つかの間の
 待ちに待った夏休みは意外と早くやってきた。

 受験生になると試験だなんだと行事が多くて、それにかまけている間に修学旅行がやってきた。

 修学旅行は準備段階からみんなで右往左往したから、あっという間に終わっていった。

 そしてまた試験がやってきて…

 試験で疲れ果てたところに突如として夏休みは現れた。

 クラス中がやっとかというようにほっとしていたけれど、あかねにとってはこの春から夏はあっという間だった。

 試験やそのための勉強の合間を縫って頼久に会いに行く、それだけでめまぐるしく日々は過ぎていったから。

 夏休み中は学校で夏期講習があったりして、それはそれで忙しいのだけれど、それでも毎日みっちり授業がある普段よりは多少時間が作れるはずだ。

 そう思って夏休み初日にしっかりとスケジュールを立てた。

 勉強の予定、夏期講習の日程、そしてあかねが今何よりも大事にしている頼久との時間をどう作るか。

 一日かかって夏休みの予定を立てて、あかねは夏休み初日を笑顔で終えた。

 受験勉強もする、夏期講習にも行く、そして頼久とも二人きりの時間を楽しむ。

 いきなりやってきた夏休みは本当に楽しそうで、あかねは翌日からの楽しい夏の日を脳裏に描きながら眠りについたのだった。





「ということで私の夏休み中の予定表です!」

 夏休み二日目。

 あかねは張り切って早起きをして午前中のうちに頼久の家を訪れていた。

 朝早かろうが夜遅かろうが深夜だろうがいつだってあかねは大歓迎の頼久が、穏やかな笑みと共に迎えてくれて、あかねはソファに座るなりカバンから一枚の紙を取り出して頼久に渡した。

 そこには夏休み中のあかねのスケジュールがぎっしり書き込まれている。

 あかねの隣に座ってその紙を眺めて、頼久は笑みを深くした。

 何故なら、その予定表には「頼久さん」という書き込みがやたらとあったから。

「天真がサボると宣言していたので参加しろと釘を刺しておきましたが、夏期講習は一週間もあるのですか。」

「そうなんです。まぁ、午前中だけなんですけどね。だから、学校からここへ直行して一緒にお昼食べてもいいですか?」

「もちろんです。昼食は私が…。」

「そ、それは私がやります!」

「いえ、神子殿は勉強でお忙しいでしょうし、早く食事を終えて午後はゆっくりと過ごしたいですから。」

 そう言って頼久に微笑まれてしまってはもうあかねに抵抗する術は無い。

 一週間、毎日恋人の手料理を食べさせてもらえるなんて夢みたいだなぁ。

 あかねが心の中でそんなことを考えて口元をほころばせていると、頼久は更にじっくりあかねの夏休み予定表に目を向けていた。

「夏休み中に模試が二つですか、多いですね。」

「受験生ですから。」

「この予備校というのは…神子殿は予備校にも通われるのですか?」

「はい。お父さんが行っておけって。学校の夏期講習一週間に予備校のも入ってけっこう忙しくなっちゃって…今年はみんなでどこか遊びに行くとか無理みたいです。」

「そのようですね、これだけ立て込んでいては…。」

 あかねが受験生になるというのはもちろんわかっていたことだった。

 受験生になればそれだけ忙しくもなる。

 それもわかっていたことだ。

 だが、その忙しさは頼久が想像していた以上で、まさか夏休みに満足に身動きが取れなくなるとは思わなかった。

「でも、遠くへ行ったりは無理ですけど、その代わりここへはたくさん来られるようにします。学校が始まったらまた忙しくてあまり来られなくなっちゃうし…。」

「それで、あちこちに私の名があるのですね。」

「あ、はい…。」

 赤い顔をしてうつむくあかねが愛らしくて、頼久はその細い肩を抱き寄せた。

 ハッとあかねが自分を見上げたのに気付いたが、頼久はあかねの夏休み予定表から目を離さない。

「数学、英語……古典……神子殿。」

「はい?」

「この古典はご自宅で宿題をなさるのですか?」

「えっと、そのつもりですけど…。」

「ここで私がお手伝いするという選択肢は……。」

「そ、そんな、そこまでしてもらったらなんか……ほら、この日だって午後はここに来るつもりで…。」

 あかねがそう言って頼久が見ている日の午後の予定を指差した。

 そこには確かに「頼久さん」の書き込みがあるのだが…

 頼久はテーブルの上に放ってあったボールペンを手に取るとそれで午前のところに書かれている「古典」に二重線を引くと、その下に「頼久」と自分で名を入れた。

「よ、頼久さん!」

「いけませんか?」

「いけなくはないんですけど…。」

「こうすれば一日共にいられます。」

「それはそうなんですけど、頼久さんだってお仕事があるし、邪魔、じゃないですか?」

「邪魔だなどと…。」

 そんなこと、あるわけがない。

 かけらほどでもこの恋人を邪魔だと思うことなどありはしない。

 頼久はそんな思いを込めてあかねの肩を抱く手に力を込めた。

「神子殿は…。」

「はい?」

「いえ……。」

 言い淀んだ頼久にあかねは小首を傾げた。

 なんだか今の頼久は少し悲しそうな顔をしているように見えて…

「頼久さん?どうかしました?」

「いえ……。」

「私には話せません?」

 悲しそうな声に慌てて頼久が隣の恋人へ視線を移せば、あかねはとても心配そうな表情で頼久を見つめていた。

 真剣でまっすぐな眼差し。

 それは今も昔も変わらない。

「話せないということではなく…。」

「なく?」

「神子殿はよく私のことを変わったと言ってくださいますが…。」

「はい、京にいた頃よりずっとやわらかい感じになったし、大人っぽいというか余裕というか……。」

 あかねがそこまで言って顔を赤くするのを見て、頼久は苦笑した。

 そう、あかねは最近よく頼久のことをそんなふうに表現するのだ。

 大人の余裕がある、と。

 だが、頼久本人にそんな自覚は全くない。

 ただ、まだ学生のあかねに負担をかけないよう、ギリギリのところで自制しているだけだ。

 その自制が、今回のようにもっと会えると思っていたものが会えないことになったりすると、あっという間に砕け散りそうになる。

 今もそうだ。

 そんな自分の胸の内を話してしまえば、この恋人にはあきれられてしまうような気がして、頼久はなかなか自分の胸の内を明かせない。

 そもそもが胸の内を語るどころか、自分のことを語るのが苦手なのだ。

 それでも、この恋人を心配させてしまうくらいなら、やはり話してしまうべきなのだろう。

 そして正直にもっと共に過ごしたいと懇願すべきなのかもしれない。

 そう意を決して頼久は重い口を開いた。

「私には余裕など全くないのです。」

「はい?」

 突然話が飛んで、あかねはキョトンとしてしまった。

 頼久が何を言いたいのかがよくわからない。

「神子殿は学生で勉強もあり、ご家族もおありで忙しいということはよくわかっています。ですから、なるべくなら神子殿の生活のお邪魔をしたくはないと思っているのも本心です。」

「そ、そんなこと……。」

「ですが…。」

「?」

「できることならこの家に閉じ込めて…いえ、この腕の中に閉じ込めてどこにも行かせたくはない、誰にも渡したくはない、そう、思っているのも真実なのです。」

「そ、それは……。」

 無理。

 そう、無理なことだ。

 そうとはわかっていても、あかねは否定したくなかった。

 もしそれがかなうなら、自分だってそうされたいと思っているから。

「無理だということは承知しています。それでも、私はあなたの側を片時も離れたくはないし、あなたに会えない日はこの世が終わったような気さえします。」

「頼久さん…。」

 自分よりも遙かに年上の恋人がまさかそんなことを思っていたとは。

 あかねにとってそれは驚きだった。

「それくらい余裕がありません。このようなことを言えば神子殿には幻滅してしまわれるのではと…。」

「そんなことありません!私だって頼久さんと毎日一緒にいたいです!夜も昼もずっとです!離れてると泣きそうになる時だってあります!私の方がずっとずっと……頼久さんと一緒にいたいって思ってます……だから…。」

 だからこのままお嫁さんにしてください。

 あかねがそう言おうとした時、頼久の大きな手があかねの頬を撫でた。

 いつの間にかあかねの頬を伝っていた涙を大きな頼久の手が拭ったのだ。

「ですから、ご自宅でやる予定の宿題はここでやって頂けませんか?」

「はい?」

 いつの間にか涙を流していたことさえ忘れるような話の展開。

 あかねはまたキョトンとした顔で微笑んでいる頼久を見上げた。

 そう、夏休みの予定の話をしていたはずだったのだ。

 頼久はひらりとあかねの目の前で夏休み予定表を振って見せると、その予定の中の宿題の欄全てに二重線を引いてから「頼久」と自分の名前を入れた。

「な…。」

「これで共に過ごせる時間が倍になります。」

「そ、そういうことじゃ…。」

「数学と英語は私も勉強してお手伝いしますので…。」

「それもそういうことじゃなくて…。」

「は?」

 今度は頼久があかねの言いたいことを理解できずに小首を傾げる番だ。

 そんな頼久にあかねは深い溜め息をついた。

「やっぱり頼久さんは余裕じゃないですか。」

「そんなことは…。」

「あります。全然余裕です。」

「……。」

「余裕ですよ、私は今すぐ学校やめてここに住みたいって、思っちゃいます…。」

 泣きそうな声であかねがそう言えば、頼久の大きな手があかねの髪を優しくなでた。

「それは光栄です。ですが、それではご両親も納得なさらないでしょう。私はご両親にも祝福していただいて神子殿をお迎えしたいと思いますので。」

「それは…問題、ないんですけど…。」

「は?」

「高校通い続けたまま結婚でもいいから早くしちゃったらとかお母さんは言ってますけど……。」

「それはまた…。」

 さすがにこれには頼久も苦笑した。

 結婚してから高校生を続けるとはまた大胆な選択だ。

「ですが、今できることはやっておいて頂きたいのです。後悔は先に立ちませんので。」

「わかってます。頼久さんがみーんな私のことを考えて言ってくれてるんだってことはわかってますから。でも、頼久さんは余裕が無いって言いますけど、私の方が何倍も余裕が無いってことはわかっててください。」

「神子殿…。」

「私の方がずーーーっと頼久さんに会いたいって思ってるんですから。」

「それは…。」

「はい?」

「それにつきましては、私も譲れません。」

「は?」

「私の方がよほど神子殿ことを求めているのだと承知して頂かなくては。」

「へ?な…。」

 何言ってるんですか、と言おうとして、それはかなわなかった。

 あかねの唇はあっという間に頼久の唇にふさがれてしまったから。

 いつもより少し長い口づけから解放された時には、あかねはどこかぼうっとしてしまって、何を言おうとしていたのか忘れてしまっていた。

「夏休みはできるだけ共に過ごして頂けますか?」

「へ、あ、はい、もちろんです!」

「秋になれば受験勉強も本格的になるでしょう。その頃は私もいつもより仕事を多く入れて気を紛らわせることにします。冬休みはもう受験で私と過ごしている時間は取れないでしょうし…。」

「とります!」

「はい、少しはとって頂けると。ですが、やはり受験が終わるまではそちらが優先で。」

「はい……。」

「そうですね、予備校へは送り迎えなどさせて頂ければ。」

「はい?」

「そうすれば少しでも神子殿のお顔が見られます。」

「でも…。」

「冬休みが明けたら学校へも送り迎えを…。」

「はいぃ?」

「受験会場へも私がお送りします。」

「……はい。」

「受験が終われば大学生。きっと楽しい毎日になることでしょう。」

「そ、そのためには受からないと…。」

「はい。お手伝いいたします。」

 そう言ってまた口づけられて、あかねは顔をまっかにしてうつむいた。

 大人の余裕がある、そんな気はするけれど…

 予備校や学校への送り迎えに、受験会場までのお見送り。

 これじゃぁ京にいた頃の警護とあんまり変わらないかも。

 そう思うと嬉しいやら恥ずかしいやらなんだか複雑で、あかねは赤い顔のまましばらく身動きができなくなってしまった。








管理人のひとりごと

もうね、頼久さんはできることならあかねちゃんは監禁したいんです!(マテ
だってさ、京にいた時って、あの警護は監禁に近いでしょ(’’)(コラ
京は京で四六時中警護と称してお側にいられたんですなぁ、頼久さんは。
それが現代ではできないだけにたぶん頼久さんの方がもどかしいと思うのですよ。
あかねちゃんにしてみれば現代常識で考えれば離れているのが当たり前の時も頼久さんは違うから。
そういうのを吐露してみましたというお話。
受験が終わったらあかねちゃんのキャンパスライフ♪
その前に受験は頼久さんがつきっきりらしいです(’’)








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