
背中には慣れたぬくもり。
目の前には桜の大木が静かに花を散らせている夜の庭。
月明かりは明るくて、散りゆく花は綺麗に見える。
それなのに、あかねは一人、どことなく物足りない気がしていた。
昼間、あかねは花の宴に参加していた。
これは半ば公式なもので、貴族が歌を詠み合ったりもしていたくらいだった。
あかねはといえば、藤姫の招待で参加して、常に藤姫の隣に座っておしゃべりしていただけだ。
あかねが歌を詠むことができないのは藤姫も承知しているから、代わりに府姫が手配した人に頼んで歌を詠んでもらった。
この世界ではそれはよくあることだと藤姫はニコニコと微笑んで説明してくれた。
参加者の中で他にあかねが知っていた人物は、友雅くらいのものだった。
友雅はそもそも貴族の身分だし、風流で有名な人物だから参加しているのは当然といった様子だった。
宴は和やかに進んで、藤姫も楽しそうだったし、あかねも特に不満があったわけではなかった。
頼久も護衛ということで同じ屋敷の中にはいた。
もちろん、顔が見られるような場所にいたわけではなかったけれど…
物足りないのはそのせいだろうか?と、あかねがかすかに小首を傾げたその時、あかねをふわりと抱いていた腕に力が入った。
「あかね?」
「はい?」
「何かお悩みでも?」
背後から聞こえた悲しげな声に驚いてあかねが振り向けば、至近距離にある頼久の顔は必死の決意をしたかのような形相になっていた。
「悩みっていうほどのことじゃないですから!そんな顔しないでください!」
「ですが、さきほどから落ち込んでいらっしゃる様子…。」
「落ち込んでるわけでもありません。」
頼久は朴念仁だとよく自称するが、あかねが龍神の神子だった頃からよく色々なことに気付いてくれたものだった。
護衛という立場で常に側にいたからかもしれないが、今となっては夫という立場になって更に側にいる時間が増えたから、あかねのちょっとした変化に気付くのも当然だった。
少々心配症過ぎるところはあるけれど…
「悩みっていうほどのことじゃなくて…なんていうか…昼間の宴は藤姫も楽しそうでしたし、私も楽しくなかったわけじゃないんですけど…なんていうか…物足りないと言いますか…。」
自分の今の気持ちをどう表現したものかとあかねが言葉を選んでいると、頼久が小さくうなずいた。
「物足りなかったのはあかねの望む者がお側にいなかったからでしょう。」
「へ?望む者ですか?頼久さん、護衛してくれていたんですよね?」
『望む者』の筆頭に自分の名を挙げられて一瞬大喜びしそうになった自分を戒めて、頼久は小さくコホンと咳払いをした。
「もちろん護衛は致しておりました。私以外の者は友雅殿くらいのものでしたので、あの場にいたのは。」
「友雅さん…。」
そこまで言われてあかねは脳裏に元八葉の面々の顔を思い浮かべていた。
確かに元八葉の仲間達の中で昼間の宴にいたのは友雅だけだった。
そして花見といえば、これまではずっと元八葉の面々と楽しんできたのだ。
ああ、あの賑やかさがなかったのかと思うと、あかねの顔には寂しさと共に苦笑が浮かんだ。
「明日にでも使いを出しましょう。」
「はい?」
「皆の元へ明日の朝一番に使いを出せば、花が終わらぬうちに宴が開けるでしょうから。」
「そんな…。」
「きっと皆もあかねと共に花を眺めたいと思っているに違いありませんので。」
「そう、でしょうか?」
「はい。」
頼久の答えは一言だったが、その一言には確信がこもっていた。
あかねに会いたいと思わない仲間など一人もいないことを頼久は良く知っている。
「じゃあ、御馳走を用意しないといけませんね。あと、お酒も。」
「はい。」
楽しそうに語り始めたあかねにあいづちをうちながら、頼久の顔にも微笑が浮かんでいた。
昼間の宴であかねがあまり楽しそうではなかったことに頼久は気付いていた。
影からそっと様子をうかがっていたからだ。
そんなあかねが今、頼久の膝の上でそれはそれは幸せそうに宴の支度について語っている。
その笑顔は頼久が恋い焦がれていたものだ。
「楽しみですね。」
「はい。」
心の底から楽しそうなあかね。
その様子を見て頼久は、あかねが眠りについたらすぐにでも使いを出そうと決心していた。
なるべく早く。
絶対に花が終わらぬうちに皆を集めてみせる。
頼久は一人そんなふうに意気込むのだった。
管理人のひとりごと
遅くなりましたが桜短編です(^_^;)
とっくの昔に桜前線は道東にゴールしちゃってますね…
でもやりたかったからやります(’’)
えー、元八葉の皆さん、頼久さんに夜中に召集されてますが(笑)
たぶんみんな、翌々日くらいには集まってますね(’’)
そりゃ、あかねちゃんのためですから!
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