横恋慕
 天真の誕生日パーティをしたいとあかねに持ちかけられたのは3月の中ごろのことだった。

 もちろん頼久は快諾し、パーティ会場は当然頼久の家ということになった。

 森村家という選択もあったのだが、パーティの主役に後片付けの心配をさせるのもどうかということで結局、ここが会場になった。

 京では相棒として背中を預けた相手でもあり、今も真の友と思っている天真のためだ、頼久が否というわけがない。

 パーティというくらいだからあかねと蘭は朝から頼久の家のキッチンで料理にいそしんでいた。

 パーティ開始は11時から、昼食を食べながら騒ぐのだそうだ。

 手伝うと申し出ても邪魔になるからと蘭にキッチンから追い出され、恋人にも二人いるから大丈夫といわれては頼久に手出しなどできない。

 ということで、頼久は目下、リビングからキッチンで友人と楽しそうに料理をする愛しい人の後ろ姿をニコニコと眺めているというしだいだ。

 あかねは薄いピンクの可愛らしいエプロンをかけて張り切って料理をしている。

 料理の準備が整ったら詩紋に連絡し、天真をここへ連れてくる手はずになっていた。

『できたー!』

 女性二人が声をそろえてそういうと、テーブルの上にはおいしそうな料理が並んでいた。

「じゃ、私が詩紋君に連絡してお兄ちゃん連れてきてもらうね!」

「うん、お願い。」

 張り切って蘭がエプロンを外し、携帯でピコピコとメールを打ち始める。

 対してあかねはというと小皿を持って頼久の方へ歩み寄ってきた。

「頼久さん。」

「はい。」

「これ、味見してもらっていいですか?」

 小皿にはテーブルの上に並んでいる料理の何品かがのっている。

 頼久はにっこり微笑んであかねの手から小皿と箸を受け取った。

 神子殿の手料理を最初に食べる栄誉を与えられたのだから断るわけがない。

「頂きます。」

 小皿に乗っている料理を一つずつ口に入れてゆっくりと味わってみる。

 いつもより味が濃いのは天真の好みを考えてのことだろう。

 食べたことのない味があるのはおそらく蘭の意見を入れたためだ。

 頼久の舌にはどれもとてもおいしい。

「どうですか?」

「どれも大変美味かと。」

「よかったぁ。」

「あかねちゃん、何やってんの、頼久さんに味見させても無駄だって。」

「ちょっ、無駄って事は…。」

「頼久さんはあかねちゃんが作ったものならたとえ泥団子でもおいしいって言って食べる!間違いない!お兄ちゃんも保障する!」

「蘭!そんなことないですよね?」

 メールをうちおわった蘭に言われてあかねが困ったように頼久を見れば、頼久は何も言わずにニコニコと微笑むばかりだ。

「ひ、否定してくださいっ!」

「もちろん、神子殿の手作りの料理はどれも真実美味ですが、神子殿が食べろとおおせでしたらどのようなものでもおいしく頂く…。」

「頂いちゃだめです!」

「ほらね。」

 何やら自慢げな蘭と穏やかに微笑んだままの頼久とを見比べてあかねは深い溜め息をついた。

「あ、それから、あかねちゃんも頼久さんも、今日ばかりはいつもみたいにいちゃいちゃはなしね。いたたまれなくなるお兄ちゃんがかわいそうだから。」

「承知した。」

「しょ、承知しないで下さい!いつもだっていちゃいちゃなんかしてないじゃないですか!」

「してるしてる。自覚がある頼久さんのほうがまだましだよ、あかねちゃん。」

「してないってば!」

「まぁ、頼久さんのことが大好きで大好きでしょうがないあかねちゃんはつらいでしょうが、お兄ちゃんのためだと思って今日は我慢してね。」

「そ、そんなことっ…。」

 蘭のからかいにムキになったあかねだったが、言葉の途中ではっとして頼久を見た。

 すると頼久は捨てられた子犬のような目であかねを見上げており…

「え、えっと…。」

「そんなことはない、のでしょうか?」

 ここでそんなことはないと答えてしまうと、あかねは頼久のことが大好きで大好きでしょうがないわけではないということになってしまう。

 あかねはそのことに気づいて一瞬絶句して、次の瞬間顔を真っ赤にしてうつむいた。

「そんなこと…あります…。」

 真っ赤になってあかねがやっとそういうと、頼久はやっと嬉しそうに微笑んだ。

 その笑顔が本当に綺麗で思わずあかねが見惚れる。

「ハイハイ、それをいちゃついてるっていうからね、お兄ちゃんがきたら見せ付けないでやってね。」

「い、いちゃついてないっ!」

 こうして蘭とあかねがわいわいやっているうちにいつの間にか時間がたっていたようで、二人が気づいたときにはもうリビングの入り口に詩紋と天真が苦笑しながら立っていた。

「お前ら相変わらずだなぁ。」

「お兄ちゃん、早かったね!ほら、お兄ちゃんのためにおいしい料理をたーっくさん作っておいたからねっ!」

 今までのあかねとのじゃれあいはどこへやら、蘭は兄の姿を見つけるところりと態度を変えてすぐ台所へ戻った。

 最後の一準備があるからだ。

 慌ててあかねが蘭の後を追うと、リビングには男3人が残された。

「よっ、悪いな、なんか蘭が無理言ったんだろ。」

「いや、かまわん。どうせいつも一人でいるのだ。」

 そう言って天地の青龍は笑みを交わす。

「なんだか凄い盛大に準備してるみたいだね、あかねちゃん達。」

「神子殿も妹御も懸命に準備したのだ、今日は楽しんでいけ、天真。」

「おう。」

「こら〜、そこっ!男3人でむさくるしく淀んでないでこっちきて〜!始めるよっ!」

 蘭に呼ばれて苦笑しながら男性3人が席に着くとパーティは開始された。

 あかね手作りのバースディケーキにろうそくが立てられて、その炎を一気に天真が一息で吹き消すことからパーティは始まった。

 テーブルの上には5人でも食べきれないほどのたくさんの料理。

 今日ばかりは主役と蘭に断言されて上座に座った天真は苦笑しながらも楽しそうにしている妹に付き合うことに決めていた。

「さあっ!次はおにいちゃんの大好きなアクション映画鑑賞!」

 一通り食事が終わると、あかねが紅茶をいれ、蘭がフルーツを切って皿に盛り付けるとそれをリビングへ運んだ。

 あかねと蘭の二人で選んできたアクション映画のDVDをみんなで見るというのが次の企画だ。

 蘭は当然のように天真の隣に、そしてあかねはもちろんこれも当然のように頼久の隣に座ろうとしたのだが、何故か蘭に腕を引いて止められてしまった。

「へ?何?」

「今日はお兄ちゃんの誕生日だからね!あかねちゃんは反対側の隣に座ってよ。」

「へ?」

「お兄ちゃん、両手に花にしてあげる。」

「あぁ、なるほど。」

 とは言ってみたものの、あかねはちらりと頼久の様子をうかがった。

 頼久と天真は仲がいい友人でもあるから大丈夫とは思うけれど、誤解されたりするのは嫌だから。

 ところが、頼久はというと苦笑しながらあかねにゆっくりうなずいて見せた。

 これは、今日ばかりは蘭の言うことに従って天真と一緒に映画を観てもいい、ということらしい。

「…やめてくれ、後で俺が頼久に殺される…。」

「いや、今日くらいはかまわん、気にするな。」

「て、頼久さんが言ってるから。」

 まだ訝しげにしている天真の隣にあかねがちょこんと座ると反対側の隣に座っている蘭が満足げにうなずいた。

 その様子を頼久と詩紋が苦笑しながら見守っている。

 そんな状態でDVDの鑑賞は始まった。

 選んだのは普段から天真が好きなアクション映画だ。

 見始めると映画に集中して、いつの間にかあかねも隣にいるのが頼久ではなくて天真であることを忘れてしまうほどだった。

 頼久は詩紋と二人で3人の後ろに座って、時折様子をうかがっていた。

 年が近い3人はとても楽しそうに感想を話し合いながら映画を観ている。

 学校でもこんなふうにしているのだろうかと思うと、少しばかり頼久の胸になんともいえない寂寥感が漂った。

 いつもなら微笑みかけてくれる恋人も今は隣にいないのだ。

 だが、そんなことで落ち込んだりしていてはあかねに愛想をつかされてしまうと、頼久はなんとか映画が終わるまでに気持ちを入れ替えて、深呼吸をした。

「これいいっ!面白かった!ね!お兄ちゃん!」

「だな。続編できるといいな。こういうのなら頼久もそこそこおもしろいんじゃないのか?」

「…そう、でもないが…。」

 頼久はそう言って考え込んでしまった。

 普段、あかねと一緒に見る映画は恋愛映画か推理ものが多い。

 それをつまらないと思ったことはないが、さて、今の映画が面白かったかと言われると実はそうでもなかったのだ。

「お前、いっつもあかねに恋愛映画とか見せられてんだろ?」

「それはそれで面白いが…今の映画はどうも殺陣が気になってな…。」

「……そりゃお前、元本職だからな…。」

 映画の中でデザインされた戦闘など、本当に命のやり取りをしていた元武士にとっては作り物にしか見えないのだろう。

 そこはそれ、この現代日本には元本職の武士などいないのだから差し引いて見てもらいたい。

 と、天真は思うのだが、頼久がそんな器用なことのできる人間ではないということもよく知っている。

 結局、天真はただ苦笑するしかなかった。

「あかねちゃんは?おもしろかったよね?」

「うん。今まであんまり興味なかったから見たことなかったけど、おもしろかったね。」

「じゃ、また一緒にこういうの見よう!ってことで、さ、次!おいしいお菓子を食べながらゲーム大会!」

 普段だとこの辺で天真、蘭、詩紋の3人はあかねと頼久を二人きりにしてやるべく退散するのだが、今日ばかりは天真の誕生日パーティだ、どうやら暗くなるまで騒ぐつもりらしい。

 しかも蘭は何やらとても楽しそうでハイテンションだ。

 今度は蘭が焼いたクッキーが出されて、あかねが紅茶をいれなおすとボードゲーム大会が始まった。

 二人ずつ組になってやろうという蘭の提案で、天真とあかね、詩紋と蘭がペアになってゲームが始まった。

 5人だとどうしても一人余るので頼久がこういうのはあまり得意ではないからといって自分から観戦を申し出た結果だった。

 頼久がこの手のゲームが苦手なのは本当の話だ。

 もともと大人数でわいわいと騒ぐのが得意ではない。

 だが、ゲームをして声をあげて騒ぐ4人を眺めているのは悪い気分ではなかった。

 まだ幼さを残した4人はとても楽しそうだ。

 つられて頼久の顔にも笑みが浮かんだ。

 そうしているうちにあっという間に時間は過ぎて…

「うわぁ、すっかり暗くなってきた。」

「楽しいとあっという間だね。」

 蘭と詩紋がそう言って窓の外を眺めると、外はもうすっかり暗くなっていて、空には月が浮かんでいる。

「あんまり遅くなっちゃいけないから、あかねちゃん、片付け始めよう。」

「うん。」

 今日ばかりは全員そろっているので片付けも全員で始めた。

 もちろん、主役だという理由で天真は何もさせてもらえなかったのだが。

 4人で片付ければ片付けもあっという間だ。

 全て終わってほっと一息ついたのを見計らって、今まで座っていた天真が立ち上がった。

「さ、帰るぞ。頼久、サンキュな。」

「うむ。」

「ほら、詩紋、蘭、行くぞ。」

「ああ、今日はあかねちゃんも一緒に帰ろうよ。もう遅いし。みんなで帰れば頼久さんに送ってもらわなくても大丈夫でしょ?」

「え、あ、うん…。」

「ほら、用意して!」

 あかねが戸惑っている間に蘭はあかねの荷物をすっかりまとめてしまって、あかねは抵抗する間もなく玄関に立った。

 あとはもう帰るだけだ。

「よしっと、じゃ、帰ろう。」

「おう、じゃ、またな、頼久。」

「お邪魔しました。」

「あ、えっと、後でメールします。」

 蘭、天真、詩紋、あかねは口々にそう言うと、頼久の家を後にした。

 あかねは後ろ髪引かれる思いで夜道を歩き出す。

「お前らも、サンキュな。」

「お兄ちゃんのためだからね、これくらいはしかたない、毎年やってあげる。ね、あかねちゃん。」

「へ、あ、うん。」

「悪かったな、あかね。二人の邪魔して。」

「そんなことないよっ!全然大丈夫!」

 そういう言葉の勢いがもう普通ではなくて、大丈夫ではなかったんだなと3人は心の中で苦笑した。

「あ、そうだ、お兄ちゃん、あかねちゃん家まで送ってあげて、私と詩紋君はちょっと寄ってくところがあるの。」

「え、ボク…。」

「さっ、行こう!」

 あまりにも不自然に、そして突然に蘭は詩紋の手を引いて駆け出した。

 詩紋は驚いている間に走らされて、あかねと天真に別れの挨拶をする間もなく…

「うわぁ、蘭、あんなに急いで…。」

「あいつはなんだかんだでいつもバタバタしてんだ、放っておけ。さ、行くぞ。」

「あ、うん、ごめんね、送ってもらっちゃって。」

「なぁに言ってんだよ、俺のために色々やってくれたんだろ?俺が礼を言う方だ。それに、最後まで頼久からお前取り上げたしな、明日酒でももってかねーと。」

「頼久さんはそんなに気にしてないよ、大丈夫だよ。」

 いや、大丈夫じゃねー、と心の中でつぶやいて天真は苦笑する。

「お前さ…。」

「何?」

「なんかつらいこととかあったらちゃんと俺に相談しろよな。」

「へ?」

「お前は頼久と年が離れてることとか、実はけっこう気にしてんだろ。それはあいつも同じだしな。俺が間に入ってやるから、お前は無理すんなよ。」

「天真君…うん、有難う。無理はしてないよ。頑張らないとなとは思うけど。私より頼久さん気にしてあげて。こっちじゃ天真君が一番親しい友達だろうし。」

「おう、任せとけ。」

「うん。」

 二人は並んでゆっくり歩いてあかねの家の前で別れた。

 あかねは去っていく天真の後ろ姿を微笑を浮かべて見送った。

 どんな時もこんなふうに自分達のことを心配してくれる友達がいるというのはとても幸せなことだ。

 そう実感しながら。





 あかね達を見送って、頼久は一人ソファに座って溜め息をついた。

 いつもなら天真達が気を使ってくれていくらかでもあかねと二人きりになる時間をもてるのだが、今日ばかりはそうはいかなかった。

 あかねは天真達と楽しそうだったが、頼久はというとやはり年が離れているせいか一緒になってさわぐというわけにもいかなかった。

 そのせいかはわからないが、誰もいない家に一人きりになるとあかねのことばかり考えてしまう。

 その脳裏にちらつくのはあかねの笑顔ばかりだ。

 会えないとなると会いたさはつのるばかりで…

 別れ際、メールしますと言ったあかねの言葉を信じて、頼久はさきほどからずと携帯を握り締めていた。

 おやすみなさいの一言でもいい。

 あかねの紡ぐ言葉でいいから目にしたかった。

 普段、年が上だということ、あかねはまだ学生で自分は大人なのだということ、あかねにこそ色々と迷惑をかけているだろうこと、それら全てを気にして頼久はあまりあかねに負担をかけないよう、細心の注意を払っているつもりだ。

 だが、本心を言えば、今すぐあかねを妻にして今すぐこの家で片時も離れずに共に暮らしてほしい。

 そんなことを言えばあかねが困るとわかっているから口に出すようなことはしないが、頼久があかねを求める気持ちは切実だった。

 あかねは自分に余裕があると言ってくれるが、そんな余裕などありはしない。

 ただ、あかねに愛想を尽かされまいと必死なだけだ。

 そんなふうに普段は必死に押さえている気持ちが、今日のように目の前にいるあかねと満足に会話もできないとなるとどうにも押さえられなくなってしまうらしい。

 これではいかんと思いながらもどうしようもなくて、頼久はただただ手にした携帯を見つめていた。

 それだけがあかねと自分をつないでくれるもののような気がして。

 そうしてたたずんで、どれくらいの時間がたったか、急に携帯が着信音を鳴らした。

 それは間違いなくあかねから電話がかかってきたことを知らせるメロディだった。

 メールが来ると思い込んでいた頼久は、慌てて携帯を耳に当てた。

「神子殿、ですか?」

『あ、はい。えっと、メールにしようかと思ったんですけど…その…今日はあまりお話できなかったし、頼久さんとお話したいなと思って…今ちょっとだけ、大丈夫ですか?』

 メールだけでもと思っていたところにあかねの綺麗な声を聞くことができて、頼久は口元を笑みで緩めた。

 大丈夫も何も、ちょっとといわずいつまででもその声を聞いていたい頼久だ。

「私も神子殿のお声を聞きたいと思っていたところです。」

『よかったぁ。』

 嬉しそうにそういったあかねは、今日一日とても楽しかったけれど少し寂しかったことや帰りはちゃんと天真が送ってくれたことなどを楽しそうに話し始めた。

 頼久はそんなあかねの声をうっとりと目を細めて聞き続けた。

 世が更けすぎる前に切らなくてはと思いながらもついもう少しだけとあかねの声を聞き続けてしまう頼久だった。









管理人のひとりごと

お待たせしました(><)
天真君お誕生日記念でございますm(_ _)m
あんまり天真君はいいめ見てませんが(汗)
そのかわり、かなりかっこよく書けたような気がします(’’)
最後は結局、あかねちゃんと二人でし合わせそうですね、頼久さん…
以前頂いた拍手コメントから発想して書いてみました、いかがでしょうか(^^)
コメント下さった方、有難うございましたm(_ _)m
何はともあれ天真君、お誕生日おめでとうです(^^)






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