
ふわりと部屋の中に香ばしい香りが漂っているのは、頼久が縁側で餅を焼いているからだ。
七輪の上に乗っている白くて四角い塊を頼久は微笑を浮かべて見つめている。
見つめれば見つめるほど、これが幸せの塊のような気がしてきたからだ。
キッチンではあかねが雑煮の用意をしてくれいてる。
あとは餅が焼けるのを待つばかりとなっているはずだ。
他にもあかねは今年、おせちを作るといって張り切って、重箱いっぱいの料理が用意されている。
どれ一つとっても頼久にとっては嬉しい限りの品々で、全て味見をしているにも関わらず、改めて口に入れるのが楽しみでしかたがなかった。
頼久が待ちかねたとばかりに餅をひっくり返し始めたその時、気配は生垣の向こうからやってきた。
もちろん頼久には玄関ではなく、庭へ直行でやってくるその客が何者なのかわかっている。
そんなことをする人間はこの世界に一人しかいないと思っているし、それ以上に気配ですぐにわかるのが頼久だ。
視線を上げれば一升瓶をぶら下げた天真が苦笑しながらスタスタと歩いてくるところだった。
「今年一番に見るお前の姿がそれとはな…。」
「は?どういう意味だ?」
何故か深い溜め息をつく天真の言葉に、頼久の眉間にシワが寄った。
「縁側で餅焼いてるとかじじぃかよ。」
「正月の朝に餅を焼いていて何が悪い?」
「いやまぁ、そりゃそうなんだけどよ…。」
そうは言いながらまだどこか不満気な天真は無視して、頼久は餅をひっくり返す作業に集中した。
ここで餅を焦がしてしまっては、せっかく雑煮の準備をしているあかねをがっかりさせてしまうからだ。
「まぁ、お前の言うことはもっともなんだけどな、もうちょっと雰囲気があってもいいんじゃねーの?と。」
「雰囲気だと?何の話だ?」
「珍しくみんなで元朝参りには行かないとかぬかすから、朝起きない勢いであかねといちゃついてんじゃねーかと思っただろ。」
「思ったにもかかわらず、こんなに朝早くに訪ねてきたのか、お前は。」
「おう!」
胸を張る天真が冷やかす気満々だったことくらいは頼久にもわかっている。
だから、頼久はじっと餅を見つめたまま黙っていた。
「おい、反応しろよ。」
「焦げた餅を食いたいのか?」
「お、俺もいいのか?」
「そのつもりで来たのだろう。」
「まぁな。こいつを持ってきたから、勘弁してくれ。」
ドンと音をたてて天真が頼久の隣に一升瓶を置くと、中からひょっこりあかねが顔を出した。
「天真君、明けましておめでとう。」
「おう、あけおめ。ってかあかね、驚いてないんだな。」
「天真君が来てること?うん、昨日、頼久さんがたぶん来るって教えてくれたから。」
「お見通しかよ…。」
「お雑煮、天真君の分も作ってあるから、食べて行ってね。」
ニコニコと微笑むあかねと真剣に餅を見つめている頼久を見比べて、天真は苦笑しながら靴を脱いだ。
自分のことを真の友という恥ずかしい呼び方をするこの男にかなわないのは今に始まったことじゃない。
「あ、お餅、ふくらんできましたね。」
「はい。あかね。」
「わかってます。準備万端ですから!」
「承知致しました、では。」
あかねが慌ててキッチンからお椀を持ってくると、頼久はそこに膨らみ始めた餅を入れていく。
阿吽の呼吸でこなされるその作業を見つめて、天真の苦笑は微笑に変わった。
「頼久、それ、お前が後で持って来い。あかね、運ぶの手伝うぜ。」
「あ、うん、有り難う、じゃあ、お願い。」
一升瓶を頼久の隣に放置して、天真はあかねから椀を取り上げるとさっさとそれを運び込んだ。
熱い餅が入っている椀をあかねに運ばせたりしたなら、頼久に後でなんと言われるかわかったものではない。
次々と頼久が焼き上げる餅を天真が受け取って運ぶという作業を行うことしばし、三人はすぐおせちの詰まった重箱がのっているテーブルの周りに座ることになった。
席に着くなり頼久が天真にグラスを手渡し、一升瓶の封を切った。
これから酒盛りになることも頼久にはお見通しというわけだ。
おせちというつまみを前に天真が飲まないわけがない。
「お、サンキュ。」
一升瓶から豪快に注がれる酒をグラスで受けて、天真が返杯とばかりに一升瓶を受け取ろうとすると、頼久は手にしていた一升瓶を側へ置いてしまった。
「おい。」
「いや、私はいい。」
「いいって俺一人で飲めってか?」
「そうだ。」
「どうした?今年は禁酒するとか言わねーだろうな?」
「頼久さん、ちょっとくらいなら飲んでもいいですよ?」
割って入ったのはあかねだ。
その顔には相変わらず幸せそうな笑みが浮かんでいる。
頼久はといえばそんなあかねに微笑んで見せて、軽く首を横に振った。
「いいえ、私は。」
「なんだよ、これからなんかあんのか?」
「昼前に初詣に行くと約束してある。私はあかねを護衛せねばならんからな。酒に酔うわけにはいかぬ。」
「そんな、護衛なんて…。」
「いえ、毎年あの人混みですので、護衛と思って襟を正すことにしております。」
そう言ってふわりと微笑む頼久はどこか悪戯っぽい。
その笑みを見たあかねに頬を赤くされては、天真がグラスに満たされている酒を半分ほど一気飲みしたのも無理はなかった。
「ハイハイ、お前らは今年もバカップルだってことがよーくわかった。蘭にも報告しとく。」
「そんな報告しなくていいから!」
顔を真っ赤にして抗議するあかねにニヤリと笑って見せて、天真は重箱につまっているおせちに手を付けた。
どれも丁寧に手作りしたのだろうことは聞かなくてもわかる。
「お、黒豆うまっ!」
「本当?」
「おう、これはかなりいけてる。」
「よかったぁ。初めてだったから自信なかったんだ。たくさん作ってあるから思いっきり食べてね。頼久さんもたくさん食べて下さいね。」
「はい、頂きます。」
頼久はきちんと手を合わせて『頂きます』とつぶやいてから、箸を手に取った。
それ以降、二人の会話はあまり多くはない。
けれど、二人の間に流れる空気はどこかほのぼのと温かくて…
天真はそんな二人を眺めて自然と自分も微笑みながら、いつもよりも早く全身に酒がまわるのを感じていた。
管理人のひとりごと
慌てて年始短編です!
管理人は雑煮に入れる餅を七輪で焼くのが夢です!(笑)
ということで、頼久さんとあかねちゃんにやってもらいました(^^)
我が家にはまだ七輪がないので(TT)
ではっ、皆様にとって新しい年が素敵な一年でありますように♪
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