落花流水 第八話
 あかねは朝早くに起き出して、慌てて着替えると準備万端とばかりに局から飛び出そうとして、あかねよりも早くに起きてきたらしい頼久にばったり出くわした。

 庭に控えていた頼久は、御簾を跳ね上げて飛び出してきたあかねに目を丸くした。

 いつもならまだまだあかねは寝ているはずの時間だったからだ。

 あかねがまだ寝ていると思ったからこそ、頼久は声もかけずにこうして庭に控えていたのだ。

 頼久が驚きで目を丸くしていると、同じようにあかねも目を丸くして頼久を見つめた。

「頼久さん、おはようございます、今日はとっても早いんですね。」

「おはようございます。神子殿にはまだお休みかと思い…。」

「どうしても気になっちゃって…昨日、泰明さんが動きがあったって言ってたから…。」

「まだ泰明殿から連絡はありませんが…。」

「そう、ですか…。」

「神子殿。」

「はい?」

「何かあれば泰明殿から連絡がありましょうし…その……朝餉をとられては…。」

「ああ!忘れてました。」

 頼久に言われて初めて自分が朝ごはんを食べることも忘れていたことに気付いて、あかねは苦笑した。

 泰明のことは信じているし、自分にどれほどのことができるかわからない。

 そんなことはよくわかっているはずなのに、どうしてもあかねは何もしないでいるということができなかった。

「お気持ちはわかりますが、何かあれば泰明殿から連絡がございましょう。今はいざという時に備えてしっかり朝餉をとられた方が…。」

「そうですよね。私がここでじたばたしててもしかたないんですよね。」

 そう言ってあかねは一つ深呼吸をすると、頼久にいつものような明るい笑顔を見せた。

 すると、やっと頼久もその口元をうっすらと緩めて…

「おや、朝からずいぶんと仲がよさそうで、妬けるねぇ。」

「友雅さん!」

「友雅殿…。」

 驚いたあかねとあきれたような頼久との声が重なった。

 振り返った二人の視線の先にいたのはもちろん友雅だ。

「どうしたんですか?友雅さんがこんなに朝早くから。」

「それじゃぁまるで私がいつもは朝から働くことなんかないと言われているように聞こえるが…まぁ、それはいいとして、さきほど泰明殿から連絡があってね。体の空くものはこちらへ集合、とね。」

「へ、私、そんな連絡もらってませんけど…。」

「皆がここへ集まれば問題はないと思っておいでなんだろうね。それより神子殿は、今の話だと朝餉もまだ済ませていないのかな?」

「あ、はい、すみません…。」

「私に謝ることはないさ。それより、私も急いで出てきたので朝餉はまだなのだよ、一緒にどうだい?」

「あ、はい、それなら是非一緒に。」

 あかねがそう笑顔で答えると友雅は女房を呼びつけて朝餉の支度をいいつけた。

 するとそこへ…

「早いですね、友雅殿。」

 いいタイミングで鷹通が姿を現した。

「鷹通も、さすがに早い。」

「おはようございます、神子殿、頼久もおはよう。」

『おはようございます。』

 頼久とあかねは同時に声をそろえてそう言って頭を下げた。

 それを見て友雅がくすくすと笑みを漏らす。

「他はまだですか?」

「ああ、神子殿がまだ朝餉も済ませていないというので今一緒にと話していたところだよ。」

「相変わらずのんきですね。」

 鷹通は苦笑しながらそう言って縁に腰掛けた友雅の隣へ座った。

「鷹通もまだなら一緒にどうだい?」

「では、神子殿のお許しが頂けるのでしたら。」

「もちろん!一緒に食べましょう!頼久さんもまだだったら一緒に!」

「は?」

 急に話を振られて自分とは全く関係ないという顔をしていた頼久が小首を傾げた。

「頼久さんは朝餉、もう済ませました?」

「いえ……。」

 朝早くに目が覚めて、神子殿がきっと昨日の話を気にしていらっしゃるだろうと思えばいても立ってもいられなくてこうして早すぎるとわかっていて控えているのだ。

 もちろん、朝餉どころか水一滴口になどしていない。

 武士団の任務についている時は丸一日何も口にしないこともあるくらいだから、そんなことは全く気にしていなかったが…

「だったら、一緒に食べましょう。」

 ニコッ

 龍神に愛でられた乙女が屈託ない笑顔で頼久を見つめる。

 その笑顔がまぶしくて、頼久は一瞬我を忘れた。

「頼久さん?」

「いえ、その…私は…。」

「朝ごはんはちゃんと食べないとダメです。一日元気に過ごせませんよ?」

「ですが…。」

「身分とかなしです。みんな仲間なんですから一緒に食べましょう、ね?」

 と、上目遣いにお願いされて、頼久は言葉に詰まった。

 一介の武士にすぎない自分と龍神の神子が並んで食事をするなどとんでもない。

 そう思っているのだが、それを口に出して言えば目の前の可憐な主はきっと必死になって自分を説得するだろうことはこれまでの経験から明白で…

「頼久、ここは神子殿の言うとおりにしておいた方がいいよ。これ以上ていこうしては朝餉を取るだけで夜までかかりそうだ。」

「友雅さんっ!」

「なんだ、みんな早いじゃん。だいたい、泰明は?何みんなで騒いでんだよ。」

 朝餉の話題で盛り上がっているところへ姿を現したのはイノリだ。

 泰明から呼び出された割にあまりにも和気藹々とした雰囲気だったので訝しげな顔をしている。

 事情を鷹通が説明して聞かせると、イノリはあきれたというふうに頼久を見上げた。

「そんなもん、あかねがいいってんだから一緒に食えばいいじゃねーか。」

 頼久以上に一介の庶民のイノリがそう言って縁に上がってしまえば、頼久にそれ以上抵抗する術はなく、結局、タイミングよく女房達が朝餉を運び込んできて、一同は縁で楽しく食事をすることになってしまった。

 思いがけず賑やかな食事になってあかねはもちろんのこと、みんな楽しそうに談笑しながら朝餉を口にしているが、頼久はというと、一人あかねと向かい合って膳の前に座り、ぎこちない動きで黙々と料理を口へ運んでいた。

 その様子を見て友雅がたまにクスッと笑みを漏らすと、あかねはそんな友雅を無言でにらみつけた。

 それを眺めて鷹通が深い溜め息をつく。

 一同がそんなことをしている間に、残る天真、詩紋、永泉が到着して、場は更に賑やかになった。

「にしてもよ、肝心の泰明は何やってんだよ。呼び出したのあいつだろ?」

 散々食事を堪能してから天真がそう口を開くと、あかねはしょうがないなぁと言った様子で溜め息をついた。

「天真君はもぅ、めいっぱいご飯食べてから言うかなぁ。泰明さんだって色々あるんだよ。」

「最近のあかねはわかったようなこと言うよなぁ。」

「そう?」

「神子は成長しているのだ。」

 いきなり会話に割って入ってきたのは泰明だった。

 いつものように無表情な顔で楽しげに膳を前にしている一同をぐるりと眺める。

「何をしている?」

「えっと……みんなで朝餉を……すみません。」

「何故謝る?朝餉をとって気を整えておくことは別段、悪いことではあるまい。」

「そうなんですか?」

「神子はおかしなことを言う。」

 訝しげに目を細めて泰明は首をかしげた。

 それを見てあかねが苦笑する。

 泰明に悪気がないのはもうわかっているのだが、こうして無邪気に首を傾げられるとどうしてもまだ違和感があった。

「そんなことより、何か動きがあって、んで、みんなでケリつけようってんで全員集めたんじゃねーのかよ。」

 そうつっこんだのは天真だったが、泰明がその視線を向けた先はあかねだった。

 そしてそんな泰明の顔からは穏やかさが消えて厳しさが宿っていて…

 あかねは思わず姿勢をただすと、軽く深呼吸をして泰明を見つめ返した。

「神子。」

「はい。」

「動きはあった。昨日話したように敵には傷を負わせた。式神を使って気配を追ってすぐに敵の正体は知れた。」

「はい。」

「今回の件はそもそも怨霊とは関係がなかった。ここで手を引いてもかまわぬ。」

「そ、そういうわけには…困っている人がいるわけですし…。」

「手を引いてもかまわぬと言っただけだ。手を引くか、敵を調伏して全てを終わらせるか、それは神子が決めればいい。」

「あ、はい。」

 泰明にしてはあまりにも物言いが遠まわしだ。

 そのことに気付いて一同はそれぞれに顔を見合わせた。

 泰明はそもそも、真実を端的に話すことしかしないはずなのに、今回はまたずいぶんと前置きが長い。

 これは何かあったのかと最初に心配そうな表情を浮かべたのは同じ玄武の相棒、永泉だった。

「あの…泰明殿……その……何かあったのでしょうか?」

「動きがあったといっている。」

「いえ、そうではなく……泰明殿が話しづらいと思われるようななにかが……。」

 恐る恐る永泉がそう言ってみれば、泰明は少しだけ驚いたような顔をしてからすぐにもとの厳しい表情を取り戻した。

 そして、ちらりと永泉を見てからすぐにあかねに視線を戻すと、再び口を開いた。

「昨日、神子の命で見張っていた屋敷に鬼が現れた。怨霊ではない、あれは人の思念の塊、つまりは鬼だ。」

「鬼…。」

「私は鬼を調伏しようとしたがあと一歩のところで逃げられた。鬼には手傷を負わせておいたから、鬼の主、思念の塊を放った人間は私が鬼に負わせたのと同じ傷をその身に負っている。つまり、傷を見れば誰が鬼の正体なのかは一目瞭然だ。」

「はい…。」

「鬼が傷を負ったのはちょうど…。」

 そう言って泰明は自分の額に右手の人差し指を当てた。

 つまり、そこ、額の中央に傷を負わせたということだ。

「鬼を生み出しちゃった人に会えばすぐにわかるってことですね。」

「そうだ。闇雲に探しても見つかるはずもない。だから、先ほどまで私が式神を使って敵の気配を探っていた。そして居場所を突き止めた故、こうして全員を集めた。」

「じゃ、あとは簡単じゃねーか、乗り込んでその鬼だか鬼の正体だかしんねーけど、そいつを成敗してめだたしめでたし、俺達は怨霊退治に戻る、ってことでいいんじゃねーか?」

 めんどくさそうにそういう天真には目もくれず、泰明はじっとあかねを見つめている。

「泰明さん?」

「神子が乗り込み、調伏せよというのなら私一人で行ってもいい。」

「はい?」

「その程度の相手だということだ。」

「はぁ…でも、それじゃぁ、どうして全員集めて……。」

「神子が決めるべきだと考えたからだ。」

「決める、ですか?」

「乗り込んで相手を調伏するか否か。もしくは調伏するにせよ、誰がどのように行うべきか。」

「えっと、泰明さん一人でもできるっていうことは別に龍神の力が必要とか八葉の力が必要とかそういうことでは…。」

「ない。」

「じゃぁ、何が問題なんですか?」

 いつもはっきりと物を言う泰明には珍しく話が回りくどいものだから、あかねはすっかり何を言われているのかがわからなくなって小首を傾げた。

 ただ、一人永泉は心配そうに泰明を見つめているが、他の八葉も今ひとつ状況が飲み込めていない。

 そんな中でも頼久はその武士としてのカンからか何かを感じ取ったようで、ただじっと心配そうにこちらはあかねを見つめていたが…

「問題なのは鬼の正体だ。」

「えっと、誰なのかはわかってるんですよね?さっき額に傷を負わせてあるからすぐにわかるって……。」

「わかっている。」

 ならばすぐに誰なのかを言って、そこへ乗り込めばいいはずだ。

 それなのに、泰明は明らかにその名を口にすることを躊躇している。

 あかねはその顔に真剣な表情を浮かべて泰明をきりりと見つめた。

「誰、なんですか?言ってください。私の知っている人だったんですか?」

「……。」

 このあかねの質問はどうやら図星だったようで、珍しく泰明は黙り込むとあかねを見つめたまま考え込んだ。

 仲間達はそんな泰明を黙って見守った。

 ここは問い詰めればいいという場面ではないと、誰にもわかっていたから。

 そして、泰明は、しばらくの間考えてから小さく深呼吸をして口を開いた。

「神子は、双方ともに助けたいと、そう願っている。」

「双方ともにって、えっと、物の怪に襲われたっていう貧しい家のお姫様と、結婚が近いっていうお姫様のこと、ですよね?」

「そうだ。」

「それはもちろん、両方とも解決して助けてあげられたらいいなって思いますけど…できない、ですか?」

 心配そうにあかねが泰明を見つめれば泰明はかすかに苦しそうに顔をゆがめた。

「神子、鬼は…鬼となる思念の塊を放ったのはその婚儀を控えた姫だ。」

「……はい?だって、あっちのお屋敷にも物の怪が出て迷惑してるって……。」

「やはりそうなりましたか…。」

 驚くあかねの目が言葉を発した鷹通へと向けられた。

 もちろん、他の一同も鷹通を見つめる。

「どういうことだい?鷹通。」

「頭弁殿のことを更に詳しく調べていて判明したのですが、どうやら今回の婚儀の話、そもそも破談になる予定だったようなのです。」

 一同がはっと驚きで目を見開いた。

 あかねも驚きを隠せない。

 もうすぐ婚儀だから事を公にしないでほしいと、あの屋敷の女房は確かにそういわなかったか?

「頭弁殿は破談にしたいと申し出たそうなのですが、姫君の方で外聞もあるから婚儀だけは執り行ってほしい、その後の関係は絶ってもいいからと熱心にとりなしたとかで、結局、婚儀だけは済ますことになったと聞きました。」

「そんな……かわいそうです…。」

「しかも、その破談の原因となったのが…。」

「神子殿が初めに様子を見に行った没落貴族の姫君を見出したせい、かい?」

「さすがは友雅殿、お察しの通りです。」

 あきれたように言う友雅の言葉を鷹通は苦しげに肯定した。

「そんな…ひどすぎます…。」

「もし、この話が婚約者である姫君の耳に入ったとしたら…。」

「自分から夫を奪った女を憎んで鬼と化す、か、なんとも見苦しい話だ。」

「見苦しいとかそんなんじゃないです!その頭弁っていう人、ひどすぎます!いくらなんでもやっていいことと悪いことがあります!」

 烈火のごとく怒るあかねの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 その姿が痛々しくて、それでも自分には何もできなくて頼久は唇をかんだ。

「確かに頭弁殿は褒められたことはしていないが、問題はそこではないのではないかな?神子殿。」

 友雅に優しくそう問われて、あかねははっと我に返った。

 そうなのだ。

 不実な男を責めることはいつでもできる。

 だが、今は、目の前の問題を解決しなくてはならないのだ。

「そう、ですよね…鬼を退治……。」

 そこまで言ってあかねははっと泰明を見た。

 鬼を退治すればもう物の怪が出るという騒ぎは起きなくなり、その点については解決する。

 だが、鬼の正体である哀れな姫君はどうなる?

 泰明が鬼に傷をつけただけでその正体である姫の体にも傷ができているというほどだ、もし、鬼を調伏してしまったら?

 そのことに気付いて、あかねは顔色を青くした。

「泰明さん、もし、鬼を調伏したら……。」

「良くて魂を失い、廃人となる。悪くすれば……死ぬだろう。」

「そんな……。」

 予想していたとはいえ、泰明の言葉にその場の誰もが凍りついた。

 悪いのは鬼を生み出した女ではないはずだ。

 それなのに、事件を解決すれば一人の罪のない女性が死ぬかもしれない。

「だから、神子が決めるべきだと言った。鬼を調伏して事をおさめるか、あるいは…。」

「あるいはって、他に何かいい方法があるんですか?」

 思わぬ泰明の言葉にあかねの表情が明るくなる。

 だが、泰明は無残にも首を横に振った。

「わからぬ。少なくとも私には他に方法はない。だが、神子ならば他にどうにかできるかもしれない。神子は龍神の神子なのだから。」

「私?」

「そうだ。だから決めろ。私一人で調伏していいのなら行って調伏してくる。八葉全員を引き連れて完膚なきまでに調伏したいのならそれもいい。ただ見届けたいのならそれでもいいだろう。他に神子に何か考えがあるのなら、それを選択してもよい。」

 泰明の言葉にあかねは考え込んだ。

 どうにかして、二人とも助けられないものだろうか?

 悪いのは頭弁という人一人で、女性二人は被害者のはずだ。

 あかねは必死に考えて、そして八葉全員が見守る中できりりと視線を上げた。



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管理人のひとりごと

やっとここまできた感がありますが、まだ続きます(’’)
全10話完結!(予定)とだけ言っておこう(マテ
いや、たぶん終わります、たぶん(^^;
物の怪の正体を知ったみんな。
あかねちゃんの判断待ちです。
最終決戦、あかねちゃんはいったいどうするのかは次回をお待ち下さい!
長くなっておりますが、もう少々お付き合いくださいませ(^^;






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