つのる想いを
 夏も近くなって、陽が落ちてもまだすこし屋敷の中は暑い気がして…

 あかねは頼久と二人、縁に出て涼んでいた。

 空には綺麗な満月。

 二人そろって静かに夕餉を終えて、静かで綺麗な月を眺めている。

 隣には大好きな旦那様。

 あかねにとって言うことなしの初夏の夜、のはずなのだが…

 あかねは頼久の隣で膝を抱いて、じっと夫の端整な横顔を見つめている。

 頼久はというとくつろいだかっこうでゆったりと月を見上げていた。

 そんな頼久の横顔をじーっと見つめてあかねは何やら真剣に考え込んでいるのだ。

 妻が何より大事な上、武士として鋭敏な感覚を持つ頼久がそれに気づかないわけがない。

 あかねの視線に気づいた頼久が恐る恐る隣の妻へ視線を移せば、何やら難しげな顔をして悩んでいるらしいあかねの愛らしい顔がその目に飛び込んだ。

 頼久にとっては何よりも愛しい妻の顔なだけに、至近距離で見ればどんな表情でも愛しくてしかたがないというのに、その真摯な瞳はまっすぐ自分へ向けられていて…

 嬉しさと愛しさで思わずあかねを抱き寄せようとしている自分に気づいて、頼久は慌てて我に返った。

 今はこんなに真剣に何かを考えているらしいあかねの悩みを解決するのが先決だ。

「神子殿、どうかなさったのですか?」

「へ、あ、ごめんなさい。こんなにずっと見られてたら気になりますよね。頼久さん、そういうこと凄く気になるのに…ごめんなさい、気が利かなくて…。」

「いえ、その、そういうことではなく…何かお悩みでしたらお話頂ければ…。」

「えっと、悩んでるっていうほどじゃないんですけど…。」

「ですが、神子殿は先ほどからずっと…。」

「ですよねぇ。」

「は?」

「気がついてましたよね…せっかく静かでいい夜なのに気を使わせてごめんなさい…頼久さんは仕事で疲れてるのに…。」

「いえ…。」

 頼久が戸惑っている間にあかねははぁっと深い溜め息をついた。

 自分の膝をきゅっと抱えてうつむくあかねに頼久は戸惑うばかりだ。

 この天女を妻に娶ってからけっこうな時間がたった気がするが、それでももともと女性の扱いに長けているわけではない頼久には、この異界からやってきた天女の扱いは難しい。

 あまりに大切な人だから傷つけないようにと慎重になっているせいもある。

「私、奥さん失格だなぁ…。」

「み、神子殿!そのようなことは決してっ!」

 落ち込み続けるあかねに頼久は顔色を青くした。

 妻になってもらっただけでも頼久にとっては奇跡のような女性だというのに、失格だなどととんでもない。

 だが、頼久があたふたと慌てている間にもあかねはなんだか悲しそうにうつむいていて…

 そんなあかねの様子を見て、頼久は己を落ち着けようと一つ深呼吸をした。

「神子殿、私の様な無骨者では役に立たぬかもしれませんが、何かお悩みでしたらお話し頂きたく…。」

「…頼久さんにはいっつも助けてもらってばかりですよ…役に立たないなんていわないで下さい。」

 やっと顔を上げたあかねは頼久に力ない笑みを浮かべて見せた。

 その顔があんまりにも儚げで頼久は息を呑んだ。

「み、神子殿…。」

「はぁ、やっぱりダメだなぁ、私、結局、頼久さんに心配かけちゃって…。あのですね。」

「はい。」

 ようやくあかねが何か話してくれそうで、頼久は姿勢をただしてあかねの方へと向き直る。

「私が頼久さんのお嫁さんにしてもらってからもうずいぶん経つじゃないですか?」

「はい。」

「頼久さんと出会ってからはもっと時間が経ってるんですよね。」

「はい。」

「1年以上たってるんですよねぇ。」

「はぁ。」

「それなのに私…頼久さんに会いたいなって思っちゃうんですよね…。」

「はい……はい?」

 あいづちをうとうとして頼久は思わず目を見開いた。

 会いたい?

 こうして一緒に暮らして、毎日顔をあわせているのに会いたいとはいったい…

 頼久にはあかねの言っている意味がわからない。

「左大臣さんの警護とかで何日かいない時はもちろんなんですけど…最近は、朝、頼久さんがお仕事にいくでしょう?夕方には帰ってきてくれるってわかってるのに会いたくなっちゃうんです。」

「神子殿…。」

「前はそうでもなかったんです…って、それはまぁ、頼久さんが警護とかでずっと一緒にいてくれたからかもしれないんですけど…でも、お嫁さんにしてもらって、同じお屋敷で暮らしてもらって、凄くたくさん頼久さんと一緒にいられるようになったはずなのに、ちょっと会えなくなるだけですぐ会いたくなっちゃうんです…毎日毎日どんどん好きになってるというか…。」

 あかねが「はぁ」と深い溜め息をつくのを頼久はニコニコと微笑を浮かべて見守っている。

 こんなにもあかねからはっきりと会いたい好きだと言ってもらえれば頼久はもう天にも昇る心地だ。

「だから、頼久さんの欠点を探してたんです。」

「は?」

「これ以上頼久さんを好きになっちゃうと、私、なんか凄いわがままとか言い出しそうだし、だったら頼久さんの欠点を見つけてこれ以上好きにならないように努力すればいいかなと思って。」

 頼久の顔色が一瞬にして真っ青になった。

 それでなくても無骨者だの朴念仁だのと周囲にはさんざんにいわれている自分なのだ。

 あかねに欠点を探されればあっという間に100も200もみつけられてしまいそうで…

 そうなってはもうあかねにはあっさり見捨てられるのではなかろうか?

 そんなことまで一瞬にして考えてしまって頼久の背筋は凍りついた。

 この妻を失った後の自分など想像もできない。

 いや、想像できないどころか見捨てられた時点でこの命は尽きるのではないかとさえ思う。

「み、神子殿、その、欠点などそのように真剣に探されては…。」

「私にとっては大問題なんです!毎日毎日どんどん頼久さんを好きになっちゃって、それで、一瞬たりとも離れたくないなんてなっちゃったらどうするんですかっ!もうなりそうなのに…。」

 いや、それはそれで嬉しいのだが…

 と心の中でつぶやいて頼久は苦笑した。

 あかねと一瞬たりとも離れずにいられるのなら、何もかもを捨てたってかまわないと思っている自分に気づいたから。

「でも、さっきから一生懸命探してるんですけど、全然見つからないんです、頼久さんに欠点…。」

「私は……欠点ばかりが目立つと思い、毎日修練しておりますが…。」

「例えばどんなっ?!」

 頼久は思わず「うっ」とうめき声をあげた。

 あかねの悩みを解消したくて思わず発した自分の言葉がまさか墓穴を掘る結果になろうとは…

 自分で自分の欠点を愛しい人にあげつらわなくてはならない事態に陥って、頼久は脂汗を流しながら悩んだが、結局はあかねの期待に満ちたキラキラな瞳に負けて口を開いた。

「周りの者からはよく朴念仁といわれますが…。」

「ん〜、それは硬派ってことであって欠点ではないような…。」

「女性の扱いには全く自信がありませんが…。」

「それも別に悪いことじゃないですし…私には優しいですよ?」

「風流を解することもできませんし…。」

「だって頼久さんは武士なんだからそんなことわからなくても問題ないじゃないですか。」

「……。」

 ここで頼久は黙り込んだ。

 いくら周囲から指摘される己の欠点をあげてみても、全てあかねには否定されてしまうのだ。

 他にも欠点はあるだろうが、このままだと全てあかねに否定されてしまう気がする。

「ね、やっぱりないんですよ、頼久さんには欠点なんて。朴念仁っていうのは逆に八方美人みたいなことはしないってことだし、女性の扱いに長けてないっていうのは浮名を流して遊んだりしないってことだし、風流を解することができないって言いますけど、楽器とかお香とかがわからないっていうだけで、綺麗なものを綺麗だって私と一緒に楽しんだりはしてくれるわけで、それは風流を解してるってことです。」

「はぁ…。」

「私がもといた世界では、3高っていって、人気のある男の人の条件みたいなものがあったんですけど、頼久さんはそれにもあてはまっちゃうし…。」

「それはいったい…。」

「えっと、まず、背が高い、それからお給料が高い、で、高学歴。」

「こうがくれき、とは…。」

「ん〜、こっちでいうとちゃんとした地位があるって感じかな。学歴がこっちにはないから。頼久さんは源武士団の若棟梁っていうちゃんとした地位があるでしょう?」

「はい。」

「だから、それはもう持ってるわけです。背も高いし、何気にお給料もいいでしょう?」

「背丈はまぁ高い方でしょうか…きゅうりょう、とは…。」

「それはえっと…稼ぎ?」

「ああ、生活には確かに困るようなことは今のところはないかと…。」

「全部見事にクリア。」

「くりあ?」

「合格ってことです。つまり、私のもといた世界でも頼久さんは完璧な男性に近いってことです。」

「そ、そのようなことは…。」

 完璧などということは全くありえないと自分では思うのだが、頼久がそう口にする前にあかねは深い溜め息をついて続ける。

「はぁ、しかも顔が綺麗で武士だから喧嘩も強くて、もちろん運動もできるし馬にも乗れて、馬に乗ってるところなんてもうびっくりするくらいステキだし…それに何より私のことをとっても大切にしてくれて……ダメ、全然ダメ、好きなところばっかり浮かんで全然嫌いになれそうな欠点が見つからないんです…。」

 そう言って悲しげにうつむくあかね。

 頼久にしてみれば、愛しの天女にこうまで褒められれば嬉しいとかいうどころの騒ぎではないのだが、目の前の愛しい妻はというと何やら落ち込んでしまっているわけで…

 一人複雑な思いで頼久は考え込んだ。

 ここで、自分があかねに嫌われるべく努力をするとあかねはそれで安心するのだろうか?

 もしそれであかねが幸せになるのなら自分はあかねに嫌われるべく努力をすべきなのではないだろうか?

 だが、もし、それで本当にあかねに嫌われてしまった場合、自分はいったいどうすればいいのだろう…

 などなど…

 頼久は頭の中で色々と考えて、そして一つ深い溜め息をついた。

「神子殿。」

「はい?」

「その…神子殿が色々と悩んでいらっしゃるのはわかるのですが…その悩みを解消するために私を嫌う努力をなさるということだけはやめて頂けないでしょうか…。」

「へ?」

「……私は神子殿をこの世の誰よりも深くお慕いしております、ですから神子殿に…欠片ほどでも嫌われるというのは耐え難く…。」

「で、でも、だって、私はもうすっかり頼久さんのことは大好きなわけだし…大好きすぎて困ってるわけで…。」

「どうすれば神子殿に愛想をつかされずにすむかとそればかり考えて努力をしておりますが、神子殿にそのように嫌う努力をされては、私のような人間などすぐに見限られてしまいそうに思います…。」

「そそそ、それはない!ないです!」

「神子殿が一瞬たりとも側を離れるなと仰せならば、この命をかけてお側におります。たとえ武士をやめることになろうとも、家から勘当されようとも、神子殿が私に側に在れとおっしゃるのならお側を決して離れません。ですからどうか…。」

「ダメですってば!そういうわがままを言わないようにしたいんですっ!」

「私にとっては神子殿に嫌われるよりも、いくらでもわがままを言って頂いた方がどれほど幸せか…。」

「頼久さん…。」

 今にも世界が消えてなくなりそうなほどに落ち込む頼久をじっと見つめて、あかねはポンっと手をたたいた。

「神子殿?」

「見つけた!頼久さんの欠点!」

「は?」

「いいですか?頼久さんはですね、私に甘すぎです!」

「はぁ…。」

「それが頼久さんの唯一の欠点ですね!だめですよ、私は頼久さんの妻で、もう頼久さんのものなんですから、もっとこう厳しくというか夫らしく命令とかしちゃわないと!」

「め、命令などととんでもありません!」

「そこが頼久さんの欠点!」

 嬉しそうにそう指摘されると頼久としてはその欠点を克服してしまわなくてはいけないような気がするわけで…

「その…神子殿はどうあっても神子殿なのです。その龍神に愛でられし尊き神子という御身分は変わらぬわけで…一介の武士の私とは結婚しても身分に差はありますので…厳しくだの命令だのということは……。」

「だから、そこが欠点です!頼久さんは一緒に戦っていた時からずっとその身分にこだわってましたけど、私にとっては身分っていうのはないものってことになってるんです!私のもといた世界では身分なんてありませんでしたから。だから、私にとっては頼久さんは大切な旦那様。妻の私がわがまま言ったら叱ってほしいし、『あかね、夕餉を早く』とか言ってもいいんです!」

「そ、それは…。」

 無理だ。

 とうてい無理だ。

 自分にそんなことができるはずがない。

 と、心の中で何度も否定しながら頼久は更に顔色を青くした。

 もしそれをやらないとあかねに嫌われるというのならいったいどうすればいいのか…

「その…神子殿…。」

「はい?」

「…私がその…神子殿を御名でお呼びしてその…命令をしないと…私は神子殿にその欠点を理由に嫌われるのでしょうか?」

「ん〜、嫌いにはならないかもしれませんけど、これ以上好きになるのを止めることはできる、かなぁ…。」

 そう言ってあかねは考え込んでしまった。

 本当にこんな欠点で頼久を好きになることを止められるんだろうか?と、自分で疑問に思ったからだ。

 対して頼久は、このままあかねに嫌われるくらいなら努力して欠点を克服せねばと必死になっていた。

 もし本当に嫌われてしまってこの妻に見限られてしまったらと思うと生きた心地もしないのだ。

「あ、あかね…。」

「へ、あ、はいっ!」

 思いがけず頼久に呼び捨てにされて思わずあかねは張り切って大声で返事をしてしまった。

 そしてキラキラと期待に満ちた瞳で頼久を見上げる。

 頼久はというとそんな期待に満ちた瞳で見つめられて、頭がクラクラしそうだ。

「その…。」

「何かしてほしいことあります?」

 これは夫らしく何を言ってもらえるのかとあかねが期待満面で待ち構えると、頼久はその顔色を青白くしてたじろいだ。

「頼久さん?」

 なんとかあかねの名を呼んだ頼久はだが、そのまま凍り付いて顔色を青くするばかりでなかなか次の言葉を紡いでくれない。

 あかねはだんだん心配になって脂汗を流し始めた頼久に近づいて、表情をうかがった。

「大丈夫ですか?なんだか顔色が…。」

 あかねがそこまで言ったその時、今まで青白い顔で凍り付いていた頼久がさっとあかねの肩を抱き寄せた。

 あまりに急なことに驚いて、あかねは抵抗する間もなく頼久にしっかりと抱きしめられてしまう。

「頼久さん?大丈夫ですか?」

「神子殿…お慕いしております…どうか、嫌うなどと……。」

 そう言って途切れた頼久の声はかすれていて、なんだかとてもつらそうであかねは頼久の腕の中で目を大きく見開いた。

「よ、頼久さん?」

「御名をお呼びすることは…時折努力は致します…ですが、大切な神子殿に命令だなどと……どうあってもできかねるのです……そのことで神子殿に見限られたりしては…私は…。」

「ちょっと待って下さい!見限るとかそういうことじゃないですってばっ!」

 今にも血でも吐きそうな頼久の声に驚いてあかねは必死で顔を上げた。

 そこには捨てられた子犬のように悲しそうな頼久の顔が…

「私は頼久さんが大好きです!そんなことで嫌いになったりなんかしません!だから、そんな顔しないで下さい…ずっとずっと好きでいるって約束しますから…。」

「神子殿…。」

 このあかねの一言は効いた。

 頼久の顔にはぱぁっと笑みが浮かんで、あかねはギュッと強く抱きしめられる。

 ずっとずっと好きでいる。

 このあかねの言葉は頼久の耳に焼きついた。

「私も、未来永劫、神子殿を誰よりも何よりもお慕いしております。どんな時も必ず神子殿をお守りすると誓います。」

「もぅ…知りませんからね、もっといっぱい頼久さんのこと好きになって、私がすごーいわがままな奥さんになっちゃって、頼久さんが凄く困っても知らないんですから。」

「そうなって頂けたら、私は天にも昇る思いです。どうぞいくらでも…。」

「はぅぅ。」

 あかねはうめき声をあげて頼久の腕の中でその顔を真っ赤にした。

 相変わらずこの夫は恥ずかしいことをサラリと言ってのけて、しかも幸せそうなのだ。

 でも、そんなところもやっぱり大好きで…

 この人を少しでも嫌いになんてやっぱり絶対なれないんだ。

 そう思って観念して、あかねはまた今日も夫を好きになる自分を受け入れることにした。

 そのままいくらでも好きになってかまわないと言って微笑んでくれる夫だから。

 きっといくら好きになっても受け止めてくれると思えたから。

 そして頼久は…

 自分の方があかねを想いすぎてわずらわしい思いをさせはしないだろうかと心配し始めるのだった。







管理人のひとりごと

甘さの極限に挑戦中といいますか…
久々に書き終わって砂吐きましたな(’’)(マテ
ゲーム発売当初から管理人がずっと頼久さんを好きなように(笑)あかねちゃんもずっと頼久さんが好きなわけです。
しかもどんどん「好き」が大きくなっていく。
でも頼久さんを大好きなあかねちゃんとしては頼久さんに迷惑をかけるようなわがままな妻にはなりたくない。
するとこんなことになっちゃいました(爆)
「好き」という気持ちはいつも二人で同量なわけじゃないと管理人は思うわけです。
だとしたらきっと「好き」になればなるほど相手のことを思って悩んだり気を使ってりするんだろうなと。
そうやってお互いに「好き」を確認していられる間はきっと少しずつどんどん仲良くなっていける。
あかねちゃんと頼久さんはそんな二人になれるだろうなと思って書いてみました(^^)





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