うたたね
 今日もあかねが来てくれている。

 そう思うだけで頼久の意識はすぐに背にしているドアの向こうへと飛びそうになった。

 今、頼久が背にしている書斎のドアの向こうからはほんのかすかにテレビの音が聞こえてくる。

 その前にあるソファにはあかねが座っているはずだった。

 もちろん、頼久にはあかねの存在そのものが気配でわかるが、かすかに聞こえてくるテレビの音があかねの存在をよりはっきりと主張しているように感じた。

 普段の頼久であれば、どんなことがあってもあかねの側であかねの相手をするところなのだが…

 今現在は急に飛び込んできた急ぎの仕事の最中で、どうしても目の前の仕事を終わらせなければならない。

 それを知らずにあかねは訪ねてきてしまったのだ。

 急に入った仕事だったからそれは当然のこととして、相手ができないとなればあかねには退屈な思いをさせてしまう。

 それがわかっているのに今日のところは帰ってくれなどという言葉を頼久が口にできるはずもなく…

 更に言うなら、帰りましょうかとあかねが尋ねることもできなかった結果、おとなしくしているのでお仕事が終わるのを待っていてもいいですか?と申し訳なさそうに聞いてきたあかねの問いに喜んで頼久がうなずいたのだった。

 静かに本でも借りて読んでいるというあかねにテレビを見てくつろいでいてほしいと言ったのは頼久の方だった。

 何か少し、あかねの存在を感じられる音が聞こえる方が落ち着くというのがその理由だ。

 頼久がそれでいいならとあかねが快諾したので、頼久の仕事が終わるのをあかねはテレビを見ながら待っていた。

 当の頼久は背後から聞こえるテレビの音にうっすらと微笑を浮かべてから、すぐに目の前にある仕事に戻った。

 仕事の量はたいしたことはない。

 だから、頼久は集中して一気に終わらせてしまうことにした。

 そうすれば、残りの一時をあかねと共に穏やかに過ごすことができるとわかっているのだから。







 あかねはソファに座って紅茶を片手にテレビを見つめていた。

 いつ来ても構わないと笑顔で恋人が言ってくれるから、あかねは会いたいと思えばすぐに頼久の家を訪ねる習慣になっていた。

 けれど、たまにこうして仕事が入っているのを知ると甘えているなぁと思う。

 本当なら今日だって、帰った方がよかったのかもしれない。

 頼久がここにいていいと言ってくれるのはいつもの事なのだから。

 自分の方から遠慮するべきだったのかもしれない。

 そうは思ってもあかねはどうしても帰ることができなかった。

 離れていても頼久が自分のことを想ってくれていると信じてはいる。

 それでも会えるものなら会いたいし、できるだけ近くにいたいと思ってしまうのは乙女心というものだ。

 そんなことを悶々と考えながら、あかねはテレビを見てなんとなく時を過ごしていた。

 なんとなく過ごしてはいるのだけれど、その時間は一人で過ごす時間と違ってとても落ち着いていて穏やかだ。

 テレビからほんの少し視線をずらすだけで頼久が仕事をしている書斎のドアが目に入る。

 そのドアの向こうに大好きな人がいるのだと思えば、心は自然と静かになった。

 姿が見えるわけでもないのに、すぐそばにその人がいる。

 そう思えることがどんなに幸せなことか。

 あかねは書斎のドアを見つめながらかすかに微笑んだ。

「でも、お仕事の邪魔しちゃだめだよね。」

 微笑を苦笑に変えながらあかねは溜め息をついた。

 あかねは今度からはちゃんと帰りますと言わなくちゃと思いながらテレビへと視線を戻した。

 もちろん、そんなことを言いだせば頼久に引き止められること間違いなしなのだけれど、今のあかねにはそこまで予想ができない。

 だから、次は頑張って帰ると決意して、あとは今日この日のこれからを想った。

 仕事の邪魔をしてしまったお詫びに何かおいしいものを晩御飯に作って行こう。

 頼久の好きな和食の中からメニューを選びながらあかねの目はゆっくりと閉じられていった。

 秋の夕陽が窓辺から差し込んで、あかねの膝を照らしている。

 その夏よりも少し弱くなった陽射しの温かさが、あかねの意識を眠りへといざなった。







 頼久は深く深呼吸をすると、パソコンの電源を切った。

 仕事は終了。

 窓の外を見れば外はもう薄暗くなっている。

 ということは、昼過ぎにやってきたあかねをずいぶん待たせたということだ。

 頼久はすぐに立ち上がると、まずは長く退屈させたことを謝罪せねばと気を引き締めて書斎を後にした。

「神子殿…。」

 愛しい人を呼んで、次に謝罪の言葉を口にしようとして頼久は思いとどまった。

 何故なら、頼久の目に飛び込んできたあかねの姿はというと、ソファにもたれて幸せそうに眠っていたからだ。

 夕陽を浴びて紅に染まるあかねは静かに目を閉じ、浅い呼吸を繰り返していた。

 頼久はそっと音をたてないように近づくと、穏やかに眠る恋人の顔をじっと見つめた。

 長いまつ毛がまず目に入って、それから小さな鼻や愛らしい唇に目がいった。

 どれをとっても愛しくてしかたがない恋人の寝顔に頼久の頬は思わず緩んだ。

 いつまでもこの愛しい寝顔を見つめていたい気もするが、一度開けば輝きを宿すその美しい瞳を見つめたいというのも本音だ。

 自分に語りかけてくれる恋人の愛らしい声も聞きたい。

 何しろ、それら全てを我慢してやっとのことで仕事を終わらせたのだから。

 突き上げるようなそんな想いを一度ぐっと飲み込んで、頼久はそっとあかねの隣に腰を下ろした。

 こんなところでうたた寝をさせてしまったのは間違いなく自分のせいだ。

 そう考えた頼久はあかねをじっと見つめながら「起こす」以外の選択肢を選択した。

 きっと長いこと退屈していたから眠気に襲われたのだ。

 だとしたら、起こしてしまうのは申し訳ない。

 もしかしたらこんなふうに眠り込んでしまうほど疲れているということかもしれない。

 ならば、起こすなどもってのほかだ。

 そうなるともう頼久はこのままあかねが自然と目を覚ますまで、もしくは夕飯の時間を迎えるまでそっと寝かせておくことを決めたわけだが…

 ここで気になることが一つ。

 時刻は夕暮れ時、室内の気温はエアコンで調整してあるとはいえ、ソファで寝ているあかねが寒がったりはしないだろうか?

 寒さで風邪などひかせてはそれこそ悔やみきれない。

 これは何か毛布の一枚も持って来ようと腰を浮かしかけたその時、あかねの体がすっと傾いて頼久へともたれかかった。

 小さなあかねの体を肩で支えて、頼久はおとなしく浮かしかけていた腰を戻した。

 こうなってはもう頼久は立ち上がることもできない。

 すぅすぅと寝息をたてるあかねの愛らしさに微笑みながらも、どうにかしてあかねを寒さから守る術はないものかと思い巡らせて…

 頼久はこの状況でたった一つだけ、自分にできることを見つけた。

 それは、優しくあかねの体を抱き寄せること。

 人肌で人を温めるというのは暖房が整っていない京ではごく当たり前のことだったのだ。

 頼久はそっとあかねの肩を抱くと、自分の方へもたれかかっているあかねの体を優しくかき抱いた。

 すると、あかねの体温を感じて温かな気持ちになるのは頼久の方で…

 無意味に流れ続けるテレビの音さえも気にならないほど、頼久は幸せな想いにひたった。

 京でもこうしてあかねの眠りを守ることは許されていた。

 この愛しい人の眠りを守ることができる自分の立場にどれほど感謝したことかしれない。

 けれど、京で望めるのは所詮そこまでだった。

 ところが、今この世界ではそうではない。

 今の頼久は、眠りどころかあかねの未来さえ守ることを許してもらえているのだ。

 何しろあかねの未来の夫となることが約束されているのだから。

 京での身の上を思えばこれは頼久にとって夢のような現実だ。

 最近では意識しなくなっていたそんな京とこの世界との差を改めて思えば、頼久があかねの肩を抱く手には思わず力がこもった。

 この愛しい人を二度と離すものかと無意識に思ってしまったのかもしれない。

「頼久さん?……あれ…私…寝ちゃったんですね……。」

 頼久の手に力が入ったためか、あかねはゆっくりその目を開けると、頼久の姿を認めて苦笑して、まだ開ききらない目をごしごしとこすった。

 そんな仕草の愛らしさに頬が緩みそうになるのをこらえながら、頼久はあかねの肩を解放した。

「起こしてしまったのですね、申し訳ありません。」

「いえ……寝るつもりなかったんで、起こしてください…。」

 少しばかり恨みがましく上目づかいに見つめてくるあかねに苦笑して頼久は小さく一つうなずいた。

 そう、せっかく二人の時間を過ごしたいとやってきたあかねにとってはその時間を寝過ごしてしまうのは本意ではない。

 それは頼久があかねからいつも言われていたことだった。

「寒くはありませんでしたか?」

「大丈夫です。それより、すみません、頼久さんがお仕事してるのに私寝ちゃって…。」

「いえ、退屈させて申し訳ありませんでした。仕事はもう終わりましたので。」

「お茶でもいれましょうか?晩御飯まではもうちょっと時間がありますし…。」

「いえ、できればもう少々このままで。」

「このまま、ですか?」

 小首を傾げるあかねの肩をそっと抱き寄せて、頼久はあっという間に顔を赤くするあかねに笑顔を見せた。

「頼久さん?」

「ちょうど今、思い起こしておりましたので。」

「何をですか?」

「京での生活をです。」

「……帰りたい、ですか?」

「は?」

 悲しそうで寂しそうで、今にも泣きだしそうになっているあかねのその顔をきょとんとした顔で見つめて、次の瞬間、頼久はさっと顔色を青くしてあかねを抱きしめた。

「違います。私の言い方が悪かったようで…。」

「でも思い出してたって…。」

「はい、その…京で私にできたことといえばこのように神子殿の眠りをお守りすることくらいでしたが…。」

「そんなことないです!頼久さんはいっぱい私を励ましてくれましたし、他にもいろいろ…。」

「そう言って頂けるのは光栄ですが、この世界では京では望むことのかなわなかったことを望むことができるのだと改めて実感しておりました。」

「望めなかったこと、ですか?」

「はい、こうして神子殿の眠りを守るだけでなく、神子殿の全てをお守りしたいと望むことができます。」

「それは……そう、です、ね…。」

 あいづちをうちながらだんだん言われていることの意味を噛みしめてあかねの声は小さくなった。

 耳まで赤くなった愛らしい恋人を見つめて、頼久の顔にもやっと微笑が浮かぶ。

「こうして今、この世界に神子殿と共に在ることを神に感謝せずにはいられぬ想いでおりました。ですから、戻りたいなどとは思いません。」

「頼久さん…。」

「それよりも…。」

「はい?」

「すっかり退屈させてしまいました。罪滅ぼしに何か神子殿にはわがままを言って頂きたく。」

「へ?わがまま、ですか?」

「はい、なんなりと。」

 そう言ってにっこり微笑まれてしまってはあかねも真剣にわがままを考えるしかなくて…

 しばらく考えてからあかねは頬を赤く染めて微笑んだ。

「じゃあ、今度は頼久さんが寝て下さい。」

「は?」

「私が膝枕したいんです。」

 赤い顔でそう言うあかねに一瞬驚いて、それから頼久は幸せに満ちた笑みを浮かべた。

「承知しました。では、失礼いたします。」

 律儀にそう断って、頼久はあかねの膝の上に頭をのせると、大きな体を横たえた。

 目に入るのは恥ずかしそうにしながらも微笑んでいるあかねの愛らしい顔。

 頼久はだんだんと部屋の中が暗くなっていくのを感じながら目を閉じた。

 この分だと夕飯までの時間はあと少し。

 その時間をこの至福と共に過ごせるのだ。

 あかねが夕飯を作ると言い出すまでの数十分の間、頼久は頭の下に感じる温もりにうっとりと目を閉じてうとうととうたたねを楽しむのだった。








管理人のひとりごと

寒いんですよね、うたたねすると、管理人が(’’)
コタツのスイッチ入れ忘れて寝ると寒いんだもう。
ということで、こんな話を書いてみたり…
って言ってるうちにクリスマスが目前ですよΣ( ̄□ ̄‖)
そっち書いた方がよかったんじゃないかとか言ったら負けです○| ̄|_
人肌恋しい季節はこの二人にいちゃいちゃしてもらいたくなるんですよ!
とかなんとか言ってる間にクリスマス用の原稿を書きたいとお思います(ノД`)










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