つながる心
 頼久はリビングにあるテーブルの上を拭き終わり、辺りを見回して一つうなずいてから窓の外を眺めた。

 外は良く晴れていて、青空がとても綺麗だ。

 そこには少しばかりの雲が流れているのが見えて、空の高さを思わせた。

 頼久は台拭きをキッチンの傍らへ戻すと、リビングのソファに腰掛けて窓の外を眺め続けた。

 穏やかな一日の始まり。

 こんなふうに頼久が家中の掃除をして穏やかに一日を始められるのは、この日があかねの訪ねてくる予定の日だからだ。

 もうすぐあかねは何かお手製のおいしいお菓子を持ってここを訪れるはずで、頼久はそんなあかねを迎えるために部屋中の掃除を決行したのだった。

 あかねに言わせれば頼久は京にいたころから几帳面で折り目正しい人間だったらしいが、頼久自身は自分のことをそうは思っていない。

 特に掃除などは自分でしたことがなかったし、部屋が汚れていることに頓着したこともない。

 京にいればそういうことは専門に片付けてくれる人間が周囲にいたからだが、こちらの世界ではそうはいかない。

 一人暮らしの頼久の家は家主が掃除をしなければ果てしなく汚れていくし、散らかってもいく。

 何故頼久が掃除をするのかといえば、それはあかねに不愉快な思いをさせるわけにはいかないという一点が気にかかるからだ。

 部屋の中を見回して塵一つ落ちていないことを確認すればもうあかねを迎える準備は整ったも同然だ。

 飲み物は昨日から用意してあるし、昼食の材料も買ってある。

 あとはあかねが来てくれる瞬間を待つばかり。

 あかねが来るまでにはまだまだ時間があって、頼久は苦笑しながら青空を見上げ続けた。

 いつもあかねが来る日の頼久はずいぶんと約束よりも早い時間からこうしてあかねを待ちわびてしまう。

 だが、愛しい人を待つことができることさえ幸せなことなのだと知っているから、頼久はこの時間を大切にすることにしていた。

 京であれば、頼久はあかねが会いに来てくれるのを待つなどということが許されない身分だった。

 せいぜいが警護と称してあかねの局の周りをうろうろするくらいが許される精一杯だったはずだ。

 それを思えば、やがては会えると約束されている人を待つことになんの苦があるだろう。

 そんなことを思いながら青空を見上げていると、京での出来事が次々と頼久の脳裏に浮かんだ。

 初めて出会った不思議な少女。

 その少女が京を救う龍神の神子であると告げられた時の驚き。

 頼久にはついていけなかった突拍子もない少女の発言や行動、そして価値観。

 厳しかった怨霊との戦いの日々。

 そんな戦いの中で少しずつあかねという少女に惹かれていった自分の心。

 優しく微笑みかけてくれたあかねの笑顔。

 そして、最後の最後に自分の想いを受け入れ、共にいたいと言ってくれたあの時のあかねの声。

 何もかもが夢のようで奇跡のようで、そして実際に頼久をこの地へと導いた真実の出来事だった。

 小さな雲がいくつも流れる青い空はあの最後の鬼との戦いの時、あかねの祈りに応じて降臨した龍神を思い出させた。

 龍神に召され、あかねが消えてしまうと思った瞬間の恐怖は今でも忘れられない。

 必死であかねを呼び、必死で腕をのばし、やっとの思いで取り返した愛しい人は今、幸せでいてくれているだろうか。

 頼久が再び愛しい恋人へと想いを馳せたその時、ドアの向こうに人の気配がした。

 間違いなくあかねの気配と気づいて、頼久は足早に玄関へ向かうとすぐに扉を開いた。

「おはようございます。ごめんなさい、だいぶ約束より早く来ちゃって…。」

 恥ずかしそうにうつむき加減でそう言うあかねの頬はうっすらと紅に染まっていて、頼久はそんなあかねの様子に口元をほころばせた。

「いえ、お待ちしておりました。中へどうぞ。」

「お邪魔します。」

 頼久が大きな体をどけてあかねを中へいざなうと、あかねはまるで自分の家のようにすぐにリビングへと入っていった。

 その自然さが幸せで、頼久は微笑を浮かべながら後ろ手に扉を閉めるとすぐにあかねの後を追ってリビングへ入った。

「本当にごめんなさい。ものすごく朝早く目が覚めちゃって…それで…色々準備して、着るものを選んだりとか色々したんですけど、どうしても時間まで待ちきれなくて…来ちゃいました。」

 約束していた時間よりも30分ほど早く到着してしまったことをあかねはとても申し訳なく思っているようで、カバンをテーブルの上に置いてからはソファに座りもせずにもじもじとしている。

 頼久にしてみれば30分早かろうが1時間早かろうが嬉しい限りだ。

「いえ、お気になさらず。私も早く目が覚めてしまいましたから、1時間ほど前からお待ちしておりました。どうぞ、お座りください。今お茶を…。」

「それは私がやります!」

 慌ててあかねはそう宣言すると、すぐにキッチンへ駆け込んだ。

 頼久は一人暮らしなので家事だろうがなんだろうかたいていのことは一人でできるが、どうしてもあかねはお茶をいれるとか食事を作るとかいうことは自分がやりたいようで、二人でいる時もたいていはあかねがキッチンに立つ。

 初めのうちこそそんなことをさせては申し訳ないと思っていた頼久だが、最近はソファに座ってキッチンで立ち働くあかねの後ろ姿を見守ることにも慣れてきた。

 だから、今日も頼久はソファに座って楽しげにお茶をいれるあかねの後ろ姿を見つめながら待つことにした。

 京にいた頃はひどく遠く思ったこともあるその小さな背中は、どこかウキウキとしていて楽しそうだ。

「はい、お待たせしました。」

「有難うございます。」

 紅茶をいれて戻ってきたあかねは頼久の分のティーカップをテーブルに置くと、自分の分のティーカップを手に一瞬考え込んだ。

「こちらへどうぞ。」

 頼久がそう言って自分の隣を示せば、あかねは顔を赤くしながらも嬉しそうに頼久の隣に座った。

 隣に座ろうかテーブルをはさんで向かい側に座ろうかで悩んでいたらしいあかねの心中を察した頼久は、なんとも愛らしいあかねの悩みに微笑を浮かべた。

「えっと…その…そう!今朝は夢を見たんですよ!」

「はぁ。」

 恥ずかしさを紛らわそうとしてか、あかねが急にそんな話を始めて、頼久は笑みをおさめるとあかねをじっと見つめた。

 神子殿のお言葉は一つもらさず聞き取らねばという姿勢はいまだに変わらない。

「京にいた頃の夢、見ちゃいました。」

「それは…どのような…。」

「えっと、八葉のみんながそろっていて、私が友雅さんにお説教とかしてるんです。」

「説教、ですか?」

「女の人をたくさん泣かせちゃいけませんとか。そんなこと。それで、鷹通さんとか永泉さんとかがしかたないなぁっていう顔で苦笑してて、イノリ君とか天真君は大笑いしてて凄く楽しくて。」

「はい。」

 鷹通や永泉など他の八葉はともかく、友雅があかねの夢の中に出てきたことに頼久がちくりと嫌な想いを抱いていると、あかねの話は妙な方向へと動き出した。

「でも、急に龍神の声が聞こえてきたんです。」

「龍神、ですか…。」

「そうなんです。」

 頼久にとって龍神という神はいいイメージばかりの神ではない。

 京を救い、頼久を愛しい人と離れ離れになることのないようはからってくれた神ではあるのだが、同時にその龍神は京を救う代わりにあかねを連れ去ろうとした神でもあるからだ。

 そんな過去の出来事を思い出して頼久が眉間にシワを寄せていることには気づかずに、あかねは夢の話を続けた。

「八葉の全員が幸せであるのが私の願いなら龍神に祈りを捧げればいいってそんなことを言われたんです。私はああそうか、龍神に祈ればよかったんだってなんだか妙に納得しちゃって、祈りを捧げて…そしたら私は青い空に舞い上がって、八葉のみんなが幸せそうに笑っている顔を見下ろしてたんです。そこで目が覚めちゃいました。」

「……。」

「なんだかおかしな夢で、でも、八葉のみんなはきっと幸せでいてくれるんだろうなぁって思えて、ちょっとだけ幸せな気分でした。」

「そう、ですか…。」

「そういえば、京で龍神を呼んだ時も青空の下でしたねぇ。」

 あかねは頼久の表情がどんどん翳っていくのには気づかずに、すっと立ち上がると窓辺へ歩み寄って両腕を広げた。

 全身に陽の光を浴びて伸びをする。

 その様子をただソファに座って見つめていた頼久は、ハッと何かに気づいたように目を見開くと、立ち上がってふらふらとあかねの方へ歩み寄り、その体を背後から抱きしめた。

「きゃっ、よ、頼久さん?」

「手が、届かぬかと…。」

「はい?」

「手が届かぬかと思いました。」

「手、ですか?」

 耳元に聞こえる低い声にあかねは顔を赤くしながらもそっと頼久の顔を見上げた。

 聞こえた声がやけに苦しげに聞こえたから。

 するとあかねの目には京にいた頃によく見た、今にも血を吐きそうな表情の頼久の顔が映った。

「よ、頼久さん?どうしたんですか?」

「あの時は、二度と手が届かぬかと、そう思ったのです。」

「あの時って……京で私が龍神を呼んだ時ですか?」

「はい…私が不甲斐ないばかりに神子殿は龍神に召され、二度と手も声も届かぬのかと思いました。何一つ申し上げぬままに永遠に失うことになるのかと…。」

「大丈夫ですよ!頼久さんがちゃんと呼び戻してくれたじゃないですか!だからこうしてこっちの世界で平和に暮らしていられるんだし。もう、昔のことでそんなに落ち込まないで下さい!」

 頼久の腕の中でくるりと振り返って、あかねはまじまじと頼久の顔を見上げた。

 するとようやく頼久の顔にもかすかな笑みが浮かんだ。

「今朝は私も京の日々を思い起こしておりましたので、少々感情的になりました。申し訳ありません。」

「頼久さんも?どんなことを思い出してたんですか?」

「初めて神子殿にお会いした時のことや…。」

「ああ、初めて会った時はびっくりしたでしょう?私もびっくりしましたから。」

「はい、ですが、すぐに神子殿は龍神の神子たるにふさわしいお方と思いました。それから、その後の戦いの日々や、神子殿に側にあることをお許し頂いた時のことなど…。」

「そ、それはだって私も一緒にいたいなと思ったからで…お許し頂いたとかそんなんじゃないですよ…。」

 あかねが恥ずかしさにうつむけば、頼久の腕はあかねの背へと回って、再びあかねはぎゅっと頼久に抱きしめられてしまった。

「頼久さん?」

「特に今朝は、神子殿が龍神に召されそうになった時のことを思い出しました。あの時は神子殿を失うのかと背筋が凍りました。」

「……私も、龍神の中に溶けて消えちゃうのかなって思いました。一瞬ですけど。でも、ちゃんと頼久さんの声、聞こえましたから。大丈夫ですよ。どこにいたって、誰に連れて行かれそうになったって私、頼久さんの声だけはちゃんと聞こえるんですから。」

「神子殿…。」

 自慢げに言ってくれる恋人の言葉が嬉しくて、頼久は小さな体を抱くその腕に力をこめた。

 すると、あかねも頼久の背に腕を回して抱きついてくれて…

 互いの存在をこうしてぬくもりで確かめ合うことができることがどれほど幸福なことかと頼久が噛み締めていると、急にあかねが体を離してクスッと笑みを漏らした。

「今朝の夢はもしかしたら京でみんなはあんなふうに笑ってるって龍神が教えてくれたのかもしれませんね。」

「……。」

「頼久さん?」

「お尋ねしたいことがあるのですが。」

「はい、なんでしょう?」

「その神子殿の夢に私は出ては来なかったのでしょうか?」

「ああ、はい、そうなんです。出てきたのは頼久さん以外の八葉のみんな。だから龍神が京のみんなの様子を教えてくれたのかなと思ったんです……って、あれ、詩紋君と天真君はそういえば出てきたかも…あれ?」

「つまり、八葉の中で私だけが神子殿の夢路のお供を仰せつからなかったということでしょうか?」

「そういうことじゃなくて…えっと、ほら、頼久さんとはこうして会えることになってましたし…。」

 我ながら説得力がないかも?と心の中でつぶやきながらあかねが苦笑していると、あっという間に頼久の顔に真剣な表情が浮かんだ。

「神子殿。」

「は、はいっ。」

「お願いがございます。」

「なんですか?」

 機嫌を直してもらえるなら何でもしようとあかねが身構えると、頼久はまるでこれから戦いに行くとでも宣言しそうなほど重々しい表情で口を開いた。

「今宵の夢路のお供はこの頼久ただ一人と約束して頂きたく。」

「はい?」

「ですから、今宵は私以外誰も夢に見ないで下さい。」

「そ、それはちょっと…できるかなぁ…。」

 誰の夢を見るかを自分でどうこうできるはずもなく、あかねはこれはどう答えたものかとすっかり困り果ててしまった。

 普段はこんな子供っぽいことを言うような人ではないのだけれど、どうやら今回はあかねの見た夢に妬いているらしい。

「では、神子殿が今宵、私の夢しか御覧にならないようにすることをお許しください。」

「へ?そんな方法あるんですか?」

 そんな便利な方法があるなら毎晩でも頼久の夢を見るようにする。

 一人胸の中でそう期待してあかねが頼久を凝視すると、頼久がフッとやわらかく微笑んだ。

「では、失礼致します。」

「はい?」

 失礼?

 とあかねが小首を傾げたのもつかの間、あっという間に頼久の顔が近づいてあかねが気づいた時には深く深く口づけられていた。

 どれくらい時間がたったかあかねにはわからないくらい長く口づけられて、頼久の顔が離れた時にはあかねはすっかりぼうっとしてしまって、しばらくそのまま頼久を見上げた状態で凍り付いてしまったほどだ。

 幸せそうに微笑んでいる頼久を見てしばらくして、やっと自分が何をされていたのかに気づいたあかねは急に顔を真っ赤にした。

「な、何するんですか急に!」

「これで今宵は私の夢を見て頂けるかと。」

「……。」

 確かに見るかもとは言えなくて、あかねは赤い顔のまま口をパクパクさせてしまった。

 目の前にはニコニコと幸せそうな頼久の笑顔。

 しばらく口をパクパクさせたあかねはふっと小さく息を吐いて苦笑した。

「これくらいのことで頼久さんの夢が見られるかどうかわかりませんよ。夢なんてそんな自由にならないんですから。」

 いたずらっぽくあかねがそう言うと頼久は意外そうな顔をしてあかねの肩に手を置いた。

「たりませんでしたか。」

「はい?」

 あかねが目を見開いている間にその唇は再びふさがれて…

 先ほどの口づけとは比べ物にならないほど長く深い口づけにあかねは、絶対今夜は夢の中で頼久の姿を見るだろうと予感した。








管理人のひとりごと

ということで「遙かなる時空の中で」連載完結記念短編でした\(^o^)/
漫画も現代お持ち帰りEDだったということで現代バージョンでお祝い♪
現代なら身分もないし平和だし、平均寿命長いし(笑)
こんなふうにあかねちゃんといちゃいちゃしちゃってください♪という想いをこめて(笑)
連載終わってしまったのはなんだか寂しいですが、頼久さんEDが見られて幸せな管理人(^−^)
そんな幸せをとりあえずつめてみました(爆)









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