落花流水 第五話
 あかねは友雅、頼久の二人を供に連れて大路を歩いている。

 物忌みがやっと終わって解放されたあかねは、朝、八葉で都合のいい面々を集めて作戦会議を開いた。

 そこで物忌みの間に頼久と話し合ったことを披露して、八葉の意見を聞いたのだ。

 結局、全面的にあかねの提案が受け入れられ、あかねは今、友雅が情報を持ってきてくれた高貴な姫君の屋敷へと移動中というわけだ。

 先に様子を見てきた貧しい方の女性の家には今でも泰明が式神を見張りにおいてくれていて心配はない。

 今のところ、怨霊も現れていないという話だ。

 今日の供の二人は意外とあっさり決定した。

 朝集まってくれたのは、頼久、友雅、鷹通、泰明の4人。

 イノリは鍛冶修行のために来られなくて、天真は妹探しに出て行った、詩紋は字の読み方を習う約束があるとかで外出中、永泉は僧侶としての勤めがあるとのことで欠席だ。

 これが全員集まっていたりすると、あかねの供には自分がとみんながみんな言い出して大変なことになるのだが、今回はとにかく朝一番で神子のお供を願い出ていた頼久と、情報提供者の友雅が供につくと言うことで鷹通と泰明がすんなり納得したのだ。

 もっとも、泰明はもう一軒の方の見張りという役目があったし、鷹通はそのもう一軒の方の怨霊について情報収集をするという仕事があったからどうしてもあかねの供につくとは言いづらかったのかもしれない。

 そんなこんなで朝からしっかり話し合いをしてあかねは今、頼久、友雅と共に歩いているというわけだ。

「それにしても、神子殿の供が早い者勝ちとなると少々不公平だね。」

「はい?」

「今日は私が情報提供者ということで選んでもらえたが、もう一人は頼久。朝一番にお供を願い出たからというのでは、私や鷹通には勝ち目がないからね。」

「どうしてですか?」

「考えてごらん、私の白雪。頼久はいわば神子殿と同じ屋敷に暮らしているといってもいいんだよ。他から通っている我々では勝ち目がない。早い者勝ちだとね。」

「お、同じ屋敷に暮らしてるってわけじゃ…それに早い者勝ちでもないですよ…。」

 とあかねが言い訳してみても、同じ屋敷ではないにしても同じ敷地内に頼久が起居していることは事実だ。

 しかも今日は朝一番で立候補していたという理由で頼久を供に決めてしまっている。

「おや、私はまたてっきり早い者勝ちだから最近は頼久が供につくことが多いのだと思っていたのだけどね。」

「そ、それは…。」

 あかねは今の会話が頼久に聞こえてはいないかと気になってちらりと背後を振り返った。

 頼久はいつものように数歩後ろを歩いていたからだ。

 ところが、会話の邪魔をしないようにと気を使ったのか頼久はいつもよりも遙かに後ろを歩いていて…

 今の話が聞こえていなかったことにほっとしながらも、あかねはその顔に怒りをあらわにした。

「神子殿?」

「私は頼久さんが頼りになると思うから一緒にきてもらうんです!友雅さんだってそうです!頼りになるなって思ってるから供についてもらってます!」

 小首を傾げている友雅にいきなり大声でそう宣言したかと思うと、あかねはすたすたと頼久に歩み寄りその腕を引っ張って友雅の元へ戻ってきた。

「み、神子殿?」

 慌てる頼久をよそにあかねは右腕で頼久の左腕を、そして自分の左腕で友雅の右腕を抱えて歩き出す。

 体格のいい二人の男はこうして小さな愛らしい神子に引きずられるように歩き出した。

「友雅さんはもうちょっと真剣にやってください!頼久さんは気を使いすぎです!ちゃんと並んでみんなで歩いて下さい!わかりましたか?」

「私の愛らしい白雪がそこまで言うのなら努力しよう。」

 困ったように苦笑しながら友雅がそういうと不機嫌そうな顔のままあかねは一つうなずいて、今度は右隣をひきずられている頼久へと視線を移す。

「頼久さんは?」

「ぎょ、御意。」

 いつもは儚げなあかねの有無を言わさぬ迫力に押されて思わず頼久はそう答えていた。

 するとあかねは満足したように深く一つうなずいてすたすたと歩く足を速めた。

「神子殿、このまま歩くとひどく目立つのだがね。」

「かまいません、今日はこのままお屋敷まで行きます!」

「み、神子殿…。」

 友雅が困り果てても頼久が慌ててもあかねに譲る気は皆無らしい。

 しっかりと二人の腕を抱えたまま、あかねはすたすたと歩き続けた。

「友雅さんは何回言っても真剣にやってくれないし、頼久さんも何回言っても並んで歩いてくれないし、今日は二人ともお仕置きです。」

「お仕置きとは…私にとってはなんとも嬉しいお仕置きだね。」

「友雅さんっ!」

「まぁ、頼久にはかなりきついお仕置きになってるようだが。」

 またふざけているらしい友雅に向けていた鋭いあかねの視線が頼久へと向いてその色を変えた。

 友雅の言う通り、主に腕を抱かれるという前代未聞の大事件に遭遇した頼久は顔色を真っ青にして目がうつろだ。

「よ、頼久さん?大丈夫ですか?」

「…はぁ…ご、ご心配頂くほどのことでは…。」

「か、顔色悪いですよっ!」

 あかねは慌てて二人の腕を放すと、頼久の顔をのぞきこんだ。

「まぁ、頼久にとっては天変地異だろうからね。」

「へ?」

「女主に腕を抱えられて歩くことになるなど頼久は夢にも思わなかったろう。まぁ、私はこれからずっと神子殿にそうして歩いて頂いてもいいけれどね。」

「友雅さん!」

「申し訳ありません、みっともないところをお見せしてしまい…。」

「そんな、私が頼久さんにとっては凄くびっくりすることしたんですよね?ごめんなさい、私がもといた世界ではそんなに変わったことじゃないから…。」

「ほぅ、私も神子殿の世界へ是非行ってみたいね。」

「友雅さんっ!ふざけないで下さい!」

「お仕置きかい?」

「もう、友雅さんとはお話してあげませんよ?」

「おや、それはずいぶんと手厳しい。これは私も真剣にやらないといけないようだね。」

 そういう友雅はその顔に何やら楽しそうな微笑を浮かべている。

 あかねはどうやってものらりくらりとかわされてしまう友雅にため息をついて、再び頼久へ視線を戻した。

「大丈夫ですか?一度藤姫ちゃんのところに戻ります?」

「い、いえ、少々驚いただけですので、どうぞご心配なく。その、できましたら…。」

「はい、もう腕を抱いて歩くのは止めますね、でも、そのかわりちゃんと隣を一緒に歩いて下さい。」

「御意。」

 やっと顔色を元に戻した頼久は嬉しそうに微笑むあかねの顔をいつもより間近で見ることになって、今度はその顔色を赤くした。

「頼久さん?今度は顔が赤いですけど、本当に大丈夫ですか?」

「はっ、ご心配なく。」

「いいねぇ頼久は、顔色一つ変わっただけで神子殿に心配して頂けて。私も病の一つも患ったら神子殿は心配してくれるかい?」

「もちろん心配します!でもその前に友雅さんの場合は仮病かもって疑います!」

「これはまた手厳しい。」

 楽しそうに笑う友雅、不機嫌そうな顔で友雅を睨むあかね、そしてやっと安堵の溜め息をついてほっとした頼久の3人はやっと歩みを再開した。

 今度はあかねの希望通り、ちゃんと3人で並んで歩く。

 頼久はこれにもまだ慣れなかったがそれでも腕を抱かれて歩くよりはだいぶましで、隣を歩く主の様子をうかがうことくらいはできた。

 頼久の主、あかねはというと向こう側の隣を歩いている友雅に厳しい眼差しを向けながらからかう友雅の相手をしている。

 このようにあかねを退屈させずに歩くことができるのは友雅が女性の扱いに慣れているからだとわかってはいるのだが、あかねを退屈させない術を持たない自分が不甲斐なく思えてしかたがない。

 あかねを楽しませるためには友雅のように多くの女性と付き合って女性の扱いを覚えればいいのだろうが、とうていそれが自分にできるとも思えない。

 武士たる自分にできるのは、せめてこの可憐な主を誠心誠意守り続けることくらいなのだ。

 楽しそうに話をする友雅とそれに怒ったような声で返事をしているあかねと、二人の声を聞きながら頼久は結局一言も話さないうちに目的地へ到着した。

「さ、神子殿、ここだよ。先触れを出してあるから早速、家人に話を聞こうか。」

「はい。」

 友雅に誘われてあかねは大きな屋敷の門をくぐった。

 隣を歩くと約束してしまったので頼久もあかねと並んで門をくぐる。

 中はとても広かった。

 さすがは貴族様のお屋敷といたところか。

 庭が広くて池があって、建物もとても大きい。

 それでもあかねが驚かずにすんだのは、藤姫と共にあかねが起居している土御門の屋敷の方が遙かに大きかったおかげだ。

 友雅に誘われてあかねと頼久は庭へと回るとある局の前へとやってきた。

 しっかりと御簾が下ろされていて中の様子はうかがえないけれど、友雅が立ち止まったということはその御簾の向こうに誰か家の者がいるということだ。

「つれないね、せっかくお訪ねしたというのに中には入れて頂けないのかな?」

「橘少将様ともあろう風流人が無粋なことをおっしゃいます。」

「これは手厳しい。」

 御簾の向こうから聞こえてきたのは若い女性の声だ。

 どうやら中の女性は友雅と親しいらしいと察してあかねの顔が不機嫌そうにゆがむ。

 そんなあかねを見て頼久はなんともいえない難しそうな顔をした。

「今日は公には知られぬよう、尊き巫女殿をお連れしたのだけれどね。」

「左大臣様の信頼もあついと噂の巫女殿でございますか?」

「あ、はい、そうなんですけど…あの、ちょっとだけお話を聞かせてもらえますか?」

 ここぞとばかりにあかねがそう問いかけても御簾の向こうからはなかなか返事が返ってこない。

 不安になってあかねが友雅を見れば、友雅は綺麗にウィンクしてきた。

 どうやら別にあかねが何か対応を間違えたわけではないらしい。

「ずいぶんとお若い方のようですけれど…。」

「古来から、神の声を聞く巫女はうら若き乙女と相場はきまっているよ。」

「……そうでございますわね。」

 友雅は急に機嫌が悪くなった御簾の向こうの声に肩をすくめた。

「さて、愛しい人、この屋敷で起こる怪異について今一度聞かせてはくれまいか?」

「……他言は…。」

「もちろん。」

 御簾の向こうで逡巡する気配がした。

 怨霊が出たとなれば世間的にも白い目をむけられたりするのだろうとあかねは少しだけ御簾の向こうにいる女性が気の毒になった。

 でも、今はそんなことを言っている場合じゃない。

「誰にも話しません。もし、私達で解決できるような怪異ならすぐにでも解決します。もし、すぐに解決できなくても時間をかけてでも解決できるように努力します。お約束します。」

 凛としたあかねの声が庭に響いた。

 この時ばかりは友雅と頼久が同じく満足げな顔で同時にうなうずいた。

 普段は幼げに見えるあかねだが、こうして神子としての役目を果たそうとする時には神々しくさえ見えるのだ。

「……実は…ここのところ、数ヶ月ほど前からと思いますが、時折、夜中に白い人影を見たと申す者がおりまして…。」

 御簾の向こうから聞こえてきた声に、あかね達は顔を見合わせた。

 白い人影。

 それじゃまるで幽霊だ。

「それだけですか?」

「いえ…その人影は静かで穏やかな夜に限って姿を現す、おそらくは女と…。」

「女…。」

 つぶやいたのは頼久だ。

 何か心当たりがあるのかとあかねが頼久に問いただそうとするのを友雅が手で制した。

「おそらく、とは?」

「長い髪をなびかせて歩く姿を何人もの者が見ております。」

「ふむ。」

 友雅はどうする?と問いかけるようにあかねを見つめる。

「あの…その人影は本当に人じゃなくて物の怪なんですか?」

「人影を見た者は皆、その人影が空を飛んでどこぞへ消えていったり、屋敷の中を飛び回り、いずこかへ消えていったのを見たと申しております。長い髪はよく見えても足がなかったとか顔がなかったとか申しておりますので…。」

「足がない…。」

 あかねはそうつぶやいてふるっとその体を振るわせた。

 足がないとか顔がないといえばお化け屋敷のお化けの定番だ。

 それはもう怨霊ではなくてお化けじゃなかろうか。

「来客のない時に限って現れますのも、それが物の怪だからではありますまいか。」

「ふむ、なるほどね。」

「高名な陰陽師にも相談すべきかという話もしておりますが、主は事を大きくはしたくないとおおせで…。」

「それはまぁ、大事な時期だからねぇ。」

「大事な時期?」

 あかねが小首を傾げて友雅を見上げる。

「こちらの屋敷の女主人は、もうすぐ夫を迎えることになっているんだよ、神子殿。」

「ああ、なるほど。」

 それで悪い噂を立てたくはないというわけかとあかねは納得してうなずいた。

「あの、少将様…。」

「ん?何かな?」

「もしよろしければ、なるべく早く、手をうって頂けないでしょうか。」

 友雅があかねと顔を見合わせた。

 御簾の向こうから聞こえる声は今までとても気丈だったのに、いきなり弱々しくなったから。

「急ぐような何かがあったのかな?」

「実は、ここ数日、主の体調がすぐれず…このたびの物の怪にとりつかれているのではと…。」

「ふむ、事情は承知した。できる限りのことをすると約束しよう。ね、神子殿。」

「はい。」

「有難うございます。宜しく、お願い致します。」

 友雅に促されて、あかねと頼久は友雅を先頭に移動を開始した。

 これ以上あの女性から聞きだせることはなさそうだと友雅が判断したのだろう。

 屋敷を辞して門から一歩外へ出て、そこでやっと友雅は足を止めた。

「さて、どうしたものかね。」

「あの…今の話って怨霊の話じゃないような…。」

「そうだね、怨霊というよりは何かが化けて出たような、そんな話だったね。」

「ん〜、お化けだと私達の戦う相手じゃないような気もしますけど…でも困ってる人を放ってはおけないし…。」

「私が陰陽寮へ話を持ち込んで、陰陽寮の陰陽師に対処させてもいいが…。」

「でも、そうはしたくないってさっきの人は言ってましたよね、話を大きくしたくないって…なんとかしてあげらるといいんですけど……そうだ、頼久さんはどう思います?」

「は?」

「頼久さんはどうしたらいいと思いますか?」

 あかねに真剣な目を、そして友雅には興味深々な目を向けられて頼久は凍りついた。

 そう、あかねには先日から自分の意見をはっきりと述べるようにといわれていたのだった。

 それにしても、友雅のように身分高き人物の前で自分の意見などとんでもない。

「その…。」

「神子殿のお望みのままにはなしですよ。」

「なしだそうだよ。」

 あかねは真剣だが友雅は間違いなく楽しんでいる。

 ここでそれこそ何も言わなければこの主はきっと自分を見限ってしまうだろう。

 今までさんざんこの件で色々と心を砕いてくれている主なのだ。

 だが、自分の意見と言われてもそれを主に主張することに慣れてはいない上に明らかに面白がっている友雅もいる…

 頼久は脂汗を流しながら苦悩して…

 何も言わずに主に見限られることを想像して…

「わ、私は、物の怪の類には通じておりませんのでなんとも…やはりここはこの類の話に通じている泰明殿に相談なさってはと思いますが…。」

「そっか、陰陽師に相談するのが一番いいんですもんね。怨霊でもお化けでも泰明さんなら大事にしないでなんとかする方法があるかも。どうでしょう?友雅さん。」

「まぁ、夜しか姿を見ないというのであれば怨霊というのは考えづらいし、物の怪の類だとすると我々だけでどうこうすることはできないかもしれないからね、泰明殿に相談するのはいい判断といえるかな。」

「じゃ、一度帰って泰明さんに相談しましょう。向こうがどうなってるかも気になるし…あ、鷹通さんからの報告も聞かなきゃ!」

 そう言ってあかねは楽しそうに歩き出した。

 その後を友雅も楽しげについていく。

 頼久はというと、あかねの機嫌を損ねなかったらしいことにほっと安堵の溜め息をついて、二人の更に後ろを歩き出した。

 前を行くあかねはとても機嫌がよさそうだ。

 友雅の同意を得たということは自分の意見もまんざらではなかったかと頼久が一人安堵していると、急にくるりと振り返ったあかねが鋭い目で頼久をにらんだ。

「頼久さん!今日は隣を歩いて下さい!」

「はっ!」

 そうだった、隣を歩くように言い渡されていたのだったと、頼久はまた顔色を青くしてあかねの隣に並ぶ。

 だが、頼久がそうしただけであかねはすっかり機嫌を直してくれて…

 頼久はそんな主の横顔をちらりと盗み見て、自分の胸の内が温かくなるのに気づいた。

 それはなんだか痛いような、嬉しいような、不思議な感覚で…

 戸惑う頼久を友雅が鋭い目で見つめていることに、頼久自身は気づいていなかった。




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管理人のひとりごと

だいぶ間が開きましたが(’’)
落花流水第五話でございます♪
今回は少将様と頼久さんの二人に挟まれる両手に花のあかねちゃんの図(マテ
翻弄されながらもだんだんあかねちゃんにひかれる頼久さんが書けてるといいなぁ(’’)
ここでだいたい半分くらい話が進んでいる予定です…
もう少々お付き合いくださいませm(_ _)m





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