「もしも…」第二話
 あかねは頼久、天真、詩紋、蘭と共にお行儀よく席についていた。

 辺りを見回せば和服姿の品のいい大人が8割。

 残りは若い女性だ。

「蘭、あんまキョロキョロすんな、みっともねーぞ。」

「だって、なんか来てる人の種類っていうか人種っていうか、ギャップがあるんだもん。」

「まぁ、それは俺も気になってた…。」

 森村兄妹がそう言って顔を見合わせるのと同時にあかねと頼久も顔を見合わせて苦笑していた。

 あかねが詩紋の方を見てみると、やはり辺りを見回してからあかねに向かって黙って肩をすくめて見せた。

 このいつもの5人が本日出席しているのは「宴」だった。

 京にいた頃はよく聞いたこの「宴」という単語、こちらの世界ではあまり聞かない。

 ところが、今回ばかりは本当に「宴」に招かれてやってきたのだ。

 題して「秋を彩る雅楽の宴」である。

 いくら以前は京で多少耳にしたとはいえ、あかねも天真も詩紋も蘭も自分から雅楽を聞こうなどとは欠片ほども思ったことがない。

 それは頼久にしても同じことだ。

 生まれながらにして生粋の武人である頼久は、同じく武人であっても風流を解した友雅と違って楽の才は皆無といっていい。

 音楽を聞いてよい心持だと思うことはあっても、友雅のように聞き分けたり理解したりは不可能なのだ。

 そんな5人が何故、そろいもそろって「秋を彩る雅楽の宴」の最前列に座っているのかというと、それは断れない相手に招待されたからである。

 5人が自分達の居場所のなさを痛感している間に、この「宴」へ彼らを招いた張本人が姿を現した。

 前方にしつらえられたステージに姿を現したのは狩衣姿の永泉だ。

 手に龍笛を持っている永泉が姿を現すと会場は一瞬ざわつき、永泉が静かに一礼したところでざわつきはおさまった。

 そう、この「宴」は永泉が参加する雅楽の演奏会なのだ。

 会場にいる観客達はどうやら永泉のその立ち姿の麗しさに感動してざわついたらしいのだが、招待されて最前列に座っている5人はというと互いに顔を見合わせて苦笑した。

 永泉の狩衣姿はあまりにも似合っていて違和感がない。

 もちろん、京にいた頃は僧衣を身につけていたから若干、違っているといえば違っているのだが、京では見慣れた狩衣を着ている永泉を見るとまるで自分達まで京にいるような、そんな錯覚さえ起こした。

 それくらい永泉は自然と狩衣を着こなしていて、出家していなければ京でもこんな感じだったのだろうと思わせた。

 張り詰めた空気の中で永泉の笛の音が響き始めた。

 それは京にいた頃、よくあかねを慰めたり勇気付けたりしてくれたあの音色と寸分違わぬもので、あかねはうっとりと聞き惚れた。

 もちろん、永泉一人が龍笛を奏でたわけではなく、他にも笙だの琴だの篳篥だのといった楽器が共に演奏されているのだが、永泉の龍笛の音は一段と美しくて、観客をひきつけた。

 何曲かが立て続けに演奏され、誰もがその音色に聞き惚れていると時間はあっという間に過ぎていった。

 全ての演奏が終わって一同が深々と礼をすると、どこからともなく拍手が沸き起こり、我に返ったあかねも他の4人と共に惜しみない拍手をおくった。

 ステージ上の永泉は恥ずかしそうにはにかんだ微笑を浮かべていて、それがなんとも愛らしい。

 これはアイドル顔負けだな、などとあかねが内心苦笑しているうちに今度は背後から若い女性の黄色い声が聞こえ始めた。

 何事かと振り返ってみれば、どうやらまだ学生らしい若い女性が何人も花束を手に立ち上がったではないか。

 そのまま女性達はステージに駆け寄り、口々に永泉の名を呼びながら花を差し出した。

「あの…わたくしは、その……。」

 ここで友雅ならとびきりの笑顔を浮かべて全ての女性からの好意をわけ隔てなく受け取るところなのだろうが、そこは永泉だ。

 急に起こった予想外の出来事にすっかり右往左往してしまい、青い顔をしてフリーズしてしまった。

 女性達がステージに上ろうとするに及んで、やっと警備員が駆けつけて事なきを得たが、永泉は青い顔のままステージからおりていった。

 招待されて最前列でとんでもないものを目撃することになった5人は、一斉に安堵の溜め息をついてから顔を見合わせて苦笑した。

「永泉さん、アイドルみたいだったねぇ。」

「ま、あの容姿じゃなぁ。」

「ボク、女房さん達が永泉さんの話をしてるの聞いたことあるけど、京でもすごい人気だったもん。」

 あかね、天真、詩紋がそれぞれにそういいながら苦笑する様子を頼久は暖かな眼差しで見守っていた。

 京とは違い、この世界では身分などないとわかってはいても、やはり自分のようなものが永泉のように高貴な人間を評するなど畏れ多いとどうしても思ってしまうのだ。

「でもさぁ、永泉さん、もうちょっとあの引っ込み思案なところをなんとかしないと、これからちょっと大変じゃない?」

「大変、かなぁ?」

「大変だよ。だって、今度CD出るって話だよ?ほら、外見がああでしょ、永泉さんの顔写真をジャケットにしてCDを売り出したら雅楽のCDとしては驚異的な売り上げを記録するんじゃないかってことみたいだよ?」

「蘭、お前、なんでそんなこと知ってんだよ。」

「この前、アイドル専門雑誌に取り上げられてたもん、永泉さん。美貌の雅楽師、彗星のごとく現るってもう大騒ぎだったよ?雅楽なんて何?っていうような女子高生とかに凄い人気が出始めたって。」

 さらっと説明する蘭の言葉を聞いて、残る4人は顔を見合わせた。

 それでなくても引っ込み思案で気が弱く、恥ずかしがり屋の永泉だ。

 もしそんなアイドルみたいな扱いに本当になったとしたら、とんでもないことになるのではないだろうか?

「だから、もう少しこう、社交的っていうか、女の子にも愛想笑いの一つもできないと大変なことになるんじゃないかなぁ。」

「まぁなぁ、友雅とたして2で割ればいいんだ。」

「天真先輩、それはもう絶対無理っていうか、たす時点で永泉さん死んじゃいそう…。」

「ん〜、CD出してくれるのは嬉しいけどなぁ、いつでも永泉さんの演奏が聞けるようになるっていうことだし。あ、そうだ!控え室行かないと!」

「なんだよあかね、何か永泉に用でもあんのか?」

「何言ってるの!みんなで花束持ってきたじゃない!さっきの騒ぎで渡すの忘れちゃった!」

『あ…』

 あかねの言葉に同じような声を発した四人は慌てて立ち上がった。

 そう、演奏が終わったら渡そうと思って用意してきた花束をさっきの騒動で渡し損ねてしまったのだ。

 いそいそと足下に置いてあった花束を抱えて歩き出すあかねの後を追って、4人も永泉が休んでいるはずの控え室目指して早足で歩き出すのだった。





「わたくしには、本当にもったいないお話なのです…。」

 「秋を彩る雅楽の宴」から一週間後。

 永泉は頼久の家にいた。

 何故かというと、神子に相談したいことがあると持ちかけたところ「じゃ、頼久さんの家に集合してください」と言われてしまったからだ。

 おかげで永泉はあかねに相談するつもりだったのだが、目の前にはあかねと頼久の二人が座っているというしだい。

「いいじゃないですか、CDデビュー。」

「もったいないお話だとは思うのです。わたくしのような者のつたない演奏を……ですが…その…写真をとって…その……。」

「いやなんですか?自分のCDジャケットに自分の写真が使われるの。」

「いやというか…気恥ずかしいと申しましょうか…。」

 赤い顔で本当に困った様子の永泉はうつむきっぱなしだ。

「ん〜、でも、永泉さんの演奏を聞きたいっていう人がたくさんいるからCDにしようっていう話しが出たんでしょう?それに永泉さんだってなるべく多くの人に演奏聞いてもらいたいって思ってますよね?」

「それは…はい…その…聞いて頂けるのならと……。」

「コンサートとかやるとどうしても学校休んだりしなくちゃいけないじゃないですか?永泉さん、一応、高校生なわけだし、みんなに演奏を聞いてもらうために学校休まなくてすむ上に、コンサートには来られない人にも聞いてもらえるようになるわけだからCDってやっぱりいい話だと思うんですけど。」

「そうでしょうか……。」

 つまりは、蘭が先日言っていた通り、永泉の笛の演奏に対してCDを出そうという話が持ち上がったのだが、当の永泉本人が乗り気ではないのだ。

 乗り気ではないといっても嫌だというわけではなくて、いつもの永泉らしく「わたくしのような者の演奏をCDになど…」といった具合らしい。

 しかもジャケットに自分の写真が使われるとあって永泉はすっかり動揺してしまったのだ。

 そんな時、自分を助けてくれるのは神子しかいないとこうしてあかねに相談しているというわけだ。

 もちろん、あかねは永泉の演奏がたくさんの人に聞いてもらえるようになることに大賛成なので、永泉にCDを出すように勧めているのだが、これがなかなか永泉は首を縦に振らない。

 これは重症だなぁと思いながらあかねが隣に座る頼久を見てみると、やはり頼久も困ったような苦笑を浮かべていた。

 どうやら頼久の加勢は得られそうにない。

 元から口下手な頼久のことだから、あかねと一緒になって永泉を説得、などということができるとはあかねも思っていはいない。

 それでも頼久の家で永泉と会うことにしたのは、頼久が変な気を回さないようにというあかねの気遣いだ。

 そして、恋人の加勢は予想通り得られないと悟ったあかねはその顔ににっこりと微笑を浮かべて永泉の目を釘付けにすると、とどめの一言を口にした。

「それに私も、永泉さんの笛、CDでいつも聞けるようになったら嬉しいです。ジャケットの永泉さん見ながら聞いたら、本当に永泉さんが側で笛を聞かせてくれているみたいな気分になれるじゃないですか。そういうの、いいなぁって思います。」

 ニコッ。

 あかねのこのとどめの笑顔に一瞬見惚れた永泉は、はっと我に返ってまた顔を赤くすると急に勢いよく立ち上がった。

「永泉さん?」

「み、神子がそのようにおっしゃるのなら、是非、CDのお話、受けたく思います!今すぐにでもお返事を…。」

 そう言うが早いか永泉はすたすたと頼久の家から出て行ってしまった。

「えっと……CDを出してくれるっていう会社の人にお返事しに行っちゃったのかな?」

「……。」

 あかねの疑問にいつもなら何かと答えてくれるはずの頼久の声が聞こえなくて、あかねは小首を傾げながら頼久の方を振り返った。

 するとそこには青い顔をして眉間にしわを寄せ、何かを思いつめているらしい頼久の顔が…

「頼久さん?どうかしました?」

「いえ…。」

「だって顔色おかしいですよ!具合でも悪いんですか?!」

「いえ、体の方はいたって…。」

「体の方、は?……って、え?」

 何やら不穏なものを感じてあかねが頼久の顔を下から覗き込むと、頼久は捨てられた子犬のような目であかねを見つめ返した。

 頼久がこういう顔をする時、何を考えているかあかねにはようやくわかるようになった。

 そう、頼久がこの顔をする時はたいてい嫉妬している時なのだ。

 今の話の流れからすると間違いなく永泉に嫉妬したらしい。

 と、そこまではわかってもどうして今の話の流れで頼久が永泉に嫉妬することになるのかがあかねにはわからない。

「頼久さん。」

「はい…。」

「何考えてます?」

「……。」

「永泉さんのことでしょ?正確に言うと永泉さんと私のこと、ですよね?」

「はぁ…。」

「ちゃんと話してくれないとわかりません。」

 あかねが半ば怒ったような顔でそういうと、頼久は深い溜め息をついてからようやく重い口を開いた。

「その…神子殿はいつも永泉様のお側で笛の音を聞いていたいと思っておいでなのかと……私にはそのように神子殿に思って頂けるような楽の音を演奏するようなことはできません……。」

 しゅんとうつむく頼久を見てあかねは深い溜め息をついた。

「頼久さん。」

「はい…。」

「音楽ができる頼久さんとか私、想像もできないし、頼久さんに楽器できてほしいなんて望んでもいませんから。」

「はぁ…。」

「ん〜、あぁ、じゃ、誤解が解けるように言い方変えますね。」

「は?」

「私は確かに永泉さんの笛が好きですし、いつも聞いていられたらいいなって思いますけど、それは頼久さんと一緒に聞いていられたらいいなって意味です。永泉さんと二人きりがいいなんて思ってないですから。ね?」

「神子殿…。」

 どうやらこの一言は効果があったらしい。

 頼久の顔には穏やかな微笑が戻って、あかねはほっと安堵の溜め息をついた。

「永泉さんのCDが出たら、一緒にこの部屋で聞きましょうね。」

「はい。」

 にこりと微笑み合うあかねと頼久はその後、しばらく互いを見つめ合ったまま微動だにしなかった。





「こんな感じだと思うんですよねぇ。永泉さんは17歳だからまだこっちじゃ高校生ですけど、でもあれだけ笛が上手なんだし、こっちでも龍笛は演奏されてますからプロになれると思うんです!」

「はぁ…。」

 プロの雅楽師の永泉を想像してうっとりしているあかねを前にしている頼久としてはそれどころではないのだが、どうやらあかねは楽しい八葉との生活を想像してすっかり浮かれているようだ。

 今の話だと自分はずいぶんと永泉のおかげで妬くはめになるようなのだが、どう考えてもそれを否定する根拠もない。

 だいたい、ただ頭の中で永泉がこちらの世界にいたらを想像しているだけのあかねを見ている今でさえ嫉妬にかられそうな頼久なのだ。

 だが、そんな頼久の胸の内になど気付く余裕のないあかねは楽しそうな笑顔で語り続けた。

「永泉さんと言えばやっぱり相棒の泰明さん。泰明さんは実年齢はともかく外見は二十歳くらいだから大学生だと思うんです。陰陽師で大学生な泰明さんかぁ。」

「神子殿…その…。」

「泰明さんって有無を言わせない感じがあるからなぁ、きっと凄く当たる占い師なのにそっけない感じで、そこがまた評判になったりすると思うんです!」

「はぁ…。」

 とうとうあかねの妄想を止められそうにないと悟った頼久は、力ない苦笑を浮かべてあかねの話を聞く覚悟を決めた。




     
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管理人のひとりごと

あかねちゃんの妄想第二段、永泉さん編です(爆)
永泉さんはあの容姿なので芸能人とかもありそうと思ったんですが、こんな感じになっちゃいました。
あのおしとやかなキャラがアイドルは拒否したもようです(’’)
でも、やっぱり音楽からは切り離せないでしょう、ということで(^^)
まだまだあかねちゃんの妄想は続きます。
ちらちらと出てくる頼久さんにもご注目下さい(爆)





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