約束
 何故か本人よりも両親の方が浮かれている。

 そんな前日を苦笑しながら過ごしたあかねは当日、いつもよりも少しだけおしゃれをして恋人の家を訪ねた。

 何故かといえば、それは本日があかねの二十歳になる誕生日だったからだ。

 あかねの恋人である頼久はもう何カ月も前からこの日を空けておいてほしいと予約を入れていた。

 もちろん、記念の日を一緒に過ごせるのは嬉しいことで、あかねはそれを承諾してある。

 ということで、本日は二人で楽しく誕生日パーティをすることになっていた。

 あかねはきっと夕方から二人でディナーと思っていたのだけれど、想像していたのとは違って午前中から大掛かりなパーティになった。

 というのも頼久が天真や蘭、詩紋まで呼んであって詩紋の作ったおいしい料理とケーキを囲んでの大宴会になったからだ。

 二人きりの方がよかっただろうにと天真には言われたけれど、あかねにとってはこれも嬉しい誕生日に違いはなかった。

 もちろん、頼久と二人きりというのも楽しかったに違いない。

 けれど、みんなでこうして楽しく過ごす記念の誕生日もあかねにとっては嬉しい一日だった。

 陽が暮れる頃には天真が気をきかせて残る蘭と詩紋を連れて帰ってしまった。

 3人が帰ってしまうと家の中は急にしんと静まり返ったような気がした。

 急に二人きりになるとどうしても緊張してしまうのは今も変わらなくて、あかねは慌ててキッチンに立つと二人分のお茶をいれ始めた。

 いつもなら誕生日に働かせることはできないと言い張りそうな頼久はというと、笑顔で送り出してくれて、頼久本人は仕事があるのか一度書斎へと姿を消した。

 お湯を沸かしながらあかねはほっと溜め息をついた。

 こんなに緊張するのは絶対に両親のせいだ。

 昨日から両親は誕生日を迎える本人よりずっとそわそわしていて落ち着きがなかった。

 その理由が言われなくてもわかるものだから、あかねにも伝染してしまったのだ。

 緊張する必要なんかないし、変に期待しているわけでもないのに。

 二十歳といえばそれは世間的に大人として認められる年齢だ。

 つまり、親に何か許可を求めなくても自分で何でも判断できるようになる年だと言うことになる。

 そしてそれは頼久にとってもあかねを一人の大人の女性として扱う年齢ということでもあるのだ。

 だから頼久はこの日、あかねが社会に大人として認められるようになる記念の誕生日を共に過ごしたいと予約を入れた。

 それは間違いない。

 ならば、必ずプロポーズされるというのがあかねの両親の思惑。

 あかね自身はそんなことを期待するのは何か違う気がして、なるべく意識しないようにしていた。

 頼久なら時がきたらきっときちんとしてくれるのだろうし、それを心待ちにするというのはなんだかおこがましいような気がした。

 万が一、頼久がやっぱり違う女性がいいと判断することだってあるかもしれない。

 そしてそうなった時、あかねには引き止める術がないような気もしていた。

 本当にそんなことになったら…

 そこまであかねが考え込んでうつむいた刹那、背後からそっとのばされた手がガスを止めた。

「あ、ごめんなさい…。」

 見れば火にかけられたヤカンからは激しく湯気が立ち上っている。

 どうやらすっかり沸騰したらしいお湯に気付かずにあかねは考え事をしていたのだった。

 もちろん背後から伸びた手は見慣れた頼久のものだ。

 あかねはしゅんとうつむいたまま背後に立っているはずの恋人を振り返ることができなかった。

「今日は少し暑かったように思いますが…。」

「はい?」

 心配そうな声に驚いてやっとあかねは後ろを振り返った。

 自分の目線よりも遙か上にある恋人の顔を見上げれば、そこには声音同様、あかねを気遣う優しい瞳があった。

「いえ、熱い茶をお望みならかまいませんが、冷蔵庫に麦茶が作ってありますのでよろしければ。」

「あ…。」

 そう、今日は一日確かに暑かった。

 すっかり夏を迎えた最近はあかねも家では常に麦茶を飲んでいる。

 それなのに無意識のうちにお湯を沸かし始めたのは、たぶん何かしていないと落ち着かなかったからだ。

「…ごめんなさい。」

 気のきかないことをしたとあかねは再び視線を下げた。

「いえ、神子殿が熱い茶の方が良いのでしたら…。」

「違います。なんとなく沸かしちゃっただけで…麦茶にしますね。」

 慌てて無理やり顔に微笑を貼りつけて、あかねはガラスのグラスを二つ用意すると、そこへ氷を入れて麦茶を注いだ。

 その作業を頼久が凝視しているのを痛いほど感じながら。

「詩紋君が作ってきてくれたケーキ、まだ残ってますよね。って今食べると夕飯が入らないか…すみません、なんだか私、落ち着きがなくて…。」

 グラスを二つ持ってリビングへ移動して、あかねはソファへ座ると溜め息をついた。

 期待していたわけじゃないと思ってはいてもきっとやっぱり心のどこかでは期待してたのだと、一日が終わろうとしている今気付いてしまった。

 まさか天真達までここにいるとは思わなくて、それだって嬉しいと感じてはいたけれど心のどこかではやっぱり少しがっかりしていたのかもしれない。

 そんな自分を想うとなお嫌な気分になって、あかねはもう視線を上げることができなかった。

「神子殿、その…どこかお加減でも悪いのでは?」

 そっと優しく、振動を伝えることさえ申し訳なさそうに隣に座った頼久に覗き込まれても、大丈夫ですと笑って言うことさえできなくてあかねはただ首を横に振った。

「夕飯は外でと思っていたのですが…。」

「はい?」

 このままどんどん落ち込みそうになっていたあかねの思考を思いがけない頼久の言葉が引き上げた。

 夕飯は外で。

 それはあかねが予想だにしなかった言葉だった。

 何しろ昼ご飯を挟んで午前中から今まで盛大に騒いでいたのだ。

 あかねとしてはそろそろ帰らなくてはと思っていたところだった。

「何か予定を入れておいででしたか?」

「へ…いえ、別に入れてませんけど…でも、朝からずっと騒いでいたし、夜も一緒だなんて頼久さん迷惑かなって…。」

「迷惑…。」

「今日はもうたくさんお祝いしてもらったので帰ろうかなって思ってたので、ちょっと驚いただけで…。」

 慌ててあかねが言いつのれば、今度は頼久の表情がどんどん険しくなり始めた。

「頼久さん?」

「神子殿が迷惑だとおっしゃるのでしたらすぐにお送り…。」

「違います!そうじゃなくて、頼久さんが迷惑かなって…。」

「私が神子殿と共に在って迷惑なことなど絶対にありません。そのようなお気遣いは無用です。」

 あまりはっきり力強く言われてあかねは目を丸くした。

 こればかりはなんと言われても譲らない。

 そんな頼久は久々に見た。

「神子殿が御迷惑でなければ夕飯も共にと考えているのですが、もし体調が悪いのでしたら…。」

「悪くないです!ちょっと考え事しちゃっただけで…別に具合が悪いとかじゃないですから。」

 相変わらずこれでもかというくらい自分を気遣ってくれる恋人にあかねはとうとう心からの微笑を浮かべた。

 そしてその笑顔を見た頼久はほっと安堵の溜め息をついた。

「頼久さん?」

「神子殿にはご相談もせずに天真達を呼びましたのでもしやお怒りなのかと思っておりました。」

「そんなことないです!とっても楽しかったです。本当に。でも、二人きりかなって思っていたのでちょっと驚いただけで…。」

 赤い顔で言い淀むあかねに頼久はにこりと微笑んで見せた。

 あかねが自分と二人きりを想像していてくれたのは頼久にとっても嬉しいことだ。

「実は夕飯も店を一件予約してあるのですが…。」

「えっ。」

「共に行って頂けますか?」

「もちろん!でも、その…申し訳ないと言うかなんというか…。」

「そのようなお気遣いは無用です。一生に一度の日ですので、できることは全てやらせて頂きたいのです。」

 そう言って微笑んだ頼久は小さな箱をテーブルの上から取り上げた。

 どうやら内心で右往左往していたあかねは気付かなかったが、それはどうやら頼久が書斎から持ってきてテーブルの上に既に置いていたものらしかった。

 天真達がいた時はそんなものはなかったから、おそらく書斎から持ってきたものだろう。

 誕生日のプレゼントだろうかとあかねが小首を傾げて頼久の様子をうかがうと、頼久はやけに神妙な面持ちで姿勢を正した。

「神子殿。」

「はい?」

「成人、おめでとうございます。」

「あ、はい、有難うございます。」

「つきましては、この頼久、神子殿に本日、只今、婚姻の申し込みを致したく存じます。」

「へ…。」

「もちろん、今すぐということではございません。神子殿が大学を卒業され、良き頃合いと思われた時で構いませんので、その時にはこの頼久を生涯の伴侶とするとお約束頂きたいのです。」

「……。」

「もし、この申し出を受けて頂けるのでしたらこれをお受け取りください。」

 頼久は箱を開けると中から可愛らしいダイヤのついた指輪を取り出してあかねの方へと差し出した。

 真剣な顔、綺麗に輝くダイヤが一粒の指輪。

 生涯の伴侶とする約束。

 色々な言葉や情景があかねの頭の中をぐるぐると回って、そしてそれがやがてプロポーズという言葉につながった。

 つながった途端、あかねは慌てて頼久の差し出している指輪に手を伸ばした。

「あ…はい…えっと……よろしくお願いします!」

 言ってしまってからなんだか変な返事をしたような気がしてあかねが顔を真っ赤にしていると、頼久の深い溜め息が聞こえた。

 あかねが慌てて視線を向ければ、頼久はどことなく疲れた様子で苦笑していた。

「頼久さん?」

「神子殿が黙ってしまわれたので断られるのかと思いました。」

「そ、そんなことありません!その…びっくりしただけです。突然だったから。」

「突然だったでしょうか…。」

「だって、今日はみんなで騒いでいたし…。」

「それは…天真が緊張しすぎて倒れぬようにと気遣ってくれたのです。」

「緊張、してたんですか?頼久さん。」

「それはもう、生まれてこの方これ以上はないというほどに。」

 あかねは信じられないという顔でまじまじと頼久を見つめた。

 出会ってから今まで緊張して何かを失敗するところなど見たことがない気がする恋人なのだ。

 戦場で命のやり取りをする時だって常に冷静だった。

 そんな人がそれほどまでに緊張していたとは。

「本当は夕食の後で渡せばいいと天真に言われていたのですが…。」

「そうなんですか?」

「渡さずにいては夕食が喉を通らなそうでしたので。」

 申し訳なさそうに苦笑する頼久を見て、あかねはクスッと笑みを漏らした。

 こんなに頼りなげに見える恋人は初めてだ。

「有り難うございます。凄く嬉しいです。」

 そう言ってあかねがもらった指輪を眺めていると、すっと頼久の大きな手が伸びてきてその指輪を取り上げた。

 あかねが驚いていると指輪は頼久の手によってあかねの左手の薬指にはめられて、まるで何年も前からそこにあったかのように輝いた。

「サイズぴったり…。」

「天真に協力してもらいました。」

「へ、天真君?……ああ、蘭。」

「はい、同じサイズだと聞きましたので。」

 指に合ってよかったと、頼久は本日何度目になるかわからない安堵の息をついた。

「有り難う、ございます。」

 たった今、安堵したばかりの頼久はすぐに焦りの表情を浮かべた。

 何故なら、聞こえてきたあかねの声が震えていたから。

 見ればあかねは指輪をしている左手を右手で握りしめて抱きしめていた。

 目にはうっすら涙が浮かんでいる。

「神子殿…。」

「ごめんなさい。嬉しくて…。」

 顔を上げたあかねは涙を流しながら微笑んでいた。

 その美しさに頼久は息を飲んだ。

 前々から美しい人だとは思っていたが、以前は愛らしさの方が勝っていたあかねはいつの間にか美しい大人の女性になっていた。

 そのことに衝撃を受けながら呆然とその顔に見惚れて…

 そして頼久は自然とその手をのばしていた。

 小さな体を抱き寄せて腕の中に閉じ込めると、あかねは嬉しそうに微笑んだ。

 愛しい人が年を重ねるごとに美しくなり、しかも自分の腕の中にいることを幸せだと言ってくれる。

 自分はなんと幸せ者か。

 そんな想いであかねを優しく抱きしめながら、頼久は壁にかけてある時計を見上げた。

「神子殿。」

「あ、はい?」

「そろそろ出かける支度をして頂いてもよろしいですか?」

「……あ!予約!」

「はい。」

 頼久が苦笑している間にあかねは慌てて立ち上がった。

 頼久もあかねを抱きしめて、そのままいつまでもいたい気はしていたが、それよりもあかねにはおいしい料理で楽しく一日を終えてもらいたい。

 その想いで愛しい人から自分の腕を引きはがした頼久は、慌てて出かける支度を始めるあかねを見守った。

「これでよしっと。えっと、お店からは直接家に帰った方がいいですよね?」

「遅くなるでしょうからその方が。ですが、忘れ物があれば私がお届けしますのでお気になさらず。」

「大丈夫です!明日、私が取りに来ます。」

 赤い顔でそう言って微笑むあかねの左手にはダイヤの指輪が輝いていた。

 その左手の薬指を見つめて微笑んだ頼久は、あかねの手をとって歩き出す。

 左手の薬指。

 愛しい人のそこに未来への約束がある。

 それだけで今の頼久は十分すぎるほど幸福だった。








管理人のひとりごと

ハッピーバースデイ自分\(^O^)/
ってことで、とっくの昔に誕生日は終わってますが、やりました!誕生日企画です!
だってほら、プロポーズはしてもらわないと(’’)ということです。
頼久さんのことなんで現代でもプロポーズはこう姿勢を正してですね、おらっ!って感じで威勢よく(笑)
でも緊張はしてたので真の友が助けてくれましたって感じです。
いつもならあかねちゃんの様子がおかしいことを先に解決しようとする頼久さんも、今回は自分のことでいっぱいいっぱい(笑)
後で思い出してそう言えば神子殿の考え事とはもしや何かお悩みだったのでは!と青くなるに違いない(w
何はさておきお二人さん、これで婚約者になりました!
管理人的には新婚生活までは書きたいんですが…先長いですね(’’)









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