
あかねはいつものように週末を頼久の家で過ごしていた。
以前は必ずテーブルを挟んで向かい合って座っていた頼久が、今は隣に座っている。
ちょうど足や肩が少し触れ合って、お互いの体温を感じるくらいの距離だ。
こちらの世界で再会してあっという間に半年という月日が流れていた。
半年という時間を二人で過ごしてきたのに、二人の距離がテーブルを挟んだままというのはどうしても納得がいかなくて。
あかねは最近になって自分から意識的に頼久の隣に座るようにしていた。
少しだけ戸惑った頼久はだが、今では自然にあかねの隣に座ってくれるようになっていた。
「神子殿?」
あかねがこの半年を振り返りながら頼久の端整な横顔を見つめていると、本を読んでいた頼久が視線を上げて小首をかしげた。
「あ、ごめんなさい。読書の邪魔でした?」
「いえ、退屈しておいでなのではと…。」
「退屈なんてしてません。頼久さんと一緒にいられるだけで楽しいです。ただ、ちょっと思い出していたんです。」
「何を、でしょうか?」
「頼久さんとこっちで再会してから今までのこと、です。」
「もう半年になりますか。」
「はい。夏は色々お出かけをして、文化祭があって…けっこういろんなことがありましたよねぇ。」
「はい、再び神子殿のお側にいることのできるこの身を喜ばしく思うばかりです。」
「最近、もしもって考えてしまうことがあるんです。もしも、京で出会った八葉のみんなとこっちの世界で一緒に楽しく暮らせたらどんなふうかなって。」
「……。」
「あぁ、絶対無理なのはわかってるんです。でも、頼久さんがこっちの世界で物書きさんになるとは思ってもみなかったんで、みんなもこっちにきたら想像もできないような仕事してたりするのかなぁって、つい考えちゃって。」
「そういう意味でしたか。」
「どういう意味だと思ったんですか?」
純粋に不思議そうにしているあかねに見上げられて頼久は言葉につまってのけぞった。
「頼久さん?」
「い、いえ、どうというほどの意味でも…。」
慌てて頼久がそう言いつくろうとあかねはさっと訝しげな顔をして頼久を上目遣いに見上げた。
「なんかすごぉく嫌な想像されたような気がするんですけど…。」
「い、いえ…その…。」
「何を考えたんですか?」
「はぁ…その…神子殿はもしや、八葉のうちの誰かを恋しいとお思いなのかと…。」
あかねはわざと大げさに深い溜め息をついて見せた。
こっちの世界へ戻ってきて再会してからの頼久は京にいた頃の主従関係がなくなったせいか、年上の男の人ということを意識させられることが多い。
普通に生活していても何かとリードされることが多いからかもしれない。
だが、たまにこうして子供のような一面を見せることもある。
確かに京で警護してもらっている時から過保護な人だとは思っていたけれど、こんなに心配性だとは思わなかった。
「頼久さんはそういうこと心配しすぎです。どうしてそんなに心配かなぁ。」
「…八葉に選ばれた者は皆、その…立派な方も多く…。」
「また身分の話ですか?いいですか、こっちの世界では身分がないのもうわかってますよね。もしみんながこっちの世界にきたら、もちろん身分なんてないんです。だから、頼久さんは対等。永泉さんだって、永泉!って呼んじゃっていいんですよ?」
「そ、それは…。」
「頼久さんは身分のことになるともうすぐそうやって…。」
「いえ、身分だけではなく…。」
「はい?」
ここでまた頼久は言葉に詰まった。
京にいた頃はとにかく身分に差があった。
だからそればかりが気になった。
だが、身分というものがないこの世界へやってきてからは身分の上では対等。
だからこそ身分以外のものが気になるようになった。
容姿、頭脳の明晰さ、女性に対する態度、などなど…
八葉一人一人はその誰もが長所を備えているように思えて、頼久にしてみれば身分など関係なくなってもそんな八葉のことを思うだけで焦りが生じるのだ。
「頼久さん?身分じゃないって、じゃぁ、何が気になるんですか?」
「いえ…。」
「私には話せないことですか?」
上目遣いにそう聞かれては頼久に黙っていることができるはずもない。
「その…私は友雅殿のように女性の扱いに長けておりませんし…。」
「頼久さんが友雅さんみたいにガールハント大好きだったら好きになんかなってません、私。」
「はぁ…。」
「他には?」
「は?」
「友雅さんだけじゃないんでしょう?」
「…その…永泉様のように笛を奏することもできませんし…鷹通殿ように博識でもありません…。」
「あとは?」
「泰明殿のように陰陽の術も使えませんし…イノリのように手先が器用でも……神子殿?」
ここで頼久はようやくあかねがふかーいため息をついてあきれている様子なのに気付いた。
軽く首を横に振って本当にあきれているらしいあかねはすっと頼久を見上げると、クスッと笑って見せた。
「いいですか、笛を吹いてる頼久さんなんてもう想像もできないし、鷹通さんみたいに学問ばっかりできる頼久さんや、陰陽師の頼久さんだって私、好きになんかなってません。もちろん、イノリ君みたいに鍛冶屋さんの頼久さんもです。頼久さんは頼久さんだから私の大好きな頼久さんなんです。」
「神子殿…。」
頼久が感動してあかねに手を伸ばそうとすると、あかねの視線が天井を見つめた。
「だから、もし、みんながこっちの世界に来ていたら、意外とみんなで楽しく暮らしてたんじゃないかと思うんですよね。」
「は?」
「ガールハント大得意のプレイボーイな友雅さん、ひょっとすると職業はホスト!ナンバーワンホスト!もう間違いないと思うんですよねぇ。」
「は?」
「永泉さんとかイノリ君は高校生と中学生だろうなぁ、鷹通さんと泰明さんは大学生かぁ。」
「神子殿?」
「だからね、みんなで一緒にこっちの世界へ来ることができたら、こんなふうだと思うんです。」
戸惑う頼久を尻目に、こうしてあかねの妄想は始まった。
「いってきま〜す。」
あかねはニコニコと楽しそうな笑顔で玄関を出た。
今日も初夏の気持ちいい晴れた空。
なんだか楽しい一日になりそうなそんな予感。
「おはよう、今日も私の可愛い姫君はご機嫌なようだね。」
艶のある声でそう呼び止められて、あかねは慌てて振り返った。
そこには住宅街にはそぐわない高級車から顔を出している友雅の姿が…
あかねは深い溜め息をついて友雅をにらみつけた。
「友雅さん、また車変えましたね?もう、どういうペースで車、乗り換えてるんですか。」
「ん?これかい?これは頂き物だからね。乗ってあげないとくれた人に失礼だろう?」
「また女の人から貢いでもらったんですね?乗るのはかまいませんけど、うちの前に乗り付けないで下さい。」
「乗り付けなければ神子殿を学校までおくれないだろう?」
「おくってもらわなくていいですっ!そんな車で友雅さんに学校まで送られたりしたら、私学校で何言われるかわからないじゃないですかっ!」
「おや、頼久にはさせるのに私にはさせてくれないのかい?」
「頼久さんにもしてもらってませんからっ!た、たまーに、嵐とかで迎えに来てもらうことがあるだけです…。」
「ほぅ、では、次の嵐の日には私が…。」
「けっこうですっ!」
あかねは深い溜め息をついて歩き出した。
このまま友雅にかまっていては遅刻してしまう。
すると、友雅は車をゆっくりと走らせてあかねの後をついてきた。
「友雅さんっ!」
「ん?」
「ん?じゃありません!こんなところで私なんかかまってないでお仕事行って下さい!」
「仕事は夜だからね。」
「……じゃぁ、とりあえずついてこないで下さい!」
「いやいや、神子殿に悪い虫がついちゃいけないからね。」
「悪い虫はお前だろうがっ!」
急に大声をあげて二人の間に割って入ったのは天真だった。
その眉間には頼久宜しくシワがよっている。
「天真、早いね。」
「早くねーよ!こっちは学校なんだよ!マジで頼むから学校までついてくるのはやめてくれ。」
「ふむ。」
真剣に悩む天真を見て何か考え込んだらしい友雅はすぐに微笑を浮かべた。
「二人がそこまで言うのなら。ただし天真。」
「ん?」
「神子殿に悪い虫がつかぬように、しっかりと警護を頼んだよ?もちろん、君自身が虫なり狼なりになるのもなしだ。」
「おまえなぁ…誰がなるかよ、命がけでそんなもんに…。」
あきれ果てて天真が溜め息をついたその時、友雅の携帯がなった。
相変わらずの優雅な身のこなしで電話に出た友雅の声は当然のことながら天真とあかねにも聞こえてきた。
「あぁ、君か。ふふふ、朝から情熱的なことだね。もちろん、君の望みとあればかなえないことはないさ。わかったよ、すぐに行こう。」
それだけ行って電話を切った友雅はあかねに向かって華麗にウィンクを一つ。
「すまないね、少々仕事関係の野暮用が入ってしまった。神子殿を学校まで送り届けることはできそうにないよ。」
「だからっ!来るなって言ってんだろ!」
「じゃ、あとは頼んだよ、天真。」
軽くあかねに手を振って見せて、友雅を乗せた車はあっという間に走り去ってしまった。
「ったく、朝からなんだってんだよ、あいつは。」
「毎朝っていうわけじゃないんだけど…夜はお仕事で大変なんだから、朝くらいゆっくりしてればいいのにね。」
「そういう問題じゃねーだろ。」
「あれ、そういえば蘭は?一緒じゃないの?」
「あいつ、今日は日直だってよ。」
「そうなんだ、残念。蘭がいたら友雅さんに会えて喜んだろうなぁ。」
「……とっとと行くぞ。友雅のせいで遅刻なんざ冗談じゃねー。」
いまだに妹が友雅に惹かれていることが気に入らなくてしかたない兄としては、この話題はどうやら避けたいらしい。
さっさと足早に歩き出す天真の後をあかねは慌てて追いかけることになった。
「って、こんな感じになると思いません?」
「……。」
自分が想像したこちらの世界の友雅の様子を語り終えたあかねが隣に座る頼久の様子をうかがうと、頼久は眉間にシワを寄せて真っ青な顔をしていた。
「頼久さん?どうかしました?具合でも悪いんですか?」
「い、いえ…神子殿のお話があまりにもリアルでその……。」
「でしょ、友雅さんなら絶対ホストですよね!」
いや、その点ではなくと頼久に突っ込む余裕はない。
「京にいる頃から天真君は友雅さんとあまり仲良くなかったからなぁ、こっちきてももめるんだろうなぁって。あ、でも蘭は喜ぶかも。頼久さんも友雅さんとは仲良かったから楽しくなりそうですよね。」
「は?」
今度は頼久の目が驚きでまん丸に見開かれた。
自分と友雅、どこがどう仲が良かっただろうか?
頼久には全くわからない。
「み、神子殿、その…宜しければ私と友雅殿のどの辺りが仲がよさそうに見えたのかお教え頂けますか?」
「え、ほら、二人とも剣ができて、お仕事も似てるし。怨霊と戦う時の作戦会議の時なんか意気投合してたじゃないですか。」
「そ、それは…。」
二人とも同じく武術に長けた身で、敵に勝つためには同じ計算をしていたというだけのこと。
特に親しかったわけでもなんでもない。
それどころか頼久としては常にあかねに流し目を送る友雅が不愉快でしかたがなかったのだが…
「頼久さんが親しくしていたというと永泉さんもそうですよね。」
「は?」
親しくなどと恐れ多いと頼久が言おうとしていることにも全く気付かない様子で、あかねの妄想は再び暴走を始めた。
第二話へ
管理人のひとりごと
お待たせ致しました!15000Hit御礼連載開始でございます!
今回はもし八葉のみんなが現代へやってくることができたらというお話。
八葉一人ずつあかねちゃんの妄想パターンでご紹介(笑)
遙か3の運命の迷宮みたいな(爆)
あかねちゃんと一緒に八葉のみんなとの現代ライフを妄想してみましょう(^−^)
プラウザを閉じてお戻りください