夢見る心
 頼久はテーブルの上に並んでいるご馳走の数々を眺めて苦笑した。

 それは全てあかねとあかねの母が作ってくれたもので、昨日、あかねが届けてくれたのだ。

 何故かといえば、受験生のあかねは年末年始も勉強をしなくてはならないから、頼久の側で年越しをするわけにはいかないからだ。

 だからといって一人暮らしの頼久に不自由させてはいけないと、あかねとあかねの母が気を遣ってくれた結果がこの料理の数々だった。

 喜んで受け取りはしたものの、大晦日の夜にこうして料理だけが盛大に並ぶ食卓はどこか寂しくて…

 頼久は自分一人ではとうてい食べ切れない料理の数々を前に苦笑していたというわけだ。

 料理はもちろん嬉しい。

 それがあかねの手作りとなれば嬉しいには違いないのだが…

 それよりも一瞬でもあかねと共にいたいと思ってしまう自分の心のあさましさに頼久は一人溜め息をついた。

 こうして手料理を食べさせてもらえるだけでも自分にとっては幸運なこと。

 京にいた頃のことを思えば奇跡のような幸せのはずなのに、今ではそれ以上を望むことがいつものことになってしまった。

 こんなことではいけないと頼久は自分を戒めながら箸を手にした。

 あかねが心をこめて作ってくれた料理なのだから、どれも味わって感謝しながら食べなくては。

 心の中でそう誓って、頼久は料理のうちの一つに箸を伸ばした。

 見た目も美しく作られた料理は頼久好みの味付けがされていて、どれもおいしい。

 おいしいはずなのだが…

 やはりどこか味気ないと思ってしまう。

 ここにあかねがいてくれたならそれだけで何倍もおいしく感じるだろうに…

 どうしてもそんなことを考えてしまって、頼久は溜め息をついた。

 こんなに女々しい男と愛しい恋人が知ったら軽蔑されてしまうのではないかとさえ思う。

 それでもどうしても手料理を口にしているとあかねのことを想ってしまって…

 これはもう酒でも飲んで紛らわすしかないかと頼久が腰を上げたその時、人の気配を感じて頼久は駆け出した。

 それは間違いなく今まで恋焦がれていた恋人の気配。

 万が一、自分が焦がれすぎて感じた幻の気配だったとしても放っておくことなんてできはしない。

 頼久は慌てて玄関の扉を開けて、そこに立っているあかねの姿を見て目を見開いた。

 あかねはコートこそはおっているものの、慌てて出かけてきた様子で、その大きな目には間違いなく涙が浮かんでいた。

「神子、殿…。」

「頼久さん…。」

 見たこともないようなあかねの様子に驚きながらも、頼久は寒さからあかねを守らねばとその体を中へと引き入れると扉を閉じた。

 外はもう真っ暗で、外の寒さはかなり厳しくなっている。

「お一人ですか?」

「はい…。」

「その……。」

「ごめんなさい……。」

 急に謝りだしたあかねはその目からぽろぽろと涙をこぼし始めた。

 慌てたのは頼久だ。

「神子殿…。」

「今年は家で勉強してようって思ってたんです……思ってたんですけど……どうしても、新しい年を頼久さんと迎えられないのが寂しくて、それで……来ちゃいました…ごめんなさい…。」

「そのようなこと、お謝り頂く必要はございません。ただ、こんな時間にお一人では危険です。メールの一本も頂ければお迎えに上がりますので。」

「そんな迷惑かけられないですよ!今日は来ない約束だったし…。」

 約束を破って訪ねてきたことを申し訳なく思っているらしいあかねが涙を流し続けるのを止めるような言葉が見つからなくて…

 頼久は小さく溜め息をつくと、あかねの体を抱きしめた。

「お会いできぬことを私も寂しく思っておりました。こうしてお会いできたことは至福ですが、夜道の一人歩きだけはおやめください。肝が冷えます。」

「頼久さんが怒ってるのはそこですか?」

「怒ってなどおりません。お願いしているだけです。」

「はい……あの……。」

「中へどうぞ。ここでは寒いですから。」

 腕の中ですぐに家へ送って行かれるのかと思っているのか不安げな目で見上げてくるあかねに笑顔を見せて、頼久はあかねをリビングへといざなった。

 本来ならここは年長の自分があかねをすぐにも送り届けるべき。

 そうはわかっていても、今の頼久にそれはとうてい不可能だった。

 会えないと思っていた愛しい人を手に入れた喜びをそう簡単に手放せるわけがない。

「神子殿、ご両親には…。」

「あ、それはちゃんと許可もらってきました……あの……。」

「はい?」

「頼久さん、それ……。」

 やっと涙を止めて落ち着いたあかねの視線を追って、頼久が目をむけたそこには自分の右手があった。

 そしてその右手はというと…

「ああ、これは、夕飯を頂いているところでしたので。」

 食事の最中にあかねの気配を感じて飛び出した頼久は、自分の右手が箸を握ったままだったことに気づいて苦笑した。

 あまりに慌てて駆け出した上に、あかねの尋常ならざる様子に驚いてすっかり食事中だったことを忘れていたようだ。

「ごめんなさい!お食事の邪魔しちゃったんですね…。」

「いえ、一人でとる食事とは味気ないものと思っていたところです。神子殿にお作り頂いた料理でなければ夕飯はとらなかったかもしれません。」

「そ、そんなの駄目ですよ!体に悪いですからちゃんと食べてください!私、お茶いれますから!」

 急に元気になったあかねはコートを脱ぎ捨てると、あっという間にキッチンに立ってお湯を沸かし始めた。

 頼久もその顔に笑みを浮かべながらついさっきまで座っていた椅子に戻って食事を再開する。

 食べている料理は同じものなのに、今までよりもとてもおいしく感じて、自分の現金さに苦笑が漏れた。

「はい、お茶どうぞ。」

「有難うございます。神子殿もご一緒にいかがですか?」

「あ、私はたくさん食べてきちゃったから…でも、あの……もうちょっとだけここにいてもいいですか?その…一緒に除夜の鐘を聞くまででいいので…。」

 どうか断られませんように。

 そんな祈る気持ちで言葉を発したあかねの耳に、頼久は優しい声で優しい答えを届けた。

「それは私もお願いしようと思っていました。年が明けましたら御自宅までお送りしますので。」

「頼久さん…有難うございます!」

 さっきまでの不安そうな顔はどこへやら、一気にあかねの顔が明るく華やいだ。

 やっと見たかったあかねの顔が見られて、頼久の箸は順調にテーブルの上の料理を片付け始めた。

 何が起ころうと、どんな時であろうと、愛しい人が幸せそうに微笑んでくれるのならそれでいい。

「本当は初詣とかも行きたかったんですけど…。」

「人ごみに入って風邪など召されては大変です。」

「はい、お母さんにもそういわれて止められました。神頼みしておきたかったんですけど…。」

「それは、私が代わってして参りますので。」

「そんな!」

「いえ、行かせて下さい。私には受験のために努力なさる神子殿のためにそれくらいしかできることがありませんので。」

「そんなことないです!色々いっぱいしてもらってますよ!予備校までの送り迎えとか、勉強も見てもらってるし…。」

「それしきのことは当然です。それに、人ごみを分けて神頼みをするよりも、神子殿はお心の中でだけ龍神に祈られた方が効果があるかもしれません。」

「へ…。」

 久々に聞いた龍神という言葉にあかねはキョトンとしてしまった。

 確かに京であかねは龍神の神子ではあった。

 けれど、こっちの世界へ来てからもその龍神が存在しているのかというとそれは疑問がある。

 もうあかねは龍神が下りてくる時のあの鈴の音を聞くことはなかったから。

「こっちの世界じゃ無理ですよ、きっと。龍神様は今も京を守ってるんですから。」

「ですが、神子殿はこの世界から京へと降臨されたわけですし。」

「こ、降臨はしてないんですけど…。」

「こうして私も龍神のはからいでこちらにおりますので、まんざらでもないかと思うのですが…。」

「そう言われてみると確かに…じゃぁ、私は家で龍神に祈ることにしますね。」

「はい、そうなさってください。」

 そんな他愛ない話をして頼久と微笑を交わせば、いつもとは違って受験生という足かせがついて思い通りの生活ができないストレスもすっと溶けてなくなって…

 あかねはニコニコと幸せそうな笑みを浮かべながら、勢いよく料理を胃袋へと片付けていく頼久を見つめた。

 京にいた頃から頼久はよく食べる方だが、こうも勢いよく食べてくれると作り甲斐があるというものだ。

「すぐに食事は済ませますので、神子殿はテレビでも見てゆくりとくつろいでいてください。」

「いいんです。私はここで頼久さんがご飯食べてるところを見てるほうが幸せですから。」

「はぁ…。」

「見られるの嫌ですか?」

「いえ、そういうことではありませんが、神子殿が退屈なさっているのではないかと…。」

「退屈なんてことありません。頼久さんがおいしそうに食べてくれるから嬉しいなって思うし、次はどんな料理にしようかなとか、こうして頼久さんの側にいるだけで楽しいんです。」

「神子殿…承知致しました。では、食事が済みましたらすこしゆっくりして、除夜の鐘を聞いたらご自宅までお送りいたします。」

「はい、お願いします。」

 朝までは一緒にいられない。

 そのことが少しばかり寂しくはあったけれど、あかねはぐっと我慢して笑顔を作った。

 今年一年だけ。

 受験に合格して、来年こそは絶対頼久さんと一緒にお年越しをするんだ!

 あかねは笑顔の下で一人、そんなふうに気合を入れるのだった。





 ふわりと甘い梅香が薫った気がして、あかねはゆっくりと目を開けた。

 目に飛び込んできたのはまだ薄暗い自分の部屋。

 そしてすぐに感じたのは側にある人の気配だった。

 ここは間違いなく自分の部屋。

 そして昨日は除夜の鐘を聞きながら頼久に送られてきて、すぐに自分の部屋へ入って眠ったはず。

 なら、どうしてこの部屋に人の気配がするのだろう?

 まだはっきりとはしない意識のまま、あかねはゆっくり視線を気配のするほうへ向けた。

 すると…

「神子殿…起こしてしまいましたか。」

「……頼久さん?」

「はい、お早うございます。」

「お早うござい、ます?」

 寝ぼけ眼をこすりながらあかねが時計を見ると、時刻はまだ午前6時。

 あかねにとっては早朝といってもいい時間だ。

 こんな時間に恋人が自分の部屋にいるはずもなくて、あかねはごしごしと目をこすった。

 きっと恋しすぎて幻を見ているに違いないと思ったから。

「まだ早いですから、神子殿はもう少しお休みください。」

「……頼久さん?」

「はい。」

「本物?」

「本物のつもりですが。」

 そういって優しく微笑んだ頼久は、布団をあかねの肩の上まで引き上げてあかねのさらさらとした前髪を整えた。

「えっと、どうして…。」

「昨夜、神子殿をこちらの部屋までお送りした後でお父上に引き止められまして、共に酒を酌み交わしながら新年を祝っておりました。ご両親は先ほどお休みになられましたので、まだしばらくはお目覚めにならないでしょう。」

「まさか、ずっとお父さんに引き止められてたんですか?」

「嬉しいお誘いでしたのでお受けしたまでです。」

「もぅ、お父さん…。」

「ご両親がお休みになられたので帰ろうと思ったのですが……もう一度だけ神子殿のお姿を拝見したく、失礼ながら黙って入らせて頂きました。」

「それはいいですけど…寝顔はちょっと恥ずかしいです…。」

 顔を赤くして布団の中に沈んでいくあかねを見ながら頼久はただ黙って微笑んだ。

 ここで寝顔が愛らしかったので30分ほどじっと眺めていたなどと真実を語れば、あかねはもっと恥ずかしがってきっと拗ねるだろうから。

「では、私はこれで失礼します。神子殿のお姿も拝見できましたので。」

 そういって頼久がいつものように綺麗な身のこなしで立ち上がると、あかねは慌てて布団の端から手を出して頼久の服の袖を掴んだ。

「神子殿?」

「その…もうちょっとだけ……。」

「神子殿はもう少しお休みください。」

「…寂しくて眠れそうにないです……。」

 あかねの言葉に苦笑した頼久は、それでもなんと愛らしいことを言う方かと内心では感動しながら再び傍らに腰を下ろした。

「では、神子殿が再び眠りにつかれるまではここにおります。ですから、安心してお休みください。」

「でも、目が覚めたらいなくなってるんですよね…。」

「そうしなくては神子殿の代わりに初詣にいけませんので。」

「あ、そっか……。」

「今日は初詣に行き、明日はその報告にこちらへお邪魔致します。ですから、どうか今はゆっくりお休みください。」

「頼久さんだって徹夜してたのに、私、自分ばっかりわがまま言って駄目ですね…。」

「いえ、引き止めて頂けたのは正直、嬉しいと思いましたので。」

「いつだって引き止めたいんですけど……。」

 布団の中でもごもごといいながら顔を赤くするあかねの髪を頼久は優しく撫でて、それから布団を少しだけ引き下げてあかねの唇に優しく口づけを落とした。

「これで眠れますか?」

「……逆に眠れません…。」

「それは困りました。」

 そういいながらも、頼久に髪を優しく撫でられるとあかねのまぶたはだんだん重くなって…

 受験勉強の疲れも重なっていたからか、頼久の目の前であかねはいつの間にか愛らしい寝息をたて始めた。

 それを確認してそっと手を離して立ち上がろうとして…

 頼久は思い直したようにあかねの耳元に顔を寄せるとそっと小さな声で囁いた。

「あけましておめでとうございます。」

 あかねを起こしたりはしないように、けれど、新年最初の挨拶はどうしても愛しい人に一番に届けたいから。

 頼久はあかねが眠りながらも幸せそうな笑みを浮かべるのを確認してから立ち上がった。

 側を離れたくないのは頼久も一緒。

 後ろ髪引かれる思いはいつものことだ。

 それでもこの心優しい恋人を今はゆっくり休ませなければならない。

 そう決意もかたく頼久はあかねの部屋を後にした。

 初詣に行き、この世界の神にあかねの合格と健康と、そして幸せを祈ろう。

 その後は学業守りを買って明日はそれをあかねに渡そう。

 その他に自分ができることは何かないだろうか?

 そんなことを考えながら頼久は元宮家を後にした。

 しっかりと戸締りをしたのは、あかねのことを宜しくお願いしますと昨夜あかねの父から直々に家の合鍵を受け取ったから。

 両親二人で旅行に行っている時などはあかねの面倒を見てやって欲しいと頼まれて、一度は辞退した合鍵を頼久は握り締めた。

 こうして鍵を預けられた以上はいつでもあかねに会いに行ける。

 だが、その特権を与えられたのはあかねのためにならないことはしないと信頼されているからだ。

 その信頼を裏切らぬよう、あかねの幸せのために自分には何ができるのか。

 頼久はそんな想いでいっぱいになりながら新しい年の朝陽を浴びるのだった。








管理人のひとりごと

あかねちゃんとじゃなくあかねちゃんの両親とお年越ししちゃった頼久さんの図(’’)
まぁ、今回書きたかったのは新年一番に目覚めたあかねちゃんの目に飛び込んできた頼久さんでした。
それが書けたので管理人は満足(^−^)
受験生は何かと色々忙しいし、精神的にもけっこう追い詰められている感じがあるので甘い話になりません…
早く受験終わらんかな(’’)←終わらせろよ
新婚さんでお年越しとかいつか書けたらいいなぁ(っдT)←まだまだ遠い








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