
天真は久々に目の前に立つ友を見て訪ねてきたことを後悔していた。
何故なら、今、目の前に座っている男が眉間にシワを寄せてこの上もない苦悩の表情を浮かべていたからだ。
相談があるというから悪い予感がしながらも来てみれば、案の定、天真の友、頼久はこのまま放っておいたら首をくくるんじゃないかというくらい苦悩中だった。
そもそも頼久という男は簡単に友に人生相談を持ちかけたりする性質ではない。
その男が天真に相談事を持ちかけているのだから、厄介なのは目に見えていた。
目に見えてはいたのだが…
天真に頼久を見捨てることができるわけもなく、こうして今にも腹を切りそうな友の前に座らされているというわけだった。
「で、お前がそんな死にそうな顔するほど考え込んでる悩みってのはなんなんだ?」
「………神子殿が…。」
やっぱりなと天真は心の中でつぶやいていた。
頼久がこんな死にそうな顔で悩むことなどあかねのこと以外に有り得ない。
そして、おそらくそれは天真にしてみれば非常にどうでもいいことだったりする。
そんな結末を予想して天真は早くも深い溜め息をついた。
「神子殿が?なんだよ?」
「先日、テレビで中継していた夜桜を綺麗だとおっしゃって、ずっと見惚れておいでだったのだ。」
「おいおい、お前とうとうそこまでの重症か?」
「重症?」
「桜の名所に嫉妬するほどの重傷かって聞いてんだ。」
「違う。いや、それもあるが、今問題なのはそこではない。」
「それもあるのかよ……。」
「問題は神子殿が名所の夜桜を見たいと思っていらっしゃるのではないか?ということなのだ。」
「そりゃ普通は見たいだろ、誰だって。」
「だが、夜の人混みは危険が多いだろう。それにお前はいつも私に人の多いところへ外出はするなと言うではないか。」
「ああ……。」
それでかと天真は一人で納得した。
つまり、あかねの望みをかなえてやりたいというのが恋人である頼久の望みなのだが、それができないでいるというわけだ。
天真が頼久に人混みに出て行くなというのは、その容姿でやたらと目立つからだ。
目立つだけでなく、それはもうお綺麗なお姉さん達にたかられたりするので問題だろうと止めているのだが…
あかねが側にいるなら問題はない。
何しろ彼女連れなのだから。
そしてあかねの身が人混みで危険だというならそれこそもっと問題はない。
喧嘩をさせたら天下一品の元本職武士が同行するのだから。
と、説明してやろうとして天真は一瞬考えた。
これはせっかくだから二人の仲を進展させるいい機会なんじゃないか?
そんな考えがちらりと天真の脳裏をよぎった。
よぎってしまうとどうにもそれがいいような気がして、天真はニヤリと笑った。
「行けよ、あかね連れて。」
「しかし…。」
「あかねが夜の人混みでも危険な目にあわずにすんで、なおかつ、お前が人混みを歩いても問題ない方法が一つだけあるぜ?」
「本当か?」
「ああ、俺に任せとけ。」
そう宣言して天真は、どうやってあかねに夜桜見物を楽しんでもらえばいいのかをそれはそれは熱っぽく説明して聞かせた。
そして頼久はといえば、真の友の助言を疑うはずもなく、それを有り難い天の声のようにして受け取ったのだった。
「やっぱり凄い人混みですね。」
桜がたくさん植えられているという大きな公園の前に到着して、あかねは苦笑した。
夜になると桜がライトアップされるとあって、公園は昼間と同じかそれ以上の賑わいぶりだ。
一瞬でも気を抜けば迷子間違いなしの状況で、隣に立つ頼久の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。
天真に助言を与えられた翌日、頼久はあかねをこの場所に誘ったのだ。
もちろん、あかねが望んでいた夜桜を見るためだ。
最初は無理をしなくていいと言っていたあかねも頼久に大丈夫だと断言されて、夜桜見物を決めたのだった。
そして今、二人はこうして公園の入り口に並んでたたずんでいる。
「えっと……普通に歩いてたら絶対迷子になりますよね、これ。」
少し恥ずかしそうに頬を赤らめてそう言うあかねに見惚れそうになって、頼久は小さく首を横に振った。
そう、ここから先は天真に二人がはぐれず、あかねが危険な目にもあわず、ついでにあかねが見知らぬ男達に声をかけられたりもしないとっておきの方法を教えられているのだ。
「あの……手をつなぎませんか?」
「は?」
「手をつないでいればはぐれないかなと思うんですけど…。」
真っ赤な顔で愛らしく言うあかねに微笑しながら、頼久はすっとあかねとの距離を縮めると、いきなりあかねの細い肩を抱いた。
「よ、頼久さん?」
「こうしていればはぐれることはありません。」
「そ、それはそうですけど…。」
「お嫌ですか?」
あかねはすぐに首を横に振った。
嫌なわけではないけれど、少しだけ恥ずかしいというのが本当のところだ。
「天真が教えてくれたのです。こうしていればはぐれることもありませんし、あかねをお守りすることもできます。それに、天真が言うにはこうしていれば私が目立つこともないのだそうです。」
「……天真君………。」
嬉しそうに語る頼久の言葉を聞きながら、あかねは天真がどういうつもりで頼久に自分の肩を抱いて歩くようにと言ったのかに気付いて溜め息をついた。
確かに彼女の肩を抱いている男に言い寄ってくる女はいないだろう。
「どうか、なさいましたか?」
「なんでもないです!」
「では、桜がよく見える場所へ参りましょう。」
満面の笑顔でそう促されて、あかねは肩を抱く頼久の腕に導かれるように歩き出した。
昼間ほどではないにしても、公園を歩く人の数はかなりのものだった。
肩がぶつかるほどの人混みとまでは言わないが、人を避けて歩かなくてはならない程度の混み具合だ。
頼久はあかねの肩を抱いてさりげなく人にぶつからないようあかねを誘導しながら、ライトアップされた桜の下をゆっくりと歩いた。
木の下から綺麗にライトがあてられている桜は暗い夜空に幻想的に浮かび上がって、あかねは歩きながらもうっとりとそんな桜に見惚れた。
もちろん、うっとりしていられたのは頼久がしっかり前を気にして誘導してくれているからだ。
「さすがに人が多いですが……少し離れたところからならゆっくりご覧頂けるかもしれません。」
「こうして歩いているだけでも凄く綺麗ですけど…。」
「せっかくですので、人の少ないところで少しはゆっくり致しましょう。」
「はい。」
隣から聞こえる優しい声にうなずいて、あかねはいざなわれるまま人混みから少しずつ離れて行った。
人混みは必ず桜の下にある。
木の下でビニールシートを広げて酒盛りをしている集団もいる。
つまり、桜の木の下は常に人で溢れていて騒々しいのだ。
そういった喧騒から離れてみれば、花からは遠くなりはするものの、落ち着いて辺りを見回すことができる。
あかねは頼久に肩を抱かれたまま人の群れから離れて、弱々しい街灯の下で頼久と共に足を止めた。
「凄い人でしたねぇ。」
「はい、お疲れではありませんか?」
「大丈夫です。でも、花が綺麗でちょっと浮かれちゃいました。」
恥ずかしそうに微笑むあかねに頼久も微笑を見せると、二人同時に今来た道を振り返った。
絶え間なく流れていく人の流れの向こうに、光に照らされる幻想的な桜が確かに見えた。
離れて見る桜は小さなその花の一つ一つや花びらまでは見えないものの、満開の木の全体が見えてまるで絵画のようだった。
「離れて見るのもいいものですね。」
「はい。」
「頼久さん、今日は本当に有り難うございます。」
「いえ、礼ならば天真に。」
「天真君に、ですか?」
「はい。天真がこうしてあかねの肩を抱いて歩けば人混みでも問題はないと教えてくれましたので、こうしてお連れすることができたのです。」
「あ…そ、そのことですか……はい、じゃあ、天真君にもお礼を言っておきます。」
急に顔を赤くしながらもあかねは嬉しそうに微笑んだ。
肩を抱かれて歩くというのはかなり恥ずかしい状態ではあるのだけれど、嬉しい気持ちももちろんあって…
あかねは頼久さんに変な入れ知恵をしないでと釘を刺さないとと思いながら、でもやっぱり有り難うも言わないと、と心の中で苦笑していた。
「寒くはありませんか?」
「さ、寒いかなぁと思ったんですけど……でも、頼久さんが凄く近くにいてくれるから、大丈夫です。」
頼久が心配した通り、春になったとはいえ、夜はまだかなり気温が下がる季節だった。
あかねもそれを予想して春物のコートを着てはいるけれど、一人で立っていたらきっと寒さに震えていただろう。
けれど、今は頼久がしっかり肩を抱いて歩いてくれている。
寒さなど欠片ほども感じないあかねだった。
「では、もう少しこのままでいましょう。屋台など出ていますので、飲み物でも買ってこようかと思いましたが…。」
「あ、それはじゃあ、あとでゆっくり二人で見に行きませんか?その方が楽しそうです。」
「あかね……。」
「人混みでも頼久さんと一緒なら大丈夫ですから。」
「承知しました。」
自分と一緒なら大丈夫、そう言ってくれるあかねの信頼が嬉しくて、頼久は思わずあかねの肩を抱く手に力を込めた。
すると、それに気づいたのかあかねの頬はほんのり紅に染まって、どこか艶めいて見えて…
頼久はそんなあかねに花よりも長く見惚れて、気付いたあかねに更に顔を赤くされるのだった。
結局、そうして桜を眺めたり、頼久はあかねを眺めたりすること数十分。
二人はその後、夜桜見物客のために並んでいる夜店を堪能してから、ゆっくり並んで帰ることになった。
もちろん、頼久の手はあかねの肩をずっと抱いたままだった。
「藪蛇というかなんというか…。」
天真は頼久の前に座って缶ビールを片手に溜め息をついた。
テーブルを挟んで向かい側に座っている真の友はといえば、こちらも缶ビールを片手に上機嫌だ。
「何がだ?」
「何がって、お前が。」
「ん?」
浮かれていると言ってもいい相棒を前に天真は苦笑を浮かべた。
今、天真がここに座っているのは頼久に招待されたからだ。
何故、招待されたのかといえば、それは頼久が珍しく助言の礼をしたいなどと言いだしたからだった。
だが、天真にしてみれば、ここ数日のあかねを見ていると藪をつついたら蛇が出たと思わずにはいられない状況であり…
「お前はまぁ、満足なんだろうなぁ。」
「もちろんだ。お前の助言のおかげで神子殿は先日の夜桜見物をとても喜んでくださったのだ。」
「まぁ、そうだろうな。」
「それに、あの方法ならば夜はもちろんのこと、昼間の人混みも問題なく神子殿と歩くことができよう。これからは神子殿に御不自由をかけずにすむ。」
「まぁ、お前はそうだろうなぁ。」
いちいち上機嫌の頼久に天真は力なく苦笑しながら返事をするばかりだ。
ようやくその様子に気付いた頼久は、首をかしげて天真の表情をうかがった。
「何か、あったのか?」
「俺にはない。」
「では…。」
「あかねにはあった。」
「なっ!それを早く言え!神子殿に何があったのだ!」
「落ち着け。お前はあかねのこととなると全く…。」
「落ち着いていられるわけがないだろう!神子殿の御身に何が…。」
「御身には何もねーよ。精神的に溶けかけてるだけで。」
「精神的に?」
とりあえずあかねの身体は無事だと確認して、頼久は浮かした腰をソファに落ち着けると、今度は眉間にシワを寄せて天真を軽く睨み付けた。
あかねの身に何事もないとは良いことだが、精神的に問題があるのならそれはそれで頼久にとっては大問題だ。
「お前がそんな顔をする問題じゃねーって。」
「だが、神子殿が…。」
「ああ、その神子殿がテレまくってるだけだ。」
「テレ、くる?」
「ああ。お前、結局あの後、どこへ行くにもあかねの肩を抱いて歩いてるんだろ?」
「そうしていれば人混みを歩いても問題ないと言ったのはお前ではないか。」
「いやまぁ、そうなんだけどよ…どこへ行くにもってのは、な…。」
「問題があるのか?」
「普通は問題ねーと俺は思うけどな。あかねは恥ずかしいらしいぜ。ここのところ、俺達にその話をしては顔真っ赤にしてテレまくってる。」
「それは、良くないことなのか?」
「んー、悪いことでもねーとは思うけどな。あかねは疲れるだろうな。」
「疲れるのか…。」
「疲れるだろうな、あれだけいちいち反応してりゃ。」
「……。」
あっという間に頼久は眉間の皺を深くして考え込んだ。
その様子を見て、天真も苦笑を深くする。
とにかくあかねのこととなると何もかも客観的に見ることができなくなるのが頼久という男なのだ。
「ま、そのうち慣れるだろうけどな。」
「そう、なのか?」
「だろ?近々結婚すんだろうし。」
「それは…するが…。」
「結婚してから肩抱かれて赤くなるとかはさすがにないだろう。慣れるまではほどほどにしてやれよ。」
「ほどほどに、か…。」
言って頼久は小さく溜め息をついた。
これはやりすぎだと自覚してくれたかと、天真も向かい側で小さく溜め息をつく。
すると二人の視線は自然と互いへと向いて、いつの間にか苦笑を交わしていた。
「ま、あかねはお前と一緒にいるといっぱいいっぱいらしいから、ほどほどにしろよ。」
「いや、私に余裕がないのだ。」
「あ?」
「余裕がないのは私の方だ。神子殿のにご負担をかけぬよう、これからは留意する。」
「あああああ、お前はぁ……ほんっと重症だな。」
「うむ。」
おいおいと心の中で更につっこみたくなりながらも天真は何故か穏やかな気分だった。
あかねはいつも自分ばかりが一方的に気持ちを押し付けるようでいっぱいいっぱいだと天真に話して聞かせる。
けれど、今、天真の目の前に座っている頼久は自分の方が余裕がないのだと言う。
そんな様子を距離を置いて眺めている天真には、二人は同じようにお互いを大切に想っているように見えるのだ。
それはきっととても大切なことで、そして二人にとってとても良いことだ。
そう思えばこそ、天真はもう何も言わずに缶ビールの中身を喉を鳴らして飲み込んだ。
窓の外では庭に植えられた桜が月に照らされながらその花弁を散らしていた。
管理人のひとりごと
やっと!やっと管理人の生息地にも桜が咲きました!!!!
今年遅いよ!
ってことで、やっと現代版をUPする始末○| ̄|_
遅くなってすみません(ノД`)
やっと満開だからね!
これからまだまだ山の方とか咲いていくからね!
もう少し桜作品をUPできたらなと、思ってはいます(ノД`)
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