3月14日はあけておいて頂けませんか?

 頼久にそう言われたのは一週間ほど前のこと。

 14日はたまたま土曜で学校も休み。

 もともと頼久と一緒に過ごすつもりでいたから予定もいれていない。

 だから、あかねはすぐに「はい」と答えた。

 3月14日といえばいわずと知れたホワイトデーだ。

 頼久が何かバレンタインデーのお返しを考えてくれていることは間違いない。

 あかねは頼久に会えるだけでも嬉しいのだが、頼久がホワイトデーに何を用意してくれているのかとウキウキしながら14日を迎えた。

 前日、頼久から電話があって、14日は外へ出かけようということになっていた。

 外出を嫌がる頼久が珍しいと驚いたものの、たまのデートであかねは有頂天だ。

 朝から色々服を着替えて、おしゃれをして、全身のチェックは3回した。

 鏡の前であかねが「よしっ」と全ての確認を終えた瞬間、ドアチャイムが鳴った。

 ばたばたと足音をたてて階段を転がるように下りて、すぐに玄関のドアを開ける。

 するとそこには穏やかに微笑む頼久の姿があった。

「おはようございます、少々早かったでしょうか?」

「おはようございます。全然大丈夫です!もう準備万端です!」

 何やら張り切っているらしいあかねの様子に一瞬目を丸くして、それから頼久は嬉しそうに微笑んだ。

「では、参りましょう。」

 そう言って頼久が腕を差し出せば、こちらも一瞬驚いたあかねがすぐに嬉しそうにその腕を抱いた。

「はい。」

 二人並んでゆっくりと歩きだす。

「今日は車じゃないんですね?」

「はい、たまにはゆっくり歩いてと思いまして。」

「うん、いいですね!お天気もいいし。」

 あかねは頼久の左腕を抱いて上機嫌だ。

 こんなふうに腕を組んで歩くなんてとても久しぶりだった。

 頼久が隣を見るとそれはもう嬉しそうに微笑むあかねの姿があって…

「珍しいですよね、頼久さんがこんなふうに二人で一緒に歩いてくれるなんて。」

「今日はホワイトデーですので。」

「はい?」

「色々考えたのですが、神子殿にお喜び頂くにはこれが一番かと。」

「あ、なるほど。」

 どうやらこのデートが頼久からのホワイトデーのプレゼントらしいと気づいてあかねはまたにっこり微笑んだ。

 頼久の言うとおり、あかねにとってこんなに嬉しいプレゼントはない。

「つきましては、神子殿にお願いしたいことがあるのですが…。」

「はい、なんですか?」

「今日は色々回る予定でおりますが、移動する際は常にこのように腕を組んでいて頂きたいのです。」

「えっと…私は全然かまわないですけど…っていうかむしろ嬉しいですけど…またどうしてですか?」

「こうして腕を組んでいれば外を出歩いても問題ないと天真が言っておりましたので。」

「へ?」

「こうしていれば私が目立つことはないそうなので。」

 そう言って頼久は嬉しそうににっこり微笑んだ。

 そんな頼久を見上げるように見つめて、一瞬キョトンとしたあかねはそのまま顔を赤くしてうつむいた。

 それはひょっとして二人でカップルに見られれば頼久さんがナンパされないってこと?

 と気づいたからだ。

「神子殿?不都合でもありますか?」

「な、ないです!全然不都合じゃないです!」

「不都合があればなんなりと…。」

「ないです!ただちょっと…う、嬉しかっただけです…。」

 あかねに赤い顔で嬉しいといわれては頼久も嬉しくないわけがない。

 少しばかり心配そうに曇った頼久の表情はすぐ明るい笑顔に戻った。

「そ、そうだ、これからどこへ行くんですか?」

「すぐに到着しますので。」

 頼久には珍しくあかねの質問には答えない。

 どうやら現地に到着するまでお楽しみということらしい。

「歩いていけるところとだからけっこう限られてますよね。ん〜、当てちゃおうかな。」

 一人楽しそうにそういうあかねを頼久はだまって笑顔でエスコートし続ける。

 あかねはというとうんうん唸ってこれから出かけていく先を予想しているようだ。

「ウィンドウショッピングは頼久さんが一緒にって考えなさそうだし…動物園?はちょっと寒いかなぁ…ん〜…あ、映画!映画を観るに違いない!」

「御明察ですが、それは午後からの予定です。神子殿が観たいとおっしゃりそうな映画がありましたので。」

「あぁ、恋愛映画一本やってましたよねぇ。うん、あれ観たかったかも。でも、最初は映画じゃないんだ。じゃぁ、えっと…図書館?はないかぁ。」

 全然わからないといいながらも、あかねは結局現地に到着するまでの間、ずっと呻き続けていた。

 最後まであかねが当てることができなかった第一目的地に到着して、あかねは目を丸くした。

「プラネタリウム?」

 入り口には確かにそう書いてある。

 二人が到着したのは大きなビルの中にあるプラネタリウムの前だった。

「はい。」

「うわぁ、初めてです!」

「夏休みに天体観測をしておいででしたので星空はお好きかと。」

「ハイ!大好きです!」

 嬉しそうに微笑むあかねとこちらも嬉しそうな頼久。

 二人は共にプラネタリウムの中へ。

 中には誰も人がいなくてとても静かだ。

「誰もいないですね。」

「まだ午前中ですのであまり人はいないのかもしれません。」

「まぁ、確かに第一回上映ってなってましたもんね。じゃ、好きなところに座れちゃいますけど、どこにしましょう?」

「せっかくですから中央にでも。」

 そう言った頼久に誘われてあかねはど真ん中の席に頼久と並んで座った。

「なんかドキドキしますねぇ。」

「楽しんで頂けるといいのですが。」

「もう、今もすごく楽しいです!」

 すっかりご機嫌なあかねを見て頼久が優しく微笑む。

 そんな隣の恋人の端整な顔にあかねが見惚れている間にブザーが鳴り、上映開始のアナウンスと共に場内が真っ暗になった。

 暗くなってしまうとなんだか少し不安な気持ちになる。

 それを察してか、あかねの小さな手がふっと暖かさに包まれた。

 頼久の手がどうやら自分の手を握ってくれているらしいと知って、あかねはキュッとその手を握り返した。

 頭上に映し出されたのは春の星座だ。

 春の星座は冬に比べると少しばかり地味だったが、それでも星座にまつわる神話の説明はとても楽しくて、あかねは時間を忘れて人工の星空を堪能した。

 手には暖かな恋人のぬくもり。

 頭上には何に遮られることもない綺麗な星空。

 辺りには誰もいなくて二人きり。

 普段は家の中にばかりこもっている頼久と一緒のデートとしては最高だ。

 やがて頭上の星空は春の空から夏の空へと変わった。

 夏の大三角は示されなくてもすぐにわかる。

 夏休み中にみんなで眺めた星空と同じ空が頭上に再現されて、あかねは思わずみんなでの天体観測を思い出して微笑んだ。

 もうすぐ4月がやってきて学年が一つ上がる。

 そして夏休みがまたやってきたら、今年もみんなで星を眺めよう。

 あかねは人工の星空を見上げながら、一人そう心の中で決めていた。

 最後に流星群を再生した映像が上映されて全てが終了。

 少しずつ夜空が明るくなり、夜明けを迎える様が再現され始める。

 時間を忘れて見惚れていたあかねが終わってしまうのが残念ですこしだけ寂しく思っていると、急に目の前が暗くなって唇が温かくなった。

 一瞬何が起こったかわからなかったあかねだが、数秒後、自分がキスされていることに気づいて目を見開くのと同時に唇の感触はなくなった。

「よよよよ、頼久さん!」

「はい。」

「はい、じゃなくて!ここ、外ですから!」

「はい、ですが、誰もおりませんし、まだ暗かったですから。」

 隣を見ると何やら楽しげに微笑んでいる頼久の姿が。

 言われてみれば確かに誰に見られるという可能性もなかったわけで…。

「お怒りですか?」

「べ、別に怒ってはいないです、けど…。」

 そう言って隣を見れば、頼久がほっと安堵の溜め息をついている。

 こんな大胆なことをする人だっただろうかとあかねが顔を赤くしていると、頼久はあかねの手をとってさっさとあかねを立たせて腕を差し出した。

 どうやら次へ移動するから腕を組めということらしいと悟って、赤い顔のままあかねが頼久の腕を抱く。

「今日の頼久さんはなんかちょっと恥ずかしいです。」

「恥ずかしい、ですか?」

「だって、腕を組んで歩こうとか、そ、外であんなことするとか…。」

「お気に召しませんか?」

 と尋ねられてしまえば、あかねだって別に嫌なわけじゃない。

「そ、そういうわけじゃないですけど…恥ずかしいなと…。」

「お嫌なら二度と致しません。」

「い、嫌じゃないです!」

 二度としないといわれて慌てたあかねが大声で断言すると、頼久は今までの憂い顔に嬉しそうな笑みを浮かべた。

「では、次へ参りましょう。」

 言われて誘われてあかねは頼久と二人プラネタリウムを後にした。

 プラネタリウムが入っていたビルは繁華街の真ん中にあって、外へ出ればすっかり人が増えて込み合っている。

「うわぁ、さっきまでまばらだったのに凄い人…。」

「土曜ですので。」

 プラネタリウムの上映は一時間ほどで、その間に人が増えたものらしい。

 それでも腕を組んでいれば安心で、あかねはぴったり寄り添って頼久の隣を歩く。

「少々早いですが、昼食に致しましょう。店も混み合いますし、それにゆっくり外で食事というのも良いものかと。」

「そうですね。頼久さんと外食ってあんまりしないし。お店混んじゃうと落ち着かないですしね。」

「プラネタリウムはいかがでしたか?」

「もうすっごくステキでした!あんなに星がいっぱいなの初めて見ました!誰もいなくて静かでよかったし、最高でした!」

「では、また、今度は秋の空でも見に行きましょう。」

「はい!」

 嬉しそうにそう返事をするあかねが嬉しくて、頼久の顔からも笑みが絶えない。

「それと、夏休みにはまたみんなで天体観測したいんですけど…。」

「でしたら、また我が家でどうぞ。」

「ハイ!お願いします!」

 そういってあかねはギュッと頼久の腕を抱きしめる。

 今日は本当に楽しくて嬉しいことばかりだ。

 二人で少しだけ歩いて、頼久が案内したのはとてもおしゃれなイタリア料理のレストランだった。

 あまり気取りすぎていなくて入りやすくて、それでいてとても静かな雰囲気のいい店だ。

 予約をしていた旨を頼久が店員に告げて、窓際の席に座って一息ついて、メニューを眺めながらあかねは小首を傾げた。

「頼久さん。」

「はい。」

「よくこんなお店知ってましたね。私も知らないお店なんですけど、すっごくステキです。」

「はぁ…その…正直に申し上げますと、天真に教えてもらったのです。」

「て、天真君?」

 いや、頼久が知らないのはもちろんのこと、天真がこの手の店に詳しいというのも想像できない。

 あかねが大きく目を見開くのを見て頼久は苦笑した。

「おそらく天真は…。」

「ああああ、蘭かぁ。蘭はこういうお店詳しそうだし、そっか、蘭に教えてもらって天真君ですね、きっと。」

「だと思います。」

 やっと納得して二人でメニューを眺めて、二人でパスタとサラダとスープ、それにデザートを注文する。

 一仕事終えたとばかりにあかねがほっと溜め息をつくと頼久が心配そうにあかねの顔をのぞきこんだ。

「お疲れですか?」

「いえ、疲れてはないです。ただほっとしただけです。朝からずっとはしゃいじゃってたから、私。」

「楽しんで頂けているのなら何よりです。」

「楽しいです!すっごく!」

 あかねに力強く断言されて頼久の笑みが深くなる。

 目の前のあかねは本当に心から楽しそうにしていて、それが頼久にとっては何より嬉しい。

 この世界へやってきてからほぼ一年。

 思えばこのまだ幼げの残る恋人にはずいぶんとつらい思いをさせた気がして。

 自分が異世界からやってきたということ、年がずいぶんと離れているということ、女性の扱いを知らぬ無骨者だということ、そのどれもが目の前の少女には気苦労の絶えない種となっていたはずだ。

 実際、あかねの頑張りようは頼久が見ていて痛々しいことさえあった。

 現役の女子高生であれば当然遊びたい日もあるだろうに、時間があけばあかねは必ず頼久に会いに来てくれる。

 年が離れているせいで学内で妙な噂が立った時も色々と奮闘してくれていた。

 なかなか一緒にいられないから心配事も尽きないだろう。

 それでもこうして自分と共にいることを楽しいといってくれる、そのことが嬉しくて頼久は心の底から自分の幸運に感謝せずにはいられない。

「お食事終わったらすぐ映画ですか?」

「そうしようと思いますが、まだ時間はかなりありますので、食事はデザートまでゆっくりどうぞ。」

「はい。」

 あかねが嬉しそうに返事をするのと同時に店員がスープを運んできて、二人の楽しい昼食が始まった。

 運ばれてくる料理一つ一つがおいしいといってあかねは嬉しそうに微笑んでくれる。

 頼久は言葉少なにそんなあかねを見つめながらも、幸せをめいっぱいかみしめた。

 まだまだ一日は長い。

 午後の一時もこの愛しい恋人の笑顔を絶やすまい。

 楽しそうに食事をするあかねの前で頼久は一人、胸に誓うのだった。



            後編へ







管理人のひとりごと

ホワイトデーでございます♪
頼久さん、粋なプレゼントをひねり出した模様です(笑)
書いていたら長くなったので前後編になります(’’)
あかねちゃんと一緒に頼久さんとのデートをお楽しみいただけたらいいなと。
映画を観た後も頼久さんは何か考えているようなので(笑)お楽しみに(^^)




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