破邪顕正 第六話
「そうか、では、相手をしかと見たわけではないのだな。」

「はい。暗がりでしたし、それにとっさのことでしたので。」

 夕方、目を覚ました鷹通のもとに八葉の面々が集っていた。

 目を覚ました鷹通はまだ熱はあるものの意識はしっかりとしていて、なんとか泰明の問いに答えることができるようになっていたからだ。

 そして泰明の敵は何者であったのか?という問いには鷹通も確かな答えを出すことはできなかった。

「ですが、鬼とは少々違ったような気はしました。鬼が相手であればもう少々妖しげな気配がしたでしょうし、力も強かったのではないかと…。」

 それは冷静になった友雅や頼久も考えていたことだった。

 もし鬼が相手だったのなら鷹通はこんな軽傷では済まなかっただろうし、あかねも無事ではなかったのではないか?

 相手が鬼ではなかったからこそこの程度の被害で済んだのではないか?

 戦いに詳しい友雅と頼久はそう思い始めていた。

「鬼やあやかしが相手でないとなれば対処法はおのずと異なる。」

「泰明殿、結界は…。」

「ああ、既に邪なる心を持つ者は何人たりとも入れぬようにしてある。式神にも鬼、人、かかわりなく全てのものを見張るように命じた。」

「では、一安心ですね。」

「陽が暮れれば敵に有利になる。その前にこちらも態勢を整えた。」

「さすがは泰明殿です。」

 褥に座る鷹通の顔に笑みが浮かんだ。

 まだ痛々しいほど顔色が悪いが、それでも鷹通はその頭脳をいかんなく発揮しようとしていた。

「しかし、相手が鬼ではないと断定することはできぬ。」

「はい。鬼ではないと確かめることができたわけではありませんし、敵を見誤ればおのずと戦いはこちらに不利となります。あくまでも敵は鬼であるという前提に、そうではない場合も考慮するというのが得策かと。」

「どうやら強く打ったせいで鷹通の頭は以前よりもよく働くようになったらしいねぇ。」

「友雅殿…。」

 相棒の復活に悪態をつきながらも穏やかな笑みを浮かべている友雅を見て、鷹通は苦笑を浮かべた。

「まぁ、なんにもわかんなかったところからは一歩進んだんじゃねぇの?」

「イノリは良いものの考え方をするね。」

「それ、嫌味かよ。」

「いいや、鷹通などよりよほど付き合いやすい男になるよ。」

「友雅が言うと全部嫌味に聞こえるんだよな。」

「同感です。」

 イノリの言葉にうなずいた鷹通はイノリと笑みを交わした。

 もう鷹通は大丈夫。

 この場の誰もがそう確信した瞬間だった。

「私は外を見回ってくる。」

「それは手分けをしよう、泰明殿。私と頼久、それにイノリで回ればすぐに終わる。」

「承知した。」

「申し訳ありません。私は物の役に立たず。」

「いいや、鷹通はもう十分働いたよ。それに、鷹通の場合は座ったままでもずいぶんな仕事をしてくれるからね。今はゆっくり休んでいてくれればいい。」

 友雅はそう言うと泰明、頼久、イノリと共に小屋を出た。

「では、わたくしは軽い食事の支度をお頼みしてきます。夜通し交代での見張りとなりましょうから。」

「あ、じゃあ、私も…。」

「いえ、神子殿は鷹通殿の側に。」

 あかねの気持ちを察して永泉は優しく微笑むと静かに小屋を出て行った。

 会議の間中、無言で座っていたあかねが鷹通の怪我に責任を感じていることや、自分の無力さを思っていることは八葉の誰もが察していたことだ。

 ならば、あかねには今、鷹通の看病をしてもらうのが一番だという結論も皆同じだった。

「鷹通さん、おなか空いてませんか?」

「いえ、今は。」

「じゃあ、喉が渇いたとか。」

「いえ、大丈夫です。」

 こうして会話を終えてしまうと小屋の中は沈黙で満たされた。

 小さな灯り取りの窓が一つあるだけの小屋の中はもうすっかり暗くなっているから、紙燭が一本灯されている。

 その穏やかな揺らぎのある灯りの中で、あかねは小さく息を吐いた。

 どんなに自分の迂闊さを謝っても鷹通は気にするなと言う。

 むしろ力が足りなかったのは自分の方なのだからと言われてしまうと、あかねとしては謝罪さえできない。

 だから、怪我が治るまでは不便をかけまいと看病してはいるのだけれど…

 出て行った仲間達のことももちろん心配に違いない。

 自分が出て行って仲間達と行動を共にしても足手まといになることはよくわかっているのに落ち着かない。

 だからあかねはより一層鷹通の面倒を見ようとする。

 そんなことがこの一日中繰り返されていた。

「神子殿。」

 何をどうしていいかわからないあかねの耳に鷹通の優しい声が届いた。

 いつもと同じ、諭すようななだめるような静かで穏やかな声。

 あかねはそっと視線を上げて鷹通に微笑を浮かべて見せた。

「何か欲しいものありましたか?」

「いえ、神子殿はどうか皆と共に行動してください。」

「でも…。」

「私は一人でも大丈夫です。むしろここにいて万が一にも敵が襲ってきた場合、今の私には神子殿をお守りする力はありません。」

「そんな!」

「いえ、これは事実です。私としては神子殿には頼久と共にいて頂いた方が心が休まります。」

「……。」

 側にいない方が落ち着く、休養になると言われてしまえばあかねには逆らうことはできない。

 それでもどうしても鷹通の側にいなくてはならないような気がして、あかねは立ち上がれなかった。

 なんといっても鷹通の怪我は自分にも大きな責任があるのだから。

「神子殿、我々八葉は皆、神子殿をお守りすることこそが使命と今でも思っております。」

「鷹通さん…。」

「ですから、どうか、私の怪我について神子殿は責任など感じないでください。これは私が使命を果たした結果なのです。」

「……。」

「それに、正直に申しますと、こうして私が神子殿を独り占めにしているというのも心苦しいのです。」

「はい?」

 突然話が予想もしていなかった方向に動き出してあかねは目を丸くした。

「本来であれば独り占めが許されるのは頼久のみですので。」

「そ、そういう問題じゃ…。」

「そういう問題です。神子殿の元いた世界では不思議のないことなのかもしれませんが、京で人の妻が四六時中他人の男を看病することなどありえません。」

「あ……。」

「頼久は神子殿の世界の常識も少しは心得ているのでしょうから何も言いませんが、心中は穏やかではないかと思います。」

「そ、そんなことはないと思いますけど…。」

「少なくても私なら穏やかではいられません。ですから、神子殿はどうか頼久と行動を共になさってください。私は何か不自由があれば友雅殿にでも頼みますので。」

 言われてみれば友雅は怨霊と戦っていた頃は同じ白虎の八葉であったわけで、最も心許せる相手なのかもしれない。

 逆に言えば、あかねは頼久の妻という現在の立場を考えれば鷹通に気を遣わせていたとしてもおかしくはない。

 今までの鷹通の話からそう考えたあかねは一つうなずくとやっと立ち上がった。

「わかりました。じゃあ、私は頼久さんのところに行きます。友雅さんにも話をしておきますから。」

「はい、宜しくお願いします。」

 聞いているだけで落ち着く鷹通の声に微笑んであかねは小屋を後にした。

 そんなあかねの小さな背中を見送った鷹通は一人深いため息をつきながら褥に横になった。

 自分一人で怪我を負うことなくあかねを守り通すことがもしできていたなら…

 一瞬そんなことが脳裏をよぎって、鷹通は苦笑した。

 そんなことを考えるのも無駄なことなのだ。

 もしそれができたとしても自分が望む未来は絶対にやってこないのだから。

 苦笑しながらそう一人で結論して、そしてあかねを送り出した自分に鷹通は一人ひっそりと胸を張るのだった。







 鷹通をゆっくり休ませる。

 そのために一同は鷹通が眠る小屋の前に陣取っていた。

 小屋の中に構えたのでは鷹通が落ち着かないだろうし、遠くはなれたところに陣取れば鷹通が様子を気にするだろう。

 ならばと一同はあえて鷹通の休んでる小屋の前に焚き火を囲むように円になって座っていた。

 日が沈むのと同時に集合した八葉の面々の表情は険しい。

 その中にあかねの姿もあった。

 夕方、鷹通の望みを聞いて頼久のもとへと走ったあかねはそのまま夜になった今も頼久の隣に座っていた。

 泰明の式神に結界。

 準備は万端のはずだ。

 それでも一同の表情が険しいのは敵の正体がはっきりとはつかめていないからだった。

 敵の正体がつかめないからこそ、頼久はあかねが自分の側にいることに反対はしなかった。

 いつもなら鷹通の看病を勧めていたところだが、敵の正体がわからないとなると自分の側にいてもらった方が安心だ。

 相手が何者であろうと自分の側にさえいてくれれば必ず守ってみせる。

 頼久はそう胸の内で一人決意してあかねの隣に座っていた。

「もし鬼じゃなかったら、いったい誰なんでしょう。」

 小さくつぶやいたのはあかねだった。

 もちろんそれは誰もが何度も頭の中で反芻してきた疑問だ。

 そして答えは今のところ出ていない。

 鬼の仕業だと判断された背景にはその被害状況がある。

 鬼が襲ったとしか思えない現場の荒らされ方はもちろんのこと、人が山に入るたびに神隠しのように消えたことも人の仕業とは考えにくかった。

 更には、人が襲ったとは思えないほどバラバラに引きちぎられた遺体までみつかっている。

 それが敵は鬼だろうと判断された理由だ。

 だが、どんなに無残な遺体が発見されたからとはいえ、鬼の姿を確かに確認した者はいない。

 鬼なのか人なのか、鬼以上の難敵なのか判断のしようがないのだ。

「鷹通じゃないけれどね、この状況じゃ情報が少なすぎて敵の正体を推測するのは……。」

 友雅がそこまで言って言葉を飲み込んだ。

 それと同時に頼久が辺りを警戒し始め、泰明がすっと立ち上がる。

「泰明殿…。」

 不安げな声を出したのは永泉だった。

 頼久や友雅のように戦う手段に長けていない永泉だが、その霊力は高い。

 先に反応した3人と同じように、どうやら辺りの異変に気付いたようだった。

「敵が現れたようだ。式神が反応した。永泉、友雅、イノリ、行くぞ。」

「泰明殿…。」

「頼久はここで神子を守れ。」

「承知。」

 頼久が答えるのと同時に4人は走り出した。

 その背を見送ってあかねは不安げに頼久を見上げた。

 頼久の鋭い視線は闇を睨みつけている。

 その向こうに敵がいるのだとあかねは直感した。

「頼久さん…。」

「大丈夫です。泰明殿がいらっしゃいます。友雅殿もイノリも腕が立ちますし、永泉様の霊力は並々ならぬものです。我らはここで鷹通殿を守りましょう。」

「はい。」

 頼久に言われてあかねはやっと笑みを浮かべた。

 低く響く優しい声はこんな時でもあかねを思いやっていることが伝わる温かさを持っていて、あかねは自然と表情をやわらかくすることができた。

 だが、頼久自身は仲間達が駆けていった方から伝わる不穏な気配をしっかりと感じ取っていた。

 もちろん、仲間達が対処しているのだから近付いてくるようなことはない。

 陽動だということも考えられなくはないので、頼久はその感覚を研ぎ澄まし、辺りの気配も探っていた。

 すると…

「神子殿。」

「はい?」

「ゆっくりと小屋の中へお入り下さい。」

「へ…。」

 頼久は皆が駆けて行った反対の方向からただならぬ気配を感じて立ち上がった。

 腰の太刀に手をかけ、ずっと闇をうかがう。

 あわててあかねは立ち上がり、つられるように頼久の視線の先を目で追った。

「神子殿、お早く。」

「あ…。」

 『はい』と返事をして動き出そうとしてあかねは息を飲んだ。

 頼久が睨みつけている闇が一瞬ゆらめいたような気がして、次の瞬間、あかねは鍔鳴りの音を聞いていた。

 すぐ隣で太刀を抜いた頼久があかねの前へとその体を滑り込ませるのと、闇の中から何かが飛び出してくるのとは同時だった。

 思わず頼久の背にかくれたあかねの横を正体のわからない気配がもの凄い速さで横切っていく。

 あかねは小さく悲鳴をあげそうになるのをこらえながらも敵を目で追っていた。

 大きな鬼の姿を想像していたあかねの目に、焚き火に照らされて一瞬映ったその姿は想像していたものとはかけ離れていた。

 小さな体を丸めるように手足を上手く使って走り去るその後ろ姿は人間の子供のそれによく似ていた。

 そんなことに気を引かれているあかねとは裏腹に、頼久はすぐに身を反転させると敵を追うべく足を踏み出した。

 頼久にとっては相手が何であろうと敵からあかねを守ることが全てだ。

 そんな頼久の体が放つ殺気を感じてあかねは思わず叫んでいた。

「頼久さん!」

 あかねの叫び声が頼久の耳に届いた。

 敵の気配は闇の中に溶け込み、未だ目の前に感じられる。

 焚き火の明かりだけでは見える範囲にも限界があり、夜目がきく頼久でも動きの素早い敵をはっきりと認識することは不可能に近い。

 それでも声と気配とで護るべき大切な人の位置を確認し、敵との間に我が身を置いた。

 何が起ころうとも、たとえ役目を果たせなくなったとしてもあかねを失うことだけは許されない。

 傷つけられることももちろん避けなくてはならない。

 それが頼久にとっての最優先事項だ。

 だが、次のあかねの声に頼久は刀を正眼に構え、眉間にシワを寄せることになった。

「殺さないで!」

 頼久にとってあかねは大切で愛しい妻でもあり、なおかつ自分の尊敬する女神でもある。

 つまり、あかねの言葉は絶対なのだ。

 だいたい、武士としてあかねに仕えていた過去の経験のせいで体があかねの言うとおりに反射で動くのだから逆らいようもない。

 あかねが殺すなと言うのなら、頼久には敵を殺すことは不可能。

 この絶対的不利な状況の中で、頼久はあかねを護りつつ、敵に対して本気で刃を振るうことを封じられてしまった。

 頼久は刀を構えたまま、眉間に深くシワを刻み込んで辺りの気配を探った。

 さきほどまで痛いほどに感じていた敵の気配が消えている。

 いや、消えたのではない。

 敵が押し殺しているのがわかる。

 それは今までそうして殺気を押し殺しながら近づいてきた刺客と戦い続けてきた頼久のカンであればこそ、とらえられる戦場の独特な空気だった。

「頼久さん!」

「承知致しました故、神子殿は小屋の中にて待ちを!」

 この上あかねが近くにいたのでは、頼久はとてもではないが戦うことなどできなくなってしまう。

 とりあえずはあかねを安全と思える小屋へ入るように指示しながら頼久が更に敵の気配を探ろうとしたその時、頼久の耳がかすかな足音をとらえた。

 草を踏むかすかな音に頼久の体が思考よりも早く反応する。

 頼久は瞬時に放たれた殺気の方へと抜身の白刃を振り抜いた。




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管理人のひとりごと

お待たせしました、続きです(^^;
あぁ、今月もう一本UPしないと本当に進まないです…
今回は本格的に戦闘に入りますよーって所で終わってますが、もちろん、次回戦闘開始です!
たぶん…
ここからが管理人の書きたかったちゃんばらに入るはずなんで、進むの早いと思うんだけどなぁ…
ただ、寒さに管理人がやられてまして、おかげさまでなかなか進みません(TT)
でもでも、絶対完結はしますので、皆様、どうか最後までお付き合い下さいませm(_ _)m









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