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 夏休みに入ってすぐ、夏休み中の予定を立てようと一同は喫茶店に集合していた。

 一同というのは、あかね、頼久、天真、詩紋、蘭といういつもの5人だ。

 何故、喫茶店集合になったかというと、蘭がこの喫茶店のケーキセットが食べたいと言い出したから。

 普段あまり外へ出てもらえないあかねもそれに賛成してしまって、頼久と天真が渋る中、一同は喫茶店に集合と相成った。

 ところが、注文をとりにきたウェイトレスが手際よく一同の注文を聞いて去っていくと、まず蘭が不満そうに眉根を寄せた。

「しっつれいしちゃう。」

「へ?何が?」

 いきなり不機嫌そうな蘭に一人小首をかしげるあかね。

 そんなあかねを幸せそうに見つめる頼久以外の二人、詩紋と天真は『はぁ』と大げさに溜め息をついた。

「さっきのウェイトレス、頼久さんとお兄ちゃんと詩紋君を見比べてから、私とあかねちゃん値踏みしたもんね。」

「そ、そう?」

「もう、あかねちゃんはそういうの全然気がつかないんだから。」

「そう?本当?天真君もそう思った?」

「まぁな。でもま、あからさまじゃなかったし、マシな方じゃね?」

 この天真の発言にあかねは目を丸くする。

「絶対私やあかねちゃんが相手なら勝てると思ったね、あれは。」

「はい?」

 何がなんだか話がわからないあかね。

「その前にお前らは俺らの妹くらいに思ったな、あれは。」

「そりゃ私は実際妹だからいいけど、頼久さんと私達、どうやったら兄妹に見えるかなぁ。全然似てないし。だいたいその場合、詩紋君の立場って微妙じゃない?」

「ぼ、ボクのことはいいんだけど…。」

 どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい蘭が不機嫌そうなのに気圧されて詩紋の声は小さくなってしまう。

「いっつも思うけど、このメンツって周りから見たら凄く異様に見えるんだろうね。」

「だろうな。なんたって頼久が目立ってるしな。」

「そんなに目立っているか?」

 今度は頼久の眉間にシワが寄った。

 そんな相棒に天真が深い溜め息をつく。

 何度説明してもこの元平安武士は自分がどれほど目立つ容姿をしているのかを自覚しないのだ。

「目立つも何も……お前、街中歩いてて自分に視線が集中するのわかるだろ?元武士なんだからよ。」

「集中してるというほどではないように思うが…とにかくこちらは人が多すぎて…殺気でも放っていれば気付くのだが…。」

「…この平和国家日本で殺気放ってるヤツなんざ精神的に逝ってるヤツしかいねーよ…。」

「ただ見られているだけというのであれば京でもなかったわけではないから慣れている。そんなに問題か?」

 この発言で残る四人は一瞬目を見開き、それから溜め息をついた。

「なるほどな、お前、京でも目立ってたのな。」

「いや、目立ってはいないと思うが…。」

「目立ったっていうか、気付かないんでしょ?頼久さんってそういうこと鈍そうだもん。」

「に、鈍いとは…。」

 容赦ない蘭の言葉に頼久はうろたえた。

 あかねと同じ年の蘭は頼久が扱いづらく感じる相手の一人だ。

「女の人からの熱視線に気付かないってこと。ただ見られているっていうのは女の人が頼久さんかっこいいなぁとか思って見つめてたってことでしょ?頼久さんってそういうの鈍くて気付かないんだよ。だいたい、あれだけあからさまだったあかねちゃんの頼久さん大好きです視線に気付かなかったんだから筋金入り。」

「ちょっ、蘭!」

 あかねが蘭に激しく抗議しようとしたところで、先程注文した品々がやってきてしまい、会話は一時中断された。

 あかね、蘭、詩紋の前にはケーキセット、頼久と天真の前にはコーヒーが置かれる。

 ウェイトレスが一礼して去っていくと、ケーキセットを頼んだ三人は『いただきます』と幸せそうな声をあげて、すぐにケーキを一口ほおばった。

「うわぁ、おいしぃ。」

「うん、おいしいね。」

「クリームが凄くいいよね。」

 蘭、あかね、詩紋の順にそれぞれ幸せそうな顔でケーキにぱくつく様を男二人は穏やかな表情で見守った。

 この三人、甘いものには目がない。

 ケーキを食べている時は心底幸せそうな顔をするのだ。

「お前らほんと、幸せそうだな。」

「お兄ちゃんは何食べててもあんまり幸せそうじゃないよね。」

「そりゃお前の料理はみんな微妙だからだ。」

「ひっどーい。」

「天真君、誰かに作ってもらった料理はちゃんとおいしそうに食べてあげないと。作ってくれた人に失礼だよ。頼久さんはちゃんとおいしそうに食べてくれるよ?」

「そりゃお前…。」

「神子殿が作ってくださる物は、全て本当においしいですから。」

 『こいつは神子殿バカだから』と言おうとした天真の言葉を遮って、それこそ神子殿バカ発言をされてあかねは真っ赤になってうつむいた。

 にこにこと幸せそうな頼久とてれて赤くなるあかねの間に二人だけの空気が漂う。

 残る三人は深い溜め息をついた。

「お、お兄ちゃん、夏休み中の計画がなんとかって言ってなかったっけ?」

 このまま二人でデレデレされてはたまらないと蘭が慌てて話題をふる。

「お、おう。頼久、お前なんか言ってたよな?」

「いや、あれは神子殿が計画なさったことなのだ。」

 一同の視線はまだ赤くなったままのあかねに集中した。

「あ、えっと……あのね、実はちょっと夏休み中にやりたいことがあって…。」

 なんとかデレデレの状態から立ち直ったあかねは手帳を取り出した。

「夏休み中ならいつでもいいんだけど、頼久さんの家でみんなでお泊り会したいの。」

『………。』

 楽しげな頼久と真剣に話をしているあかね以外の三人が絶句したまま凍りつく。

 それは二人の嬉し恥ずかし初お泊りに付き合えということか?

 みんなで一緒のお泊り会だから大丈夫とか両親に言うために本当に一緒に泊まれと?

 そしていちゃつく二人を放置しておけと?

 と次々に脳裏で想像してしまった三人の青ざめた様子にあかねはすっかり驚いてきょとんとしてしまった。

「どうかしたの?三人とも。」

「どうかってお前……。」

「あかねちゃん、ごめん、いくらなんでもそれは無理…もう拷問に近い…。」

「う、うん、ボクもちょっと…。」

「へ?なんで?みんな忙しい?拷問になっちゃうくらいみんな忙しいの?」

『違う違う。』

 三人同時に否定されてあかねが更に目を丸くする。

「頼久、お前もお前だ。」

「ん?」

「『ん?』じゃねーよ。お泊りしようがお泊り中に何しようが俺は別に口出しするつもりはねーよ、ねーけどもだ、俺達を巻き込むのは勘弁してくれ。」

「なんの話だ?」

 どうやらこれはあかねが想像しているのとは違う話になってきたようだと気付いた頼久の眉間にシワが寄る。

「だから、そういうことは二人っきりでやってくれっていってんだ。あと、気をつけることは気をつけろよ。」

「……だから、なんの話だ?」

 頼久の声が一段と低くなり、眉間のシワが深くなる。

「私もなんの話だか全然わからないんだけど……みんなそんなに天体観測、いや?」

『天体観測ぅ?』

 あかねの発言に再び三人の声がハモった。

 互いの顔を見合わせて三人は同時に安堵の溜め息をつく。

「なんだよ、天体観測って…。」

「この前、空を見てたら凄く綺麗な星空だったから、みんなで天体観測できたら楽しいだろうなぁと思って。もうね、おやつとかいっぱい用意しておしゃべりしながら徹夜で星を見るの、ダメかな?」

「それなら全然ダメじゃない、かなぁ。」

 最初にそう言って苦笑したのはなんとか立ち直った蘭だ。

「それならって、じゃぁ、どれならダメだったの?」

「あ、あかねちゃん、それは聞かない方が……。」

「そうなの?」

「うん、ボクは聞かない方がいいと思う。」

 こちらも立ち直った詩紋が苦笑を浮かべて見せる。

 そして天真はというと、隣から注がれる鋭い視線に冷や汗を流していた。

「お、おう、天体観測な、いいんじゃね?」

「天真、後で稽古をつけてやる。」

 どうやら三人のとんでもない勘違いの内容に気付いたらしい頼久の低い声に天真は『あはは』と乾いた笑い声をもらした。

「みんな変なの。」

 不思議そうに小首をかしげるあかねを蘭と詩紋がケーキの話題でなんとかごまかし、何気なく天体観測お泊り会へと話題を戻す。

 結局、日程を決めても晴れていなくては意味がないということになり、七月末から天気を見ながら雨天曇天順延ということに決定して一同は席を立った。

 こういう場合、たいていは社会人の頼久が全員分の会計をするのだが、今回は自分の勘違いをよほど申し訳なく思ったのか天真が会計に立った。

 一同が少し離れた背後で見守る中、天真は会計を済ませると何やらレシートの他に紙切れを持って小首を傾げながら残る四人と合流して店を出た。

「お兄ちゃん?どうかしたの?」

 最初に天真の異変に気付いたのは蘭だ。

 天真はレシートを喫茶店内のゴミ箱へ放り込んで手に残った紙のコースターのようなものをにらみつけていたのだ。

「いや、なんでこんなもん渡されたのか…。」

「何?それ。」

 蘭が天真の手から取り上げた紙のコースターには店のロゴが入っていて、裏には携帯の電話番号らしき数字の羅列とその下に『気が向いたら電話下さい』の文字が…

「お兄ちゃんこれ…。」

「何?何?」

 事情がわかっていないらしいあかねが蘭の手の中にあるコースターを覗き込むと、つられるように詩紋と頼久も一緒に覗き込んだ。

「レジうってたのさっき注文取りにきたウェイトレスだったよね?」

「おう。」

「お兄ちゃん…何、ナンパされてんのよ……。」

『ナンパぁ?』

 あかねと詩紋が声をそろえて目を丸くする。

「これ、絶対彼女の携帯番号じゃない。」

「そ、そうか?ナンパか?」

「ナンパだよ、どう見ても…。」

 そう言うと蘭は大仰に『はぁ』と深い溜め息をついて見せた。

「お兄ちゃんは頼久さんのこと目立つ目立つって言うけど、自分も目立ってるってわかってる?」

「はぁ?俺が目立ってる?」

「そう、目立ってるの。あのね、お兄ちゃんも十分かっこいいからね?もう、ちょっと不良っぽいところなんて凄くいいとか言われちゃってるからね?」

「お前、からかってねー?」

「からかってません。ね、詩紋君。」

「う、うん…ボクのクラスの女の子も天真先輩のこといいなぁっていってる子けっこういるし…。」

「ほら見なさい。」

 何故か自慢げに胸を張る蘭。

「私も天真君かっこいいと思うよ?同じ年の男の子よりずっとしっかりしてて頼れるし、うちのクラスにも天真君のファンいるよ?」

「いや、お前に言われてもむなしいっつうかなんつうか……。」

 真剣なあかねのまなざしが痛い天真はぽりぽりと頭をかいて溜め息をついた。

 そして、もう一つ自分へ向けられる鋭い視線に気付いて、せっかくおさまった冷や汗がぶり返してくるのを感じた。

「なんでむなしいの?私、本気で言ってるんだよ?天真君はほんとにかっこいいって。」

 思わず力説するあかねに天真は青くなった。

 あかねの背後に立っている頼久からひしひしと鋭い視線を感じたからだ。

 同じ青龍の相棒だからこそわかる、これは間違いなく妬いている、とんでもなく妬いている。

「あかね、頼むからやめてくれ…俺の命にかかわる…。」

「へ?」

「とにかく、お兄ちゃんは頼久さんのこと言えない。自覚なさすぎ。頼久さんとお兄ちゃんが一緒に歩いてると相乗効果でもんのすごく目立ってるからね、二人とも自覚して。」

「自覚してって言われてもよ…。」

「あのね、頼久さんはともかく、お兄ちゃんは私にまで色々と迷惑かかるからほんと、自覚してね。」

「お前にどんな迷惑かけたよ。」

 ひたすら天真をにらみ付けることに夢中で頼久は蘭の発言が耳に入っていないらしく、天真はというとそんな頼久の視線に耐えているだけでも冷や汗ものなのに妹の会話に付き合わされて少々うんざりぎみだ。

「あのね、学校でお兄ちゃんにこれ渡して、とか言われてラブレター渡されそうになる妹の身にもなって下さい。どうせお兄ちゃんそんなの読まないし、返事書くわけもないし、受け取るの断るのにどれだけ苦労してると思ってんの?」

「………マジかよ…。」

「天真先輩、ボクもけっこう断ってる……。」

「…………。」

「ほらね、やっぱり天真君かっこいいんだよ。」

 何故か嬉しそうなあかね。

 そして更に鋭くなる頼久の視線。

 天真は両手で髪をかき回すと深い溜め息をついた。

「わぁかったわかった。自覚してナンパされないようにすりゃいいんだろ?」

「そうそう。年上の女にナンパされてお持ち帰りされちゃうお兄ちゃんとか私、見たくないから。」

「されねーっつうの。」

「ま、お兄ちゃんの気持ちもわからないじゃないけど、彼女の一人や二人作って妹を安心させてね。」

「お前、母親かよ…。」

「彼女ができるまでは、私が彼女のふりしてあげる。」

 そう言うと蘭はすっと天真の左腕に抱きついて歩き出す。

「お前なぁ…。」

「こうしてれば少なくてもナンパはされないって。」

 疲れたように深い溜め息をつくだけでもう天真は抗議しようともしなかった。

 こう見えて妹には甘いのだ。

 そんな天真を詩紋は穏やかな微笑を浮かべて、そして頼久は相変わらず鋭い目で見守る。

 そしてあかねはというと…

「あのぉ、頼久さん。」

「はい?」

 急に恋人に名を呼ばれて頼久は嬉しそうに隣を歩くあかねへと視線を向けた。

 やたらとあかねにかっこいいを連発されていた天真に嫉妬していただけに、名を呼ばれるだけでも今の頼久にはかなり嬉しい。

 やっと嫉妬から解放された頼久が隣の恋人をよく観察してみると、あかねは何やら恥ずかしそうな顔で頼久のシャツの袖をつまんでいる。

 しばらくあかねの様子をうかがって、前を歩く天真と蘭と見比べて、ようやく頼久はあかねが何を言いたいのかに気付いて微笑んだ。

「どうぞ。」

「はい?」

 急に差し出された頼久の左腕に戸惑うあかね。

「私も自覚して気をつけなくてはいけないようですから。どうやら神子殿がこの腕をとって下されば、周囲の目を引かずにすむということのようですし。」

「は、はい…。」

 嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤に染めながらも、あかねは頼久の左腕を抱きしめて歩き出す。

 二組の腕を組んで歩く男女と何故か一緒に歩いている可愛らしい男の子。

 こんな5人連れは頼久と天真が共に歩いている以上に目立ってしまったのだが、結局、一同はそんなことには気付かずに楽しそうに家路につくのだった。





 まだ時間が早いからと頼久の家へ向かった一同。

 あかね、蘭、詩紋が紅茶を飲みながらまったりする中、天真は庭先で頼久に剣の稽古をいやおうなしにつけられた。

 ただ、思っていたよりも手加減されていたのは、帰る道すがら、あかねに腕を組んでもらえたからだろうなとほっと安堵する天真だった。








管理人のひとりごと

今回のテーマは頼久さんの嫉妬光線に冷や汗を流す天真君の図(爆)
あとはちょっとだけ天真君が主役っぽく作ってみました。
いいやつなんで、ちょっとクローズアップしてあげたいなと(笑)
で、学生諸君、夏休み入っちゃいました。
これから色々みんなで楽しいことしますよぉ(^^)
京とは違う安全な世界で頼久さんにゆっくり夏を楽しんでもらうのです♪





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