破邪顕正 第四話
 一行にとって夜までの時間はほんの何度かの瞬き程度の間しかなかった。

 特に村人達を守るために結界の準備をしたり、式神を辺りに配置したりと戦闘準備を整えていた泰明は始終動き回っていたと言ってもいい。

 実戦部隊となる友雅、イノリ、頼久の3人はあかねを中心に落ち着いて武器の手入れなどを行っていたが、永泉と鷹通は村人達を励まし、情報を収集して忙しそうだった。

 そうして各々が忙しく過ごしているとあっという間に陽は落ちて、辺りには夜の帳が下ろされた。

 夜の闇は魑魅魍魎の住む世界だ。

 何が起きるかわからない状態ではあるが、それでもあかね達には夜の闇と対峙するプロがいる。

 その泰明の指示で村人達が立てこもっている建物の前に車座になって座った一同は、焚き火を囲んで作戦会議を開いた。

「この建物は結界で囲った。現れるのが鬼であろうと怨霊であろうと問題ない。」

「さすがは泰明殿です。」

 全く疲れを見せない泰明に永泉が感心していると、泰明は視線を鷹通へ向けた。

「鷹通、何か有益な情報はあったか?」

「はい。鬼が出現するのは必ず夜とのことですので、勝負は今より夜明けまでということになります。初めの犠牲者は山の中で発生しましたが、最近は毎晩のように村に現れ、被害者は自宅で襲われています。そのことを考慮すれば…。」

「鬼は人の気配、あるいは匂いを感じてここをめがけてくる、か。」

「そうなるかと。」

「ならば、待ち伏せが有効だね。この家は泰明殿の結界に守られていて安全だし。我々も戦力を分散せずに済む。」

 二人の会話に割って入ったのは友雅だ。

 武官でもある友雅の意見はもっともで、一同は友雅の意見に一つうなずいた。

 その全員が元は八葉として怨霊と戦った経験がある面々とはいえ、武術に長けているのは友雅と頼久の二人のみと言っていい。

 更に言えば、術が自在に使えるのは泰明のみで、永泉は霊力が高いとはいえ戦力に数えるのは難しい。

 となると、彼らの手持ちの戦力はそう多くはなかった。

 知識では頼りになる鷹通も体や術を使った戦闘となると頼りになるかはわからない。

 イノリはすばしっこく、最近では体も大きくなって力もついてきたからある程度は見込みがあるが、それでも友雅や頼久の比ではない。

 となれば、鬼の捜索のために散り散りになるという戦力の分散は最も避けたいところだった。

「四方には式神を配置した。人ならざるものには敵が何であれ攻撃するよう命じてある。」

「さすがは泰明殿だ。我々はここで式神が騒ぎ出すのを座して待てばよいというわけだ。」

 そう言って友雅はニヤリと笑みを浮かべた。

 その顔はいつも伊達男として知られている華麗な殿上人のそれとは違って、友雅を良く知るあかねさえも背筋に寒さを感じるような迫力のある笑みだった。

「ただ待つってのもなぁ、暇っちゃ暇だよな。」

 この中では最年少のイノリがそう言ってつまらなそうに両足を放り出すのを頼久と友雅は苦笑しながら見守った。

 イノリくらいの年頃はいざという時を前にするとこうしてやがて起こるであろう戦闘に武者震いをすることもあるものだと、武人である二人は知っていた。

 この状況でイノリがこうして仲間達と落ち着いていられるのは、八葉として怨霊と戦った経験があるからに他ならない。

 そういった経験のない若者は血気に逸り、敵を見かけたとなれば無闇にに斬りつけ、結果、自分が命を落とすということも少なくなかった。

 つまらなそうにしてはいるものの、それでも落ち着いているイノリは頼久などから見れば自分の同じ年頃よりもよほどしっかりして見えた。

「役割を決めておく。相手が鬼である以上、通常の攻撃が通用するかは疑わしい。永泉の笛で敵を攪乱、友雅とイノリが牽制に回り、私が術でとどめを刺す。」

「まぁ、無難なところだね。」

「わ、わたくしの笛がお役に立つのでしたら…。」

「牽制かぁ、ま、相手が鬼じゃなぁ。」

 三者三様の反応を示してはいるものの、どうやら3人とも泰明の策に反対はないらしい。

「頼久と鷹通は神子を守れ。」

「わ、私は守られてるだけですか?」

 静かにうなずいた頼久と鷹通とは反対に、あかねが抗議の声をあげた。

 仲間達を戦わせて自分だけが安全な場所で守ってもらう、そんなことをあかねがただ納得するわけはないと泰明はもちろん心得ている。

 だから、勢いをつけたあかねの問いに、泰明は冷静に答えを返した。

「神子の仕事は戦いが終わった後だ。」

「はい?」

「敵の正体がわからぬ。ゆえに、今回は負傷者が出るやもしれぬ。」

「負傷者…。」

「怪我人の手当えてをするのは神子の役目だ。」

「あ…はい!頑張ります!でもでも、みんななるべく怪我はしないでくださいね!」

 慌てて言葉を続けたあかねに、元八葉の面々は黙って微笑を浮かべた。

 こうしてあかねが後ろで帰りを待っていてくれる。

 自分達の無事を祈っていてくれる。

 そう思うだけで、一同の心は月を映す泉の水面のように静かに冴えわたるのだった。








「あの…私、ちょっと何か食べるものとか用意してきますね。」

 あかねがそう言いだしたのは一同が火を囲んで座り、敵の出現を待ち始めてから二刻ほどたってからのことだった。

 時は既に深夜。

 待てど暮らせど敵は現れず、ただ待つだけの時間は予想以上に一同の精神力を削っていた。

 イノリなどはこくりこくりと船をこぎ出す始末だ。

 最初は他愛ない会話を交わしていた友雅や鷹通も黙り込み、あかねもすっかり話のネタが尽きてしまった。

 そこへきてこの人数の男性が集まっているのだ。

 空腹をうったえる者はさすがにいなかったが、こんなに精神力を削られながら夜中まで起きていれば腹の一つや二つは空いて当たり前とあかねが立ち上がったのだった。

「では、私がご一緒に…。」

 慌てて立ち上がろうとしたのは頼久だ。

 何よりもまず神子の安全を優先するのが自分の任務と心得ているし、何よりあかねは頼久にとって何にも代えがたい最愛の妻だ。

 護衛につくのは当然のこととばかりに立ち上がろうとしたのだが、それはあかねにとめられてしまった。

「大丈夫ですよ。裏に井戸があって、その周りに食料があるのを使ってもいいって許可もらってあるんです。結界の内側のはずだし、一人で平気です。」

「ですが…。」

「では、私が途中までお供しましょう。」

「鷹通さん?」

 頼久を制して立ち上がったのは鷹通だった。

 その顔には穏やかな微笑が浮かんでいる。

「でも私、一人で…。」

「いえ、おそらく村人達も中で様子がわからずに怯えているでしょうから、途中経過を説明してきます。」

「ああ、なるほど。」

「ですので、途中までお供するということで。」

 これが妥協点、これ以上は譲らないとばかりに鷹通が立ち上がると、さすがにあかねもこれ以上拒絶することはできずに鷹通と連れ立って歩き出した。

 そんな二人の背を見送って、頼久は深いため息をついた。

 ただ護衛につくと言えばあかねが申し訳ないと言って断るのはわかっていたことだ。

 それなのに、ただ直球で護衛につくとしか言えない自分のなんと不器用なことか。

 それに比べて鷹通は、ああやってあかねの心に負担をかけずにさりげなくあかねを守る術を心得ている。

 もし鷹通のような男があかねの夫であったなら、あかねはもっと心安らかに幸せに暮らしていたのではないか?

 そんな想像で頼久が眉間にシワを寄せたその時、隣から小さな声が聞こえた。

「鷹通の方がより神子殿の夫にふさわしいなどと考えていたのかな?頼久は。」

 はっとして頼久が隣を見れば、友雅は天を仰いで苦笑していた。

「友雅殿…。」

「図星かな。」

「……。」

 この年長の美上武を相手に嘘をつくとかごまかすといった芸当が頼久にできるわけもなく、もともとあまりよく動かない頼久の口は何一つ言葉を紡ぐことができなかった。

 すると友雅は嘲るでも罵るでもからかうでもなく、ただ空を見上げたまま言葉を続けた。

「考えても詮無いことだよ。結果として神子殿が選んだのは頼久だ。鷹通ではなくね。それには神子殿なりの理由がある。」

「それは…わかっております。」

「わかっているならもしも、などとは考えぬことだ。神子殿が自ら頼久を選んだ以上、鷹通と共にいた方が幸せだなどということは絶対にありえないのだから。」

「……。」

 言われてみればそれは当たり前のことだった。

 万が一にもそんなことがあるのなら、あかねはとっくに頼久に話をしているはずなのだ。

 心変わりしたと。

 想い人が他に在るのに頼久の妻を続けていられるような女性では、あかねはない。

 まっすぐで純粋で、何に対しても一生懸命な女性。

 頼久の見ているあかねは出会った頃そのままに今もまっすぐなままだ。

 そしてそのまっすぐな視線はいつだって自分に向けられている。

 そうとわかっていても、頼久は考えずにはいられない。

 もし、自分以外の男があかねの夫であったならあかねはもっと幸せだったのではないか?と。

 そんなことをあかねにほんの少しでも洩らそうものなら、ものすごい形相で説教をされるだろうこともわかっている。

 だから決して口にはしないが、頼久の胸の内にはいつもあかねにはもっとふさわしい男がいたのではないか?という想いがくすぶっていた。

「私もね、頼久に負ける気はなかった。永泉様は頼久よりはずいぶんと身分が高い、鷹通は誠実で賢い男だ、イノリは気さくで神子殿と年も近い、泰明殿は実に頼りになる上に神子殿以外の女性は全くもって目に入っていない。」

「友雅殿?」

 頼久には友雅がここでわざわざ仲間達の長所をいちいち挙げていく理由がわからなかった。

 いつものように自分をからかって楽しもうというのだろうか?

 自分以外の男達がどれほど良い男かを意識させて自分の反応を見ようとしている?

 頼久は友雅の意図がわからないまま、その秀麗な横顔を見つめた。

「私だって神子殿が振り向いて下さったなら金輪際他の女性に目を向けるつもりはなかったしね、これでも頼久よりは多少男としては女人に好かれる部類に入ると思っていたんだが。」

「……。」

 多少も何も、この都に知らぬ者のない伊達男が何を言うのか。

 頼久は友雅から目の前の炎に目を向けてため息をついた。

 これはどうやら敵が現れるまでこうして友雅にじりじりといたぶられ続けるしかないらしいと覚悟を決めたのだ。

 ところが、次に聞こえた友雅の言葉は頼久が予想していたのとは全く違ったものだった。

「それでもね、神子殿が選んだのはほかならぬ頼久だったのだよ。」

 その声音があまりに寂しげで、頼久は驚きで目を見開きながら再び隣の美丈夫を見つめた。

 友雅は空から視線を外そうとしない。

 上を向いているその美麗な横顔はどこか憂いを帯びているように頼久の目には映った。

「鷹通、イノリ、永泉様、泰樹殿、そして私、まぁ、今ここにはいないが天真や詩紋も加えて神子殿の周りには良い男がずいぶんといたものだが、それでもその中から選んだのは頼久だった。」

 今更のように言われて頼久はその事実を改めて飲み込んだ。

 そう、自分は今、あかねの夫として側にいることを許されている唯一の男性なのだ、と。

「神子殿にとっては我々の持つどんな力や魅力よりも頼久の持つ何かの方がよかったということだ。それは頼久の剣の腕なのかもしれないし、心根の強さや弱さかもしれない。なんなのかは神子殿のみぞ知る、だよ。」

「それは、確かに…。」

「これはふられた男の嫌味と思ってくれていいが、神子殿に選ばれたのだからもう少し自信を持ったらどうなんだい?」

 ここで初めて友雅は頼久へと視線を向けた。

 その顔に友雅とは思えないほど寂しげな微笑が浮かんでいるのを見て、頼久は息を飲んだ。

 橘友雅、この男にこんな顔をさせることができるのは、おそらくあかねただ一人だろう。

 そう直感して頼久は思わず友雅に対して深々と頭を下げていた。

 彼にこんな顔をさせる女性を自分のものにしているのだと思えば、友雅の言うとおり自信を持つべきなのだろう。

 頼久がそう心の中で己を戒めたその時、建物の向こうから女性の悲鳴と大きな物音が聞こえた。

「神子殿!」

 すぐに立ち上がって駆け出したのは頼久だ。

 女性の声がしたからとりあえずと立ち上がったわけでは決してない。

 誰もが何があったのかと小首を傾げているその一瞬の間に、頼久の耳は悲鳴の主があかねであることを認識していた。

 そしてその認識と同時に頼久の体は動き出していたのだ。

「鷹通さん!」

 頼久が建物の中へ足を踏み入れるのと同時に、今度は誰の耳にもわかる声が響いた。

 それは間違いなくあかねの声。

 頼久の背筋に悪寒が走った。

 間違いなく、あかねの身に何か起きたのだ。

 怯える村人達の間を駆け抜け、頼久は刀の柄に手をかけたまま走った。

 できる限りの速さで走り、裏口へと抜ける。

「神子殿!」

 表へ駆けだした刹那、頼久の視界の隅に黒い影が動いた。

 その動きはあまりにも速く、頼久が抜刀するよりも先に暗闇の中へと消えていった。

 頼久は一瞬も迷うことなく、その影を追うことを放棄した。

 その代わりに頼久はあかねの無事を確認することを選択した。

「神子殿!ご無事ですか!」

 夜目のきく頼久が慌ててあかねの方へ駆けよれば、あかねは泣きそうな顔で自分の上に覆いかぶさる鷹通を抱きしめていた。

「頼久さん!鷹通さんが!」

 震える声で叫ぶあかねの腕から鷹通の体を受け取って、頼久は顔をしかめた。

 鷹通は肩から血を流して気を失っていた。

 傷口は見えないが、出血の状態から考えればかすり傷ではすまない傷を負っていることは間違いない。

「神子殿にお怪我は?」

「ありません!鷹通さんがすぐ来てくれて…私をかばって……。」

 涙声になったあかねは最後まで言い切ることができずにそのまま泣き出してしまった。

「気を失っているだけだ、大事ない。」

 淡々とした声は頼久のすぐ隣から聞こえた。

 頼久に遅れて駆け付けてきたのは泰明だった。

 その後ろには永泉の姿もある。

「で、でも、怪我をして、私の代わりに…。」

「神子に怪我がないのなら問題ない。」

「あります!鷹通さんが!」

「鷹通は神子を守ったのだ。怪我は時を経れば癒える、問題ない。神子がここで取り乱してどうする。」

 いつもと同じ声、同じ口調。

 落ち着き払った泰明の様子にあかねははっと我に返って黙り込んだ。

「表は友雅とイノリが守っている。手当ては私がする。頼久、中へ。」

「承知。」

 頼久は気を失っている鷹通を肩に担ぐと、そのまま家の中へと鷹通を運んだ。

 その後を淡々としたままの泰明と涙を止められずにいるあかね、そしてそんなあかねを気遣う永泉が追う。

 井戸端にはいくつかの瓜が転がり、その瓜の周りには血の滴った痕が生々しく残っていた。

 家へ入る直前に泰明はその様子を一瞥して、視線を闇の中へと移した。

 闇の中に消えた何ものかを追うように視線を巡らせて、そしてその視線では何もとらえることができずに、泰明は静かに家の中へと足を進めた。




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管理人のひとりごと

鷹通さん負傷!
っていうのは予告でもやってましたね。
こんな感じであかねちゃんをかばいましたとさっていう感じです。
おいおい、泰明さんの式神が警戒してたんじゃねーの?とか、戦闘になんねーの?とか…
色々あるかと思いますが、それは次のお話で(’’)
ちゃ、ちゃんと説明しますよ?本当ですよ?
い、行き当たりばったりでやってるわけじゃないですよ?
怪しいなぁ、自分(’’)(マテ
最初に予告編やっちゃってるからごまかしきかないわーと嘆きつつ、次回へ続きます(^^;









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