腕の中で見る夢は
『正月くらいは御両親とお過ごし下さい。』

 そう言い出したのは頼久自身だった。

 冬休みに入ってからは入り浸りといっていいほどあかねは朝から晩まで頼久の側にいてくれた。

 それは言うまでもなくあかねの意思でもあるのだけれど、頼久にしてみればあまり自分のところへ訪ねてばかりいてはあかねの両親が心配するのではないか?という不安があった。

 実情はどうなのかといえばあかねの両親はすっかり頼久のことを信用しているし、逆に頼りにまでしているけれど、それはそれ、頼久はそうは思っていない。

 だから、大晦日と正月の三日くらいは自宅でゆっくり過ごしてほしいと頼久の方から申し出た。

 もちろんあかねは反対しようとしたけれど、頼久は必ず自分の方から年始の挨拶もかねて訪ねてゆくからとあかねをなだめて、結局うなずかせたのだった。

 だから、1月2日の朝にあかねの姿がこの家の中にないのは当然といえばあまりにも当然のことだった。

 あかねと両親に年始の挨拶をするため、元旦は元宮家を訪ねて楽しい一時を過ごした。

 大晦日は天真が顔を出していたし、その天真が蘭に召集されて帰ってからも翌日はあかねに会いにいけると思えば楽しみな気さえして、なんとなく浮かれて眠りについた。

 ところが、本日2日はなんの約束もしていない。

 1日に訪ねた時はあかねの両親が同席していたからあかねと二人で話す機会が少なかったからなのだが、約束がないとなるととたんに不安になる自分に頼久は苦笑を浮かべた。

 午後からのほんの一時でいいから共に過ごしたいとメールの1本も出せばきっとあかねは承諾してくれるだろう。

 けれど、あかねに両親と過ごして欲しいという気持ちも本心だし、あかねにだって正月を共に過ごしたい友人がいるかもしれない。

 その邪魔をするのはもってのほかだと頼久は自分を戒めた。

 窓の外を眺めれば昇ったばかりの低い冬の朝陽が雪をかぶった庭を照らしている。

 ここ数日は雪が降り続いていたが、今朝はどうやら快晴のようだ。

 晴れた空の下をあかねの手をとって散歩の一つもできたならどんなに幸せだろう。

 窓の外を眺めただけでやっぱりあかねのことを考えてしまって…

 頼久がこれは重症だと自覚して深い溜め息をついたその時、元武士である頼久の鋭敏な感覚があかねの足音を聞き取った。

 これは幻聴か?

 そう思ったのはこれが初めてではないだけに、頼久はすぐに自分の感覚を信じることにした。

 あかねのことを思いすぎて幻聴が聞こえたのかと思った時は、たいてい本当にあかねが訪ねてきているのだ。

 頼久はすぐに立ち上がると玄関へと飛んでいって扉を開いた。

「あ、頼久さん、凄い。約束してなくてもわかってくれるんですね。」

 朝陽に照らされた玄関先に立って微笑むあかねは間違いなく本物だった。

 その笑顔が神々しく見えるのは決して朝陽に照らされているからではない。

 頼久にとっては常にその姿は光の中に在るように見えているといってもいいのだ。

 そんなことを頼久が考えているなどということは少しも考えていないだろうあかねは、頼久にうながされて中へ入った。

 リビングまでやってくるとくるりと振り返って頼久にニッコリ微笑んで見せる。

 それはもう頼久にしてみれば気が遠くなりそうなほど魅力的な笑顔だったけれど、頼久ははっと我に返って呼吸を整えた。

「お茶でも…。」

「あ、いえ、それは後で私が。それより、聞いて欲しい話があるんです!」

 大きな目をキラキラさせながらあかねは頼久を見上げた。

 約束のない時にこうして訪ねてきたあかねがそのことに触れずに話を始めるのはとても珍しい。

 だから、頼久はまずはあかねの話をじっくり聞くことにした。

「どのような…。」

「夢を見たんです!」

「はぁ…。」

 それはもう、幻の生物を見つけたとでも言い出しそうな顔であかねは楽しそうに語りだした。

「初夢です!初夢!」

「初夢…。」

 言われてみれば今日は2日。

 つまり、あかねが夢を見たのは1月1日ということになる。

「そうです!初夢でいい夢を見るとその年は1年いいことがあるって言うじゃないですか!」

「いい夢をごらんになったのですか?」

「はい!夢の中では私、頼久さんとこの家に一緒に住んでいて、目が覚めると私と頼久さんの間に小さな柴犬がいるんです!」

 自分と共にこの家に一緒に住んでいるという部分で頼久は顔が土砂崩れを起こすんじゃないかというほど喜んで、そして次の瞬間、自分と並んで寝ている夢を見たらしい話の後に出てきた柴犬で頼久は目を見開いた。

 犬?

 話の柱は犬なのか?

「その子がもの凄くかわいくておりこうなんです!」

「はぁ…。」

「私、子供の頃から柴犬が大好きで。」

「そう、だったのですか…。」

「大好きな人と同じ家で大好きな柴犬と暮らしてる夢を初夢で見るなんて、今年1年きっといいことがいっぱいです!」

 それはもう嬉しそうに語るあかねを見て、頼久も思わず微笑をこぼした。

 柴犬の方が嬉しいのか自分の方が嬉しいのか気にはなるものの…

 あかねが幸せそうにしているのならとりあえず頼久も幸せなのだ。

 大好きな人、とも言ってもらえたことだしと頼久が自分を納得させていると、あかねは愛らしい微笑を浮かべたまま頼久に一歩近付いた。

「頼久さんは初夢見ましたか?悪い夢だったら絵に描いて川に流しちゃったりするといいらしいですよ。」

「それは存じておりますが…その…私は夢を見ない性質ですので。」

「あ、そうか。忘れてました。」

 あかねの微笑が苦笑に変わるのを見て、頼久はそんな顔も愛らしいと笑みを深めた。

「この家で柴犬を飼うことがそんなに良いこととおおせなら、神子殿がこの家でお住まいの際には必ず柴犬を飼う事に致しましょう。」

「本当ですか?いいんですか?」

「もちろんです。」

「それじゃあ、約束ですよ、絶対、かわいい柴犬飼いましょうね!」

「はい。」

 飛び上がらんばかりに喜ぶあかねを見れば、頼久も楽しくないわけがない。

 しかも、よくよく考えてみれば、約束もしていない今日という日にあかねが朝から訪ねてきてくれたのは、その初夢の話を一刻も早く頼久に聞かせに来てくれたということらしい。

 そんな些細なことさえ嬉しくて、頼久はついさっきまで感じていた寂しさをもうすっかり忘れていた。

「あ…。」

「何か?」

 突然あかねが何かに気付いたように微笑を消したので、頼久は外見には表さないものの内心慌てた。

 自分が無骨な人間だということはよく心得ている。

 いつだって繊細な女性であるあかねの気に触ることを言ったりやったりしていないだろうかと、心配なことこの上ないのだ。

 ところが、頼久の思いとは裏腹に、あかねはあっという間に顔を赤くしてうつむいてしまった。

「神子殿?」

「あの、ですね、一緒に住んでて一緒に寝てるとかそういうのがいい夢とかそういうわけじゃなくて…その…あ、でも、それも幸せだったというか……頼久さんと一緒で柴犬も一緒っていうのが良かったって言うか…。」

 もじもじしながらあっという間に首まで赤くなったあかねが愛らしくて、頼久は口元が緩むのを止められない。

 つまりは頼久と一緒に暮らしている夢だったというところがあかねにしてみれば恥ずかしい話だったということに今更のように気付いたのだろう。

 頼久にとってはそんな夢を喜んでくれること自体が幸せでたまらない出来事なのだが、あかねはそれどころではないらしい。

 このままにしておくとあかねは果てしなく照れていって、最終的に頼久と一緒にいられないと出て行ってしまったりすることになるので、頼久は微笑みながら話題を変えることにした。

「今日はなんのお約束もしませんでしたので、お会いできぬかと思っておりましたが、楽しい話を聞かせていただきました。」

「頼久さん…。」

「神子殿はこの後、何かご予定はおありですか?」

「ありません!その話もしようと思って来たんですけど…その前にメールすればよかったんですけど、初夢がいい夢だったのがうれしくってつい…ごめんなさい。」

「お謝り頂く必要はありません。思いがけずこの頼久にも幸せを分けていただけましたので。」

「そ、そう言ってもらえると、嬉しいです……って、そうだ、予定なんですけど。」

「はい。」

「その、昨日はお父さんが頼久さん捕まえちゃって全然話がゆっくりできなかったし、ただ食べて飲んでおしゃべりしてで終わっちゃったから、今日はこれからもしよかったら初詣に一緒に行ってもらえないかなって思ってたんです。」

「同じことをお願いしようと思っておりました。今日はよく晴れていたので。」

 二人は同時に窓の向こうへと視線を移した。

 二人の目に映ったのは冬の繊細な陽射しに輝く雪の庭。

 そこには幸せそのものが輝いているようにも見えて、いつの間にか二人は優しく微笑んでいた。

「今日は一日、何も予定を入れてないんです。だから、初詣に行って、それから一緒にお昼ご飯を食べませんか?晩はお母さんがおいしいものを作るから頼久さんを招待してきなさいって言ってて…ってこれじゃあ一日中振り回しちゃいますね…。」

「かまいません。予定など一つも入れていませんし、入っていても神子殿が優先ですので。」

「優先はしないで下さい。都合が悪ければまた明日でもいいですし。」

 あかねが苦笑しても頼久はゆっくり首を横に振る。

「私にとっては何よりも神子殿が優先ですので。ですが、今日は本当に何も予定は入っておりません、ですので。」

「はい、一緒に初詣、行きましょう。でもその前に、私、朝ごはん食べないで来ちゃって…。」

「私もまだですので、昨日の残りでよければ一緒にいかがですか?」

「あ、何か材料があれば軽く作ったりもしますけど…。」

 コートを脱いでキッチンへ向かうあかねの背について歩きながら、頼久は幸せを噛み締めていた。

 冷蔵庫には昨日あかねの母に持たせてもらったおせち料理や、大晦日に天真と酒を飲んだ時に食べていたオードブルの残りなどが入っている。

 きっとあかねはそれを冷たいままで食べるなどとは言わないだろう。

 そんな残り物も温めたりちょっとした調理で味を変えたりしてくれるに違いない。

 ひょっとしたら一人で寂しく夜を迎えなくてはならないかもしれなかった一日が、あっという間にこんなにも幸せになった。

 頼久はそのことに感謝しながらキッチンに立つあかねの隣に並んだ。








管理人のひとりごと

明けましておめでとうございます(^^)
ということで、お二人さんの現代でのお正月でした。
犬、かわいいよね(’’)(マテ
管理人の家にもワンコがいますが、柴犬ではなく、パピヨンです(^^)
初夢は一日の夜に見る夢のことをいうとも二日の夜に見る夢のことだとも言われています。
どっちが正しいってことじゃなく、つまりはもともと旧暦でのお話なので太陽暦になっている今では正確には言えないってことみたいです。
まあ、一年の最初に見る夢ってことを考えれば一日の夜ってのが妥当かなということで、うちでは一日の夜になりました(笑)
皆様も良い夢を見て、一年の始まりが幸せであることを祈っておりますm(_ _)m
もし、夢見が悪くても、こんな短編でちょっとでも気分よくなって頂ければ幸いです!
では、今年もどうぞ宜しくお願い致しますm(_ _)m







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