負傷した鷹通とあかねを除く一同は元いた場所に戻り、白々と明け行く空を眺めながら現状分析を行っていた。
というのも、あかねは決して結界の外へは出ていないのに敵に襲われてしまったからだ。
たまたま鷹通が気をきかせて側にいたから一大事にはならなかったものの、それでも肩を負傷し、どうやら頭を打たれたらしい鷹通は目下、小さな小屋を借りて静養中だ。
あかねは当然のことながら鷹通の看病をしていてここにはいない。
泰明の見立てでは肩に傷は負ったものの出血量もそう多くはなく、気を失っているのは頭を打たれたからで命に別状はないとのことだった。
肩の傷もかすり傷とは言い難いがそれでも重症というほどではない。
泰明とあかねの手による的確な治療で、鷹通の負傷はとりあえず大事にはならずに済んでいた。
だから、今問題なのは鷹通が負傷したという事実よりも、何故負傷するような事態に陥ったのか、だった。
「泰明殿の結界にほころびがあった、ということは?」
「有り得ぬ。そもそも、問題は結界だけではない。」
議論の口火を切ったのは友雅だった。
武人という意味では頼久も友雅同様腕の立つ武人だが、身分から考えればこの場で泰明に失態があったのではないか?と告げられるのは友雅の方だ。
僧侶として争い事を嫌う永泉にはそもそも戦いのことはよくわからないし、イノリも戦術について深く考える性質ではない。
友雅の相棒である鷹通がいれば、八葉きっての頭脳派として発言していたかもしれないが、そんな鷹通は今意識不明だ。
友雅の発言が増えるのは必然だった。
「私の結界にほころびなどもちろんなかった。だが、それ以上に問題なのは結界の外で見張っていた式神達の目を盗んでの侵入ということだ。」
場の空気が一瞬にして緊張した。
稀代の陰陽師である泰明の放った式神の目を盗み、更には泰明の結界の内側へと侵入し、あかねを襲う。
そんなことが可能な敵とはいったいどんな相手なのか?
誰もが今回の敵がこれまで想像していたよりもいっそう手強いだろうと予想していた。
「式神と結界の両方をものともしないとは…これは少々厄介だね。」
「厄介、なのでしょうか…。」
ここで初めて永泉が口を開いた。
一同の目が一斉に永泉に集中する。
「どういう意味だ?永泉。」
「そ、その…泰明殿の結界は完璧。式神達も優秀です。その両方をかいくぐって襲撃に成功するなど、わたくしにはとうてい不可能に思われるのです。」
「だが、実際に成されたのだ。」
「それは…はい…ですので……。」
「なんだ、はっきり言え。」
「あ、はい、その…何か我々は見当違いをしているのではないかと…。」
泰明が訝しげに眉根を寄せ、友雅は頼久と視線を交わして首を傾げた。
永泉が何を言いたいのかがわからない。
「何が言いたいのだ?」
不機嫌そうな相棒に少々おののきながらも永泉は再び口を開いた。
「その…鬼の襲撃ではなかったのではと……。」
「何故そう思う?」
「我らに仇成す鬼でなければ結界は通れましょう。実際、村人達は出入りしていたわけですし…。」
「それはそうだ。そのような結界を張った。」
「式神達は鬼を警戒しておりました。であれば、鬼ならざる者は見逃すこともあったはず。」
「……。」
「それと、わたくしは鬼の気配はもちろんのこと妖しい気配は一つも感じておりませんでしたので…。」
この場にいる面々の中で一番の術の使い手は言うまでもなく泰明だ。
だが、一番の霊力の持ち主となると永泉ということになる。
永泉は心優しい僧侶なだけに攻撃するための術はそうそう持ち合わせていないが、泰明以上に敵の気配や呪物を感じ取ることに長けていた。
つまり、その永泉さえもがあかねを襲ったものから妖しい気配は感じなかったということになる。
「もし永泉様のおっしゃる通りだとすれば、確かに我々は少しばかり見当違いをしていたということになるねぇ。」
「警戒する相手が鬼のみではない、と?」
低い頼久の問いに友雅は苦笑した。
それでなくてもこちらは戦力となる味方を一人欠いているのだ。
この状態で警戒しなくてはならない敵が増えるのは勘弁してほしいというのが正直なところだった。
「神子と鷹通に問いただせばわかることだ。」
「いえ、泰明殿それは…。」
すぐにも立ち上がろうとした泰明を止めたのは永泉だった。
鋭さを宿すその瞳が永泉を貫く。
「何故止める?」
「その…鷹通殿は今、気を失って養生中です。何も話すことはできないかと。それに神子は一瞬の出来事で何が何やらさっぱりわからないとおっしゃっておりました。」
おずおずと語る永泉の言葉はまさにその通りで、あかねは鷹通の看病に行く前に自分を襲った相手はほとんど見ていなくて正体はわからないと語っていた。
間近で相手を見たはずの鷹通は気を失っているから、これ以上の情報収集は不可能なのが現実だ。
「つまり、今は鷹通が目を覚ますのを待つしか方法がねーってことじゃねぇの?」
暗く沈みこみそうな仲間達を見回して放ったイノリの一言に、大の男達は呻き声をあげそうだった。
まさにイノリの言うとおり、他に打つ手はない。
「ま、鷹通が目覚めてもはっきりしない可能性もあるがね。それでも、我々としては警戒を強めて鷹通が目覚めるのを待つしかないだろうね。」
友雅の一言で一同の行動は決定した。
今はどう焦ってみてもこちらは後手に回るしかないのだ。
「頼久。」
「何か?」
「相手が鬼ではないとなると更に油断がならないからね。」
「はぁ…。」
意味ありげな笑みを浮かべる友雅に頼久は小首を傾げた。
相手が鬼ではないかもしれないという可能性が出たので、泰明は既に結界や式神を変えるべく動き出した。
頼久にはここで自分の名が呼ばれる理由がわからない。
「鬼が相手なら結界で防ぐこともできるが、泰明殿が結界を張り替えるまでは人間の侵入は防ぐことができない。」
「そうですが…。」
「鷹通が養生している小屋もそれは同様だ。頼久が側で神子殿を警護すべきだと私は思うんだが?」
はっと頼久は目を見開いた。
そう、今あかねは鷹通の看病のために少し離れた小屋にいるのだ。
人がいるところでは鷹通も落ち着かないだろうと村人達がいる家からは少しばかり離れたところにある物置小屋を片づけてそこに褥を敷いていた。
あかねは自分のせいで鷹通が怪我をしたのだから自分が看病するといって一歩も譲らず、鷹通のそばに張り付いているのだ。
相手がもし鬼ではないとすれば、村人達や仲間と離れているあかねと鷹通が今最も危険な状態だといえた。
「頼久が疲れていて警護などとてもできないというのであれば、私が喜んで代わりをつとめるが、どうする?」
「いえ、それは私の役目ですので。」
友雅にせかされるように頼久は立ち上がった。
もちろん向かうはあかねと鷹通のいる小屋だ。
あかねを守るその役目は誰にも譲らないと心に決めている頼久は、友雅に指摘されるまであかねに警護が必要であることに気付かなかった自分を責めながら重い足を動かし続けた。
鷹通はゆっくりと目を開けた。
最初に襲ってきたのは肩の痛み。
次に感じたのは右手を包むぬくもりだった。
次第にはっきりとしてきた視界には見慣れない天井が現れて、視界を巡らせてみれば心配そうに自分を見つめているあかねの姿にぶつかった。
「鷹通さん、目が覚めたんですね。」
「神子殿?ここは…。」
「私をかばって、鷹通さん、肩に大怪我したんです。ここはみんながいる家からは少し離れてますけど、ゆっくりできるようにみんながしつらえてくれた小屋です。」
もやがかかったような記憶をたどっていけば、確かに自分は武術ができぬ故とその身を使ってあかねを守ったのだった。
その甲斐あってどうやらあかねは無傷らしいと見て取って、鷹通は小さく息を吐いた。
武術は苦手な自分でもどうやら役には立ったようだ。
「泰明さんは命に関わるような傷じゃないって言ってくれたんですけど、心配で…。」
「神子殿がついていてくださったのですね。」
「当然です。私のせいで鷹通さん、怪我しちゃったんですから。龍神様にお祈りしてました。ずっと。」
「でしたら、私はすぐに良くなります。龍神自らが選んだ神子殿が祈ってくださったのですから。」
「だといいですけど…私はもう龍神の神子じゃありませんから…。」
確かに今は龍神の神子ではなくなったが、きっと龍神はこの愛し子の望みなら叶えるだろう。
鷹通はそう思った。
それほどあかねという女性は神子ではなくなった今も清らかで美しい。
「八葉ではなくなった私でもお役にたててよかった。」
「そんな!鷹通さんはいつだって私のこと助けてくれてます!」
「なら良いのですが。頼久のように剣を使うことができるわけではありませんから…。」
「鷹通さんには鷹通さんにしかできないことがちゃんとあるじゃないですか。」
「そう、ですね…ですが、それを神子殿は選んではくださらなかった。」
「はい?鷹通さん?」
傷の影響で出始めた熱に思考を邪魔されて、鷹通はもう自分が何を話しているのかわからなくなっていた。
そして薄い壁一枚隔てた向こうで静かに警護に立っている頼久には、それ故に今の鷹通の言葉こそが鷹通の本心であろうことがわかっていた。
もともと目も耳もいい頼久は小屋の中の会話をすっかり聞き取っていた。
鷹通が意識を取り戻したことでほっとしたあかねが聞き漏らした鷹通の本音までも…
頼久は今でも考えることがある。
あかねは何故自分を選んだのかと。
鷹通には先ほどあかねが言ったように八葉の誰にも勝る知識があり、気遣いができることではおそらく友雅をもしのぐだろう。
その友雅はといえば女性なら誰もが憧れると言われている貴公子だ。
永泉に至っては帝に連なる高貴な血筋であり、気品と優しさにかけては誰にも負けない。
泰明は一見冷たく鋭い男に見えるが、あれであかねにだけは幼子のような純粋さや一途さを見せる。
イノリにいたってはあかねと年頃が近いこともあって誰よりも砕けた付き合いをしていたはずだ。
それに比べて自分には何があるかと考えてみれば、常に腰に鎮座している刀しか思いつかない。
確かにその刀を使ってあかねを守ることにかけては誰にも劣るつもりはない。
相手が友雅であったとしても、だ。
だが、その他のことは一切自信がなかった。
気遣いができるわけでもなく、機転の利いた話ができるわけでもない。
風流など一つも解さない無粋さだし、女性の心情などどれほど想像してみても全く理解できない。
そんな朴念仁をどうしてあかねは選んでくれたのか、頼久にはいまだに不思議だった。
もちろん、正面切ってあかねにその理由を尋ねてみれば優しいとか頼りになるとか強いとか色々と長所を挙げてはもらえる。
けれど、それらはどれも他の八葉も持っている気がするのだ。
頼久は鷹通が口にした言葉を思って悶々としながら小屋の前に立ち続けた。
今自分にできることは少なくてもあかねを守ることしかない。
せめて自分にできることを精一杯。
そんなことを思っていると、そっと小屋の中の気配が動いた。
弱々しく開けられた引き戸の向こうからあかねがふらりと姿を現す。
頼久は後ろ手に引き戸を閉めるあかねを心配そうに覗き込んだ。
「神子殿……。」
「頼久、さん?」
「はい。」
「あ、そっか、警護、しててくれたんですね。」
そう言ってあかねは弱々しく微笑んだ。
まるでここで微笑むことは義務だとでもいわんばかりだ。
「神子殿、お体の具合でも…。」
「ううん、違うんです…。」
あかねはやっとの思いで浮かべていた微笑を消してうつむいた。
そのままぽすっと頼久の胸に飛び込む。
一瞬驚きで硬直した頼久は、すぐに我に返るとあかねの小さな体を抱きしめた。
何がどうしたのかわからないが、とにかくあかねは落ち込んでいて自分を必要としてくれているのだとわかったから。
「どうかなさいましたか?」
「私がよけいなことをしようとしたせいで鷹通さんが怪我しちゃって…それなのに鷹通さん、私のこと全然責めないんです…。」
「神子殿はよけいなことなど…。」
「ううん、よけいなことでした。みんなと同じところにいておとなしくしていればこんなことにはならなかったのに…。」
「神子殿…。」
きゅっと自分にしがみつくあかねの背を頼久はゆっくり撫でた。
「神子殿はよけいなことなど何一つなさってはおりません。神子殿は成すべきことを成されたのです。」
「でも…。」
「鷹通殿もまた同じこと。鷹通殿が成さねばならぬと信じたことを成しただけのことです。」
必死の想いを宿した目で見上げるあかねに頼久は微笑を浮かべて見せた。
「神子殿はどうか、御心のままに。神子殿のその御心はこの頼久が必ずお守りいたしますゆえ。」
「頼久さん……はい。」
あかねも鷹通も成さねばならぬことを成したのだ。
そう言った言葉に偽りはない。
頼久は本当にそう思っていた。
ならば、今度は自分の番だ。
あかねを守ることこそが自分の成すべきこと。
昨夜は鷹通にその役目を譲ったが、これ以降は絶対に譲りはしない。
頼久はそんな想いをこめてもう一度あかねを抱きしめた。
「やっぱり頼久さんは凄いです。」
「は?」
「私が迷っているといつもどうしたらいいかを教えてくれて、私が気付いていないことに気付かせてくれるんです。」
「そのようなことは…。」
「ううん、怨霊と戦っていた頃からずっとそうです。だから私、頼久さんと一緒なら大丈夫。いつだって幸せになれるんです。」
「神子殿…。」
一瞬微笑みを交わした二人は、そのまま互いを優しく抱きしめ合った。
ここが今どんな場所でどんな状況であろうと、お互いがいれば大丈夫。
互いが互いにそう信じた抱擁だった。
そしてその抱擁は、食事にしようと声をかけに来た友雅が苦笑しながらからかうまで続くのだった。
第六話へ
管理人のひとりごと
ということで第五話でした!
なんか予定より長くなってる気がしますΣ( ̄□ ̄‖)
大丈夫か?これ年内に終わるのか?
終わらない気がする(’’)
まぁでも、楽しければいいか(^▽^)←開き直った
今回は予告編にもあった鷹通さんのシーンが入っておりました。
予告編からちょっと手を入れましたが、ほぼそのままって感じです。
よく入ったな(’’)(マテ
なんか敵が増えちゃってる感じがしますが大丈夫!
勝手に増えたわけじゃありません!一応、構成通り進んでます!
本当ですよ(’’;
まだまだ本題が片付きそうにありませんが、またーりお付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m
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