「泰明殿、実はさきほど藤姫に占いを頼みましてね、神子殿のことなら御身に危険が迫るようなことはありえないから安心せよと言われたのですよ。それで我々は、ならば神子殿は御自らの意思で出かけたのであろうという結論にたどり着いたところなのです。」
「なんだよそれ、オレは聞いてねーから泰明探して駆けずり回っちまったじゃねーか。」
「すまなかったね、イノリ。」
いじけるイノリに苦笑しながら友雅が脇息から体を起こす。
ところが、友雅の言葉も泰明の機嫌を直すには至らなかった。
「何を、言っている?」
「泰明殿?」
いつにも増して不機嫌そうな相棒に小首を傾げたのは永泉だった。
気心が知れているとは言いがたいかもしれないが、おそらくは友雅や鷹通などより泰明のことを理解している永泉だ。
今の泰明が不機嫌で、尚且つどこか焦っている様子なのが見て取れた。
「藤姫が何をどう占ったのかは知らぬ。神子の身に危険が及んでいないのもそうかもしれぬ。だが、神子がどこにいて何をしているのか全くわからぬのも事実だ。気もつかめぬ。神子の身に危険が及んでいないとしても神子が何らかの不都合を抱えているかも知れぬと考えないのか?」
「何らかの不都合…。」
そう言って考え込んだのは頼久だった。
寝乱れた髪がサラリと肩を撫で、うつむいた拍子に痛んだ鳩尾を手で押さえながら頼久は少し考えて泰明を正面から見つめた。
そうだ。
確かにあかねの身に確かな危険が及んでいないとしてもだ、どこかに監禁なり軟禁なりされていて外部と連絡がとれないような状況にあるかもしれない。
傷つけられるような恐れは無くても、屋敷に帰りたいと思っているのに帰ることができず、途方にくれているかもしれないのだ。
「泰明殿!神子殿の居場所、なんとかして知る方法はないのでしょうか?!」
慌ててそう言う頼久に泰明は小さく溜め息をついた。
「そんな方法があれば神子のもとへ急行している。それがないからここにいるのだ。」
「……。」
「神子の気さえ探ることができれば居場所はすぐに知れるが、その気が全くつかめぬ。」
いつも表情を変えない泰明とは思えないほど苦しそうな声に、さすがの友雅も眉間にシワを寄せた。
泰明があかねの気配をつかめないとなるとそれはそれで一大事だ。
八葉でもあり、優秀な陰陽師である泰明の力をもってしても気がつかめないとなると確かにことは大事なのかもしれない。
「で、ですが、泰明殿が神子の気をつかめないとは、そう簡単にあることではないのでは…。」
この緊迫した状況で言葉を発したのは永泉だった。
永泉は誰よりも泰明の優秀さを知っている。
だからこそ、泰明があかねの気をつかめないという状況がどれほどの大事かもわかっている。
「そうだ。そう簡単にあることではない。鬼に異なった世界へと連れ去られたか、あるいは強固な結界の内にとらわれているか…。」
そう言って泰明も考え込んだ。
鬼という言葉に全員がピクリと反応したが、それはありえないという気もした。
鬼は先の戦いですっかり力をなくし、この京にはいないはずだ。
怨霊もすっかり姿を潜めた。
ならば、可能性としてはもう一つの方が遙かに高い。
強固な結界の内にとらわれている。
だとすれば、それは優秀な陰陽師である泰明の力をも防いでしまうほどの強固な結界だということになる。
「泰明殿…。」
「なんだ?永泉、はっきり言え。」
「は、はい、その…泰明殿ほどのお方が気を探れなくなるほどの結界となれば、常人がおいそれと張ることのできないものかと…。」
「当然だ。」
「でしたら、その結界の主はすぐにみつかるのでは…。」
一同の視線がいっせいに永泉へ向いた。
そうなのだ。
泰明は八葉の一人でもあり、また、希代の陰陽師、安倍晴明の愛弟子でもある。
更にいうなれば当然のことながら安倍晴明に次ぐ実力を持つ陰陽師なのだ。
そんな泰明の力をも遠ざける結界となれば、おいそれとその辺の外法師が作れるようなものではない。
「泰明殿が気を探ることさえできなくなるような結界を作ることができる陰陽師とはどれほどいるものでしょうか?」
問いを発した鷹通をギロリと睨みつけて、泰明は両の手を握り締めた。
なかなか答えを発しない泰明に鷹通が小首を傾げる。
「……お師匠。」
「は?」
「お師匠しかおらぬ。」
この言葉に泰明以外の全員が絶句した。
場の空気が一気に緊張する。
師匠、それは安倍晴明のことだ。
この京で最も力のある陰陽師。
まさか、その安倍晴明が敵に回ったというのか?
「それは、一大事……。」
か細い声でそう言う永泉をギロリと睨みつけて、泰明はスタスタと歩き始めた。
「泰明殿、どこへ?」
「お師匠のもとへだ。」
問いただした友雅にそれだけ答えて泰明はそそくさと立ち去ろうとしている。
そんな泰明を慌てて追ったのは頼久だった。
もし、安倍晴明が敵に回っていたとしても、今は手がかりが安倍晴明しかない。
だとすれば、相手がたとえ希代の陰陽師であったとしてもその口からあかねについての情報を聞き出すしかないのだ。
頼久の思いを理解してか、残る一同も顔を見合わせて一つうなずくと泰明の後を追った。
が、門を出たところで、一行はすぐに足を止めることになった。
あかねの捜索に出ていた武士団の武士達が何やら慌しく駆けてきたからだ。
「若棟梁!」
駆けてきた武士達に頼久は目を丸くした。
何故ならその武士達が泣き声をあげている少年を引きずっていたからだ。
「どうした?何事だ?」
かろうじてそう尋ねた頼久の前に少年は引きずり出された。
何事かと泰明の眉間にもシワが寄る。
「それが、先日、この童が屋敷の前で騒ぎを起こしたことを思い出しまして。」
「騒ぎ?」
「はい、昼間のことです。この童が屋敷の門の前で腹痛を起こしたとかで、我々が介抱しようとしましたところ腹が痛いと大暴れを始めて手がつけられなくなったのです。」
「それが…。」
「それでです!童が暴れるので警護の者何人かがかりで童を武士溜まりへ連れて行こうとしたのですが、屋敷の門をくぐった辺りでいきなり治ったと申しまして。」
「……。」
頼久の顔が険しく歪んだ。
それは、まるで、陽動のようではないか。
「それでその場は帰したのですが、思えばその時、一瞬ではありますが屋敷の警護が緩みましたのでもしやと…。」
頼久は泣きはらしている少年の前に膝をついた。
まっすぐ正面から少年を見つめると、少年が怯えきった顔で尻もちをついた。
「わ、若棟梁、お待ち下さい。この童は神子様の御身を案じてこのような時間にこの辺をうろついていたようで…。」
「やはり、神子殿のことを何か知っているのだな。」
頼久がそう言って溜め息をついている間に少年の体がふわりと宙に浮いた。
慌てて頼久が視線をめぐらせれば、いつもは無表情な泰明が恐ろしい形相で子供の襟首をつかんでひょいとその小さな体を持ち上げていた。
「神子をどこへやった。」
「ひっ。」
子供が青白い顔で息を飲む。
頼久は深く溜め息をつくと、泰明の手から子供を取り上げて地面に立たせた。
「神子殿の身を案じてといったな、何を知っているのだ?仕置きをしたりはしないから話してくれぬか?」
その頼久の声音は先ほどまであかねの身を思って取り乱していたとは思えない優しさを含んでいて、一瞬キョトンとした子供は涙を拭ってうなずいた。
「私の主があかね様とどうしても過ごしたいとおっしゃって…。」
聞いてみれば子供は口調もかなりしっかりしている。
身なりを見れば身分も低くはなさそうだ。
「して、神子殿はどこにいらっしゃるのだ?」
「主の別宅に…。」
「連れて行ってはくれまいか?」
「……。」
さすがに少年が迷いを見せた。
小さな童がこんな時間にこんなところまでやってきたのだ。
あかねを心配しているというのは本心だろう。
だが、頼久を主とやらの元へ連れて行けば、自分が主を裏切ったことになりはしないか?
それも気になっているに違いない。
「神子殿は私にとってかけがえのない方なのだ。頼む。」
「私の主は……あかね様のことをたいそう気に入っておいででした…だから……絶対にあかね様が嫌がるようなことはしない、と思います…。」
「わかった。だが、神子殿がどう思うかではないのだ。私が、神子殿にお会いしたい。」
その言葉に少年がハッと目を見開いた。
頼久が少年を見つめる目は静かで穏やかなのに力に満ちていて、少年をひきつけずにはおかなかった。
そしてどれほど頼久が本気で必死なのか、それは相手が子供であるだけにまっすぐに伝わったようで…
「主は…あかね様と話をしたかっただけです。決して悪くするつもりは…。」
「わかっている。責めたりはせぬ故、連れて行ってくれるか?」
とうとう少年が小さくうなずいた。
頼久は少年の前で片膝を立てると、深々とその頭を下げた。
少年が驚きで凍りつく。
「あ、あの……。」
「感謝する。」
「どこまでも律儀な男だね。」
その声は泰明の背後から聞こえた。
もちろん、発したのは二人の後を追ってきた友雅だ。
その艶やかな姿に少年が更に驚いていると、友雅は少年に向かって綺麗にウィンクして見せた。
そしてそんな友雅の後ろにはイノリ、鷹通、永泉の姿もある。
「さて、それじゃぁ、神子殿の所へ案内してもらおうかな。」
友雅に微笑みかけられて、少年は一つうなずくとスタスタと歩き出した。
隣で鷹通が溜め息をつく。
「何か言いたそうだね?鷹通。」
「あなたは女性だけでなく、童の扱いにも慣れておいでなのですか?」
「子供の扱い…まぁ、苦手ではないかな。」
意味ありげにそう言って微笑む友雅に再び溜め息をついた鷹通は、少年のあとをついて歩き出した頼久と武士団の武士達と共に一歩を踏み出した。
「それにしてもあの童、なかなかの身分のお方の屋敷に仕えているようだが…。」
「そのようですね。」
「神子殿はいったいどこでどうしておいでなのか…。」
それがいまだに解せない。
子供が言うにはあかねはこの子供の主のもとにいるらしいが、何故そんなところにいるのか?
それに、こんな時間になっても帰ってこないとはどういった理由からなのか?
しかも、あかねが連絡一つよこさずにこの子供の主のもとにいるのはどういった理由からなのか?
どうやらあかねの居場所はわかりそうだが、それでもまだわからないことは多い。
「神子のことです、何かお考えがおありなのでしょう。」
そういったのは永泉だ。
そしてイノリが隣でうなずいている。
「確かに神子殿には何かお考えがおありなのかもしれませんが…。」
あの少年は主に悪意はないというようなことを言っていた。
だとすればあかねは別に監禁されているわけではないということになる。
連絡をよこすくらいのことはできたはずだ。
あの心優しいあかねが八葉はもとより夫である頼久が自分の身を案じているであろうことに気付かないはずがない。
だとしたら、あかねは自分の意思で連絡一つよこさずに少年の主のもとに留まっているということになる。
「病気や怪我ということはないだろう、ね?」
「無いと思いますが…そのようなことがあればあの童があのように落ち着いて案内をしたりはしていないかと…。」
「だねぇ。」
友雅と鷹通が顔を見合わせて首を横に振った。
やはりわからないことだらけだ。
「お前らがここでああでもないこうでもないって考えてたって始まんねーだろ。もすうぐあかねに会えんだからそれでいいじゃねーか。」
そう言ってつまらなそうに歩いているのはイノリだ。
確かにイノリの言うとおり、事態は急変、もうすぐあかねに会えることは確かなのだが…
友雅と鷹通は先を行く頼久の背を見つめた。
万が一にもあかねがあの男に愛想を尽かせて少年の主のもとへ自らの意思で留まっていたとしたら…
どんなことになるのかだいたいの予想がついて、友雅と鷹通は同時に溜め息をついた。
そんなことは天地がひっくり返ってもありえない、そう思ってはいるが…
これからの事の流れをなんとか予想しようとして悩み続けている友雅と鷹通、どこか達観しているかのように落ち着いている永泉、そしてつまらなそうなイノリ、果てしなく不機嫌そうな泰明、更には若棟梁の奥方の一大事とぞろぞろと集ってしまった武士団の武士達、極めつけに愛妻のことで頭がいっぱいの源武士団若棟梁、全員を引き連れて少年はうっすらと東の空が明るくなり始める中を歩き続けた。
そうしてぞろぞろと歩き続けることしばし、一行はやたらと大きな屋敷の前にたどり着いた。
門の前にはしっかりと警護の者が二名立っている。
「何者だっ!」
門番二人が腰の剣に手をかけるのを見て、武士団の武士達がいっせいに身構えた。
それはもう異様なほどの迫力で、あっという間に門番達がひるむ。
それはそうだろう。
今をときめく左大臣家が抱えている武士団の武士達だ。
身構えただけでその殺気が辺りの空気をピリピリと張り詰めさせた。
「き、貴様ら…。」
「我々は中にとらわれている女人に用がある。邪魔だてしなければ危害は加えぬ。」
低い声でそう言ったのは頼久だ。
声だけで相手を圧倒してしまう気迫に友雅が苦笑しながら一歩前へ出た。
「すまないね、すぐに用件は済むから、できれば左近衛府少将が訪ねてきたと主に取り次いではもらえないだろうか?」
友雅がそう言うと何故か少年が驚いたようにハッと振り返った。
友雅の身分に驚いたものらしい。
「し、しかし……。」
門番達が慌てふためいていると、今度は永泉が一歩前へ歩み出た。
「決してあなた方の主に危害を加えようというわけではありません。中へ取り次いでは頂けないでしょうか?」
「お、お前は…。」
「永泉、と申します。一介の僧侶の身ではありますが、どうかお取次ぎ頂けませんか。」
そう言ってやわらかく微笑む永泉に、門番達が凍りついた。
「法親王さま…。」
どうやら永泉の身分を心得ているらしい門番二人は互いに互いの顔を見合わせた。
得体の知れない賊とばかり思っていた人物が左近衛府少将だの法親王だのととんでもない身分の者達でどうしていいかわからないのだ。
手を刀の柄にかけたまま、頼久がじりりと門番達の方へと間合いを詰める。
その様子に友雅が苦笑した。
時間をかければ穏便にここを通ることもできたかもしれないが、妻に会いたい気持ちがはやっている頼久をそうそう長く留めておけるとは思えない。
「たとえ誰であれ、ここを通してはならぬと厳命されている、戻られれよ。」
門番の一人が頼久の気合に気圧されながらもそう言って刀を抜いて構えた。
それと同時に武士団の武士達がいっせいに抜刀する。
「まったく、血の気の多いことだね。」
背後でそう言ってあきれている友雅も、しっかりと腰の太刀に手をかけていた。
「友雅殿こそ、いつからそのように血の気が多くなられたのです?」
と、隣で溜め息をつく鷹通も小刀を手にしている。
「お師匠の結界…。」
一人冷静にそうつぶやいたように見えた泰明は、据わった目で門をじっと見つめながらその手はしっかりと印を結んでいた。
「なんだよ、みんな結局やる気じゃねーか。」
そう言ってイノリも腕まくりをする。
そんな仲間達を見渡して、永泉が手を合わせた。
こちらは念仏でもとなえるつもりなのかと思えば、一度手を合わせて祈りを捧げたように見えたものの、その目はすっと相棒の方へと向いていた。
法親王はどうやら相棒の指示を待っているものらしかった。
第六話へ
管理人のひとりごと
晴明さんの結界に守られるお屋敷へ到着。
どうやら中にあかねちゃんがいる模様です。
一応、最初は穏便にすませようとしていたらしい友雅さん達ですが、頼久さんのこといえないくらい喧嘩っぱやい感じに…
みんなあかねちゃんが心配って気持ちは同じなのですよ(^^)
ということで、おそらくは腕ずくで中に入ることになりそうなみなさんとあかねちゃんとのご対面は次回以降で。
たぶん全6話完結、だと思います、たぶん…
ひょっとするとそれに軽い後日談がつくくらいになる、かもしれません。
もう少々お付き合い下さいm(_ _)m
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