年の差
「ポッキーはあるよね。」

「へ?何が?」

 あかねは蘭、天真、詩紋と共に買い物の真っ最中だった。

 というのも、節分には豆まきだと蘭が騒ぎ出して、予定していなかった豆まきをすることになったから。

 豆まきに必要な豆を用意していなかったというので買い出しに出てきたというわけだ。

 豆まきを予定していなかったのは、前年の豆まきで後片付けが大変だったからというのが理由だった。

 今年は必ず後片付けを手伝うという蘭の宣言で豆まき実施があかねから許可された。

 その買い物の最中。

 豆だけじゃ腹が膨れないと言い出した天真が詩紋を引きずって食料の買い出しにと勇んで行った直後、蘭の質問が炸裂したのだけれど…

 あかねはポッキーのあの細長い姿を思い描いただけで小首をかしげた。

「天真君、ポッキー好きだったっけ?」

「違う違う。お兄ちゃんがご飯って言ったら炭水化物の塊買ってくるよ。パンとかおにぎりとか。」

「でも今、ポッキーって。」

「だーかーら、あかねちゃんはポッキーは経験済みだよねって話。」

「経験って、そりゃポッキーくらい食べたことあるけど?」

 あかねのキョトンとした顔に蘭はわざとらしくため息をついた。

「違います。コンパとかでお約束のポッキー両端からポリポリってやつ。」

「そんなことしたことあるわけないじゃない。」

「うそ、頼久さんとやったことないの?」

「ないから!」

「頼久さんとやらなきゃあかねちゃんが他の人とするわけないか。」

「どうしてそんなことしなきゃならないの…。」

「あぁ、それもそうか。もうキスしちゃってる人達には必要ない行事か。」

「行事って…。」

 あかねには頼久という恋人がいるので、蘭はとにかく恋人というものに憧れているらしくて、時々こういう話をあかねに振ってくる。

 恋愛に関してはあかねが先輩だと宣言している蘭だけれど、話の内容を聞く限りではあかね自身、先輩だとは到底思えない気がした。

 今回もあかねは苦笑しながら否定することしかできないままで、その間に蘭は買い物カゴにポッキーを放り込んでいた。

「買うの?」

「うん、話してたら食べたくなっちゃった。」

 あっけらかんと話す蘭に苦笑して、あかねは節分の特設コーナーへ足を運んだ。

 そこで買い込んだのは紙でできた鬼の面がついている大豆の袋だ。

 四人で食べても年の数だけ食べるなら十分以上の量がある袋を買い物カゴへ入れると、あかねの隣で蘭がよしよしと首を縦に振った。

「そうだ、この前、ゼミが一緒の友達から聞いたんだけど、節分って年の数だけ豆食べるじゃない?」

「うん。」

「あの豆の最後の一粒を恋人に口移しで食べさせてもらうと、一生その人と幸せになれるらしいよ。」

「く、口移しぃ?!」

「あかね、声デカイ。」

 タイミングよく現れたのは大量の炭水化物の塊を抱えた天真と苦笑を浮かべている詩紋の二人だった。

 あかねは慌てて口をつぐむと、辺りに人がいないかを確認する。

 まだ主婦の皆様が買い物に出てくる時間には早いのか、幸運なことに4人の側には人の気配はなかった。

「お前、とんでもない単語をデカイ声で叫んでんじゃねぇよ。」

「だ、だって、蘭がおかしなこと言うから…。」

 赤い顔でもごもごと言い訳するあかねから天真が妹へと視線を向けると、蘭はペロッと可愛らしく舌を出して見せただけでニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 天真は大仰に「はぁ」と溜め息をついて大量の炭水化物の塊をあかねが手にしている買い物カゴに放り込んで、そのカゴをあかねの手から取り上げた。

「会計すましちまうぞ。これから豆まいて片づけてメシ食うってけっこうなハードスケジュールだからな。あと蘭。こいつは自分より遙か年上の恋人がいてもお前よりよっぽどお子様なんだ、あんまからかうな。」

「からかってませんよーだ。本当の話をしただけ。」

「どうだか。」

 あきれる天真と蘭が先に歩きだすと、あかねが深いため息をついた。

「私、そんなにお子様かなぁ。」

「あんまり気にしない方が…。」

「でも、そんなに子供って……。」

「よ、頼久さんはそんなこと気にしないから大丈夫だと思うよ。」

「そうかなぁ…。」

 ひたすら落ち込み始めたあかねをなだめすかすのはいつも詩紋の仕事。

 天真が手際よく会計を済ませるまでの間になんとかあかねの足を動かした詩紋は、苦笑を顔に張り付けたまま頼久の家への道を歩き続けることになった。







「神子殿?」

「はい?」

「どうかなさいましたか?」

 ノリノリの蘭と面倒そうな天真、そして二人に付き合わされて苦笑続きの詩紋の参加で豆まきは賑やかに行われ、そして終了した。

 後片付けは約束通り3人も手伝って、今年はずいぶんと早く片付いた。

 天真が買い込んできた炭水化物の塊とあかねと詩紋が手早く作った野菜炒めなどなどで早めの夕食をとり、おなか一杯になったら眠くなったと言い出した蘭と天真が家を出るのをきっかけに詩紋も帰ってしまった。

 つまり、夕陽さしこむ頼久の家のリビングに、今は家主の頼久とあかねが二人きりになっていた。

 天真達と一緒に帰るという選択肢はもちろんあったのだけれど、あかねにはどうしても気になることがあって、気を使ってくれたであろう3人を見送って残ることにした。

 その気になることの一つが今、あかねの目の前にあった。

 あかねの目の前、そこにはテーブルが一つ。

 そしてそのテーブルの上には蘭が食べ残していったポッキーが可愛らしく2本ほどグラスに刺さっていた。

「別に、なんでもないんです、けど…。」

「ですが…。」

 問えばあかねはなんでもないと言うけれど、頼久の目にはあかねの様子は明らかにいつもとは違って見えた。

 何か考え込んでいるようだし、じっとテーブルの上を見つめている時間が長い。

 だから頼久もあかねの視線の先をとらえて、それからその視線がとらえたものを持ち上げるとあかねの方へと差し出した。

「どうぞ。」

「あ、いえ、別に食べたかったわけじゃないんですけど…。」

「ですが、先ほどからこれを気にしていおいででは…。」

「気にはしてるんですけど…。」

 困ったように目尻を下げて苦笑して、あかねは小さくため息をついた。

 これはどう説明したものかと戸惑っていると、頼久の切れ長の目がすっと近づいてあかねを覗き込んだ。

「あ、あの…。」

「何かお悩みでも?」

「な、悩みじゃないんですけど…その…ポッキー両端からってやったことないなぁと思っただけで…。」

「両端、ですか。」

 真っ赤な顔であかねがやっと本題を口にしても、頼久はグラスに刺さるポッキーを見つめて小首をかしげるばかりだ。

 これは間違いなく、あかねが何を言っているのかわかっていない。

 あかねはそれに気づいて頼久からグラスを取り上げると、それをテーブルの上に置いた。

「神子殿?」

「気にしないでください。」

「ですが、両端とは…。」

「そういえば、頼久さんってこっちの世界の記憶ではコンパとか行ったことないんですか?学生の頃。」

「ありません。学生の頃は図書館にこもりきりだったようです。人付き合いはあまり…。」

「なるほど。」

「これはそのコンパに関係しているのですか?」

「まぁ、そうなんですけど、気にしないでください。私もコンパって一度しか行ったことなくて、それも途中で退席しちゃったんでよく知らないなって思っただけなので。」

「はぁ…。」

 釈然としない頼久にこれ以上の説明をしなくて済むように、あかねはテーブルの上にのっていたもう一つのものを手に取った。

 それは大豆が入った袋だ。

 豆まきの時に、年の数だけ食べなくてはととっておいたものだった。

 袋の中から自分の年の数だけ取り出して、残りを袋ごと頼久に差し出す。

「年の数だけ食べちゃいましょう。」

「はい。」

 ついさっきまでポッキーを睨み付けていた頼久は、あかねに差し出された大豆を受け取ってその顔にやっと笑みを浮かべた。

 大きな手で器用に袋から大豆を取り出す頼久をあかねはじっと見守った。

 すると、自分が取り出した数よりもずいぶんと多い数を頼久が取り出したような気がしてしまって、少しだけ気分が落ち込んだ。

 昼間、天真にお子様だと言われたその言葉が耳の奥に蘇る。

「神子殿?食べづらいようでしたら、茶でも淹れて参りましょうか?」

「あ、いえ、大丈夫です。」

 はっと我に返って苦笑して、あかねは大豆を口にした。

 香ばしさが口の中に広がって心地いい。

 つられるように頼久も大豆を口に運んだけれど、その視線はあかねをとらえて離さなかった。

 どう考えても今日のあかねの様子はおかしい。

 少なくても頼久の目にはそう見えたからだ。

 頼久はそそくさと掌にのっていた豆を平らげると、そのまま黙ってあかねを見つめ続けた。

 口下手な自分がこれ以上問い詰めてもあかねが話をしてくれるとは思えない。

 ならば、ほんの少しの表情の変化さえ見落とさぬようにあかねを見つめるしか頼久には手がなかった。

 あかねは手にした大豆を一粒ずつゆっくり味わって食べているように見えた。

 そして、最後の一粒を残して手をとめると、深いため息をついた。

「神子殿…。」

「ごめんなさい。考えてもしかたないことだってわかってはいるんですけど、やっぱり私って頼久さんよりずいぶん年が下だなって思って…。」

 ああ、豆の数を見てそれを実感したのかと納得して、頼久は眉間にシワを寄せた。

 あかねがどうして落ち込んでいたのかを知ることができても、それについて頼久ができることなど何もないからだ。

 一方、あかねの方はというと、まだ昼間、天真に言われたお子様という言葉が耳から離れないでいた。

 恋人がれっきとした大人の男の人であることを考えれば、確かに自分は子供すぎるのかもしれない。

 そう思うとなんだか悲しくなってきてしまう。

 そんな自分に恋人が愛想を尽かしたりしないだろうかなどと考え始めるときりがなくて…

 そうして落ち込んでいては頼久も気にするに違いないと思い直してあかねが視線を上げてみると、目の前の恋人は予想通りその眉間にシワを寄せていた。

 これじゃ本当にダメダメだ。

 あかねは一人心の中でつぶやいて、力強く一つうなずいた。

「頼久さん!」

「は?」

 急に大声で名を呼ばれて、今まで難しい顔をしていた頼久がキョトンとした目であかねをとらえる。

「これ、最後の一粒なんです。」

「はい。」

「これを私に口移ししてもらえませんか?」

「………は?」

 ほんの数秒のことではあるが、頼久は絶句した。

 口移しなどという単語が今この場で飛び出すとは思ってもみなかったからだ。

 すっかり驚きで目を見開いている頼久に対して、あかねは何やら戦にでも挑まんばかりの勢いだった。

 そのことにも驚きながら、頼久はあかねが差し出している一粒の大豆を見つめた。

「これを、ですか…。」

「はい!」

「口移しで差し上げればよろしいのですか?」

「は、い……。」

 頼久に改めて確認されて自分が何を言ったのかに気付いて、あかねはあっという間に顔を赤くした。

 耳には天真にお子様と言われた言葉が残っていて、豆の数であらためて頼久との年の差を思い知らされてしまって、これは大人らしいことを一つくらいと思った末の発言だったのだけれど…

 これはなんだかとんでもなく恥ずかしいことを頼んでいるということに気付いて、あかねは慌てて口を開いた。

「あのですね!これには理由があるんです!」

「はぁ…。」

「その、節分の大豆の最後の一粒を恋人に口移しで食べさせてもらうと一生二人で幸せに暮らせるようになるっていう言い伝えがあるらしくて…。」

「初めて聞きました。」

「あ、私もです。でも、だったら頼久さんに食べさせてもらいたいなと…。」

 耳まで赤くしたあかねを見つめて微笑んで、頼久はあかねの手から大豆を取り上げた。

 自分と二人、一生を共に幸せにと願ってもらえることのなんと幸せなことか。

 そんな想いを抱きながら小さな豆を口に入れて、あかねが驚いている間にさっとその愛らしい唇をふさいでしまう。

 そっと大豆をあかねの口へと移してさっと顔を離すと、まだあっけにとられているらしいあかねが目を丸くしたままコクンと豆を飲み込んだ。

「み、神子殿、噛まずに飲んだのでは…。」

「へ、あ、はい…。」

「喉がつまりは…。」

「だ、大丈夫です!」

 耳まで赤くしたあかねは慌ててそう答えると、あまりの恥ずかしさに耐えられずにうつむいてしまった。

 そんなふうに初々しいところも愛しくて、頼久の顔には笑みが浮かんだままだ。

「よ、頼久さん。」

「はい。」

「その…有難うございました。」

「いえ、これしきのことでしたらいつなりと。」

「へ…。」

 嬉しそうに浮かれる頼久の声に驚いて思わず視線を上げてしまったあかねは、頼久の満面の笑みを目にしてすぐに視線を落とした。

 そんなあかねの肩を頼久が優しく抱き寄せれば、しばらくは紅い顔をしていたあかねもやがて幸せそうな笑みを浮かべた。



 ポッキーをあかねがやたらと気にしていた理由を天真から聞かされた頼久と、大豆の口移しの言い伝えはでっち上げだと蘭に聞かされて頼久に事情を話さなくてはと焦ったあかねが顔を合わせたのは翌日のこと。

 慌てて事情を説明しに家へと駆けこんだあかねを迎えた家主は、もう一つのあかねの望みをあっさりとかなえて上機嫌になるのだった。








管理人のひとりごと

つまり、ポッキーもやりましたっていう話(マテ
節分の言い伝えは蘭の創作ですよ、もちろん(笑)
言ったら本当にやるんじゃない?この奥手の二人組でもって感じで悪戯です(w
やってもいいって言われたらやりますよ、頼久さんは(^▽^)
喜んでもらえるならポッキーでもプリッツでもなんでもやります(笑)
全てはあかねちゃんの許諾にかかっているのです!(w








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