「どうでしたか?」
「大変おいしく頂きました。」
「よかったぁ。」
昼食は軽く和風パスタで済ませた。
というのも、夕飯はあかねがたいそうなご馳走を用意しているというからだ。
デザート付ですと言って微笑むあかねはとても楽しそうで、頼久は久々になんとも幸せな昼食を終えた。
「お仕事は全部終わったんですよね?」
「はい。」
「じゃぁ、コーヒーいれますから、午後から映画観ませんか?今日はちょっといつもとは違う映画を準備してるんです。」
「はい。」
楽しそうに食器を片付けるあかねの後ろ姿を堪能して、それからあかねがいれたコーヒーを手に頼久はソファに座った。
DVDプレイヤーに映画のDVDをセットしてあかねも頼久の隣に座る。
頼久にぴったりくっついて座ったあかねはリモコンでDVDをスタートさせるとそのまま頼久の腕をキュッと抱きしめた。
「神子殿?」
「今日は頼久さんのお誕生日だから。」
そう言って赤い顔で恥ずかしそうに微笑んで、あかねは頼久に寄り添って画面に集中し始めた。
頼久はというと、あかねがおそらくは頼久のために選んできてくれたであろう映画に集中しようと努力はしたが、どうしてもあかねに抱かれている腕が気になって集中できない。
こちらの世界へやってきてからキスもしたし抱き上げたりもしているし、二人きりの部屋で抱き合ったりもしているが、こんなふうにあかねの方から腕を抱いてもらったのは文化祭以来のような気がする。
その腕から伝わる優しい暖かさはとても愛しくて、それでいて少しだけ緊張させられる。
これではいけないと頼久はしばらくあかねが映画を見ている姿を凝視してから苦笑してテレビ画面へと視線を移した。
せっかく自分のために恋人が選んでくれた映画なのだ。
ちゃんとじっくり見てあかねの感想を聞かねば。
そう思って頼久が必死に映画に集中していると…
映画が半分ほど過ぎたところであかねの体重がすっかり頼久に寄りかかってきた。
これは誕生日だということであかねが自分のためにやってくれているのかと頼久が感動してあかねの様子をうかがうと、あかねは頼久にもたれて目を閉じていた。
朝早くから色々と準備をして張り切っていたあかねだ。
あれだけの朝食を用意してからやってきて掃除もずいぶんと隅々までしてくれていた。
昼食もほぼあかね一人で作っていたのだから疲れて当たり前だ。
頼久はDVDを停止させると、あかねからそっと腕を抜いてその肩を抱き寄せた。
頼久にしてみれば、こうしてあかねと二人きりで過ごせるのならたとえあかねが眠っていても一向に構わないのだ。
あかねの気配を感じ、こうしてあかねの姿を目にして、あかねが健やかでいてくれればそれだけで幸せだ。
だから眠るあかねをそのままに、頼久はじっと愛しい恋人の寝顔を見つめた。
すーすーと愛らしい寝息をたてているあかねはとても穏やかな顔をしている。
瞑っている目をじっと見つめれば睫毛が長くて愛らしい。
いつもは鈴が鳴るような透き通った声で名を呼んでくれる薄い唇は今は軽く引き結ばれていて、少し伸びた髪が頬にかかっていた。
どれ一つとっても頼久には愛しくて…
この大切な人の眠りを妨げたりはしないようにと身じろぎ一つせずに、それでも頼久はとても幸せな気分であかねの肩を抱き続けた。
あかねはなんだかとっても幸せな気持ちでゆっくりと目を開けた。
視界に入ってきたのはオレンジ色に輝く窓。
何も音のしない静かな空間でなんだか体はとても幸せで暖かくて…
何がなんだかわからなくてあかねが目をぱちくりさせて自分の状況をよくよく確認してみると、どうやら自分の肩は誰かに抱かれているらしい。
もちろんそんなことをする人は一人しかいないわけで…
「お目覚めですか?神子殿。」
隣から聞こえたその声に慌てて身を起こして、あかねはニコニコと幸せそうに微笑んでいる恋人に目を丸くした。
「よ、頼久さん……私…ごめんなさい!寝ちゃったんですね…。」
自分が何をしていたのかに気付いてあかねは顔色を青くした。
せっかく年に一度の恋人の大事な誕生日を祝いにきたというのに、あろうことかその恋人にもたれかかって寝てしまっていたのだ。
いつもは自分が学校へ行かなくてはならない分、今日は思いっきり二人きりの時間を楽しんでもらおうと思っていたのに…
そう思って泣きそうになるあかねを頼久は優しい笑顔で抱き寄せた。
「とても気持ちよさそうにお休みでした。」
「ごめんなさい…。」
「いえ、私の隣でそのように安心して休んで頂けたことはこの身の幸福。」
「そ、そんな…頼久さんの隣はどんな時だって安心ですよ……。」
頼久があんまり幸せそうに微笑むものだから、あかねは顔を真っ赤にしてうつむいた。
そう、京にいた頃は夜中だろうと早朝だろうとこの人がしっかり守っていてくれて本当に安心だった。
こっちの世界へ来てからはもう武士ではないし、警護をしてもらうわけではないけれど、それでもやっぱり隣にいてもらえればとっても安心だ。
ちょっと不安になってメールなんか出そうものならあっという間に飛んできてくれて、こんなに頼りになってステキな恋人は他に一人だっているわけがないと本気で思っている。
だからこそお誕生日くらいは盛大にたくさんお祝いしたかったのに…
そう思ってあかねが落ち込み始めると頼久は優しくあかねの髪をなでた。
「私はとても幸福に午後の一時を過ごさせて頂きました。」
「本当?」
「はい。心から。」
そういう頼久の微笑は本物で、あかねはほっと安堵の溜め息をついた。
「あ!晩御飯の支度しなくちゃ!」
頼久がうっとりと抱きしめていたその腕からするりと逃れて、あかねは立ち上がるが早いかエプロンを身につけるとさっさと台所へ向かってしまった。
やっと目を覚ましたあかねとゆっくり語らうことができるだろうと思っていた頼久はもう苦笑しかできない。
「神子殿、そのように急がずとも、まだ夜までは間がありますが…。」
「作るものがたくさんあるんです!」
「はぁ…。」
「頼久さんは座っててくださいね!あ、お茶いれましょうか?」
「いえ、冷蔵庫に何かあったと思いますのでお気使いなく。」
「何かほしかったら言ってくださいね?年の一度の誕生日くらいわがまま言わなくちゃダメです。」
「はい。」
そういわれても、頼久はこうしてあかねが側で手料理など振る舞ってくれればそれだけでもう十分に幸せだ。
これ以上あかねの手を煩わせるようなわがままなどとてもではないが言えたものではない。
あかねは頼久に背を向けたまま、忙しく働き始めた。
昔は包丁さばきもたどたどしかったり、鍋を火にかけて忘れたりということもあって頼久がはらはらしたりもしたのだが、今はもうまるで何年も前からこの台所に立っているかのように手際がいい。
いそいそと台所で働くあかねの背を眺めながら頼久の口元は緩みっぱなしだ。
黙って愛しい人の背を見つめて過ごすこと1時間。
あかねが次々にテーブルへと料理を運び始めたので、さすがに頼久がそれを手伝って、夕食の準備はすっかり整った。
テーブルの上には所狭しと料理が並んでいる。
二人で向かい合って席につくと、あかねはにっこり微笑んで頼久に大きなガラスのビンを手渡した。
「神子殿?これは…。」
「シャンパン、らしいです。天真君から。私じゃ栓は抜けないから頼久さんに抜いてもらうようにって。」
「なるほど。」
見ればテーブルの上にはシャンパングラスがちゃんと乗っている。
「グラスは蘭と詩紋君から。ここは食器もまだそろってないからこれくらいおしゃれなものも1セットくらいあったほうがいいって。」
「気を使わせてしまったようで…。」
「大丈夫ですよ、ちゃんとお礼は私から言っておきましたから。それにみんな、よくここで集まらせてもらうからお礼もかねてって言ってました。せっかくみんなが用意してくれましたから、頼久さん、それ、あけてもらえますか?」
「はい。」
わくわくしながら見つめるあかねに一つうなずいて、頼久はシャンパンの栓を抜きにかかった。
こんなことを今までにした記憶はないが、構造がどうなっているのかは知識として知っている。
栓を少しずつずらしてそれからあかねに飛んだ栓が当たらないようにリビングの方へ向けて栓を抜いた。
ポンッという音と共にコルクの栓が飛んでリビングの天井に当たったかと思うとそれはポスッいう音を立ててソファに落ちたようだった。
「び、びっくりしたぁ、凄く大きな音が出るんですね。」
「私も初めてですが意外と勢いよく栓が…。」
少しだけ二人で驚いて、それから顔を見合わせて微笑んで、あかねは頼久からシャンパンを受け取るとそれを頼久のグラスについだ。
「お酒ですけどそんなに度数高くないし一杯くらい今から飲んでもいいですよね?」
「はい。」
頼久のグラスにはシャンパンを注いで自分のグラスにはジュースを注いだあかねは、そのグラスを手にコホンと小さくせきをして見せた。
「頼久さん。」
「はい。」
「私は頼久さんと一緒にこうして過ごせてとっても幸せです。生まれてきてくれて有難うございます。」
「神子殿…はい、私もこうして神子殿と共に過ごせること、この上ない幸福と思っております。私は神子殿をお慕いするために生まれてまいりました。この世に生を受け、神子殿に巡り会い、こうしてお側にいることができることを幸せに思います。有難うございます。」
「よ、頼久さん……。」
さらりと恥ずかしいことを言われてあかねは真っ赤な顔でうつむいた。
けれど…
今は溶けてしまいそうなほどに照れている場合ではない。
「えっと、じゃ、乾杯!」
慌ててあかねがそう言ってグラスを差し出すと、頼久も嬉しそうにグラスを差し出してガラスの合わさる綺麗な音が響いた。
頼久はシャンパンをあかねはジュースを一口飲んでグラスを置くと、にっこり微笑みを交わして箸を手にした。
「さぁ、たくさん食べてくださいね。どうしても色々食べてほしくてたくさん作っちゃったんです。余ったら冷凍しますね。」
「はい。」
「今回の一番のできはこれです!豚の角煮!お母さんがおいしくできたって褒めてくれましたから大丈夫です!」
「神子殿の手料理はいつもどれもおいしく頂いております。」
そんな会話を交わしながら、頼久はあかねの手料理を次々に口へ運んだ。
豚の角煮、かぼちゃの煮付け、煮豆、青菜のおひたしなどなど。
テーブルの上に並んでいるのは和風のおかずばかりだが、それはもちろんあかねが頼久の好みをよくよく考えて選んだメニューだ。
頼久は食べ物の好みにうるさい方ではないし、嫌いなものは皆無と言っていい。
更に、あかねの手料理となればたとえ食べられないものでもニコニコと笑いながら食べるような人物だが、好きな料理というものがないわけではない。
当然、頼久の好きな料理をリサーチ済みのあかねは頼久が好むだろうものをそろえたのだ。
そんな気遣いも嬉しくて頼久の箸はいつもよりもよく動いた。
あかねもそんな頼久を嬉しそうに見つめながらゆっくりと料理を口へ運ぶ。
何という会話もないけれど、二人はとても幸せな夕食の一時を過ごした。
あかねが用意した料理はそれはもう大量にあって、二人で食べても半分ほどが残った。
それらをあかねは手際よく冷凍保存すると、冷蔵庫から可愛らしいケーキを取り出した。
「これは…。」
「バースデーケーキです。詩紋君に習って、初めてデコレーションケーキを作ってみました!」
綺麗にクリームでデコレーションされている小さなそのケーキは、可愛らしくイチゴが乗っている辺りがあかねらしい。
あかねは楽しそうにろうそくをさしてそのろうそくに火をともすと、頼久を見つめた。
「はい、一気に吹き消してくださいね。願い事も忘れずに。」
「はい。」
一応返事はしたものの、願い事と言われても、こうも満たされた時間を過ごしているとそう邯鄲には出てこない。
頼久はしばらく考えてわくわくしているあかねを見て…
一瞬目を閉じて願い事を心の内で唱えてからろうそくを一気に吹き消した。
もともと体力自慢な頼久のこと。
ろうそくはいとも簡単に一瞬で吹き消された。
「うわぁ、さすが頼久さん。きっと願い事、かないますよ。」
「だといいのですが。」
「何をお願いしたか聞いてもいいですか?」
どうしても我慢できないといった様子のあかねに頼久はにっこり微笑んでうなずいた。
「これからも、この命が果てるまで神子殿のお側にてお守りできますようにと。」
「そ、それはできます、その願いは絶対かないます…。」
そう言って顔を真っ赤にしながらあかねはケーキを切り分けて、一切れを頼久に差し出すと、紅茶をいれた。
先に頼久がおいしそうにケーキを一口食べて幸せそうに微笑むのを見てからあかねもケーキに手をつける。
思っていたよりも出来がよくて、あかねは思わずうっとりしてしまった。
「ケーキ食べてる時って幸せ感じますよねぇ。」
そう言って満足げなあかねを頼久は温かく見守る。
そんなふうに幸せになってくれるのならケーキの一つや二つ、いつでも用意しておこう。
頼久はそう胸の内に決めて、あっという間にケーキを平らげた。
「おかわり、します?」
「いえ、残りは明日にでも頂きます。」
「じゃぁ…。」
自分のケーキを食べ切って、あかねはすっと立ち上がった。
部屋の中が暗くなってきたので電気をつけて、ついでに台所の隅に置いてあった自分の荷物の中からなにやら可愛らしいリボンのついた大きな包みを取り出す。
そしてそれを頼久にむけて差し出してあかねは恥ずかしそうにうつむいた。
「あの……これ、お誕生日のプレゼント、なんです。よかったら…。」
一瞬目を丸くしてから頼久は静かにそれを受け取った。
この一日の奉仕があかねからの誕生日プレゼントだとばかり思っていたので、頼久は驚きを隠せない。
今日一日のこのもてなしだってずいぶんと労力を使っているはずなのに、その他にまだプレゼントが用意されていたとは…
「…開けてみても宜しいでしょうか?」
「はい、どうぞ…。」
なんだかあまり気乗りしないらしいあかねが気になりながらも、頼久が丁寧に包みを開けると中からは暖かそうな焦げ茶色のセーターが出てきた。
「これは…。」
「去年はマフラーになっちゃったから…その…頑張って編んでみたんです。一応形にはなったんですけど、柄とか全然入れられなくて…本当は縄の模様とか色々入れたかったんですけど…ごめんなさい。」
あかねが言うとおりそれは無地でそっけないといえばそうも見えるセーターだったが、頼久の目にはとてもよくできているように見えた。
柄がないのを除けば買ってきたものと大差ないほど綺麗にできている。
「神子殿……有難うございます。この冬は暖かく過ごせそうです。」
「来年はもっと上手になってちゃんとステキなの編みますからっ!」
「いえ、これも十分によくできているかと。」
そう言って早速セーターに袖を通して、頼久はあかねに微笑みかける。
そうすると頼久だからか何もないシンプルなセーターはよく似合って、あかねは思わず見惚れてしまった。
「ステキです…モデルがいいと出来が多少悪くてもステキになるんですね…。」
「いえ、神子殿の作られたものが良いものということです。」
そう言って微笑む頼久は本当に雑誌の写真のように様になっていて、あかねは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「神子殿?」
「あ、えっと…その…そうだ!もうすぐ私、帰らないといけないし、せっかくの誕生日なんですから、頼久さん、何かわがまま言ってください!」
「は?」
「だって、今日一日、頼久さん全然わがまま言ってくれなかったじゃないですか。私、もっと色々してあげたかったのに…だから、今日一日が終わっちゃう前になんでも言ってください。」
急にそういわれても、頼久には思いつくわがままなどありはしない。
でもこれは何か言わなければあかねが納得しそうになくて…
いつまでも一緒にいてほしいなどというわがままは言えるわけもなく…
頼久は色々と考えてからすっと立ち上がった。
「では、こちらへ。」
「はい?」
不思議に思いながらあかねは差し伸べられた頼久の手をとって、導かれるまま窓辺へとやってきた。
窓の外はもうすっかり暗くなっている。
頼久が部屋の明かりを消すと、外の様子がよく見えて…
「うわぁ、綺麗なお月様。」
庭の葉桜に少しだけ隠れて綺麗な秋の月がそこにはあった。
「神子殿とこうしてしばし月見など。」
「そういえば今年、お月見しませんでしたねぇ。」
「まだ秋の名月といえましょう。」
「はい。それにとっても綺麗です。」
あかねは綺麗な月に見惚れ、頼久はそんなあかねの美しさに見惚れて過ごすことしばし。
振り返って幸せそうに微笑んだあかねを頼久は優しく抱き寄せた。
「頼久さん?」
「わがままをとおっしゃいました。」
「い、言いましたけど、これ、わがままですか?」
「はい。」
頭上から降る声はとても優しくて、あかねは頼久の胸に擦り寄って目を閉じた。
こんなわがままだったらいくらでもきいてあげられる。
そう思っていると、あかねを抱きしめている頼久の腕の力が緩んで、あかねは思わず視線を上げた。
そこには月に照らされてよりいっそう端整に見える恋人の顔が…
きれいだなぁとあかねがぼんやり思っているうちに、頼久は優しく口づけを送ってくれた。
「私、頼久さんのわがままならいくらでもきいてあげられそうです。」
「神子殿…。」
嬉しそうににっこり微笑むあかねを頼久はギュッと抱きしめた。
あかねを帰さなくてはならない時はもうすぐ。
それまではと頼久はあかねを抱く腕に力を込めた。
管理人のひとりごと
ハイ、現代版のお祝い終了でございます(^^)
頼久さん、お誕生日おめでとうございます\(^^)/
最後は少しばかり甘い雰囲気になりましたでしょうか?(’’;
現代版は結局のところあかねちゃんを家に帰してあげなくちゃならないのでちょっと切ない(TT)
ということで(笑)その後をフォローする天真君との小話をつけてみました(’’)
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