あかねはいつものようにカバンを手に天真と蘭、2人の友人に挟まれて校舎を後にした。

 空は快晴。

 授業は早く終わって掃除当番も委員会もなし。

 3人の足取りも軽い。

「あかねちゃんは今日も頼久さんのところ?」

「うん、今日は晩御飯、お鍋にしましょうって昨日からの約束だから。」

「鍋かぁ、いいなぁ。」

「蘭、お前とんでもないこと言い出すなよ。」

 うっとりしてからあかねににっこり笑顔を見せた蘭に釘をさしたのは天真だ。

 さすがに兄、妹が今何を言おうとしたかわかったらしい。

 蘭はとたんに不満そうに口を尖らせた。

「な、何よ。」

「お前、今、今日はみんなで鍋を囲もうって誘おうとしてたろ。」

「うっ、そ、それのどこがとんでもないことなのよ。」

「お前なぁ…最近の自分の行動を思い起こしてみろ、ちょくちょくそうやって頼久の邪魔してたろうが。これで晩飯にまで乗り込んでいったらお前、頼久に末代まで祟られるぞ。」

「あぁ、そっか。」

「ちょっと!二人とも!頼久さんは末代まで祟ったりしないからっ!」

 慌ててあかねがそう言っても天真と蘭の二人はあきれたように首を振るばかりだ。

「もう、二人ともすぐそうやってからかうんだから。」

 これ以上何を言ってもどうにもならないとあかねが深い溜め息をつたその時…

「神子。」

 低い落ち着いた男性の声に呼ばれてあかねは慌てて足を止めた。

 あかねにつられて天真と蘭も立ち止まってあかねの視線の先を見るとそこには泰明が立っていた。

 しかも何やら遠巻きに女子高生がたかっている。

「や、泰明さん…。」

 あかねが溜め息をついている間に泰明は周囲の視線そっちのけですたすたと3人の方へ歩み寄ってきた。

 顔はいたって無表情。

 その辺は京にいた頃と大差ない。

「これからうちに来るがいい。」

「はい?」

「私の部屋へこいと言っている。」

『……。』

 3人の笑顔が凍りついた。

 周りには遠巻きとはいえ様子をうかがっている女子高生がたくさんいるのだ。

 そこでどうどうとあかねを自分の部屋に誘うとは…

「なんですか、泰明さん、こんな突然に。」

「神子はこれから頼久の家へ行こうとしている、そうだろう?」

「はい、そうですけど…それが何か?」

 あかねが小首を傾げると泰明は重々しくうなずいた。

 相変わらず表情は変わらぬままだ。

「えっと、いったいどんな問題が…。」

「方角が悪い。」

「……は?」

「方角が悪いと言っている。」

「それってもしかして…。」

「方忌みだ。」

「……。」

 3人は顔を見合わせてから溜め息をついた。

 京では確かに方角が悪いと色々と不都合があった。

 だが、この世界では違う。

「泰明さん、気持ちは嬉しいんですけど…。」

「こちらの世界の常識はわかっているつもりだ。だが、京ほどではないとはいえ、陰陽の理はこちらの世界でも作用しているのだ。そうでなければ私がこの世界で陰陽師としてやっていけるわけもない。」

「そ、それは確かに…。」

 泰明はこちらの世界へやってきてからというもの、陰陽師としての技術を使ってよく当たる占い師として生活している。

 その容姿も手伝って今ではちょっとした有名人だ。

 一応、大学にも通っているらしいのだが、占い師としての仕事の方が忙しいらしいく、あかねでさえ連絡がとれないこともあるほどだった。

「とにかく頼久の家は方角が悪い。今日は私の部屋へこい。」

「で、でもですね、私、今日の晩御飯は頼久さんのところで鍋料理を作って一緒に食べるって約束してるんです。」

「頼久とて子供ではない、己の夕飯のめんどうくらいみられるだろう。」

『……。』

 こうなるともう泰明は何を言っても無駄だ。

 そう悟って3人は深い溜め息をついた。

 見た目は大学生でも中身は2歳児。

 泰明は言い出したらきかないところがあった。

「わかりました。泰明さんがそこまで言うなら今日は泰明さんのお部屋に行きますね。」

「あかねちゃん、いいの?」

「いいも悪いも、泰明さんがあそこまで言ってるんだし、頼久さんには電話で謝っておく。」

「ふ〜ん、泰明さんちなら問題ないよね、お兄ちゃん。」

「あぁ、ないだろうな。」

 泰明とあかねが小首を傾げる中、天真と蘭はニヤリと笑ってうなずいた。

「あかねちゃんの作る鍋って食べてみたかったんだぁ。」

「ってことで、俺達も泰明んとこ邪魔するわ。いいだろ?あかね。」

「わ、私に聞かれても…。」

 あかねがそっと泰明の表情を伺うと、泰明はいつも変わらぬ表情を少しだけ不機嫌そうにしていた。

「何故お前達がくるのだ。」

「あかねちゃんの作る鍋が食べたいから。せっかくこれだけ集まってるんだし、いいでしょ?」

「断る理由はねーよな?」

 蘭と天真にたたみかけられて泰明は渋々うなずいた。

 蘭は純粋に鍋を楽しみたかっただけなのだが、天真にしてみれば後々、泰明の部屋へあかねを一人でやったのかと真の友に愚痴られずにすむので一石二鳥だ。

「よーし、そうと決まれば買い物行こう!鍋の材料!」

 楽しそうに蘭があかねの手をとって走り出すと、それを溜め息をつきながら天真が後を追い、並んで泰明も歩き出した。

 その顔はいつもの無表情なものに戻っていた。





 窓際に机、部屋の中央にコタツ、壁際に本棚。

 それが泰明の部屋にある全てだった。

 とにかくきちんと片付けられていて気持ちがいいというよりは生活感がない。

 そんな中でもすぐにあかねと蘭は楽しそうに料理を始めて、あっという間にコタツの上には鍋が置かれて宴会が始まった。

「しっかし殺風景な部屋だなぁ。もうちょっとなんか置けよ、テレビくらい。」

「見る必要を感じない。」

「いや、必要とかじゃなくてよ…。」

「お兄ちゃん、泰明さんにその手の話しても無駄だって。それよりお肉かたくなるから食べちゃって。」

「へ〜い。」

 すっかり鍋奉行と化した蘭が仕切っているのはスキヤキだ。

 あかねは頼久と石狩鍋でもつつこうかと思っていたのだが、蘭と天真が入るととたんに肉がいいと言い出してスキヤキに変更されてしまった。

「でもほんと、これじゃご飯食べたらすることないね。」

「食事をしにきたのだろう、食事を終えたら何をするつもりだったのだ。」

 心底不思議そうな泰明に3人は顔を見合わせて苦笑した。

「ま、テレビ見るか映画かなんか借りてきて見るか、あとはゲームだな。頼久んとこなら俺が色々置いてあるからいくらでも遊んでられるけどな。ま、ここじゃ無理だな。」

「トランプ一つなさそうだもんね。」

「ない。」

 蘭の一言に律儀にも一刀両断に答える泰明。

「まぁ、おしゃべりとかでもいいじゃない。」

「それはいっつもしてる〜。」

 あかねの提案は蘭によって即却下されてしまった。

「だいたい、泰明がおしゃべりってガラじゃねーだろ。」

「それもそうか。じゃぁ、泰明さんはいつもお休みの時は何をしてるんですか?」

「陰陽の理について学んでいる。」

『……。』

 3人は一斉に絶句した。

 それは確かに泰明は普通の大学生ではないし、陰陽師なのだが、それにしても毎日毎日陰陽の勉強しかしていないというは…

「えっと…せっかくこっちの世界にきたんだし、お仕事とか忙しいのもわかりますけど、もう少しなんていうか普通のこともしませんか?」

「普通のこととはなんだ?」

「だから、テレビ見て笑ったり泣いたりとか、友達とおしゃべりするとか、どこかへ遊びに行くとか…。」

「それは必要か?」

「……。」

 あかねは深い溜め息をついた。

「あのね、泰明さん、必要かどうかじゃないんです。そういうことをすると楽しいなぁって思うんです。」

「……神子がそういうのならやってみよう。」

「……その神子っていうのもそろそろやめてください。友達とかに聞かれたら変に思われるじゃないですか…。」

「しかし…。」

「しかしもかかしもありません。」

「頼久も神子と呼んでいるが。」

「うっ。」

 さすがにこれにはあかねも言葉がつまってしまった。

 そう、頼久もいまだに事情を知らない者がいないときはあかねを神子と呼ぶのだ。

 もちろん、人前ではちゃんと名前で呼んでもらうことになっているのだが。

「神子は神子だ。」

「はぁ、こりゃだめだ。ついでだからさ、あかねちゃん、頼久さんもここに呼んで二人ともあかねちゃんを名前で呼ぶ練習させようよ。」

「れ、練習って…。」

 あかねが戸惑っている間に天真はさっさと携帯を取り出し、電話をかけ始めた。

 もちろんかけている相手は頼久だ。

 おそらくは電話の向こうで全く事情がつかめずにいる頼久にまぁいいからと押し切る天真を見て、あかねと蘭は苦笑した。

 腕っ節なら絶対に頼久の方が上だし、もちろん年齢も上なのだが何故か天真の方が押しが強いところがある。

 あっという間に有無を言わせず電話を切った天真はスキヤキ鍋を囲んでいる3人にニッと笑って見せた。

「すぐボードゲーム持って駆けつけるってよ。」

「頼久さんずいぶんあっさりOKしたね。」

「そりゃお前、今、泰明んとこであかねと一緒にそれはもう楽しくスキヤキそ食ってて、あかねがお前と一緒がいいと言っていると言えば飛んでくるだろうよ。」

「なぁるほど。」

「何故ここでスキヤキを食べていると頼久が飛んでくるのだ?」

 天真と蘭の会話にいつものようにあかねが抗議しようとした瞬間、泰明ののほほんとした声が聞こえて3人はいっせいに溜め息をついた。

 どうも泰明が相手だと拍子抜けする。

「ま、とにかくだ、今頼久が色々持ってくっからそれまでにスキヤキを片付けようぜ。」

「でも頼久さん来るんでしょう?一緒に食べても…。」

「残念だったな、頼久は愛しの神子殿の手料理が食べられないとわかった時点で店屋物とって食っちまったそうだ。」

 あかねは深い溜め息をついた。

 なかなか一緒に過ごす時間がとれないから約束の日をきっと楽しみに待っていてくれたに違いない。

 あかね自身もとても楽しみにしていたのだから、どれほど頼久が落胆したかは予想にかたくない。

 すっかり落ち込んだあかねはそれでも蘭や天真に慰められながらなんとか食事を続けた。

 ただ一人、泰明だけがそんな3人の姿を訝しげな顔で見つめていた。

 しばらくの間、あかねはだまりこんだまま何も言わず、泰明は何やら訝しげな顔をしており、これは重苦しい空気の中で食事かと天真と蘭が覚悟を決めた頃、ドアチャイムが鳴った。

 無駄のない動きで泰明がドアを開けるとそこにはもちろん、何やらどっさり荷物をかかえた頼久が立っていた。

「お、さっすが、早いな、入れよ。」

 泰明にもうながされてやっと中へ入ってきた頼久は天真に大きな荷物を手渡すと当然というようにあかねの側に座った。

「お前の部屋ではないだろう、天真。」

「細かいこと言うなって。いや、助かったわ。泰明なんにも持ってねーの。」

「……普通は持っていないと思うぞ、その類のものは。」

 あきれて溜め息をつく頼久はすぐ隣で幸せそうに微笑んでいるあかねに気付いてその顔に笑みを浮かべた。

 何を言うでもなく互いに微笑み合うのを見て、蘭と天真は深い溜め息をついた。

 泰明相手はそれはそれで調子が狂うが、この二人に見せつけられるのも疲れる。

「そこ、どうどうと人前でいちゃつかない!さ!ゲームやるよ!お兄ちゃんと泰明さんはコタツの上片付けて!」

 いちゃついてないとあかねが抗議する暇もなく、コタツの上は綺麗に片付けられ、そこに今度はゲームがならんだ。

「よーし、今日はこれから泰明に人生の楽しみってものを教えてやるからな。」

「お兄ちゃんおおげさぁ。」

 天真が腕まくりをしてボードゲームを広げると、泰明を巻き込んでの大ゲーム大会が始まった。





「楽しかったですねぇ。」

「そうですね。」

「頼久さんに会えないの寂しいなて思ってましたけど、そうか、呼べばよかったんですよねぇ。方忌みなんて言われてどうしようと思いましたけど、結局楽しくてよかった。」

「方忌みとは泰明殿らしいですね。」

「ほんとに。」

 二人は帰りの車の中、穏やかな笑みを浮かべていた。

 結局のところ、泰明の家へ行ったことで頼久とあかねの自宅の方角が悪くなくなったので帰宅することを許された。

 夜も更けたので天真と蘭を家まで送って、今はあかねの家へ向かっているところだ。

 多少ごたついたものの、泰明を交えてけっこう楽しくゲームをして過ごすことができたのであかねとしては満足だった。

 頼久の方も同じだ。

 流れたと思っていたあかねとの食事が、多少予定と違ったとはいえ実現したし、泰明も交えての団欒の一時は悪くなかった。

 何より頼久にはあかねが楽しそうにしているのが嬉しい。

「あ、でも、今度ちゃんと頼久さんのために何か鍋料理、作りに行きますね。今日はなんか予定してたのと違う感じになっちゃったし。」

「はい、楽しみにしております。」

 頼久が嬉しそうに微笑んだその時、あかねの携帯が鳴った。

 慌ててあかねが出てみる電話の相手は…

「泰明さん…今度はなんですか?………………あのですね、こっちの世界じゃ物忌みだからって学校お休みしたりできません!………わ、わかりました、それは受け取りますから明日にしてください……はい、お願いします…。」

「神子殿?」

「私、明後日物忌みだそうです…。」

「……。」

「京にいた頃みたいに家にこもってなんかいられないからそう言ったら、護符を作ってくれるそうです…。」

 心の底から疲れたように溜め息をつくあかねを横目でちらりと眺めて、頼久も苦笑した。

「泰明殿らしいですね。神子殿のことを心底心配しておいでなのでしょう。」

「気持ちは嬉しいんですけどねぇ…明日、護符を届けてくれるって言ってたんで放課後にでも受け取ることにします。」

「それがよろしいかと。泰明殿も安心するでしょう。」

 二人はこうして平和に帰宅した。

 だが、あかねは放課後ではなく泰明が張り切ったせいで翌日の早朝に護符を受け取ることになるのだった。





「やっぱり泰明さんは陰陽師以外の何者にもならないと思うんですよねぇ。」

「そうですね。こちらの世界にも陰陽師という存在は残っているようですし…いささか京とは違うかたちではありますが…。」

 やっと想像の世界から戻ってきたらしいあかねになんとかついていく頼久だが、その顔には苦笑が浮かんでいる。

 二人で楽しむはずの夕飯を泰明に横取りされる日などきてはたまらないではないか。

 だが、あかねはかなり楽しそうだ。

「泰明さんなら占いも物凄く当たるし、きっとテレビとかでも引っ張りだこになっちゃうんだろうなぁ。」

「……。」

 テレビに引っ張りだこになってもあの無表情さが変わらない限りは問題があるのではないだろうか?

 と心の中では思っても頼久は口には出さずにおいた。

「テレビといえば、イノリ君なんかけっこうアイドルっぽくなったりして。」

「は?」

「やんちゃ坊主みたいなところがけっこういいと思うんですよね…。」

「……。」

 あかねの暴走はまだまだ止まりそうにない。








管理人のひとりごと

もしも八葉みんなが現代にやってきたら泰明さん編でした(^^)
泰明さんはやっぱり占い師でしょう。
陰陽師ブームありましたからね、陰陽師でもやっていける気がします(’’)
でも、子供っぽい所があるのはかわらないんです、なかなか(笑)
こんな泰明さんがいたら頼久さんも大変です。
あかねちゃんの妄想は八葉みんなが出てくるまで止まりませんので少々お付き合い下さいませ(^^)




プラウザを閉じてお戻りください








「もしも…」第三話