頼久、友雅、鷹通、永泉、イノリは車座に座してむっつりと黙り込んでいる。
頼久は顔色を見ればわかるように、ほぼ放心状態にあるといっていい。
どのようなものからも守って見せる、龍神の神子を守る役目は誰にも譲らない、そう宣言していた頼久だ。
その神子が突然姿を消したとあっては生きた心地もしないのだろうと誰もが見て取れた。
手には紫苑の紙が握られていて、その手は小刻みに震え続けている。
その様子を眺めながら残る4人は座ったまま黙り込んでいた。
一通りの状況説明は友雅からされていて、これで間違っていないかと確認された頼久は小さくうなずいただけだった。
あかねが行方不明だと判明した瞬間駆け出そうとした頼久だったが、今ではどうすることもできずにただ座って放心している。
屋敷から駆け出すことは簡単だが、どこへ駆けていけばいいものか皆目見当がつかないのだ。
それは残る4人も同じことで、頼久が魂をとられた抜け殻のような状態になっているのを見つめながらそれぞれに思いをめぐらせていた。
いったい、あかねの身に何が起きたのか?
何故、元八葉の誰にも告げずに姿を消したのか?
あかねは今、どこでどうしているのか?
湧き上がるのは疑問ばかりだ。
だいたい、この京を救った龍神の神子がこうも簡単に行方をくらますなどということが可能なのだろうか?
そこに思い至ったのはどうやら友雅で、こうして車座に座ってから初めて友雅が口を開いた。
「頼久、この屋敷は武士団の者が四六時中警護をしていたのではなかったか?」
「はい……。」
ただ事実のみを伝える頼久の返事を聞いて、4人は顔を見合わせた。
そうなのだ。
ここは龍神の神子、尊き天女の屋敷であり、今をときめく左大臣の養女たる姫君の住まいでもあるのだ。
24時間体勢でそれはそれは厳重な警護がなされていることは言うまでもない。
警護というものは外的から主人を守るために行うものではあるが、その安全を完璧に守るためには主人を常に見守っている必要がある。
つまり、あかねがこの屋敷から出かけたのなら誰かが見かけているはずなのだ。
もし、あかねが誰にも内緒でこっそり出て行こうとしても抜け出せないほど、この屋敷の警護は厳重なはずだった。
だとすれば、誰かがあかねに口止めされていて、行き先を隠している可能性がある。
そのことに思い至った友雅は、頼久にすぐ警護の武士を連れてきて事情を聞くように言おうとして、その言葉を溜め息に変えた。
今の頼久はとうてい使い物にはならない。
となれば、行動は自分で起こすしかない。
友雅はすっと立ち上がると人を呼んですぐに警護に当たっている武士を集めるように言いつけた。
「友雅殿…。」
「武士団の者が神子殿の愛らしさに押し切られて行き先を口止めされているということもあり得るだろうと思ってね。」
訝しげな顔をしている相棒にそう答えて友雅は苦笑した。
「神子がそのようなことをなさるでしょうか…。」
「可能性がなくはねーよな。あかねのことだから人助けとか絡むと突っ走りそうだし。」
永泉の言葉にイノリが答えて頭をかいた。
確かにあかねなら人助けのためなら屋敷を抜け出すくらいのことはしそうだ。
だが、そんなことをする前に神子殿大事の頼久に人助けをしたいとねだるのではないだろうか?
「そのようなことがありえるでしょうか…。」
「鷹通の言いたいことはわかるけれどね、ここは可能性を一つずつ消していくしかないだろう。」
「可能性を消していく、ですか…。」
「何一つ情報がないでは、もう今考えられるあらゆる可能性を一つずつ消していくしか手がない。泰明殿がいてくれればまだ話は違ったのだが…。」
「ああ、そうですね、泰明殿なら神子の気を探し当てることもできるやもしれません。」
「永泉様には無理ですか?」
「わ、わたくしにはそのような大それたことは…。」
あわててそう言って永泉が悲しげにうつむいた。
話を振った友雅に相棒の視線が突き刺さる。
「……私がいけないのです……。」
低い、震えるような声が響いた。
発したのは頼久だ。
手が白くなるほど紫苑の紙を握り締め、頼久は穴が開くかと思うほど床を見つめたままぼそりとその言葉をこぼした。
4人の視線がいっせいに頼久を捕らえる。
「どういう意味だい?頼久。」
「きっと何か……私が神子殿のお気にさわることを……。」
「それで頼久に愛想を尽かして出て行ったと?フン。」
珍しく友雅が明らかにおもしろくないという顔をして頼久を睨んだ。
鷹通は溜め息をつき、永泉はおろおろと友雅と頼久を見比べ、イノリは今にも殴りかかりそうな形相で腕を組んでいる。
「己が生まれ育った世界を捨て、共にこの世界にやってきた友が帰っていくのを見送ってまで頼久の側にいることを選んだ白雪が、頼久を見限って姿をくらますだって?笑わせるんじゃない。」
「友雅殿…。」
それ以上は言うなと止めようとした鷹通の言葉を遮って立ち上がった友雅は、つつと頼久に歩み寄るとその胸倉をつかんで無理やりに頼久の目を自分の方へ向かせた。
「頼久、私は神子殿にこう言ってあるのだよ。もし頼久が神子殿につらく当たったり神子殿を不幸にするようなことがあったら、必ず元八葉の誰かのところに、できることなら私のところにおいでとね。必ず幸せにして差し上げようと、そう言ってある。わかるか?私の元にも他の仲間たちの元にもやってきていないのだ。これがどういう事態かわかって……。」
そこまで言って友雅ははっと目を見開いて続く言葉を飲み込んだ。
『これがどういう事態かわかっているのか?』
そうだ、どういう事態かもうわかっているのだ。
あかねは消えてしまった。
仲間達の元へ駆け込んだわけでも藤姫の所へ里帰りしたわけでもないのだ。
誰にも何も言わず、消えてしまったのだ。
その事実を心のどこかで否定しようとして、そうしていながらしっかりと認めてしまっている自分に気付いて友雅は頼久を解放した。
「しっかりしなくてはならないのは私の方だな。」
「友雅殿…。」
鷹通が相棒にどんな言葉をかけたものかと考え込んだその時、屋敷の警護を担当している武士達が庭に集合した。
その姿を目にして頼久が何も言わずに立ち上がると、風のような素早さで縁に駆け寄った。
「あの…橘少将様がお呼びと…。」
武士の一人がそう言い淀みながら頼久とその背後にいる一同を見比べた。
誰もがとんでもなく不機嫌そうな顔をしている。
そうと気付いて集まってきた武士達の表情に一気に緊張が走った。
「今日、神子殿はどこかへ外出していないか?」
「は?」
「口止めされているようなことがあれば、神子殿には気付かれぬようにするから、今正直に話してくれ。」
低い、腹の底から搾り出すような頼久の声にただならぬものを感じて、武士達はいっせいに顔を見合わせた。
頼久がこんな声を出すのを聞くのは、あかねという妻を得てからは初めてのことだ。
これは一大事と思うものの、武士達は顔を見合わせて互いに首を横に振るばかりでどうやら思い当たることのある者はいないらしい。
「今日、神子殿のお姿をちらりとでも見かけた者はいないか?」
そう訪ねたのは友雅だ。
こちらもいつもの艶のある声からは想像もできない真剣な声に、武士達が再び顔を見合わせる。
だが、結果は同じだ。
「若棟梁、我々は交代で一日お屋敷を警護しておりましたが、神子様のお姿は一度も…。」
代表して一人がそう答えると、頼久がその場にがくりと膝をついた。
慌てる武士達を制して友雅が一歩前に出る。
「では、何か今日、変わったことはなかったかい?いつもと違ったことならなんでもかまわないんだが。」
この問いにもやはり武士達は首を横に振った。
どうやら本当に何一つ手がかりはないらしい。
「わかった。ご苦労だったね、皆警護に戻って…。」
「少将様、何かあったのですか?」
「ん?」
自分から説明してもよいものかと友雅が頼久を見れば、頼久はすっかりうなだれていてやはり使い物になりそうにない。
友雅は一つ小さく息を吐くと何事か考え込んでしまった。
ここは武士団の者達にも事情を説明して情報を広く集めた方がいいのか?
それとも、混乱を招くのを防ぐため、事実は伏せておいた方がよいものか?
「友雅殿、源武士団の者であれば神子殿も普段から親しくしておいでですし、信頼できる者達です。」
悩む友雅にそう語ったのは相棒の鷹通だ。
その相棒の顔を見つめて友雅は苦笑を浮かべた。
どうやら自分もそうとうに動揺していて思案が巡っていないらしいと気付いたから。
「鷹通の言うとおりだ。実は神子殿の姿が見当たらず、皆でこうして探しているのだよ。だから、武士団の武士の中で何か知っている者があったら知らせてもらいたい。」
「み、神子様がっ!」
友雅の言葉に場が騒然となった。
集まった武士達の顔色がいっせいに青くなる。
「ああ、そんなに騒がないでくれないかい。騒いだって神子殿がみつかるわけでもない。神子殿には龍神のご加護があるからね、めったなことはないだろう。が、我々の大切なお方でもあるからね。何かわかったら知らせてもらいたい。」
「若棟梁!武士団総出で捜索致します!」
一人の武士がそう叫べば、集まった全員が激しくうなずいて見せた。
どうやらあかねは八葉だけでなく武士団の武士達からもずいぶんと慕われているらしいと知って、友雅の苦笑が深くなった。
こんなにも心配する者が大勢いるというのにあかねはいったいどこへ行ったものか。
「そう、だな、頼む…。」
かろうじて頼久がそれだけ言うと、武士達は我先にと駆け出した。
「ああ、くれぐれも事を大きくして騒ぎ立てないように。神子殿が帰ってきづらくなってもいけないからね。」
「御意!」
武士達は友雅の一言を聞くと、いっせいに振り返って一礼して去っていった。
どうやら本当に武士団総出で捜索を開始するらしい。
これはしばらくこの屋敷からは警護の武士が消えそうだ。
「さて、手がかりは皆無。神子殿を見かけたものは誰もいない、いつもと変わったことも何一つ起こっていない。どうしたものか…。」
「あの…泰明殿にやはり来て頂いてはいかがでしょうか?」
「永泉様のおっしゃるとおりです。友雅殿、泰明殿に来て頂きましょう。」
「それしかないかね。」
「じゃぁ、オレがちょっと行って来る!」
そういうが早いかイノリが駆け出し、あっという間に庭を抜けて姿を消した。
確かにこのメンツで頼久が使い物にならないとなれば、イノリが一番足も速く、体力もあるだろう。
一気に静かになった周囲を見回して、友雅は一つ溜め息をついた。
「泰明殿ならば何か神子殿の居所をつかむ手立てをお持ちです、きっと。」
数珠を手に祈るようにそういった永泉に友雅は苦笑した。
確かに泰明ならば何か打つ手があるかもしれない。
だが、それにしても…と思わずにはいられない。
あかねと共に鬼と戦っていた頃は術を使って怨霊達と互角に渡り合ってきたものだが、いざそのあかねがいなくなるとこうも自分達は無力なのかと思ってしまうのだ。
「泰明殿が捕まれば少なくても何らかの情報を得ることはできるでしょう。我々は有事に際してすぐに対処できるように体力を温存しておくべきです。」
「鷹通、それは我々に眠れと言っているのかな?」
「はい。眠れないまでも体は休めておくべきです。他にできることがないのですから…。」
「正論だがね。」
そう言って友雅はちらりと頼久へ視線を流した。
そこにはうなだれたまま動かない頼久の大きな体がある。
同じように頼久を見た鷹通と永泉は顔を見合わせて小さく溜め息をついた。
頼久こそ、休めといって休めるものではないだろう。
二人がそんな想いを視線で交わしている間に、友雅はつつと頼久に歩み寄るとその前に片膝をついてかがみこんだ。
「頼久、今は泰明殿を待ちつつ休息をとるべきだと私の知恵袋が言っているんだがね?」
「……休むなど……神子殿……。」
やはりかと言いたげな顔で友雅が再び頼久の胸倉をつかんだ次の瞬間、頼久が「うっ」とうめき声をあげてその場に崩折れた。
見れば友雅の拳は見事なまでに頼久の鳩尾にめり込んでいる。
「と、友雅殿?」
「こうでもしないと休まぬだろう?頼久は。」
「し、しかし…。」
「休むべきだといったのは鷹通だろう?」
「そうは言いましたが…。」
「それに、源武士団の若棟梁の鳩尾に拳を入れることができる機会などそうはないからね。」
「友雅殿…。」
相方の物言いにあきれながら鷹通は崩れたままの頼久の体を横たえて、楽な姿勢にするとその上に袿を一枚かけた。
それはその辺にあったもので、おそらくはあかねのものだろう。
こうしてあかねが身に着けていたものをかぶっていれば少しは頼久の心も落ち着くかもしれない。
「それに、少し仕置きもしたかった。」
「仕置き、ですか?」
「我らの神子殿を独り占めにしておきながらこのていたらくだ、少しくらい痛い目を見るべきだと思ってね。」
「しかし、それは頼久のせいと決まったわけでは…。」
「わかっているよ、八つ当たりだ。」
「……。」
鷹通は頼久から友雅へと視線を移して、その秀麗な顔が歪んでいるのを目にして何も言えなくなってしまった。
この、いつも本気にならず、何事にも距離を置いて余裕の顔をしている男が、こうも苦しげな表情を浮かべるとは。
それこそ頼久と同じくらいに痛々しい。
そんな痛々しい相棒を見てはいられずに鷹通が永泉へと視線を移せば、こちらは目を閉じ、何か唱えている様子だ。
おそらくあかねの身の安全を御仏に祈っているのだろう。
イノリがいなくなり、武士達が散り、女房達もあかねを案じて奥へ引きこもり、頼久が失神して友雅が落ち込めば当たりはひどく静かだ。
何事もなかったように静かな庭を上ったばかりの月が照らしている。
鷹通は一つ深い溜め息をついた。
「静か、ですね…こんなにも静かな夜だというのに、神子殿のお姿だけがないとは…。」
悪い夢でも見ているようだ。
そう続けようとして言葉を飲み込んで、鷹通は再び溜め息をついた。
「神子殿がいれば、たまに集った我ら一同、愉快な宴でも催しそうなほど静かな夜だ……ん?」
「友雅殿?」
急に何かに気付いたように友雅が小首を傾げたのを鷹通は見逃さなかった。
友雅は倒れている頼久をじっと見つめて、それから空を見上げた。
そこには昇ったばかりの月が輝いている。
「そうだ、静かにすぎる…。」
「は?」
「静か過ぎると思わないかい?鷹通。神子殿が姿を消したというのに、静か過ぎる…。」
「いえ、それは武士団の武士達も捜索に出払ったことですし…。」
「いや、違う。そうではない。そうではなくてもっとこう、騒がしくなるはずなのだ…。」
「は?」
「そうだ……藤姫だ。」
「はい?」
「神子殿に何かあるとしたらもっと藤姫が騒いでいるはずではないか?」
「あ…。」
鷹通がさっと永泉へ視線をめぐらせた。
藤姫は星見の姫だ。
あかねの身に起こることを怨霊との戦いの最中も色々と占ってきた。
もし、あかねに災難が降りかかる兆候があるなら藤姫が見逃すはずがない。
今現在でも藤姫は暇を見つけてはあかねの幸せを祈って、占いを欠かしたことがない。
万が一、あかねに何かあったとしたら藤姫が血相を変えて騒ぐはずだ。
「確かに。もし藤姫がここ数日占いをしていないためにこの事態の起こるを見逃したとしても、今から占いで何かつかめるかもしれません。」
「私が行こう。鷹通、永泉様と頼久を頼む。」
永泉の言葉を聞くや否や友雅はすっと立ち上がると、流れるような動きで庭を駆け抜けた。
鷹通も永泉も止める暇などなく、その後ろ姿をただ見送るしかなかった。
第四話へ
管理人のひとりごと
はい、あかねちゃん大捜索開始です。
泰明さんが来ると話はわかりやすくなると思うんですが、まだいらっしゃいませんね(’’)
同じように占いのできる藤姫なら何かわかるはず。
そんなことにも気付かないくらい八葉のみんなは右往左往。
そんな感じです(w
ちなみに、いくら少将様でも普段、まっとうな頼久さんの鳩尾に一撃とか絶対無理です!頼久さん強いですから!
ということでどさくさに紛れて殴ってますよ、少将様(’’)
まぁ、少将様のことですから愛です、たぶん…
次回は星見の姫の占いや泰明さんが頼りになりそうな気配を見せつつ、もう少々お付き合いくださいませm(_ _)m
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