嫁入り道具
 大きな荷物をひょいっと持ち上げて、頼久はそれを自分の家の中へと運び込む。

 車には荷物が満載で、天真や詩紋も頼久を手伝って荷物を運び始めた。

 重いものはだいたい頼久と天真で運び、小さなものを詩紋が運ぶ。

 家の中ではあかねと蘭が運び込まれた箱を次々と開けていた。

「うわぁ、すごーい、かわいいね。」

「あ、ちょっと手が曲がっちゃってる。」

「あ、あかねちゃん、それ温めてから直した方がいいよ、無理すると折れちゃうから。」

 あかねと蘭は楽しそうに箱から色々なものを取り出していた。

 次々と箱から取り出されていたのは…

「いいなぁ、七段飾りなんて。」

「うん、いいんだけど、うち狭くって飾る場所が…。」

「いいじゃない、この家にはあるわけだし。どうせこれからずっとこの家に飾られるんだし。」

「ちょっ、蘭!」

「だって、ここに運び込んじゃうっていうことはそういうことでしょう?」

「そ、それは…そう、なんだけど…。」

 真っ赤になるあかねの前に並べられているのは雛人形だ。

 あかねの家に毎年飾られていた七段飾りの雛人形は、今年、頼久の家のリビングの一画に飾られることになったのだった。

「神子殿、これで全部ですが、先に骨組みを組み立ててしまいましょうか?」

「あ、そうですね、お願いします。」

「御意。」

 一番大きな箱を軽々と担いできた頼久がその箱を開けてスチール製の骨組みを組み立て始める。

 それを溜め息をついた天真が手伝った。

「お前さ。」

「ん?」

「その『御意』っていうのそろそろよ…。」

「ん?」

「いや…もういいわ…。」

 神子殿だの御意だのという言葉はそろそろ卒業してもらいたい真の友天真なのだが、当の本人もあかねもなんの抵抗もなくすんなりそのまま生活しているものだからあまり強くはいえない。

 頼久は小首を傾げながら骨組み組み立てを始め、天真は深い溜め息と共にそれを手伝った。

「あ、ボクも…。」

「お前はいい、けっこう力いるしな。なんか昼飯でも作ってくれ。」

「あ、うん、もうお昼なんだね。頼久さんお台所借りてもいいですか?」

「うむ。」

「有難うございます。」

 律儀に一礼して詩紋は台所へ。

 これで全員の仕事分担が決定した。

 頼久と天真が骨組み作り、女性二人が人形の手入れで、詩紋が昼食の準備だ。

 女性二人はキャッキャとはしゃぎながら次々に人形を箱から取り出してはきれいに整えていく。

 台所からは詩紋の鼻歌が聞こえてきた。

「なんだかなぁ…。」

「どうした?」

「こういうことは基本的にはお前ら二人でやればいいだろ?荷物が多いったって俺達を呼び出すこともねーんじゃねぇか?」

 そう、荷物が多いとはいっても頼久一人で運べないような荷物は一つもない。

 人形はあかねが並べればすむ話だし、骨組みの組み立てだって頼久一人で十分にできるはずなのだ。

 それなのに、何故か今回は天真達3人もあかねに呼び出された。

 呼び出されてもあてられるだけの天真としてはもう一人にしておいてくれと思うこともある。

 頼久はそんな友の胸中を知ってか知らずか、苦笑を浮かべた。

「神子殿がな、どうしても皆で飾りたいと。」

「……お前、二人きりになりたくないようななんかしたんじゃねーだろうな?」

「…お前はいったいどういう想像をしたのだ?」

「いや…だってよ、普通二人きりでいる時間を増やしたいもんじゃねーか?」

「神子殿はそのようにご自分のことだけを考えてなどいらっしゃらないのだ。楽しいことはなるべく皆で、そう思っておいでなのだろう。」

 天真にしてみればおかげで見せ付けられるこっちの身にもなってくれと言いたいところなのだが、ここはぐっと言葉をのんで我慢する。

「それに…。」

「ん?」

「二人きりにはこれから先、いくらでもなれよう。だが、こうして皆で集まることができるのはここ数年の間だけだろうからな。」

「……。」

 確かに、皆高校を卒業して進路が分かれればこうして顔をあわせることも少なくなるのかもしれない…

 しれないが、それより先に天真には突っ込みたいことがあった。

「これから先はいくらでも二人きりになれるってのが大前提なのな。」

「今のところはな。」

 意外と気弱な返事が返ってきて天真は眉をひそめた。

「今のところはってお前な…。」

「人の心とはうつろうものだ。暗闇の中で死んでいくのだろうと思っていたこの私がこんなにも変わったのだ。人は変わる。」

「そりゃそうだけどよ…。」

「これから先もと望むのは当然のことだが、時が経てばわからぬ。」

「お前からそういう言葉を聞くことになるとはな。一生、あかねを守る役目を誰にも譲るつもりはないとかぬかしたんじゃなかったか?」

「私はそうだ。この想いが揺らぐことはない。」

「あ?」

「私は一生神子殿をお守りすると誓っているが、神子殿は違うだろう。」

「あぁ…そういうことかよ。」

「そういうことだ。」

 そう言って頼久は苦笑しながら緋毛氈を箱から取り出すと組みあがった骨組みにかけて、端を丁寧にとめ始めた。

「…これをここに飾ってこれからもこの家に置いておくってことは、あかねだって一生お前の側にいるって思ってるってことだろ。信じてやれよ。」

「いや…。」

 天真としてはあかねも一生頼久と共にいるつもりで雛人形をこの家に持ち込んだりしたのだと力説したかったのだが、頼久は一度作業する手を止めて苦笑した。

「これは、そうではないのだ。」

「何が。」

「神子殿がここに飾りたいとおっしゃったわけではない。」

「あん?」

「神子殿のご両親がな、どうせここに飾ることになるのだから今年から飾ってしまえばいいとおっしゃってな…。」

「……。」

 一瞬絶句した天真は、数秒息を止めて目を見開いてぱちぱちと瞬きをしてから深い溜め息をついた。

 確かに頼久はきちんとしているし礼儀正しく節度もあるが、それにしてもあかねの両親にそこまで言わせるとは…

 元武士、おそるべし。

「それ、あかねがお前と別れたがっても両親が許さなそうだな…。」

「そのようなことはないと思うが…。」

 そう言って苦笑しながら頼久は7段の土台を完成させた。

 シワ一つよっていない緋毛氈がとてもきれいだ。

「神子殿、こちらは完成しましたが。」

「あ、じゃぁ、飾りつけ始めますね。」

 あかねが背伸びをして上の段から飾り付けを始めるのを頼久が楽しそうに手伝う。

 そんな光景を森村兄妹は苦笑しながら見守った。

 あまり仲良く作業をされて手が出せなくなったのだ。

 右大臣はどっちだとか桜はどっちだとか、二人は楽しそうに会話しながら飾りを並べていく。

 天真と蘭は顔を見合わせて溜め息をついた。

 5人そろえばそれは楽しくもあるのだが、こうして二人の世界に入られるとどうにも居場所がなくなってしまう。

「ご飯できたから、そっちの飾りつけ終わったら食べようね。」

 台所から詩紋の声が聞こえると、天真と蘭はすぐに台所へと移動して料理を運ぶのを手伝った。

 雛人形の方は二人にまかせておいて大丈夫。

 いや、むしろ二人に任せたほうがよさそうだ。

 そそくさとやってきた天真と蘭を見て詩紋は全てを悟ったらしく、二人に気の毒そうな苦笑を浮かべて見せただけで何も言おうとはしなかった。

 結局、最後の飾りつけはあかねと頼久の二人が仕上げて、5人そろっての昼ごはんになった。

 なんだかんだ言いながらも5人そろっての昼食は賑やかで楽しくて…

 おいしく昼食を済ませた後は詩紋お手製のおいしいケーキを食べて、5人はきれいに飾り付けられた雛飾りを前に楽しい一時を過ごすのだった。





「やっぱりみんなが帰っちゃうとちょっと寂しいですね。」

 まだ日暮れには早いのに天真達3人はデザートを食べてしばらくするとそそくさと帰ってしまい、残ったあかねと頼久は並んでコタツに入りながら雛飾りを眺めていた。

 頼久にしてみれば二人きりでいるのもそれはそれで幸せなのだが、あかねはどうやら少しばかり寂しいらしい。

「あの、頼久さん。」

「はい、何か?」

「すみませんでした。」

「は?」

「あの…お父さんとお母さんが無理に押し付けて…。」

「それは…。」

「このお雛様。まだ私が大人になった時に頼久さんが私をお嫁さんにもらってくれるかどうかなんてわからないのに、お父さんもお母さんもまるで決まってることみたいに…お雛様まで押し付けて…。」

「いえ…。」

「邪魔じゃないですか?」

「邪魔だなどと、そのようなことは全く。」

「ならいいんですけど…困っちゃいますよね。」

「何が、でしょうか?」

「…もし、私が大人になった時、頼久さんが私をお嫁さんにしたくないなぁって思ったとして、こんな大きなもの置いておかれたら邪魔だし、うちに返すのも面倒だし…。」

「神子殿…そのようなことはお気になさらず。」

「でも…お父さんもお母さんもあんなに決め付けちゃって…。」

「私は一生神子殿をお守りすると誓っております。神子殿にいらぬと言われるまでお側でお守りさせて頂くつもりでおりますので。」

「い、いらないなんていいません!それにお守りって…京とは違うんですからそんな…守ってもらうとかそいうのは…それに私が大人になるのなんてもっと何年も後のことだしわからないじゃないですか…。」

「確かに人の心はうつろうものと思いますが、私のこの想いが揺らぐことはございません。私にはわかるのです。たとえ神子殿にいらぬと言われても、私はお側を離れ、遠くから神子殿をお慕いすることでしょう。」

「そ、そんな!」

「この身、この心、全てを神子殿にお救い頂きました。神子殿が今の私を生かして下さっているのです。そのような方への想いが揺らぐことなどあり得ません。」

「ま、また頼久さんはそういう恥ずかしいことを…。」

「恥ずかしい、でしょうか?」

 相変わらず自覚のない頼久はさらりと言うことを言って小首を傾げている。

 あかねはというと真っ赤な顔でほっと溜め息をついた。

「頼久さんの気持ちは嬉しいですけど、でもやっぱり人の心なんてどうなるかわからないし、お雛様をここへ持ち込むのはやめた方がよかったかも…。」

「…私はこの想いが変わることなどあり得ませんが…そうですね、神子殿のお気持ちが変わるやもしれませんから…。」

「それはないです!」

 頼久が次の言葉を継ぐ前にあかねは大きな声で胸をはって断言した。

 珍しいあかねの大声に頼久が目を丸くする。

「私は頼久さんのことが大好きなんです!だから一緒にこの世界にもきてもらっちゃったんです!もう、私が大人になるまで待ってもらったら頼久さんに嫌われちゃうかもしれないとか考えるくらいなら今すぐお嫁さんにしてもらいたいくらい大好きなんです!気持ちが変わるなんてことは絶対にありません!」

 胸をはってあかねはそう断言するとキョトンとしている頼久をきりりと見つめた。

 その顔は真剣そのものだ。

「その…なんと言いますか…有難うございます。」

「へ?……あ!…えっと…どういたしまして…。」

 戸惑いながらも嬉しそうな頼久を見て初めて自分が何を言ったのかに気づいたあかねは、急に顔を真っ赤にしてうつむいた。

 そんなところも愛らしくて頼久は思わず微笑を浮かべる。

「神子殿にそこまで言って頂けるとは、私は果報者です。」

「そ、そんなことは…。」

「神子殿のお心はよく承知致しました、ですから、私はここで神子殿をお待ちしておりますので、神子殿は気兼ねなく、学生生活をお楽しみ下さい。」

「頼久さん…はい、頑張って大人になって、胸を張って頼久さんにお嫁さんにしてくださいって言いますから!」

 胸をはって断言するあかねを頼久は幸せそうな笑みを浮かべて見つめた。

「そのかわり。」

「はい?」

「頼久さんはどんな人をお嫁さんにしたいか教えてください。私、頑張ってそういうふうになるように努力しますから!」

「はぁ…。」

 頼久にしてみればどんな女性が好きかと聞かれれば「神子殿のような方」なわけで、あかねに何をどう努力してもらう必要もないのだが。

 ここはあかねが何やらとても楽しそうに張り切っているのでそれは言わないでおくことにした。

「そういうふうに頑張ってればきっとあっという間だと思うんです、大人になるのなんて…。」

「神子殿…。」

 少し寂しそうに微笑むあかねの方を抱き寄せて、頼久は雛飾りを見つめた。

「やはりこれはここに持ち込んで頂いてよかったようです。」

「そう、ですか?」

「あの一番上の雛人形はどことなく京にいらっしゃった頃の神子殿に似ています。ここに飾っておけばいつも神子殿と共にいるような心持になれます。」

「に、似てるかなぁ…私あんなきれいじゃないですよ…。」

 照れてうつむくあかねを頼久が優しく抱きしめようとすると、あかねは何かに気づいたようにはっと顔を上げて真剣な眼差しで頼久の顔を見上げた。

 おかげで力を入れようとした頼久の腕が止まる。

「頼久さん!」

「はい。」

「忘れてましたけど、このお雛様、3日のうちにに片付けにきますからっ!絶対きますからっ!」

「はぁ…。」

「お雛様を片付けるのが遅れるとお嫁に行き遅れるっていわれてるんですっ!だから絶対3日に片付けますからっ!」

 力を込めて力説するあかねに、一瞬驚いてから頼久はふっと微笑んだ。

「承知致しました。」

 そう言って今度こそあかねをしっかり抱きしめる。

 3日に必ず片付けると言ってくれているのはおそらく自分との結婚が遅れるのが嫌だと思ってくれているから。

 そんな何気ない気遣いの一つ一つが嬉しくて、頼久はしばらくあかねを離すことができなかった。









管理人のひとりごと

ということで、お雛様企画でした♪
管理人の雛人形も七段飾りなんですが、いやぁ、大きいのなんのって(^^;
頼久さんは幸い一軒家にお住まいなので、飾る場所はたくさんありそうです♪
お雛様を片付けないと嫁入りが遅れるという言い伝えはけっこう有名ですね。
あかねちゃん相当気にしているようです(笑)
人の心は変わるもの、でもこの二人にはこのまま甘くいてもらいたいです(^^)






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