波間に(前編)
 あかねは大きな荷物をかついでウキウキと足早に歩いている。

 頭上にはぎらぎらと照りつける夏の太陽。

 空は青く晴れ渡って気持ちいい。

 大荷物を抱えているのはこれから海へ出かけることになっているからだ。

 春先に頼久と約束をして、夏休みに入ってすぐにその約束は実現することになった。

 一緒に行くのは頼久、天真、蘭、詩紋の4人。

 友人も一緒だから泊りがけで遊びに行ってもいいかと両親に許可を求めたら、別に頼久と二人で行ってもいいという答えが帰ってきた。

 そんな両親にあきれながらも感謝して、今こうして頼久の家に向かってウキウキとした足取りで歩いているのだ。

 車で半日ほど走ったところにある海辺の町のホテルを二部屋予約して、近くの海でバーベキューをしたり泳いだり予定は盛りだくさんだ。

 一泊二日の旅行だけれど、やりたいことはたくさんあるからと集合時間は朝早くになった。

 だから、荷物が多いから迎えに来るといって聞かなかった頼久を断って、あかねは大きな荷物をかかえて頼久の家に集合することにしたのだ。

 もちろん、同じように天真、蘭、詩紋の3人も頼久の家に集合することになっている。

 あかねは白のワンピースに麦藁帽子、白いサンダルというすっかり夏らしい出で立ちで頼久の家の扉の前に立った。

 するといつものように扉がすっと開いて…

「神子殿…。」

「おはようござます、頼久さん。ちょと早かったですか?」

「……。」

 あかねが楽しそうにそう尋ねても頼久は目を見開いたまま何も言わない。

 扉を開けたまま中へ入れてくれるでもなく黙っている頼久にあかねは小首を傾げた。

「頼久さん?」

「…あぁ、申し訳ありません、暑かったでしょう、中へどうぞ。」

 はっと我に返って頼久が苦笑しながらあかねが抱えていた荷物をさりげなく取り上げれば、あかねは小首を傾げながら玄関へと足を踏み入れた。

「どうかしたんですか?」

「いえ……その…神子殿のそのようなお姿は初めて拝見しましたので。」

 テレながら頼久にそう言われてあかねは自分の姿をよくよく見直してみた。

 そういえば確かにいつもよりワンピースは少し露出が多いし、麦藁帽子なんかかぶったことなかったかもしれない。

「おかしいですか?こういうかっこう。」

「逆です。」

「はい?」

「よくお似合いでしたので。」

 こんなふうにストレートに褒められるのはいつものことで、天真達にはいいかげんに慣れろと言われているのだけれど、やっぱりこうしてめんと向かって褒められるとテレしまって…

 あかねは顔を真っ赤にしながら麦藁帽子を手にとってうつむいたまま顔が上げられなくなってしまった。

 そんなあかねを見て苦笑して、頼久は荷物を置くとそのまますぐにあかねの背後の扉を再び開けた。

「お、珍しいな、お前があかね以外の人間の気配で……って、なんだよ、あかねも今来たところかよ。」

「そいうことだ。」

 頼久が招き入れたのは天真と蘭の二人だった。

 こちらは蘭が手ぶらで天真が全ての荷物を抱えている。

「あれ、何、あかねちゃんこんなところでなんで真っ赤になってるの?」

「な、なんでもない!」

 兄に続いて入ってきた蘭に鋭く指摘されて、あかねは慌てて麦藁帽子を抱くと頼久の後ろへと隠れてしまった。

「あかねちゃん、こどもじゃないんだからさ…恋人なんだからさ…後ろに隠れるのはどう?」

「…見ないで……。」

「お兄ちゃん、この二人と一緒に一泊二日ってつらくない?」

「……わかってたことだろ…。」

「二人ともっ!」

 言いたい放題の蘭と天真にそう言って怒って睨みつけてみても、当のあかねが頼久の後ろから顔を出しているようでは全く迫力はなくて…

 蘭と天真は顔を見合わせて溜め息をついた。

 そんな二人にはおかまいなしに嬉しそうな笑みを浮かべている頼久は、何も言わずに再び扉を開いた。

 すると、そこにはちょうど到着したばかりの詩紋の姿が…

「あ、おはようございます。ってみんな今到着したばっかりなんですね……あかねちゃん、何やってるの?」

「な、なんでもないのっ!」

 真っ赤な顔のままあかねは麦藁帽子を乱暴に深々とかぶると自分が持ってきた荷物を両手に抱えて詩紋の脇をすり抜けて、一人勢いよく外へ出た。

「ほらっ!せっかく早く集合したんだから出発しよう!」

「もぅ、ごまかそうとして、かわいいなぁ、あかねちゃんは。」

 そんなことをいいながらも蘭が外へ出てあかねの荷物を半分取り上げると、二人は並んで男達ににっこり微笑んで見せた。

 すると頼久が自分の荷物を持って天真を玄関から追い出し、すぐに扉に鍵をかけた。

「お前、準備いいなぁ。」

「当然だ、神子殿をお待たせするわけにはいかぬからな。」

「ハイハイ。」

 天真があきれたようにそういうのは無視して、頼久はとめてある車のトランクを開けると全員の荷物を詰め込んだ。

 一泊二日なので、なんとか全ての荷物をトランクにおさめて、運転席に頼久、助手席にはあかね、後部座席に天真、蘭、詩紋が並んで座ると、楽しい夏休み一泊二日旅行が始まった。

 走り出す車の中はなんだかとても華やかで、ウキウキとさせられる。

「天気よくてよかったね。予報じゃ明日も晴れだよね。」

「そうそう。天真君が晴れ男だっけ?」

「……そんなこと言った覚えはねーぞ…。」

「お兄ちゃんはなんか晴れっぽい感じがするからねぇ。」

「……お前、それ、何気にバカにしてねーか?」

「まっさかぁ。」

 わざとらしく否定する妹に溜め息をついて、天真は窓の外へと目をやった。

 住宅街を走り抜けてすぐに繁華街へ入った車は順調に走り続けている。

 街は夏を楽しんでいるらしい人の波でごった返していた。

「こりゃ、海も人だらけってとこか?」

「まぁ、すいてはいないんじゃないかな?夏真っ盛りだし、天気もいいし。」

 天真の問いに答えて詩紋が苦笑した。

 なんといっても現役高校生の4人が夏休みだというので出てきたくらいだ。

 街だろうが海だろうが人で溢れているのは間違いないだろう。

 しかも、天気予報は晴れだ。

 晴れた夏休みの海がすいているわけがない。

「ホテルに着くのってお昼くらいだよね?」

「順調に行けばそうかな。」

「軽くお昼食べたらすぐ海に行こう!」

「そうだねぇ。人ばかりだとなかなか海では楽しめそうにないし、早く行って長くいようか。」

 蘭とあかねはそんな話をして楽しそうだ。

 詩紋や天真はたまにそんな女性二人と楽しげに話をしながら、頼久は言葉を発することはなくてもその口元を楽しそうにほころばせて運転を続けた。

 目的地へ行くまでの過程も楽しいものなのだ。

 こうしてみんなでわいわいやりながら頼久の運転で移動すること数時間。

 一同は予約してあったホテルへと到着した。

「お兄ちゃんと頼久さんと詩紋君はチェックイン手続きしてね。」

「なんで俺と頼久と詩紋なんだよ。予約したのお前だろうが。」

 ホテルのロビーに入っていきなりの蘭の発言に抵抗しようとしたのは天真だった。

 今回の旅行では蘭が大活躍で、ホテルの予約は蘭が手配した。

 それというのも蘭がどうしても泊まりたいホテルがあるからだったのだが…

「だって、私の名前で予約とるのもなんだったから、男性3人の名前で部屋とったんだもん。」

「何がどうするとそうなるんだよ…。」

「まぁまぁ、先輩、チェックインしちゃおうよ。」

 苦笑しながら納得がいかないらしい天真に詩紋がそういうと、横から伸びた頼久の腕に引きずられるようにして天真はカウンターへと連行された。

「予約してる森村です。」

「はい、森村天真様、蘭様、お二人ですね。」

「予約してる流山です。」

「はい、流山詩紋様ですね。」

「予約している源です。」

「はい、源頼久様、あかね様ですね。」

『……。』

 カウンターの前に並んでいる3人は一瞬凍りついた。

 明らかにわざとだ。

 一瞬にして3人は蘭の意図を察した。

 蘭は頼久とあかねをわざと一つ部屋で予約したのだ。

 しかも同じ姓で。

「どうかなさいましたか?」

「なんでもないです。チェックイン、お願いします。」

 何か言いたげな頼久を遮って詩紋がそういうと、カウンターの向こうの職員はすぐに笑顔で手配を始めてくれた。

「頼久、とりあえず、チェックインすまそうぜ。で、一応、いったん部屋に入ろう。」

「しかし…。」

「言いたいことはわかる。ここでもめてもしかたねーし、部屋割りはあとで変更できっからよ。」

「……。」

 天真がそうやって頼久をなだめている間にすっかり手続きは終わって…

 一同はホテルの職員に部屋へと案内された。

 どうして頼久が不機嫌そうなのかがわからずにおろおろするあかねは、何がどうなっているのか気付かないまま部屋へと通された。

 もちろん、頼久と一緒に。

 天真、蘭、詩紋はホテルの職員と一緒に同じフロアの他の部屋へと案内されていった。

 二人分の荷物を置いてホテルの職員が出て行ってしまうと、ダブルベッドが置かれた部屋に頼久とあかねは二人きり。

 ようやく二人きりになれたのであかねはほっと溜め息をついてから頼久の顔をうかがった。

 するとそこには何やら苦悩しているふうの頼久の顔が…

「頼久さん?さっきから変ですよ?どうかしたんですか?」

「は?」

「は?って何かあったんですか?」

 あかねの方が何を言っているのかわからないという様子の頼久は、あかねからゆっくりと視線を移した。

 頼久の視線の先をあかねも追いかけてみると、そこには大きなダブルベッドが…

「ダブル、ベッド?……って、ええええええ?!」

 やっと現状に気付いてあかねは大声をあげた。

 目の前に広がっているのは見事なダブルベッド。

 白いシーツで綺麗にベッドメークされている。

 窓から射し込む陽の光のおかげであやしくはないけれど、これは間違いなく新婚さんいらっしゃいな雰囲気だ。

「こ、こ、これって…。」

「実は、さきほどチェックインの際にどうやら神子殿は私の妻と認識されていたようで…。」

「はい?……蘭だ!蘭がやったんだ!もうっ!」

 このホテルの手配をしたのが蘭だとよく知っているあかねは顔を真っ赤にして叫んだ。

 自分から頼久の家に泊まると決心したこともあったし、このまま頼久とダブルベッドに寝ることもできないとは言わないし、たとえばそういうことになったとして頼久は絶対自分に手は出さずに普通に添い寝ができるとあかねは断言できる。

 断言できるけれど…

 それにしてもこれはちょっとやりすぎだと思う。

「抗議してきます!」

「は?」

「だから、蘭に抗議して部屋割りを…。」

 あかねが意気込んでそういったその時、ドアがノックされた。

「頼久、俺だ、入るぞ?」

「ああ。」

 ドアを開けて入ってきたのは天真を先頭に蘭と詩紋。

 あかねは思いっきり蘭をにらみつけた。

「ああ、あかね、そんな怒んないでやってくれ、さっき俺がさんざん説教した。」

「ごめんね、あかねちゃん。でも、やっぱりせっかくの旅行だから頼久さんと二人きりの時間もほしいかなって思ったんだもん。」

 しおらしくそういう蘭にその場の全員が「嘘だ」と心の中でつぶやいた。

「ふ、二人っきりってこれじゃまるで新婚さんみたいじゃない!」

「そのほうがあかねちゃんも楽しいかなって。」

「た、楽しくない!」

「あかね、落ち着け。これから部屋割り考えるから。」

 どうどうと言わんばかりに天真に頭をなでられて、あかねはようやく落ち着いた。

「俺の名前でとってある部屋がツインで、詩紋がシングルだろ。で、ここがダブル。さて、どうするか…。」

「ん〜、男3人だよね、どうしよう…ダブルにボクと先輩って……。」

「却下。」

 詩紋の提案に即座に反応したのは天真だ。

 いくらなんでもダブルベッドに男二人はない。

 絶対にありえない。

「でも、頼久さんと先輩は……。」

『有り得ん!』

 これは頼久と天真が同時に叫んだ。

 男同士というだけでもありえないのに、この二人は体格もいいのだ。

 詩紋はこめかみに青筋たてそうな二人に苦笑した。

「もう、ここは私とあかねちゃんが二人でダブルしかないね!」

 蘭がそう言って楽しそうにあかねの腕を抱いた。

「蘭ったら、最初っからそのつもりだったんでしょ?」

「まぁ、頼久さんとあかねちゃんがこのままダブルでいいっていうなら私はしょうがないからお兄ちゃんとツインの部屋使うつもりだったけどね。女の子二人ならダブルでも大丈夫だよね?あかねちゃん。」

「もぅ、蘭ったら…。」

 一応不満げにしてはいるが、どうやらあかねは蘭とダブルベッドでなんら問題はないようだ。

「となると、あとは男3人か。」

「それならボクと先輩がツインでいいんじゃないかな?」

「ん?俺はいいけどよ、お前、それでいいのか?」

「うん、だって、ボクと頼久さんじゃなんか頼久さんが居心地悪そうだし、頼久さんと先輩じゃちょっと……。」

「お、おう…。」

「うむ…。」

 頼久と天真がツインルームで二人で過ごすそのむさくるしい様をいっせいに想像したらしい男3人は「はぁ」と同時に溜め息をついた。

「んじゃ、蘭とあかねがここ、俺と詩紋がツイン、頼久がシングルで決定な。荷物移動しちまおうぜ。」

「うむ。」

「わかった。」

 男3人はすぐに荷物の移動を開始した。

 手伝おうとしたあかねを止めたのは蘭だ。

 男達が3人が出て行ってしまうと、蘭はあかねにウィンクをして見せた。

「な、何?」

「ダブルベッドで同じお部屋になれなかったのは残念だったけど、頼久さんはシングルルームだからね!」

「へ?何?それが何?」

「二人っきりにはなれるってこと。」

「蘭!」

「みんなで楽しくっていうあかねちゃんの気持ちもわかるし、私もあかねちゃんと一緒だと楽しくて嬉しいけど、ちょっとくらいは頼久さんと二人きりになってあげなよ。少しくらいなら二人きりの思い出作ったっていいと思うよ。」

 そう言ってにっこり笑って見せる蘭にあかねは目を丸くした。

 ダブルの部屋を予約していたのは悪戯としてはやりすぎだと思ったけれど、蘭は蘭なりに気を使っていてくれたらしい。

 あかねはそのことに気付いてやっとその顔に笑みを浮かべた。

「蘭……うん、そうだね、ちょっとだけそうしようかな。」

「その時は言って、ちゃんと二人きりになるようにしてあげるから。」

「そ、そこまではしてくれなくてもいいけど……。」

 真っ赤になってうつむく友人が愛らしくて、蘭があかねにがばっと抱きついた瞬間、部屋のドアが開いて蘭の荷物を持ってきた天真が入ってきた。

「蘭、お前なぁ……あかね、気をつけろよ、頼久より危ないかもしんねーぞ、蘭は。」

「ふふふふふー、お兄ちゃんより先にあかねちゃんを横取りしちゃおうっかな。」

「ちょっと!蘭!」

 天真の言葉に悪乗りする蘭を自分の体から引き離そうとしてもがくあかね。

 でも、蘭はなかなか離してくれなくて…

「蘭、その辺にしとけよ。あんまりべたついてると女のお前でも頼久ならぶった切るかもしれねーから。」

「あ、そうでした。」

 天真の一言であっさりあかねを解放した蘭に、あかねは真っ赤な顔で抗議した。

「頼久さんはそんな人じゃないから!」

『そんな人です。』

 あかねの言葉を否定する兄妹の声はぴったりと重なっていた。




           後編へ








管理人のひとりごと

長くなったから前後編(’’)
新婚さんいらっしゃい♪な雰囲気に翻弄されるお二人を書きたかった…ただそれだけ(っдT)
一応、以前に海へ遊びに行こう♪みたいな振りがありまして…その続きになります。
ホテルに到着してチェックインするだけで前編が終わるとは…
一応、海で楽しく遊んだりっていうのが後編になる予定なんですが…
前中後編になったらすみません(’’;






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