破邪顕正(はじゃけんしょう) 第三話
「これはいったい…。」

「村は全滅と断言するのは早いが…。」

「全滅などではない。人はいる。」

 頼久と友雅のつぶやきに答えた泰明は再び馬をゆっくりと進め始めた。

 人の気配には鋭敏な頼久と友雅でさえつかむことのできない気配をどうやら泰明はつかんでいるらしい。

 頼久と友雅は視線を交わすと、更に後ろから来る3人とうなずき合って泰明の後を追った。

 ゆっくりと馬を進めてみても廃墟と化した建物の中も外も人の気配はまるでない。

 それでも泰明は迷うことなく馬を進めていく。

 気配さえ感じることのできない残る一同は泰明の後を追いかけるしかなく、何一つ交わされる言葉もないまま一行は静々と馬を進めるしかなかった。

 人が住まなくなった家というものはいったいどれくらいの時間でこうまで荒れ果てるのだろう。

 一行の頭の中をよぎったのはそんなことばかりだった。

 まるで100年も前から無人となっていたかのように思える建物の間を抜け、一行は村の端へとやってきた。

 そこにはひときわ大きな家が一軒。

 もちろんその家も無傷ではないけれど、これまで見てきた建物の数々よりは幾分か傷みが少なく見えた。

 そして何よりも他の建物と違ったのは、家の中から人の気配を感じたことだ。

 それも押し殺しているような気配だったから頼久と友雅は気配を感じながらも互いに顔を見合わせて確認したほどだったが、泰明はというとどうということはない様子で家の前で馬から降りた。

「泰明殿?」

「中に人がいる。現状を確認する。」

 事務的な言葉が終わるのと同時に泰明の足は淀むことなく家の方へと歩み始めた。

 慌てて他の一同も馬を降り、泰明の後を追う。

 頼久はというと丁寧にあかねを馬から降ろし、二人並んで最後に泰明の背後に立った。

「都より帝の命にてまかり越した陰陽師だ。仔細を聞きたい、入るぞ。」

 一応は戸のこちら側でそう声をかけた泰明はだが、中からなんの返事もないままに目の前の戸を開けた。

 泰明の細腕であっさり開いた戸の向こうは薄暗く、よく目を凝らさなければ中の様子がうかがえない。

 一同はすたすたと中へ入っていく泰明を先頭に、戸惑いながらも中へ入った。

 外から見ても相当の大きさだったその家の中には、驚くほど大勢の人がいた。

 ざっと見ても20人はいる。

 そしてその誰もが息を飲んであかね達一行を見つめていた。

 その目には恐怖と好奇心とが入り混じっていて、あかねは思わず両手を胸の辺りで握りしめてしまった。

 何をどうすれば人はこんなにも怯えることができるのだろう?

 そう思わずにはいられないほど、この場にいる人々は皆、その身を寄せ合い、息をひそめて座っていた。

「長は誰だ?」

 その呼吸する音さえも聞こえないようにと気遣っているのではないかというほどの静寂の中、泰明の声が響き渡った。

 凛とした泰明の声は人々の恐怖に飲まれそうになっていた一行の意識を引き戻すだけの力を持っていた。

 そしてその力は、どうやら目の前に座っている人々にも届いたようだった。

「これにおります爺が長にございます。」

 人の群れの一番奥で気配が動いたかと思うと、薄暗い中、人々をかき分けて一人の老人が進み出てきた。

 小柄な老人はその場に両手をついて丁寧に一つ礼をすると、青白い顔で泰明を見上げた。

 その堂々とした視線はさすが長と申し出るだけの者と思わせる風格がある。

 泰明は長を名乗る老人を正面から見据え、いつもの表情のない顔で一人、調査を開始した。

「田畑は荒れ、村は廃墟となっている。都にもここ一帯の不穏なことは届いていたが、これほどという報告はなかった。何事が起こっているのか仔細を聞きたい。」

 淡々と要領よく、何の感情も介在しない泰明の言葉に老人は静かな視線を向けた。

 値踏みしている。

 頼久の目には老人の様子がそう映った。

「都よりおいでと先ほどおっしゃいましたが…。」

「そうだ。」

「では、陰陽師でいらっしゃいますでしょうか?」

「陰陽師、安倍泰明だ。」

「安倍の……では安倍晴明様の縁者でおいでで?」

「弟子だ。」

「そうですか、安倍様がいらっしゃって下さった…。」

 老人は泰明の名を聞いたとたんに両手を合わせて泰明を拝み始めた。

 それはあっという間にその場にいる人々全員に伝染した。

 陰陽師安倍晴明の名は都だけではなく、こんな田舎にまで轟いているらしい。

 そしてその威光は弟子である泰明にまで及んでいるようだ。

「泰明さんって凄いんですね。」

 あかねが目を丸くしながら隣の頼久に小声でつぶやいた。

 もちろん、あかねも泰明がどれほど凄い陰陽師なのかは身をもって知っているつもりだ。

 けれど、まさかこんなふうに拝まれるほどの人とは思っていなかった。

 頼久はしかと泰明と老人の二人に視線を注いだまま、目を丸くしているあかねの耳元に口を寄せた。

「この地では何か陰陽師にすがりたいことが起こっているということかと。」

 頼久の囁きにあかねは小さく「あ」と声を漏らした。

 そう、確かに安倍晴明、ひいてはその一門の名声は確かに都の外へまで轟いてはいる。

 けれど、こんなにも彼らが泰明を敬うのにはそれ以上の理由があると考えるべきだ。

 おそらくは陰陽師にすがりたくなるような出来事、その出来事を解決するためにあかね達が派遣されたのだから。

「我々はこの地で起こっている問題を解決するために来た。現状を正確に把握したい。」

 拝まれようとも好奇の目を向けられようとも全く意に介さない様子の泰明に、長だけではなくその場の誰もが驚いた顔を見せた。

 もちろん、そんな人々の態度も泰明にとってはそれこそ問題ではない。

「村人は全員ここへ集っているのか?」

「はい。」

 低く、うめくような声が老人の口から洩れた。

 この場にいるのはせいぜい20人かそこら。

 荒れ果てていたとはいえ、畑の広さは相当のものだった。

 それを全て耕して生活していくのにこの人数はどう見積もっても少ない。

 そのことにあかねも気付いて、愛らしい顔が不安で曇った。

「2、3人、外を見回りに出ておりますが、ここにおりますのがほぼ村の民の全てでございます。」

「そもそもがこの数ではあるまい。何があった?」

「鬼に、食われましてございます…。」

 老人の放った地を這うような一言に村人達はうつむき、目を伏せた。

 そしてあかねは口元を手で押さえ、一人その大きな目を潤ませた。

 鬼に食われた。

 それは死を意味する言葉だ。

 この場にこれしか村人がいない理由、それがもしここにいない人々は皆、死んでしまったからだというのなら、あかねはそれに涙せずにはいられない。

 けれど、話はそんなあかねの感情とは関係なく、泰明主導で進んでいた。

「鬼にしかと間違いはないか?」

「しかと間違いはないかとおっしゃられますれば、その姿を陽の下でしっかりと目にした者はございません。ですが、人とは思えぬ大きな影を月明かりの下で見た者が幾人もございます。」

「大勢で集っていれば襲われぬ故にここに集っているのか?」

「いえ、それはわかりませぬが、一人二人で家にいればいつ襲われるともわからず、こうして集っておりましても安全とは言いかねますが、一人二人でいるよりはましとばかりに集ってございます。」

 老人が疲れた様な声でそう言うと、泰明は辺りをじっくりと見まわした。

 家の中にいるのは女、子供、そして老人ばかりだ。

 おそらく働き手にもなるだろう若い男達はその『鬼』とやらから家族を守るために犠牲になったということだろう。

「その鬼とやらの正体に心当たりはないのか?」

「まったくもって…。」

「こうなるまでに何があった?」

「何が……事は一月ほど前に始まりましてござます…。」

 話さねばならないができることなら話したくはない。

 そんな様子で老人は視線を落としたまま、ゆっくりと小さな声で語り始めた。

 事の起こりは一月前。

 村の裏山へと遊びに出た童が神隠しにあったことから始まった。

 この子はいつも大人達の言うことなどきかずにどんな危ないことでもしてしまうくらい元気で闊達な童だった。

 だから、神隠しにあったとは言いつつも、きっとどこぞの沢へ落ちて亡くなってしまったのだろうと誰もが思っていた。

 ところが、このような神隠しが立て続けに起こった。

 やんちゃ者の男の童だけならまだしも女童までが姿を消したものだから、村は騒然となった。

 当然のように捜索隊が編成され、屈強な、村でも力自慢の男達が山へと入った。

 そして、その男達もまた村へは帰ってこなかった。

 ここに及んでさすがに村人達はこれはおかしい、大変なことになっていると気付いた。

 それでもまだまさか行方をくらました者達が鬼に食われているとは思わなかった。

 大方、山賊か何かに襲われたのだと思っていた。

 それならば役人に申し立てればきっと取り締まってくれるだろう。

 そんなふうに考えていたのだ。

 けれど、話はそんなに簡単ではなかった。

 役人に知らせて助けを求めようとした矢先、村が襲われた。

 村の一番山寄りにあった家が夜のうちに襲われ、建物自体が半壊状態になっているのが明るくなって発見された。

 家の中には死体がばらばらにされたその家の女房と子供の死体が無残に打ち捨てられており、家の外にはその家の主の物と思われる男の足だけが転がっていた。

 さすがにその様を見た村人達はこれは鬼の仕業に違いないと恐怖におののいた。

 それ以来、人々は戸締りを厳重にして夜を迎えたが、毎晩、どこかの家が襲われるようになった。

 襲われる村人の悲鳴が闇の中に響き、獣の咆哮のような猛々しい声も聞こえた。

 勇敢にも立ち向かおうとした村の若い者は半死半生の状態で村長の家までやってくると、鬼だとだけ告げて事切れた。

 その後も、月明かりの下、はっきりとはしないがそれでも人の二倍もの大きさのある獣のごとき鬼の姿を目撃した者が後を絶たず、現在に至るまで村人達はどうすることもできずにただこうして身を寄せ合っていたということだった。

 もちろん、役人にはこの異常事態を知らせてあるが、相手が鬼となれば役人もおいそれと手を出すことはできない。

 その筋の専門家でなければ自分達も無駄死にをすることになるからだ。

 役人達は都に知らせ、陰陽師が派遣されてはきたものの、彼らもまた山に入ったきり消息がつかめないという。

 そうこうしているうちに村人達の数はどんどん減り、事態の深刻さが帝の耳に入った。

 並大抵の陰陽師ではどうすることもできないとなればここは安倍晴明の出番だ。

 そう判断したのは帝だったが、泰明の師である晴明は都に在る貴族達の相手に追われていて手が空かない。

 ならばとお鉢が回ってきたのが八葉だったというわけだ。

 八葉であれば、相手が怨霊であろうとおくれはとらないであろうというのが貴族達の考えだったらしい。

 だが、こうして八葉が派遣されるまでには一月という時間を費やすことになり、村はもはや全滅寸前となっていた。

「話はわかった。」

「どうか、お助け下さいませ。」

 老人の力ない説明が終わると、泰明は表情一つ変えずに話を全て飲み込んだという事実だけを伝えた。

 そしてそんな泰明に不安を感じたものか、老人は泰明の目の前で額を床に擦り付けんばかりにして頭を下げた。

 都でも高名な安倍晴明の弟子である泰明に見放されてはもうこの村の住人達には未来がないのだ。

 泰明はといえば、そんな老人の想いを知ってか知らずか、すすり泣きさえ聞こえてくる家の中をいつもの落ち着いた様子で見回した。

「この家の周囲に結界を張る。見回りに出ている者も含めて夜は建物から外へは出るな。後は我らが引き受けた。」

「ま、まことでございますか…。」

「我らはそのために来た。問題ない。」

「では、これより先は安倍様が全て請け負ってくださると…。」

「我らと言った。我らは龍神の神子に仕えし八葉、鬼どもにおくれはとらぬ。」

「龍神の……。」

 どうということはないという泰明の宣言に老人は目を見開き、今まですすり泣いていた人々までが驚きで目を丸くした。

 怨霊の手から京を救った龍神の神子とその神子を守る八葉の噂はこの村にも当然届いている。

 世界を救った英雄達が目の前に立っていると思えば、誰もが声さえ出せないほど驚くのも無理はなかった。

「有り難い…。」

 最初に口を開いたのは村長だった。

 泰明とその背後に並ぶ一同を見て両手を合わせ、拝み始めたものだから、これには泰明以外の八葉達もどうしたものかと顔を見合わせてしまった。

 そしてあかねはというと…

「そ、そんな、拝んでもらうほど凄くないですけど、でも頑張りますから。あの、もう龍神の神子とか八葉とかじゃないですけど、皆さんがもう悲しまなくてもいいように頑張ります!」

 拝み続ける村長の手を両手で優しく握って、あかねは微笑んで見せた。

 その笑顔に誰もが見惚れ、そして見る見るうちに家の中の空気が明るいものへと変わっていった。

「このような危ない場所に女子とは…。」

「龍神の神子だ、問題ない。何があろうと我ら八葉が守る。」

 驚く長老に淡々と答えて、泰明は家を出た。

 残された村人達は優しい微笑を見せている愛らしい女性が龍神の神子だと告げられると、まるで魂が抜けたような顔になり、次の瞬間にはその場の全員があかねを拝み始めていた。

「あ、あの、えっと…だから、その、私もう龍神の神子じゃないのでそんな、拝むとか……。」

 あかねがいくらそう言って説得しても村人達がやめる気配はない。

 困り果ててあかねがおろおろしていると、頼久がその手を優しくとってあかねを立たせた。

「皆が期待しております。今はただ、皆を救うことだけをお考えください。」

「頼久さん……はい。」

 頼久に伴われてあかねは泰明の後を追った。

 同じように友雅とイノリも家を出たが、鷹通と永泉はどうやら家の中に残ったようだった。

 大方の事情を聞きだすには泰明が適任で間違いない。

 けれど、細かな事情の説明や、人々の気持ちを落ち着かせるという役目なら鷹通と永泉が適任だった。

 動揺する村人達に鷹通が自分達が派遣された経緯を詳しく説明し、怯える者には永泉が優しく仏の教えを説いて聞かせる。

 そして泰明はやがて来る日没に向けて作戦を練り、結界を張り、準備を整える。

 八葉達は暗黙の内に己の役割を自覚し、行動を開始していた。

 友雅とイノリは戦闘要員を自任しているいるから英気を養っておくつもりだろう。

 そして頼久はといえば、あかねのそばにぴたりと張り付き、一時もあかねから目を離すことはない。

 そう、彼の役目は何よりもまず、大切な神子であり、彼らの主ともいうべきあかねを守ることなのだった。




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管理人のひとりごと

というわけで第三話です。
村が悲惨な状態になってますが、泰明さんは冷静です!
この人はあかねちゃんに何かない限りはだいたい冷静だろうと(’’)
やっと敵の話も聞けましたし、ここから八葉のみんなによる反撃開始です!
拍手御礼で予告編を見た方はここから色々あるんでしょうとお分かりと思います。
はい、色々あります(’’)
でもまぁ、皆さんの予想の範囲だと思いますが←ダメじゃん
管理人が大好き、頼久さんの戦闘シーンも入りますので、これからもまたーりおつきあい頂ければ幸いですm(_ _)m








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