けられぬと…。」

「あらら…。」

「それで、急ぎ他の八葉にも連絡をとったのですが…泰明殿は潔斎で外出できず、イノリ殿は鍛冶修行、天真殿は行方が知れず、永泉様はお寺での大事なお勤めがあるとかで…。」

「詩紋君は今日、女房さんたちと何か約束してるって言ってたね。」

 あかねがそう言って苦笑すると藤姫は今にも泣き出さんばかりの顔で激しくうなずいた。

「申し訳ございません、この藤の手配が遅れましたばかりに…。」

「ああああ、違う違う!藤姫のせいじゃないよ!」

 慌ててあかねは藤姫の髪を優しくなでて、それからその視線を庭に立つ頼久へと向けた。

「それに大丈夫だから。」

「はい?」

「ね、頼久さん。」

「お供致します。」

「神子様?」

 視線を交わして微笑み合う頼久とあかねを見比べてから藤姫ははっと目を見開いた。

「いけません!また頼久一人を供に連れてお出かけになるおつもりでは!」

「うん、そう。」

「そのような危険な…。」

「大丈夫、前にもこんなことあったでしょう?でも大丈夫だったし。危なくなったらちゃんと逃げてくるから。」

「ですが…。」

「大丈夫ですよね?頼久さん。」

「はい。」

 あかねの言葉にはっきりと答える頼久に藤姫が驚いている間に、あかねはさっと縁から離れて頼久の左腕を取ると藤姫ににっこり微笑んで見せた。

「じゃぁ、行ってきます。ちゃんと危なくなったら逃げてくるし、今日は早めに戻るから心配しないでね。さ、行きましょう、頼久さん。」

「御意。」

 あかねは頼久の腕を引いて先に立って歩き出す。

 それをあかねに腕を預けたまま、頼久が追った。

 二人の間に流れる空気が以前と違うものになったことに気付いて藤姫は目を丸くしたまま二人を見送って、それからふっと溜め息をついた。

 先日は怨霊との戦いとは関係のない事件に巻き込まれて大変なことになったと思ったが、どうやらその一件のおかげで龍神の神子と八葉との絆は強く結ばれたらしい。

 二人を見送りながらそう気付いて、藤姫の顔には微笑が浮かんだ。

 決戦の時はもうすぐ。

 神子と八葉は切れぬ絆を武器にきっと戦いに勝利することだろう。

 藤姫は微笑みながら去っていく神子と天の青龍の後ろ姿を見つめながらそう確信するのだった。








管理人のひとりごと

完結致しました、長きに渡りお付き合い頂き有難うございましたm(_ _)m
まだぎこちない二人を書いてみたいという管理人の願望で始めたこの連載。
結局、あまり糖度は上がりませんでした(^^;
頼久さんのかっこいい殺陣とかも書けなかったな(’’)
管理人的にはまだ自覚してない頃のぎこちない二人から自覚するまでが書けたので満足してるんですが…
糖度を期待していた方、いらっしゃいましたらすみません(^^;
糖度高いのは短編の方でやります!
糖度追求していく感じでやりますので(’’)
それにしても連載って難しい…
難しい分おもしろいというのもあるので、またやってみたいなとは思います。







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