写し絵
 今日も雨。

 ここ数日続いている雨はまだしばらくやむ気配がなくて、頼久が玄関の扉を開けるとそこには傘をさしたあかねが立っていた。

 嵐でもこない限り、少々の雨でもあかねはここへやってくる。

 可愛らしい赤い傘をさした姿もまた愛らしいと思ってしまった頼久は、苦笑しながらあかねを中へといざなった。

 赤い傘をさしたあかねは確かに愛らしいが、とにかく中へ入って体を冷やさぬようにしてもらわねばと思い直した頼久が奥の部屋から取ってきたタオルを受け取って、あかねはにっこり微笑んだ。

「こんにちわ、頼久さん。」

「ようこそ、中へどうぞ。」

 それはいつもの会話。

 体中にまとわりつく雨粒を払い落として、軽く髪や手をふいたあかねはソファに座ってほっと軽く息を吐いた。

 いつもよりすこし大きめのカバンを脇に置いて恋人の姿を捜すと、頼久はキッチンで何か飲み物を用意している様子だった。

「あ、頼久さん、私やりますよ?」

「いえ、もうすぐできますから。」

 楽しそうな声でこう言われてはあかねも途中から手を出すことなどできない。

「わざわざ雨の中をお越し頂いたのですからこれくらいは。どうぞ。」

 やがてリビングへ戻ってきた頼久はあかねの前にティーカップを置いた。

 あかねが好きなローズティだ。

「そんな、お越し頂いてるっていうほどたいそうなことじゃ………私がどうしても来たかっただけで…。」

 そう言ってあかねはティーカップを手に見る見るうちに赤くなる。

 頼久はというとそんなあかねを見つめながら自分もティーカップを手に向かい側のソファへ座った。

 何度となく繰り返される同じような会話。

 何もない日常の時間。

 頼久には今、それが愛しくてたまらない。

 生きてきた世界が変わることがどれほどの苦労を伴うかと思っていたが、今となっては苦労どころか愛しい時間ばかりがこの世界には満ちていて、頼久は思わず微笑む。

 この幸せな時間と空間の全てを与えてくれた目の前の少女が愛しくて愛しくて、今すぐにでも隣に寄り添って抱きしめたくなる衝動を頼久がなんとか押さえていると、あかねがふと小首をかしげた。

「頼久、さん?」

「何か?」

「なんとなく楽しそうだなぁと思って。何か楽しいことあったんですか?」

「神子殿がこうして目の前にいて下さることが何よりも楽しいことですが?」

「よ、頼久さんはまたそういうこと言って……。」

 せっかく元に戻ったのにまた赤くなるあかね。

 そしてやはりそんな様子を頼久は幸せそうな笑顔で見つめてしまうのだ。

 雨を降らす曇天のせいで部屋の中は少し薄暗いが、あかねの輝かんばかりの可愛らしさは変わらない。

「今日はちょっと暗いですよね…。」

「はぁ、明かりをつけましょうか?」

「いえ、そうじゃなくて……。」

 頼久が小首をかしげているとあかねはカバンの中からデジタルカメラを取り出した。

「それは…カメラ、ですか?」

「そうなんです。お父さんから借りてきたんですけど…。」

「何か写真に撮りたいものがおありですか?」

 そう尋ねながら頼久は窓の外を眺めた。

 この家で写真におさめるようなものといったら庭の花くらいしか思い浮かばなかったからだ。

 今なら紫陽花が綺麗に咲きそろっている。

 雨に濡れている紫陽花は確かに写真に撮るだけの価値があるように思うが、しかし、それにしても今日は天気が悪すぎる。

 さきほどから雨足も強くなって、雨に濡れている紫陽花よりも雨粒の方が写真におさまってしまいそうなほどだ。

 しかも雷さえ鳴り出しそうな曇天のせいでやたらと薄暗い。

 写真撮影に適しているとは思えなかった。

「えっとね、頼久さん。」

「はい?」

「たぶん頼久さんは私がお庭の花を撮りにきたと思ってるみたいですけど…。」

「違うのですか?」

「違います…。」

 ここでまた頼久は小首を傾げてしまう。

 では、いったいこの愛しい人は何を写真に撮りたいというのだろうか?

 頼久はこの家にあるものを思い浮かべては否定を繰り返す。

 あちこちの部屋に詰まっている本。

 を写真にとるわけがない。

 では自分がいつも使っている書斎。

 は散らかっていて写真にとって保存できるような状況ではない。

 ならばキッチン。

 は、あかねは以前に自宅と大差ないと言っていたので写真に撮る必要などないはずだ。

 他にあるものといえば風呂場やこのリビング。

 これも写真に撮るような必要性を感じない。

 最後に残るは二階の客間。

 部屋の中には何一つないのだから写真に何をおさめるというのか?

 こうして全てを否定してしまって頼久は途方にくれた。

「あ、あのぉ、頼久さん?」

「申し訳ありません、神子殿が何を写真に撮りたいとお思いなのかがわからず…。」

「えっとですね、それは…その……。」

 と急に言いよどむあかね。

 心なしか顔もまた赤くなっていて、ますます頼久は困惑してしまう。

「何か、その、撮りづらいもの、なのでしょうか?」

「と、撮りづらい、のかなぁ…頼久さんが嫌な場合……。」

「私が嫌がる場合……。」

「えっとね、頼久さんの写真を撮りたいんです。」

 頼久は思わず一瞬、きょとんと目を丸くしてしまった。

 目の前の恋人が自分の写真を撮りたいといっている?

 それはいったいどういうことなのか?

 考えても答えが出るはずもなく、頼久は心底驚いた顔のままフリーズしてしまった。

「あのですね、一人で家にいて、すごーく頼久さんに会いたいなぁって思っちゃった時とかに、写真があったら少しは寂しくないかなぁって思ったんです…。」

「はぁ…会いたいと思って頂けるのならすぐにでもお呼び頂いてかまいませんが…。」

「もちろん、それが朝とか昼間とか学校で、とかだったら授業が終わってから私の方が会いに来るんですけど、夜だと会いにこれないし、夜中とかに頼久さんに来てもらうわけにもいかないし、寂しくなっちゃうし……だからその…写真があるといいなぁって…。」

 これ以上は恥ずかしくてならないらしいあかねがうつむく姿を頼久は嬉しそうに微笑みながら見つめた。

 あかねに会えなくて寂しいと思っているのは自分ばかりかと思っていた頼久だ。

 そのあかねが夜、自分に会えないのが寂しいからせめて写真がほしいなどと嬉しいことを言ってくれたとあっては、これはもう頼久としては全身全霊をもって協力せねばならないと覚悟を決める。

「私などの写真で神子殿のお心が安らかになるのでしたら、お好きなだけどうぞ。」

 頼久がそう言って微笑みかけるとあかねはぱっと嬉しそうに顔を上げた。

 そのあかねの顔がなんとも可愛らしくて頼久の顔は緩みっぱなしだ。

「有難うございます!」

 かなり嬉しかったらしいあかねはすぐにデジカメの電源を入れてフラッシュの調整をすると、幸せそうに微笑み続けている頼久を正面から素早く写真に撮った。

 あまりの素早さに油断していた頼久が目を丸くしていると、デジカメの画面で撮れた写真を確認したあかねが嬉しそうにそのカメラを抱きしめた。

「すっごくいい写真が撮れちゃいました。」

 それはもうあかねを前に幸せそうに微笑んでいる頼久の顔を撮ったので、あかねが一番眺めていたいと思う写真が撮れたわけで、あかねは上機嫌だ。

「一枚でよろしいのですか?」

「あ、はい。とりあえず。私、写真撮ることなんてあまりないから上手く取れるか心配だったんですけど、凄くいいのが一発で撮れちゃいました。」

「はぁ…その、そんなにお気に召しましたか。」

「はい。だって頼久さん、凄く素敵な笑顔で写ってくれたから。」

 あかねに素敵と言われて嬉しそうに微笑んだ頼久は、はっと何かに気付いたように立ち上がると書斎から何か持ち出してきた。

「頼久さん?それは?」

「デジカメです。」

「はい?」

 にっこり微笑んだまま頼久があかねに見せたのはなるほどデジカメで、あかねは目を白黒させて驚いた。

「もしよろしければ、私にも神子殿のお写真を一枚、撮らせて頂けないでしょうか?」

「はい?頼久さんが私の写真、ほしいんですか?」

「はい。私も毎晩、神子殿を恋しく思っておりますので。」

 そんなことを爽やかに微笑みながら言われてしまってはあかねに逆らえるはずもなく…

「わ、わかりました、私なんかの顔じゃその、写真に撮ってもそんな、たいしたことないですけど…どうぞ……。」

 真っ赤になってうつむくあかねをデジカメでとらえて頼久は苦笑する。

 すっかりてれてしまったあかねはうつむいたまま顔を上げようとしないのだ。

 これではあかねのつむじを写真に写すことになってしまう。

「おいやですか?」

「はい?」

 頼久の問いかけに慌てて顔を上げたあかねはまだ真っ赤になったままだ。

「いえ、うつむいておいでなので。おいやなら無理にとは申しませんが。」

「い、嫌じゃないです!嫌じゃないんですけど……恥ずかしい、です。」

「では、神子殿には窓の外の庭など眺めて頂いて、カメラが気にならなくなった頃を見計らって撮らせて頂いてもよろしいですか?」

「あ、はい、そうしてください。このままだとどうしてもカメラを意識しちゃって…。」

 恥ずかしそうにうつむくあかねが愛しくて、頼久は無理強いはすまいと一度テーブルの上にカメラを置いた。

 するとあかねは突然ほっとしたように笑顔を見せて、それを見て頼久が苦笑する。

「頼久さん?」

「なんでもありません。写真は私が頃合を見て撮らせて頂きますので、神子殿はいつものようにおくつろぎください。」

「はい。」

 可愛らしく返事をしたあかねはほっと安堵の溜め息をついて自分のデジカメをカバンにしまうと、紅茶を口にした。

 写真のことを忘れてくつろいでみれば、それはもういつもの二人の時間で空間で。

 あかねは何をするわけでもなく幸せそうな微笑を浮かべて窓の外を眺めたり、やはり幸せそうな頼久を見つめて恥ずかしそうにうつむいたりを繰り返す。

 部屋の中が薄暗いせいかいつもとは少しだけ雰囲気が違うことに気付いて、ちょっとドキドキしたりして。

 やがて頼久は仕事に使う資料を読み始めて、あかねはそんな頼久の邪魔にならないように窓辺に座って雨に濡れる紫陽花を眺めていた。

 青い花が綺麗に咲きそろって雨に打たれているのも美しい。

 植えた直後はちゃんと根付いてくれるかと心配だった花なだけに、咲き誇っている姿を見るのが嬉しくて、あかねはついつい笑みを浮かべた。

 カシャッ

 突然聞こえたその音に驚いて、あかねがはっと音のした方を見ると、そこにはカメラを手にした頼久の笑顔が…

「えっと、頼久さん、今……撮りました?」

「はい。」

「はぅ、全然気付きませんでした…恥ずかしい……。」

「恥ずかしがられることは……とても素敵なお顔をおさめることができましたので。」

「す、素敵ってそんな……。」

 果てしなく赤くなっていくあかねに撮った写真は見せずにカメラをテーブルへ置いた頼久は、溶けてなくなりそうなほどてれているあかねの隣に座ると、その体をそっと抱き寄せてしまった。

「よよよ、頼久さん?」

「せっかく写真ではなくて実物の神子殿のお側にいられるのですから、しばしこのまま。」

 耳元で優しくこう囁かれてはもうあかねは何一つ抵抗できない。

 雨音だけが静かに響く中、薄暗い部屋の縁側であかねはしばし、頼久に優しく抱きしめられるのだった。





 後日、お互いに撮りあったお互いの写真は、それぞれのベッドサイドに飾られることとなった。

 あかねのベッドの横には愛しい者を見守る優しい笑顔の頼久が。

 頼久のベッドの横にはどんなものも包み込むような慈愛に満ちたあかねの笑顔が。

 毎晩のように二人はその写真を眺めながら眠りにつくのだった。








管理人のひとりごと

管理人は写真が嫌いなので絶対やりませんが、普通の恋人同士って写真持ってたりしません?
持ってるような気がしたので書いてみました(爆)
この二人は外出しませんから、プリクラって選択はなしです。
携帯で撮るでもよかったんですが、どうしてもベッドサイドに飾ってほしかったんでちゃんとカメラで撮ってもらいました(笑)
頼久さん、よくカメラ持ってたなぁ(’’)
これでお二人さんの会いたい熱も少しは拡散する、かな?(笑)




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