「結局、問題が二つに増えたっていうだけなんですよねぇ。」
そういいながらあかねは膝を抱えて待っていた。
すぐ隣に座っているのは鷹通だ。
友雅と共に高貴な身分でありながら怨霊に悩まされてるという女性のもとを訪れた翌日、あかねは本来の怨霊退治のために京を歩き回って帰ってきたところだった。
そう、結局のところ、イノリの情報で訪ねた屋敷も、友雅の情報で訪ねた屋敷も、あかね達が普段相手にしている怨霊が出ているのではないらしいということになったのだ。
「二つというか、三つといってもいいかもしれません。」
膝をかかえているあかねの隣で鷹通はそう言って苦笑した。
そう、怨霊ではなく、物の怪が出ているらしい屋敷が二つ、それに加えてもとからの怨霊退治がある。
物忌みだなんだで怨霊退治にいけなかったおかげで、京のあちこちで怨霊が暴れだして、今日のあかねは朝から大忙しだった。
京中を走り回って怨霊を退治したおかげであかねの足は限界だった。
「お待たせ致しました。」
いつものように落ち着いた声でそういいながら姿を現したのは頼久だ。
手には水を張った桶がある。
そう、あかねが待っていたのはこの頼久の帰りだった。
桶をあかねの足下に置くと、頼久はあかねの足をそっと水の中へと入れた。
「いったぁ…。」
「申し訳ありません、いましばらくご辛抱を…。」
「ああ、いえ、頼久さんが悪いわけじゃないんで、謝らないで下さい…いたたた。」
一日中歩き回ったおかげであかねの足にはマメができ、それがつぶれたところもあって、足全体もはれていて…
今日の供は頼久と鷹通だったので、途中で見かねた頼久が帰り道、あかねを抱いて帰ってきたほどだった。
屋敷に戻ってからも足の痛みが引かないので、こうして頼久が冷やすことにしたのだ。
「ん〜、もうちょっと頑丈だと思ってたんですよね…。」
「神子殿はじゅうぶんに頑丈でいらっしゃいますよ。牛車を使わずに今日も一日中駆け回っておいででした。京の女性で神子殿のように歩ける者はそうはいませんよ。」
そう言って鷹通は微笑んでくれるが、あかねとしてはこれくらいのことでねをあげる自分の体がうらめしい。
なるべくみんなに迷惑をかけないようにしようと努力もしているけれど、今日だって頼久に抱えられて帰ってくることになってしまった。
迷惑をかけないどころの騒ぎじゃない。
「ごめんなさい、頼久さん。」
「は?」
「抱えて帰ってきてもらった上にこんな…足の治療までしてもらっちゃって…。」
「いえ、お気になさらず。」
あかねは深い溜め息をついて水の中で足をさすってくれる頼久の大きな手を見つめた。
「神子殿はこれ以上はないほどに努力しておいでです。そんなに気落ちなさらずに……私こそ、神子殿のお役に立てずに…。」
「そ、そんなことないですっ!鷹通さんには無理を言って色々調べてもらってる上に、今日だって忙しいのに一緒に怨霊退治に来てもらっちゃったし…。」
「いえ、それは八葉としての仕事ですから気になさらずに。」
「おや、今日は鷹通が神子殿のお供を許されたのだね、これは羨ましい。」
いつもの剣呑な声が聞こえて鷹通はきりりと表情を厳しくする。
現れたのはもちろん、鷹通の相棒である友雅だ。
「友雅殿…ご自身は私用でこちらへは来られないと仰せだったではありませんか。」
「まぁね、野暮用があったのでね。ふ〜ん。」
軽く鷹通を牽制して友雅の目はあかねの足に移る。
そこには、優しくあかねの足を介抱する頼久の手が…
「どうしたんですか?友雅さん。」
「いや、さすが、神子殿大事の頼久はそこまでするかと思ってね。」
「はい?」
「女人の足を撫でさするとは、頼久にしては意外に大胆なことをすると思っただけだよ、神子殿。」
「友雅さんっ!」
「友雅殿!」
あかねと頼久の声が重なって、二人の視線が友雅を射抜く。
鷹通はやれやれといった顔で深い溜め息をついた。
「これは私が足のマメをつぶしちゃって、ちょっと足が腫れてるから頼久さんが治療してくれてるんですっ!おかしなこと言わないで下さいっ!」
「おかしなことは言っていないよ、神子殿の足を撫でさすっているのは事実じゃないかな?目的はどうあれ、ね。」
「友雅さんっ!」
あかねがきりりと友雅を睨みつけても、友雅の方はおかまいなしでクスクスと笑っている。
頼久は溜め息をついて懐から布を取り出すと、それであかねの足を綺麗に拭いて桶をよけた。
あかねが礼を言おうとすると、頼久は再び懐から薬のようなものを取り出してあかねの足に塗り始めた。
「おや、頼久はずいぶんと大胆になったものだね。」
「だから!友雅さん!」
「ははは、わかったわかった。そんなに怒るものではないよ、神子殿。なかなか神子殿に触れさせてはもらえぬ男の嫉妬だとでも思ってほしいね。」
「も〜〜〜〜友雅さんはっ!」
からからと笑う友雅をあかねが睨みつけている間に頼久の治療はすっかり終わって、あかねは今度こそ頼久にペコリと頭を下げた。
「有難うございました。凄く楽になりました。」
「いえ、お役に立てましたならば。」
そう言って頼久は深々と礼をしてあかねと距離をとった。
「友雅殿、まさか頼久をからかうためだけに来たとはおっしゃらないでしょう。何かありましたか?」
「神子殿の麗しいかんばせを拝しにと言いたいところだが、鷹通の言うとおりちょっとした情報を仕入れたのでね、それを知らせに来たのだよ。」
「情報、ですか?」
愛らしく小首を傾げるあかねにうなずいて、友雅は優雅に微笑んだ。
「くだんの物の怪の件でね気になったので少々調べてみた。」
「調べたとは何をですか?物の怪の正体が知れたのですか?」
「焦るんじゃないよ、鷹通。物の怪の正体はまだわからないが、ひょっとして関係があるかもしれないという人物は浮かんだ。」
『人物?』
あかねと鷹通の声が重なった。
物の怪ではなくて人物が浮かんだというのはどういうことか。
「あの屋敷の女主人は婚儀を控えていると言っていただろう?その相手がね、わかったのだよ。」
「それが物の怪と関係あるんですか?」
「さて、それは更に調べてみないとなんとも…。」
「それで、そのお相手とはどなたなのですか?」
「それが頭弁(とうのべん)殿でね。」
「それはまた…。」
「うむ。いい話だろう?」
友雅と鷹通は何やら二人で納得しているが、あかねには何がいい話なのかさっぱりわからない。
頼久の顔をうかがってみるとそこにはいつもの冷静なポーカーフェイスがあるだけで話がわかっているのかどうかは読み取れなかった。
「ああ、神子殿にはわからないか。頭弁というのはまぁ、そこそこいい役職でね、出世が約束されているのだよ。」
「つまり、玉の輿ってことですか?」
「まぁ、わかりやすく言うとそうなるかね。」
「玉の輿なら確かに物の怪騒動が公になって破談になったら困りますねぇ。」
なんとなく話がわかったような気がしてあかねは一人うなずいた。
「いい縁談なのはわかりましたが、物の怪の正体と何か関係があるのでしょうか?」
「鷹通は知らないかな?巷の噂を。」
「噂にはあまり興味がありません。興味本位の噂に真実が語られることはありませんし、噂のせいで真実を見る目を曇らせることがありますので。」
「鷹通らしいね。だが、私は噂をよく聞く身でね。小耳に挟んだことがあるのだよ、頭弁殿はどうも好色らしいという話を、ね。」
そう言って友雅はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
対して鷹通は不機嫌そうに顔を歪ませる。
「それって、頭弁さんは浮気者ってことですか?」
「わかりやすく言うとそうなるが…まぁ、妻の二人三人持っているのは頭弁殿ほどの身分となると当然といえば当然なのだがね。」
「当然って…。」
この一夫多妻制というのがあかねにはなじみがない。
この世界では常識だといわれても、好きな人に奥さんが何人もいるなんて女の人は耐えられるんだろうか?とあかねはついつい思ってしまうのだ。
「私がいた世界ではそういうのはいけないことって言われてましたから、よくわかりません、当然って言われても…だいたい、当然でも女の人達はいやな思いをしたりしないんですか?私だったら嫌です。」
「そこが問題でね。」
「へ?」
ここからは相棒の役目とばかりに友雅は鷹通に視線を移した。
どうやら友雅にこれ以上面倒な説明をする気はないらしいと悟って鷹通は深い溜め気をついてから口を開いた。
「身分高きお方が妻を多く持つのは世の常ですが、神子殿のおっしゃる通り女性方は心穏やかではありません。ですから、それを原因とした揉め事も絶えないのです。」
「やっぱりそうなんだ…。」
「ですが、常識は常識です。貴族の男性が妻を一人しか持っていないということはまずありえません。」
「鷹通の年で妻がいないというのもそろそろ珍しいだろうし、ここにはもっと珍しい男もいるから神子殿にはわかりづらいかもしれないけれどね。」
「もっと珍しい男、ですか?」
鷹通の話に割って入った友雅の言葉にあかねが小首を傾げる。
すると友雅はその視線を少し離れたところに立って控えている頼久へと向けた。
自然とあかねと鷹通の視線も頼久に集中する。
何事かと頼久も不思議そうに3人を見比べた。
「鷹通はまぁ、適齢期ではあるがまだ妻がいなくても不思議ではない年だろう。私は妻はいないが、恋人はたくさんいてね。ところがこの剣の道一筋の男は…。」
「は?」
「妻どころか浮いた話が一つもないという変わり者だからね。」
「……私のような未熟者に妻などと…。」
「未熟者かどうかではないよ、頼久。源武士団の次期棟梁で25にもなる立派な男が通う女人の一人もいないというのは珍しいというより他にない。」
「そうなんですか?鷹通さん。」
「ええ、まぁ、頼久は貴族でこそありませんが武士団の次期棟梁という地位にありますから、本来であればもっと若いうちに妻を娶って跡取りの誕生を待つところでしょう。」
「鷹通殿、そのようなお話は……。」
すっかり友雅の説明を信じていないあかねだったが、鷹通にまでこう言われるとさすがにそうなのかと納得した。
そして、その説明をすっかり理解してから頼久を再び見てみれば、確かに頼久は立派な大人の男性であり…
「まぁ、頼久のような男は珍しいのだよ、神子殿。つまり、頭弁殿は常識に反するようなことをしているわけではない。ないのだが…。」
「何か問題でもあるのですか?」
「女人は常識で割り切れる生き物ではないよ、鷹通。」
「は?」
「あの屋敷の女主人は身分もそこそこでね。確かに頭弁殿の妻となれば玉の輿かもしれないが、不釣合いなほど身分の高い夫というわけでもない。」
「はぁ…。」
「だが、恋多き頭弁殿がもし、不相応に身分の低い女人をも相手にしているとしたら…。」
友雅はそう問いかけて3人を見比べた。
鷹通と頼久は眉間にシワを寄せる勢いで考え込み、うめき声をあげそうだ。
対してあかねはというと、少し考えただけでポンと手を打った。
「嫉妬しますね!」
「ほほぅ、神子殿はさすが女人、女心がよくわかっておいでだ。」
「でも、嫉妬したからって物の怪が出るんですか?」
「まさか…。」
あかねの疑問につぶやいたのは鷹通だ。
「なんだね?鷹通。」
「その、頭弁殿の相手の女人を呪い殺そうとしているのでは…。」
「それなら、頭弁殿の妻になろうとしているあの女主人の屋敷に物の怪が出るというのはおかしくはないか?」
「確かに…。」
「だからまだ物の怪の正体はわからないといっているんだよ。ただ、どうもひっかかってね。物の怪が出始めたのと婚儀の話が出たのでは時期が重なっているようなのだよ。」
そう言って友雅が苦笑するとあかねと鷹通は顔を見合わせて溜め息をついた。
何かがわかりそうでわからない、そんな感じだ。
「まぁ、怨霊じゃなさそうですから、とりあえず泰明さんに式神を使って様子を見てもらうってことで…はぁ、また泰明さんに頼っちゃうことになるなぁ…。」
「この手のことは泰明殿が一番通じておられますから、しかたありません。私も頭弁殿のこと、少々調べてみましょう。」
「あ、はい、お願いします。」
「おや、鷹通、もう帰るのかな?」
「いえ、早速調べてみようかと…。」
「途中まで共に行こう。車を待たせてある。」
「助かります、では、神子殿、また。」
「あ、はい。お疲れ様でした。」
「私もまた明日にでもうかがわせてもらうよ。」
「はい、友雅さんもわざわざ有難うございました。」
丁寧に挨拶するあかねに二人は嬉しそうな笑みを浮かべてうなずいて去っていった。
二人が一度にいなくなるとなんだか縁の周りは静かで…
あかねはほっと溜め息をついて頼久を見上げた。
「神子殿…何か?」
「あ、いえ…頼久さんて恋人もいないんだなぁと思っただけで…。」
「は?」
「さっき友雅さんが言ってたから…今まで怨霊退治に忙しくてそういうこと考えたことなかったなと思って。みんなのこと仲間として少しでも理解できたらなって思ってましたけど、頼久さんにそういう話を聞いたことなかったかなって。って、鷹通さんとか泰明さんとかもそういう話ってしてないか、そういえば…。」
「……私は、神子殿にお救い頂くまで、兄のことでいっぱいで……女人のことなど考えている余裕はございませんでしたので…今は八葉の勤めで精一杯です。未熟者ですので…。」
「私もです、目の前のことでいっぱいいっぱい。」
そう言ってあかねは苦笑した。
目の前の怨霊退治で精一杯で、仲間仲間と自分では言っているのにその仲間達のことを実はよく知らないでいるような、そんな気がした。
友雅が女性関係をあけすけにしているだけなのかもしれないが、そういう話を他の面々と真剣にしたこともなかったから。
「跡取りのことを考えるだけの妻であれば父がそのうち縁談を持ってくると思っております…。」
「でも、ほら、この戦いが終わって平和になったら、頼久さんにだって女の人とお付き合いする余裕ができますよ。」
「この戦いが終わったら、ですか…。」
「はい、この戦いが終わったら…。」
この戦いが終わったら…
二人はこの言葉を口にして、初めてこの戦いにもいつかは終わりが来るのだと実感した。
そしてこの戦いが終わったら、自分はいったいどうするのだろう?
二人の胸の内にわきあがったこの疑問に、今は二人とも答えられなかった。
第七話へ
管理人のひとりごと
お待たせ致しました、第六話でございます(^^)
今回はどちらかというと本編が進んだ感じですね(’’)
糖度低っ!(マテ
とりあえずあかねちゃんの足をなでなでする頼久さんに萌えな感じでお願いします←何が
たぶん、次の話が多少甘くなる予感がします。
で、終了まであと少し(’’)
なが〜い目で見守ってやって下さい…
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