山歩き
 あかねは頼久を伴って山道を歩いていた。

 山道といってもそんなに険しいわけではない。

 本当は草がたくさん生えている方が良いから険しいところへ行きたかったのだけれど、そのあかねの望みはそんな危険なところへお連れするわけにはいきませんとかたくなに言い張る頼久によって阻止されてしまった。

 それでも山へ入ることだけは譲れなくて、あかねは頼久が渋々承知した近くの山へ入ったのだ。

 獣道を二人でゆっくり歩く。

 あかねは辺りをきょろきょろと見回しながら手元にあるメモと草花を見比べていた。

「ないなぁ。」

「神子殿、先程から何かお探しなのですか?」

「あぁ、はい、薬草を。」

「薬草、でございますか?」

「はい。」

 頼久の質問に答えるあかねは心ここにあらずといった感じだ。

 どうやら薬草を探すのに必至らしい。

「えっと、これが桔梗?違うかなぁ……これは大黄っぽいんだけど…なんか違う気がする……。」

 さきほどからずっとこんな調子だ。

「神子殿、こちらが桔梗です。今は花が咲いていないのでわかりにくいかと。」

「あぁ、やっぱりさっきの違うんだ……。」

 がっくりとうなだれるあかね。

「こちらが地黄で、こちらが大黄ですね。」

「人参とか胡麻とかなら私でもわかるかなと思ったのに、全然ダメ……やっぱり頼久さんは詳しいですよね。」

「それはまぁ、傷を負うこともありますし、遠出した際に病にかかった者が出ることもございますので。」

「そうですよね…じゃぁ、今度はこれをお手本に…。」

 あかねは一瞬落ち込んだように見えたが、すぐに今頼久から手渡された草をじっと見つめて辺りに同じ草が生えていないか探し始めた。

 獣道を外れて兵器で深い草むらに入っていくあかね。

 それを心配そうに見守りながら一歩後ろを頼久がついていく。

 これも違うあれも違うとあかねは手にとっては草を辺りに捨てていく。

 中には正解もあるのだが、指摘していいのか悪いのかわからずに頼久は困ったような顔でついて歩くだけだ。

「きゃっ。」

 あかねが小さく悲鳴をあげたのは薬草探しに夢中になっているところで頼久に急に腕をつかまれたからだった。

 一瞬驚きはしたものの、自分の腕をつかんだ主を確認してあかねはほっと安堵の溜め息をついた。

「びっくりしたぁ。」

「も、申し訳ありません。その、そちらはあまり先へ行くと崖になっておりますので…。」

「えっ!ご、ごめんなさい、全然気付かなくて…。」

「少々お戻り頂けますか?」

「あ、はい。有難うございます。」

 頼久にいざなわれて一度獣道へ戻ったあかねは、まだまだあきらめないとばかりに薬草探しを再開する。

 次々に草を手にとってはお手本やメモと見比べて溜め息をつくのを繰り返す。

 時に獣道を外れて深い草むらに足を踏み入れたり、少し険しい坂になっているところを登ってみたり、頼久がハラハラするようなことをあかねは平気でやってのける。

 それが延々と数刻続き、陽も傾いてきた頃になってようやく頼久はあかねを止めることにした。

 それまではあかねが余り熱心なので止めるのもどうかと思っていた頼久だったが、さすがに陽が傾いてきたとなると安全のためにもあかねに風邪をひかせぬためにもこれ以上続けることは避けるべきだと判断したのだ。

「神子殿、そろそろお帰り頂けませんか?」

「えっと、もう少し……。」

「ですが、もう陽も暮れます。陽が暮れれば不穏な輩が神子殿のお命を狙うやもしれませんので。」

「……はい…。」

 すっかりうなだれながらも頼久の言っていることが正しいとわかるだけに、あかねはようやく帰路につくことを承知した。

 あかねの手には少しばかりの薬草が握られている。

 どうやらその量が気に入らないらしく、あかねはうつむいたままとぼとぼと歩き続けていた。

 そんなあかねの様子が気になって頼久は髪の先からつま先までじっとあかねの様子を見回した。

 すると…

「み、神子殿!お待ちください!」

「は、はい?」

 どんな危険を頼久が発見したのかと慌ててあかねが立ち止まると、頼久は急にあかねの前に片膝ついてかがみこみ、あかねの膝を凝視した。

「よ、頼久さん?」

「草で切れたのですね、傷から血が出ておいでです。」

 言うが早いか頼久は懐から小さな入れ物を取り出すと中身をあかねの膝の傷に塗り、同じく懐から取り出した布で傷の辺りを軽く縛った。

「頼久さん、今塗ったの、なんですか?」

「胡麻からとった油です。」

「ゴマ油?!」

「はぁ、そうですが、神子殿の世界にもあったのですか?」

「あ、ありました、お料理作る時に使います……マーボー豆腐とかおいしくなります……。」

「まーぼ?」

「マーボー豆腐、って、それは別にわからなくていいです。私のいた世界ではゴマ油ってお料理に使う物だったんです。」

「そうでしたか。私は料理のことは良く存じませんが、これは傷に塗ると治りが早くなると幼い頃に教わりました。」

「へー、そんな効用があったんだ、ゴマ油って……。」

「さぁ、これで大丈夫……神子殿…。」

「はい?」

 ゴマ油に感心することしきりだったあかねは頼久の顔が見る見るうちに青くなっていくのを見て目を丸くした。

 膝の次に頼久が目にしたのはあかねの手だ。

 頼久はあかねの手を見て、一瞬で顔色を真っ青に変化させた。

 慌ててあかねが自分の両手を見てみると、次々に草を触ったせいか、手にも小さな切り傷がたくさんある。

 どうやらそれが頼久に見つかってしまったらしい。

 一瞬かたまっていた頼久は慌ててさきほどのゴマ油を取り出すとそれをあかねの手に塗ろうと手をのばした。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

「は?」

「それ、塗るんですか?私の両手に。」

「はい。」

「それはちょっと…。」

「いけませんか?」

「ぬるぬるして気持ち悪いかなぁと…思うんですけど……。」

「しかし、お怪我をなさっている御手をそのままにしておくわけには…。」

「お怪我って…怪我って言うほどの怪我じゃないですし、このままでも全然平気…。」

「何をおっしゃいますっ!そのまま放っておいてはどのような病を呼び込むやも知れません!」

 ここはいくら主の命令でも一歩も引かぬとばかりに頼久は有無を言わさずあかねの手にゴマ油を塗ってしまった。

 両手をすっかり香ばしい薫りまみれにされたあかねはというと、どうやらほっと安堵しているらしい頼久を見て苦笑した。

「申し訳、ありません……お叱りはいくらでも…。」

「お叱りってっ!叱ったりなんかしません!頼久さんが私のことを思ってくれてるのはわかってますからっ!」

「ですが、神子殿に不愉快な思いをおさせしたことに変わりはなく……歩くのにおみ足が痛むようでしたら、僭越ながら私がお抱きして…。」

「だ、大丈夫ですっ!不愉快でもないですし、痛くもありません!」

 赤くなって慌てたあかねはこれ以上何か見つけて手当てされてはたまらないと、先に立って歩き出した。

 慌てて頼久がその後を追う。

 山道だから辺りに人影は全くなくて、こうなると二人きりでいることがなんだかとても恥ずかしくて、自然とあかねは顔を赤くしたままうつむいて歩くことになってしまった。

「神子殿。」

 心配そうな声が隣から聞こえても、あかねは赤くなっているのが恥ずかしくて顔を上げられない。

「なんですか?」

「その…夕陽がとても綺麗です。」

「はい?」

 少しだけやわらかくなった頼久の声に反応してあかねが顔を上げると、山の向こうに沈んでいく夕陽が綺麗に赤く染まっていた。

 その赤い夕陽に照らされた頼久は、優しげな視線であかねを見守っていて…

 あかねはなんだか嬉しくなってふわりと微笑を浮かべた。

「ほんと、綺麗ですね。」

「はい。」

「京が平和になって、こんなふうに二人で夕陽を眺める日がくるなんてなんだか不思議。」

「怨霊と戦っていた頃は戦いに夢中でこのように夕陽を愛でることなど忘れておりました。ですが、私が今、こうして穏やかな心持で夕陽を眺めることができるのは皆、神子殿のおかげです。神子殿がいらっしゃらなければ、私は戦いが終わった後もまだすさんだ心持でいたでしょうから…。」

「頼久さん…。」

 まぶしそうに、夕陽ではなくその向こうにある何かを見つめようとしているかのような遠い瞳で赤く染まる空を見つめる頼久に、あかねはかける言葉が見つからなかった。

 あかねはそっと頼久のすぐ隣に身を寄せると並んで暮れ行く空を見つめた。

 そうしていれば頼久が今見ているものと寸分違わぬ同じ物を見ることができるかのように。

 しばらくして、頼久はどこか心細げにしているあかねに優しく微笑んで見せると、あかねの手をとって歩き出した。

 夕陽がもうほとんど沈んで足下が見えにくくなってきたというので、手をつながなくてもとてれるあかねの手を頼久は離してくれなかった。

 心細げにしているあかねを一人にはしておけなくて。

 頼久はしっかりとあかねの小さな手を包み込むように握ると、あかねに歩調をあわせてゆっくりと歩きながら話題を探した。

 女性と話すのは苦手だが、心細げなあかねには今、会話が必要な気がしたから。

「そういえば、神子殿、何故急に薬草を探そうなどとお考えになったのですか?」

「それはその……私の元いた世界って病院っていうところがあって、そこにお医者さん……えっと…ここだと祈祷をしてくれるお坊さん?みたいな専門の人がたくさんいてくれて、怪我でも病気でもこの世界よりずっと手際よく治してくれるんです。でも、ここだとそうはいかないから…。」

「はぁ…。」

「頼久さんは武士だから、藤姫ちゃんのお父さんを警護したり、盗賊と戦ったりしなくちゃいけなくて、いつ怪我するかわからないじゃないですか?この前も怪我してたし…だから、せめてお薬くらい用意しておきたいなぁって思ったんですけど……全然ダメですね……。」

「ダメだなどということはございません!私のような者にそこまでお心を砕いて頂き、この頼久、身に余る光栄でございます。」

「よ、頼久さん!そういうのなしですってばっ!」

「はぁ…。」

「私、許婚っぽいこと何もできないから、せめてそれくらいはって思ったんですけど、結局、頼久さんの方が詳しいし…全然役に立てない……。」

「役に立てないなどとっ!そのようなことはございませんっ!」

 頼久のあまりの大声にあかねは驚いて歩みを止めた。

「神子殿が私に与えて下さった物がどれだけ私にとって救いとなったことか、神子殿がこの京に残って下さったことがどれほど私の幸福となったことか。」

「そ、それほどのものでも……。」

 相変わらずの頼久の恥ずかしい言葉の数々にあかねはまた真っ赤になってうつむいた。

「神子殿はもう十分に私に幸福な時間を与えて下さっておいでなのです。役に立たないなどとおっしゃらないで下さい。」

 そう言うと頼久は恥ずかしさで溶けそうになっているあかねをすっと横抱きに抱き上げた。

「ちょっ、頼久さん?」

「私は言葉にするのが苦手ですので、どれほど私が神子殿のおかげで今幸福に過ごしているのかをこうしてお知らせしたいのです。」

「いえ、こうしてっていうのはちょっと…恥ずかしいと言うか……。」

「暗くもなってまいりましたので。」

 そう言って譲らない頼久はとても幸せそうな笑みを浮かべている。

 あかねは薄暗い夕暮れの道を真っ赤な顔で頼久に抱かれたまま、少しだけ甘えたように頭を頼久の胸にもたれかけて帰路につくのだった。







管理人のひとりごと

あかねちゃんもなんとか頼久さんのために何かできないかと日々努力しております(^^)
現代ならあかねちゃんがリードな感じがしますが、京じゃやっぱり慣れてないから大変です。
そんなあかねちゃんだからこそ、頼久さんもきっと暖かく見守ってくれるはず。
薬草の知識は一応「正倉院薬物の世界」という書籍を参考にさせて頂きました。
この書籍に載っているのは正確には奈良時代辺りの薬草でしたが、まぁ、奈良時代に使ってたものは平安でも使ってるだろうし、現代でも使われている漢方なんかがほとんどでしたので、平安の薬と違うという突っ込みはお許しを(^^;)
人間は昔から自然の恵みに助けられていたんですね(^^)



プラウザを閉じてお戻りください