
あかねは身支度を藤姫と女房達に手伝ってもらいながら、心ここにあらずといった感じで考え込んでいた。
そんな様子に目ざとく気づいた藤姫はかわいらしく小首を傾げてあかねを見上げる。
「神子様?さきほどから何を悩んでおいでなのですか?」
「あぁ、うん、今日は誰と一緒に怨霊退治にいこうかなって。属性とか相性とかあるし、みんなの都合もあるし、難しいなって思って。」
「神子様がお連れになりたい方をお選びになればよろしいのですわ。神子様がいらっしゃれば相性など。」
そう言って藤姫はニコニコと微笑む。
「そ、そんな簡単じゃないと思うんだけど…。」
「そういえば、ついさきほど、頼久が参りまして。」
「あれ、頼久さん今日都合悪いのかぁ、一緒に行ってもらおうと思ってたんだけど…。」
「いえ、今日のお供にぜひつきたいと申しておりました。」
「あ、ああああ、そういうことか。」
「ちょうどよろしゅうございました。」
姉とも慕う神子様の思い通りに事が運んだと幼姫はどうやら上機嫌だ。
「じゃぁ、頼久さんは決まりで、もう一人誰にしようあなぁ。」
「昨日は頼久と友雅殿でございましたでしょうか?」
「そうそう。」
「一昨日は頼久と永泉様でしたか。」
「そうだねぇ。」
「その前は確か頼久と天真殿でした。」
「…そう、だね…二人とも属性が同じだからちょっとてこずったりとかしたんだった…。」
ここであかねはここ数日、連続して頼久と歩いていることに気づいた。
お兄さんの一件の話を聞いて以来、すっかり頼久とも打ち解けて、もともと腕の立つ頼久だからなんとなく頼っていたようだ。
最初の頃は恐くて供に選ぶのを控えていた時期もあったのだけれど、それが誤解だったとわかってからはどちらかというと頼れる仲間になっているのだなと自覚する。
「最近お連れになっていらっしゃらないのは…鷹通殿などいかがでございましょう?」
「あ、属性から言っても鷹通さん、いいかも。」
「承知致しました。では、鷹通殿に使いを出して及び致しますわ。」
「うん、お願い。」
あかねがそう返事をすると、すわ神子様のためにお仕事とばかりに藤姫が奥へと引っ込んだ。
いつものかっこうに着替えて綺麗に整えられた庭を眺めて「よしっ」を気合を入れるあかね。
するとそこへ足音が聞こえて頼久がやってきた。
「おはようございます、神子殿。」
「おはようございます。今日もお天気いいですね。」
「はい。」
朝の会話終了。
あかねは思わず溜め息をついた。
お兄さんの一件以降、多少なりとも親しくなれたような気がしてはいるのだが、頼久との普段の会話は途切れがちだ。
怨霊退治に出かけていってももう一人の八葉とは色々とおしゃべりもするが、少し後ろからついてくる頼久とはほとんど話をしないことも多い。
「頼久さん。」
「はい。」
「えっと…一緒にお庭の花でも眺めませんか?」
ニコッと微笑んであかねがそう誘うと、頼久は驚いたようで一瞬キョトンとしてフリーズしてしまった。
「今、藤姫ちゃんが鷹通さんを呼びにいってくれてて、待っている間ぼーっと立ってるのもなんですし。」
「はぁ、私はこちらで警護させて頂きますので、神子殿はご自由に…。」
「えっと、そういうことじゃなくて…。」
縁を下りて庭の片隅にひっそり立とうとする頼久になんと説明したものかとあかねが考え込んだその時、ふわりと侍従が薫って友雅が姿を現した。
「おやおや、今日は私を呼んではくれないのかな?私の白雪は。」
「友雅さん、おはようございます、って、友雅さんは昨日も一緒だったじゃないですか。」
「だが、頼久は今日も供をするのだろう?」
「そ、それはそうですけど…。」
何故頼久を供に選んで友雅を供に選ばなかったのか、その理由を説明しようとしてできなくて、あかねは困ったように空を見上げた。
なんて説明すればいいのだろう。
「友雅殿、本日は私がお供をさせて頂きたいとお願い申し上げたのです。」
「ほぅ、では、私も神子殿のお供につきたいとお願いしたら連れて行ってもらえるのかな?」
「それはですね…今藤姫ちゃんが鷹通さんを呼んでくれてて…。」
しどろもどろになるあかねの頭をポンッと優しく撫でて、友雅はそのきれいな顔に優しい笑みを見せた。
「冗談だよ、私はこれから帝の御前へ参上しなくてはならなくてね、残念ながら白雪のお供はできかねるのだよ。」
そう言って友雅はクスクスと笑う。
あかねはすっかりからかわれたのだと悟って顔を真っ赤にして怒った。
「友雅さん!そうやってからかうのやめてください!」
「そうです、神子殿をからかうなどと。」
珍しく頼久が大きな声でそう意見したので、友雅とあかねは目を丸くして頼久を見つめた。
頼久はというとどうして自分に視線が集中したのかわからずにキョトンとしている。
「珍しいねぇ、頼久がそんな大声で主義主張とは。」
友雅の言葉にあかねがコクコクとうなずく。
「しゅ、主義主張というほどのことでは………その…申し訳ございません。」
「全然!私は頼久さんにもっと意見を言ってもらいたいんですから、これからもちゃんと思っていることがあったら言ってくださいね。今、ちょと嬉しかったです。」
「神子殿…。」
本当に嬉しそうに微笑むあかねに頼久は思わず見惚れた。
それは少女らしく愛らしいのに、どこか清楚で高潔で…
「さて、私がここへ来たのはね、とある情報を仕入れたからなのだよ。」
「情報、ですか?」
「そう、神子殿はこれから怨霊を退治しに出かけるつもりなのだろう?」
「そうですけど?」
「どこへ行くつもりかな?」
「どこって…とりあえず出かけて情報を集めて、怨霊がいそうなところへ…。」
「その、怨霊がいそうなところに心当たりがあってね。」
「本当ですか?!」
目をキラキラと輝かせて自分ににじり寄る龍神の神子を友雅は楽しそうに見つめる。
「やる気だねぇ。」
「当然ですっ!」
「あかねはいつも一生懸命だもんな!」
またからかうつもりかとあかねが友雅に身構えたその時、イノリが姿を現した。
「イノリ君、おはよう。」
「おう。」
「ごめんね、イノリ君、今日は頼久さんと鷹通さんに一緒に行ってもらうことになってて…。」
「あぁ、違う違う。俺も今日はすぐ鍛冶修行に行かなきゃなんねーんだ。実は怨霊が出るって噂を聞いたから教えとこーと思ってさ。」
「ほぅ、奇遇だね、イノリ。」
「なんだよ、友雅もかよ。」
「その情報、とある貴族の女人の屋敷に怨霊らしきものが現れるとかいう話じゃないかい?」
「げっ、情報かぶってんのかよ。」
「そのようだね。」
「オレが聞いたのは貧乏貴族の娘が一人で暮らしてる屋敷に怨霊が出るって話でさ。」
「おや、私が聞いたのは、さる有力貴族の娘の所に怨霊が出るという話なのだが…。」
「かぶってねーじゃん。」
「うむ。」
ほっとするイノリとは正反対に友雅は手にしていた扇を口元に当てて何か考え込んだ。
「貧乏貴族だからな、都の外れの屋敷って言ってもあちこち崩れかけたような凄いとこに住んでるらしくて、うしろだてになってた母親が死んで寂しく暮らしてるところに怨霊が出てそりゃ悲惨だって話だったぜ。」
「かわいそう…。」
「私の方は身分高きさるお方のお屋敷に妙齢の娘がいてね、その娘の局の周辺に夜な夜な怨霊が出るという噂がたっていてね。実際、その娘付きの女房の中には怨霊を見たという者もあるらしいのだよ。」
「ん〜、そっちも問題ですよねぇ。」
これはどっちから手をつけるべきかとあかねが悩んでいる間に友雅はすっと優雅な身のこなしで立ち上がった。
「さて、申し訳ないが私は出仕の支度をしなくてはならないのでね、退出させてもらうよ。」
「あ、はい。有難うございました。」
「わりぃ、オレもそろそろ行かないとな。」
「あ、うん、イノリ君もありがとね。」
あかねは友雅とイノリを見送ってほっと溜め息をついた。
二人がいなくなると急に何もなかったみたいに静かだ。
「ん〜、どっちの娘さんもきっと困ってますよね。頼久さんはどっちから退治したほうがいいと思いますか?」
「は?」
「だから、頼久さんはどっちの怨霊を先に退治した方がいいと思います?」
「……それは…神子殿のお望みのままに…。」
「はぁ、決められないから聞いてるんですけど…。」
これはダメだとばかりに溜め息をつくあかねを見て、頼久の眉間にシワがよる。
主に意見を求められるなど、今までにはなかったことだ。
主の命に従い、命をかけて戦う、それしか今までやってこなかった頼久はこの愛らしい主の言葉には戸惑うことが多い。
生まれて初めてこの人のためならば命も惜しくはないという主に出会った。
そんな大切な主だというのに何一つ主の望むように自分はできていない気がして、頼久は額に脂汗さえ浮かべて真剣に考え始めた。
「神子様ぁ。」
そこへ藤姫が泣きそうな顔でやってきた。
何事かとさすがの頼久の眉間からもシワが消える。
「どうしたの?」
「ただ今、鷹通殿から使いが参りまして、本日鷹通殿は出仕の予定でこちらには来られぬと。」
「あららら、じゃ、違う人にお願いしなきゃ。詩紋君は…。」
「詩紋殿は今日は何やらお勉強があるとかで早くからお出かけに…。」
「…じゃぁ、天真君。」
「天真でしたら、何か思いつめたような顔で朝早くから出かけていきましたが…。」
ためらいがちに答える頼久の言葉を聞いてあかねは溜め息をついた。
どうやら今日はタイミングが悪いらしい。
「えっと永泉さんは…。」
「本日は法事とおっしゃってましたわ。」
「となるとあとは…泰明さん…。」
「…泰明殿は潔斎で今日は屋敷から外へは出られぬと先程使いが…。」
はぁ、と深い溜め息をついてあかねは空を見上げた。
ここまで全員の都合が悪いことも珍しい。
「神子様、昨日と同じになりますが、友雅殿を呼んでは…。」
「友雅さんもだめなの、さっきまでここに来てて情報だけ教えてくれて、これから出仕だって。」
「まぁっ。」
「イノリ君も今日はどうしても修行から外れられないみたいだったし…。」
「神子様…申し訳ありません、わたくしが至らぬばかりに…。」
「べ、別に藤姫ちゃんのせいじゃないよ。そういうこともあるよ、気にしないで。」
とは言ったものの、さてどうしたものかとあかねは考え込んだ。
今日はこのままお屋敷でゆっくりするという手もないわけじゃない。
「あれ、そういえば藤姫ちゃん、次の物忌みっていつだっけ?」
「明日でございますわ。」
「……。」
ということは、今日出かけなければ怨霊は二日の間野放しということになる。
二人も怨霊で困っている娘さんがいるのに放っておくことはあかねにはできない。
あかねはちらっと頼久の顔を盗み見た。
剣の腕なら誰にも負けないくらい強い人。
最近は息も合って術もうまく使えるようになった。
誰かと二人で戦えと言われたらたぶんこの人を選ぶという人。
その表情を盗み見ると、全く動じたふうもない。
そんな頼久の様子を見てあかねは決意した。
「頼久さん。」
「はい。」
「今日は二人でもいいですか?二人で怨霊退治。」
「神子様ぁ。」
これには藤姫の方が泣きそうな顔であかねを見つめてきた。
大事な神子様をたった一人の供で怨霊の前に出すなどこの幼姫にはできようはずもなく…
「いくら頼久の腕がたつとはいえ、相手は怨霊でございます。たった一人の供で神子様にお出かけ頂くなど…。」
「でもね、みんな事情があって今日は一緒に行けないわけだし、でも怨霊のせいで困っている人はいるわけでしょ?ほうってはおけないよ。」
「それは…。」
「頼久さん、二人でも大丈夫ですよね?」
「御意。」
返事はたった一言。
それでもその一言はしっかりと紡がれて、何があってもあかねを守って見せるという決意が感じられる重厚さで…
頼久のたった一言の返事で安心したあかねはそのまま藤姫に優しい笑みを浮かべて見せた。
「大丈夫、かなわないと思ったら逃げてくるし、みんながいる時に倒しに行くことにするから。情報収集だけでもしておかないと、後手後手に回るの嫌だし、ね。」
「神子様…承知致しました。では頼久、神子様のこと、頼みましたよ。」
今度は返事もせずにただ頼久は藤姫に深々と頭を下げた。
何も言われずともそうするつもりとその姿は語っている。
「有難う、藤姫ちゃん。ちゃんと気をつけるからね。」
「はい、どなたか都合がよくなり次第、追いかけるように手はずを整えておきますので。」
「うん、さてと、じゃぁ、頼久さん、どっちから行きましょうか?」
「……み、神子殿のお望みのままに…。」
やっぱりかぁという顔で苦笑して、あかねは溜め息をついた。
「神子様?どちらとは…。」
「あぁ、さっきね、友雅さんとイノリ君が二人とも情報を持ってきてくれてね…。」
あかねは友雅とイノリが持ってきてくれた怨霊の情報をざっと藤姫に説明して聞かせた。
すると藤姫は大事な神子様に相談してもらえたことが嬉しいのか、その顔に嬉しそうな笑みを浮かべてポンとかわいらしく手を叩いた。
「それでしたら、やはり貧しい暮らしをなさっているお方のお屋敷へいらっしゃるのがよろしいかと思いますわ。」
「どうして?」
「有力貴族の屋敷でしたら陰陽師に事件解決の依頼もできましょうが、貧しい暮らしをしておいでの方はそうはいきませんもの。」
「なるほど!有難う藤姫ちゃん、じゃ、行って来るね!」
「はい、お気をつけて。」
藤姫に手を振って、あかねは元気に歩き出した。
その後を藤姫に一礼した頼久がついていく。
「初めてですねぇ、二人で怨霊退治って。」
「はい。」
土御門の屋敷が見えなくなった頃、あかねはいつも八葉と話をするように口を開いた。
だが、その言葉への返事はあかねの後方から聞こえる。
「頼久さんだって私と一緒じゃないお仕事の時も仲間の武士さんたちと一緒に戦いますよね?普通。」
「はい。」
「でも一人でも不安なんてことはないですよね?」
「はい。」
ここであかねは立ち止まり、くるりと振り返って溜め息をついた。
あかねが立ち止まれば隣に並ぶ前に頼久も足を止める。
そして何を話しかけても返ってくる答えは全て「はい。」だ。
「頼久さん。」
「はい。」
「隣、歩いてもらえませんか?」
「は?」
「お話、しづらいです。」
「はぁ…ですが…。」
「昨日だって頼久さんが後ろ歩くから、友雅さんとしかお話できなかったじゃないですか。たまには頼久さんとだってお話したいんです。でもそうやって後ろを歩かれると話しづらくて…。」
頼久は一瞬キョトンとしてそれから苦しそうにうつむいた。
「…申し訳ございません……。」
「どうしてもダメ、ですか?」
「……申し訳ございません…。」
あかねはまた深い溜め息をついて先を歩き出した。
ここで押し問答してもとうてい頼久が仲良くおしゃべりしながら隣を歩くなんてことはしてくれそうにない。
このまま頼久と話を続けると必ず主がどうの従者がどうの身分がどうのという話になって、そのたびにあかねは頼久は仲間なのだと力説しなくてはならない。
今は怨霊退治へ行く途中。
そんな押し問答をしている暇はない。
あかねは今日のところはしかたがないとあきらめて、一人急ぎ足で先を歩いた。
そして頼久は、そんな主の華奢な背中を見つめながら苦しげな表情を崩せずにいた。
この京を救うために小さな体で精一杯頑張っているこの主をなるべく心安らかになるよう、お守りしたいと思っている。
それなのに今の自分には主の望みに叶うことは何一つできない気がするのだ。
隣を歩いて欲しい、楽しくおしゃべりして欲しい、主従じゃなくて仲間だと思って欲しい。
この主は自分にそんなとんでもないことを要求してくる。
そのどれも、今の頼久にはとても叶えてやれる望みではなくて…
今はただこの小さな背中を必ず危険から守って見せると、そう誓うしかない頼久だった。
第三話へ
管理人のひとりごと
お待たせ致しました、第二話お届けいたします(^^)
いかがだったでしょうか?頼久さん話を振られてますがほとんどしゃべってませんね(’’)
相変わらず情報通の少将様と巷の噂なら任せとけイノリ君からの情報であかねちゃん、活動開始です。
なんとなく頼久さんと毎日一緒に歩いちゃっているあかねちゃんの可愛さが伝わるといいなぁ(’’)
珍しく二人っきりでの怨霊退治、どうなるかは第三話以降をお楽しみに♪
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