「すみません、送ってもらっちゃって。」
「いえ、お気になさらず。」
暗い道をあかねは頼久と二人、並んでゆっくり歩いている。
何故かといえば、これが頼久の家からの帰り道だからだ。
大学に入学し、必修以外の単位を選び終わってなんとか生活が落ち着き始めたあかねは、学校の帰りに頼久の家に寄るのが日課になっていた。
ついこの間まで時間がほとんど自由にならない受験生だったことを思えば、夢のような毎日だ。
大学生になったとたんに両親は放任主義になったようで、あかねが何をしようと全く口をはさまなくなった。
もとより、頼久と一緒ならどこへ行ってもいいといわれているし、帰る時間もさほど気にされてはいなかったけれど…
頼久の家ならお泊まりだってたぶん両親は何も言わないだろうけれど、それは頼久がどうしても反対した。
おかげで夜道をこうして頼久に送ってもらうことも少なくなかった。
「履修単位も決まりましたし、友達もできて、やっと余裕が出てきました。」
「それは何よりです。大学は楽しいですか?」
「楽しいって言うか、今のところは色々決めることとか手続きがいっぱいで大変っていう感じです。でも、そうですね、受験生よりはずっと大学生の方が楽しいです。」
そう言って笑うあかねを頼久は静かな笑顔で見つめている。
大学へ行って欲しいと言ったのは頼久の方で、晴れて大学生になったあかねを頼久は静かに見守っているのが常だ。
「サークルには入らないつもりなんですけど、蘭がどこかに入るって言ってたから、たまに付き合わされることになりそうです。」
「はい。」
「でも、ゴールデンウィークはしっかりお休みなんで、その…どこか行きませんか?」
急な申し出に頼久が考え込んだ。
今までゴールデンウィークについては何も話していなかっただけに、頼久としてはどう返答していいのかがわからない。
だいたい、外出となると頼久にはどこにあかねを連れて行けばいいか見当もつかないというのが正直なところなのだ。
「私はかまいませんが…。」
「ああ、どこへ行くかとかは私もまだ考えてなくて、その、私としてはお泊りで遠出でもいいんですけど…。」
「ご両親の許可があれば私もかまいませんが。」
頼久の意外な答えにあかねが思わず足を止めた。
お泊りは絶対ダメ、そういわれると思っていたのに意外にもOKが出てしまった。
「えっと、天真君達と一緒とかなしで、二人きりがいいなって思ってるんですけど…。」
「はい、神子殿がその方がよろしいのでしたらそのように。」
「お泊りでもいいんですか?」
「はあ、ご両親がかまわないのでしたら。」
何を言い出すのかといわんばかりの顔で頼久があかねを見つめる。
あかねは目をまん丸に見開いて頼久の顔を見上げた。
「頼久さんがお泊りでもいいって言うとは思いませんでした。」
「何故でしょうか?」
「だっていつもダメって言ってたから。」
「それは、我が家では問題がありましょうから。」
「頼久さんの家はダメで、遠出した先ならいいんですか?」
「はあ、かまわないかと思いますが。」
「どうして?」
あかねには頼久の価値基準が今ひとつよくわからない。
「我が家には鍵のかかる部屋がございませんし、男一人暮らしの家に泊まったとあれば神子殿によからぬ噂が立つかもしれません。しかし、旅行先の宿泊施設であれば部屋を二つとれば済む話ですので…。」
「あ、ああ…そういうことですか…。」
あかねは顔を赤くして歩みを再開した。
頼久はあかねの反応が理解できずに小首を傾げたものの、それでも歩き出したあかねを守るべく、その隣に並んだ。
「何か問題がございましたか?」
「ありません!全然ありません!」
「はあ…。」
自分が当たり前のように旅行先では頼久と同じ部屋に泊まるつもりだったことが恥ずかしくて、あかねは顔を真っ赤にして早足で歩いた。
今の話の流れについて頼久に追求でもされた日には、恥ずかしくて溶けてなくなってしまう。
「そうだ!私もまだどこへ行くかは全然考えてないんです。明日、講義が全部終わったら二人で本屋さんに行って旅行のガイドブック買いませんか?頼久さんのお仕事が忙しくなければ、ですけど。」
「特に詰まっている仕事はありませんので、お迎えに上がります。」
「じゃあ、校門前で待ってますね。明日は午後の講義がないんで、昼過ぎくらいに。」
「承知致しました。」
頼久が答えたちょうどその時、二人はあかねの家の前に到着した。
まだまだ二人でいたい思いをぐっとこらえてあかねが少しだけ寂しそうな笑顔を頼久に見せる。
「じゃあ、また明日。」
「はい、必ずお迎えに上がります。」
「おやすみなさい。」
あかねは自分が家の中に入るまでしっかり見送ってくれる恋人に最後の笑顔を見せて、玄関のドアを閉めた。
しっかり鍵をかけて両親に「ただいま」と声をかけてから急いで二階へ上がる。
自分の部屋に飛び込んで窓から外を眺めれば、頼久が去っていく後ろ姿が見えた。
背の高い恋人の後ろ姿が見えなくなるまで見送って、あかねは小さく溜め息をつくとベッドの上に足を投げ出して座った。
大学生になったらもっともっとずっと一緒にいられるような気がしたけれど、意外とそうはいかないものだった。
天真辺りにはもう何年も付き合ってるのにまだそんなに一緒にいたいのかとあきれられるけれど、会いたいものは会いたいのだからしかたがない。
いつまでも頼久のことばかり考えていてもしかたがないと、あかねがゴールデンウィークの旅行へと思考回路を切り替えようとしたその時、母が階段の下から自分を呼ぶ声が聞こえた。
家の電話の方に電話がかかってきたから出るようにという母に「はい」と返事をして、あかねは部屋を出た。
友人達には携帯の番号しか教えていないし、大学から電話がかかってくる予定もない。
もちろん、頼久も自分に用事があるなら携帯にかけてくる。
天真や蘭にしてもそうだ。
いったい家の電話にかけてきて自分を呼び出す人とは誰だろうとあかねは首をかしげながら、母から受話器を受け取った。
その電話があかねの生活を一変させてしまうことになるとは、この時のあかねには想像もつかなかった。
頼久は門の前に立っていた。
門というのはもちろん、あかねが通っている大学の正門だ。
常に人の出入りがあるそこに頼久が立っていると、学生達の視線を集中的に浴びることになる。
けれど、今はそんな視線もかまわずに、天真辺りには仏頂面といわれる顔で頼久は立っていた。
何故立っているのかと問われれば、もちろん、恋人が授業を終えて出てくるのを待っているからだ。
昨夜、別れ際にそうすると約束したから、頼久は約束どおりにここであかねを待っている。
いつもならそれはもうすぐあかねに会えるという幸せな一時になるはずだった。
ところが、今の頼久の顔には幸せとはかけ離れた表情が浮かんでいた。
不機嫌というのも違う、怒っているのでもない、一番近いのは困惑だろうか。
そんな顔をして頼久は学生達の視線を浴びていることさえ気にならないほど考え込んでいた。
考えれば考えるほど頼久の顔はどんどん険しくなって、視線のわりに声をかけられるようなことはない。
なにしろ、眉間にシワをよせて考え事を始めた頼久は、どことなく殺気立っていて近寄りがたい雰囲気が漂うのだ。
「……お前なぁ、こんなとこで、んな顔してたら通報されんぞ。」
「天真…。」
見事この春あかねと同じ大学に入学することができた天真が頼久の前に立っていた。
あきれ返っていることは明白な顔で深い溜め息をつく。
「ま、女子大生にたかられてお持ち帰りされるよりましだけどな。」
「されぬ…。」
「ハイハイ。で、これから愛しの神子殿とデートのくせになんで、そんな顔してんだ?」
「……デート、ではない…。」
「ん?あかねと待ち合わせだろう?」
「待ち合わせてはいるのだが…おそらくデートにはならぬ。」
一瞬考え込んだ天真は、次に頭をポリポリとかいた。
経験上、こういう物言いをして考え事をしている頼久を前にするとろくなことが起きないと知っているからだ。
「あかねなら今蘭につかまってる。頼久さんが門の前にいるはずだからもう少し待っててくださいって言ってきてってお願いされた。」
「そうか。」
「お前なぁ……頼むからあかねが来たらその顔はやめてくれよ。」
「どんな顔をしている?」
どうやら自分がどんな顔をしているのか想像もつかないらしい相棒に、天真はまた溜め息をつかずにはいられなかった。
「今にも腹切りそうな顔してんぞ。」
「……。」
「なんだ、あかねに別れ話でも切り出されそうなのかよ。」
冗談で言ったつもりだった。
それなのに頼久のリアクションがない。
天真はしばらく頼久を見つめてからがっくりと肩を落とした。
「あのなぁ、お前が何をどうしてそう落ち込んでるのか知らねーけどな、別れ話はない。俺が保証してやる。」
「そうか…。」
「信じてねーだろ。あかねのやつ、大学生になってもけっこう忙しくて頼久さんになかなか会えないって一昨日辺りも騒いでたんだぜ?」
わざとあかねの口調を真似て、天真はふざけた空気で言ったつもりだったが、これにも頼久の反応はいまひとつだ。
「一昨日の、話だろう…。」
「おいおい、昨日一日で別れ話切り出されるような何をしたんだ、お前は。」
「わからぬ。」
ここでまた天真は深い溜め息をついた。
そりゃわからないだろう。
わかるわけがない。
あかねにそんなつもりは全くないのだから。
毎日毎日、顔を合わせるたびに惚気を聞かされる方の身にもなってくれ。
などなど…
天真は心の中でつぶやいていたが、それが頼久に届くわけもない。
更に眉間のシワを深くする頼久を前に、天真は両手を上げて見せた。
頼久が剣呑な目で天真を睨む。
「なんのまねだ?」
「お手上げだって意味だ。こりゃもう、あかねに直接説教されなきゃだめだな、今のお前は。」
「説教で済むのならいくらでも…。」
「こりゃ重症だな。」
「何が?」
鈴の音が鳴るような愛らしい声が天真の後ろから聞こえて、あかねがひょっこり姿を現した。
その隣には蘭もいて、ニヤニヤと笑っている。
「あかね…。」
「何が重症なの?天真君。」
「これ。」
天真が指差したのはもちろん頼久だ。
あかねが頼久の様子をうかがってみれば、頼久は難しそうな顔であかねから視線をそらした。
「へ、頼久さん、何か病気なんですか?」
「この体力バカが病気なんかすっかよ。とにかく、お前はこいつに説教しろ。それで解決だ。」
「へ?なに?なんでお説教?」
「行くぞ、蘭。」
「はーい、いいなぁ、あかねちゃんは彼氏で私はお兄ちゃんって不公平だ。」
「っるせぇ。」
口では不満を言いながらも上機嫌な蘭を天真が連れて立ち去ると、残されたあかねは頼久の顔をじっと見上げた。
「頼久さん?何かあったんですか?」
「いえ、その…。」
「お説教ってなんのことですか?」
「それは……。」
いつも口数の多い人ではないけれど、ここまで歯切れ悪く言い淀むことも珍しくて、あかねは首をかしげたまま頼久の顔をのぞきこむ。
その無邪気な視線に、頼久は小さく息を吐くと、あかねの手を引いて歩き出した。
「頼久さん?」
「ここでは落ち着きませんので、とりあえず車に。」
「あ、はい。」
言われて慌てて頼久の隣に並んで、あかねはいつもよりもずっと口の重い頼久と駐車場へ向かって歩いた。
その間も会話はゼロ。
もちろん、いつもだってそんなにずっと話をしているわけではないけれど、今はなんとなく沈黙が重かった。
そんな沈黙を引きずったまま、二人は車の中におさまった。
「どうかしたんですか?大丈夫ですか?」
「……神子殿。」
「はい?」
「本日はこれからどう致しますか?」
今度はあかねが黙り込む番だった。
エンジンをかけていない車の中はとても静かだ。
あかねが黙り込んでしまうとその静けさばかりが耳に痛い。
頼久は運転席に座ったまま、じっとあかねの横顔を見つめた。
先ほどまでの無邪気な顔はすっかり消えてなくなり、あかねはうつむき加減で悲しそうにしている。
昨夜、あかねが立てた予定ではこれから二人で観光ガイドを買いに行くことになっていた。
そしてゴールデンウィークの旅行の計画を立てるという流れだったはずだ。
少なくても頼久はそのつもりで昨夜、自宅へと姿を消すあかねの背を見送った。
観光ガイドを二人で選ぶのも、旅行の計画を立てるのもどれほど幸せな一時になるだろうと想像しただけで頼久は一日が幸福に満たされた気がした。
実際に旅行に行けば更なる幸福が待っていることだろうと想像もしていた。
けれど、昨日の夜遅く、その状況が一変した。
一本の電話が頼久の中で成長していた幸福感を薙ぎ払ったからだ。
そしてその電話のために、今日の計画も、そしてゴールデンウィークの計画も全てが白紙になろうとしていた。
「……ごめんなさい。」
何も言わずにただ待ち続けた頼久の耳に届いた、それがあかねの言葉だった。
第二話へ
管理人のひとりごと
こりもせず、また始めました連載物ですΣ(゚д゚lll)
初の現代版での連載になります!
管理人は張り切ってます!
あかねちゃんが大学生になったらやろうと決めてたんだ!
プロットもしっかり完成していないままの見切り発進です!(マテ
ただ、オチだけは決まってます(’’)
管理人の原稿はいつもそんな感じです(TT)
結末だけは決まっているので、完成はします!←断言したぞ
現代版は怨霊とか鬼とか出しづらいし、頼久さんに格闘させる状況も作りづらくて…
なんかわざとくさくなるんだもん(’’)
なかなか連載できずにきましたが、ここに来てとうとうやりました!
わざとらしくなったらごめんなさい(TT)←今のうちに謝った
大河っぽくなるといいなという願いをこめて、とりあえずの第一話でした!
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