閉じ込めて
 3月14日。

 それはあかねにとって待ちに待った特別な日だ。

 今年は逆チョコなんてものがはやったけれどどうしても2月14日はあかねが想いを届けたくて、頼久には最初から逆チョコはなしと釘をさした。

 結果、2月14日にはあかねが手作りのチョコを頼久にプレゼントしたので、この3月14日ホワイトデーは頼久が張り切ってその想いを返す日というわけだ。

 進級直前で色々忙しくはあるけれど、それでもこの日だけは譲れない。

 何しろ、去年のことを考えてもこの日は頼久が物凄い労力を費やしてあかねのために色々と考えていることは間違いない。

 だからあかねはこの日ばかりは一月前からしっかりスケジュール調整をしてあるのだ。

 去年は頼久が一日かけてとっても素敵なデートへ連れ出してくれた。

 今年はどんなことを企画しているのか何一つ聞いてはいないのだけれど、とりあえず頼久の自宅に招待されたあかねはてくてくと頼久の家へ向かっている最中だ。

 一応、どこかへ出かけてもいいように、さりげなくおしゃれもしてきた。

 手ぶらでいくのもなんだからとカップケーキを焼いてみたら、母にホワイトデーなのにあなたがお菓子をあげるの?と言って笑われてしまったけれど、それはそれこれはこれ。

 久しぶりに会うんだから手作りのお菓子くらい持っていくのは当然だとあかねは一つうなずいて、いつものように頼久の家の扉の前に立った。

 するとやはりいつものように扉はすっとひとりでに開いて…

「神子殿、ようこそ、さぁ、中へ。」

「はい、お邪魔します。」

 いつもの通りといえばいつもの通り、あかねは頼久の家へと上がりこんだ。

 頼久のいでたちはというといつもと変わらぬ普段着で、どうやら出かけるつもりはないらしい。

「あ、頼久さん、これ、昨日作ったんです、後で食べてください。」

「これは、お気遣い頂き、有難うございます。」

 ニコリと微笑んであかねから紙袋を受け取ると、頼久は台所に立った。

 手早く紅茶をいれる姿はもうすっかり見慣れたものだ。

 あかねはどうやら頼久がすぐには出かけるつもりがないと悟って薄手のコートを脱ぐとソファに腰を下ろす。

 頼久が何を計画しているかは知らないが、あかねとしては二人きりでいられるのならなんでもいい。

 特にここ数日は電話で話をすることさえ満足にできないくらいあかねはテストだの進級の準備だのに追われていたのだ。

「どうぞ、ゆっくりおくつろぎ下さい。」

「有難うございます。」

 あかねは頼久に差し出されたティーカップを受け取って微笑を浮かべた。

 やっぱりこうして二人きりでゆっくりするのもいいなぁ。

 そんなことを心で思いながら紅茶を口にしていると、頼久が今度は皿に山盛りのクッキーをもってきてテーブルの上に置いた。

「うわぁ、凄いですね、こんなにたくさん。」

「どうぞ、召し上がってみてください。」

 隣に座る頼久に促されてあかねがクッキーを一つつまんで口に入れる。

 それはふわりと紅茶の香りがする上品な甘さのクッキーだった。

 形が動物や星型になっていてとても可愛らしい。

「いかがですか?」

「とってもおいしいです。わざわざ用意してくれたんですか?ホワイトデーだから。」

「はい。」

 嬉しそうにうなずく頼久の笑顔に一瞬見惚れてからあかねは顔を赤くしながら次のクッキーを口の中へ運んだ。

 本当にとても優しい甘さであかねの好みにピッタリだ。

 いつの間に頼久がこんなおいしいお菓子を売る店を調べたのだろうとあかねは隣の恋人を見上げた。

「頼久さん、これ、どこのお店で買ったんですか?とってもおいしいから今度は自分で買いに行こうかなって思うんですけど。」

「気に入って頂けて何よりです。言って頂ければいつでもご用意いたします。」

「いえ、買いに行くくらい自分で……。」

 そこまで言ってあかねは一つの可能性に気付いた。

 そう、これが買ったものではないという可能性だ。

 あかねの視線がクッキーと頼久の顔の間を泳ぐ。

「えっと…もしかしてこれ、頼久さんが?」

「はい。詩紋に作り方を聞きました。」

「な、なるほど、ほんと、頼久さんって何でもできるようになっちゃうんですね。」

「いえ、苦手なことは色々と…。」

 そう言って苦笑する頼久だが、こちらの世界へやってきてからも何か不自由をしているという話はしたことがない。

 少なくてもあかねは聞いたことがないし、天真からもそんな話を聞いたことはない。

 いくら記憶を二つ持っていてこちらの世界のこともわかっているからといって、料理や掃除まで簡単にこなしてしまうのは凄いとあかねは思うのだ。

「昨年は…。」

「はい?」

「昨年は外で色々と致しましたが…。」

「ああ、ホワイトデーのことですか?」

「はい。今年は家でゆっくりと思いまして。外の方がよかったでしょうか?」

「そんなことないです。私は頼久さんと二人でいられるならどこだっていいですし。でも、こんなクッキーまで焼いてもらうなんてなんか申し訳ないというか…。」

「そのようなことは決して。神子殿もバレンタインには手作りのチョコを下さいました。」

「そ、それはだって、チョコはクッキーみたいに面倒じゃないし……。」

「いえ、心を込めて作って頂いた事に変わりはありません。」

 そう言って頼久は満面の笑みを浮かべている。

 その脳裏にはあかねにチョコレートを渡された日が再現されているに違いない。

 幸せそうな頼久を目にすれば、あかねの顔にも自然と笑みが浮かんだ。

「夜はもう少々手の込んだものを用意させて頂きますので。」

「はい?夜?」

「はい、夕飯を。」

「頼久さんが?手作り?」

「はい。」

 と、穏やかに微笑む頼久。

 あかねは驚きのあまりあんぐりと大口を開けてしまった。

 確かに頼久は器用になんでもこなすし、料理もとっても上手だ。

 だからって、ホワイトデーだからって手作り料理とは…

「お嫌でしょうか?」

「い、イヤじゃないです!でも、申し訳ないというかなんというか…。」

「いえ、外へは出ませんので、せめて家の中でできることをさせて頂きたく。」

「頼久さん……有難うございます、嬉しいです。」

 素直にそう気持ちを伝えればやっと頼久の顔には安堵の表情が浮かんだ。

「では、夕飯の支度を始めますので、神子殿はテレビでも御覧になっていてください。」

「はい?まだ3時ですけど、もう夕飯の支度するんですか?」

「はい、少々時間がかかりますので。」

 そう言って頼久はさっさと台所に立ってしまい、あかねはそんな後ろ姿を呆然と見送った。

 どんなに早くても夕飯なのだから4時に食べるということはないだろう。

 ということは準備に最低2時間はかけるということだろうか?

 あかねはなんだかとんでもないことになるような気がして、でも張り切っている頼久を止めることなんてとてもできなくて、ただただソファの上で呆然とするのだった。





「どうぞ。」

 午後5時。

 あかねは目の前に置かれたスープの皿を見つめて凍りついた。

 皿の中には緑色のポタージュスープらしきものが注がれている。

 そしてあかねはその皿の中身が作られる過程をすっかり見ていたのだ。

 茹で上げられるグリーンピース、ミキサーにかけられるグリーンピース、そしてそれは裏ごしされて…

 そう、つまり、頼久は1からグリーンピースのポタージュスープを裏ごしまでして作り上げたのだ。

 その結果が今、あかねの目の前にある。

 しかも今あかねの前にあるのはそのスープの皿のみ。

 あかねが見つめていた後ろ姿は肉だの魚だのと物凄い数の食材を調理していた。

 そこから導き出されるこれからの食事のメニューはというと…

 そう、フルコースだ。

「よ、頼久さん、ひょっとして…。」

「まずはスープからどうぞ。」

「からって……。」

「他にも色々と用意しておりますので。」

「頼久さんは一緒に食べないんですか?」

「私は今日は神子殿に尽くさせて頂きたく。」

「つ、尽くすって……。」

 そんなのいつもなのにと続けるのをやめて、あかねはスプーンを手に取った。

 せっかくの頼久の心遣いなのだ、無下にすることはできない。

「じゃぁ、いただきます。」

「どうぞ。」

 優しい頼久の笑顔に見守られてあかねはスプーンを口へ運んだ。

 ふわりとグリーンピースの香りがして、舌触りも味も文句なし。

 予想してはいたけれど、頼久は本当に気合を入れて料理をしたらしい。

「いかがですか?」

「とってもおいしいです。」

「詩紋にコツは習いましたので、とんでもない味のものはできていないと思いますが。」

「とんでもないなんて、頼久さんは普通の料理だっていつも上手ですよ。」

「恐縮です。では、次はサラダを。」

 頼久はそう言って冷蔵庫からサラダが綺麗に盛られたガラスの器を取り出してあかねの前に置いた。

「前菜もこったものにしようかと思ったのですが、そんなにたくさんの量は神子殿には食べきれないだろうと詩紋に忠告されまして。」

「……それってこれからいったいどれくらいの量が…。」

「ご心配なく、全て量は控えめに作りましたので。」

 そう言って頼久はサラダにドレッシングをかける。

 見たところこれも間違いなく手作りだ。

「神子殿は魚と肉はどちらがお好きですか?」

「へ?えっと、どっちも好きですけど、どうしてですか?」

「メインの料理はどちらがよろしいかと。」

「……その…両方用意してあるんですか?」

「はい、ですからどちらでもお好みの方をお選び下さい。」

 さすがにこれにはあかねも絶句した。

 ここまで本格的に準備されているとは。

 下ごしらえは間違いなく両方ともしてあるはず。

 ここであかねがどちらか一方を選ぶともう片方の準備は無駄になるということだろうか?

 そんなことあかねにはできない。

「あ、あの、できれば両方、でもいいですか?頼久さんの準備を無駄にしたくないし…。」

「神子殿…承知致しました。」

 あかねの気遣いに感動しながらも頼久はそう返事をして再び台所に立った。

 フライパンが取り出され、冷蔵庫から次々に下準備が施された食材が出てくる。

 あかねはそんな頼久の後ろ姿を眺めながらサラダを口にした。

 しっかり水にさらされている玉ねぎ、手作りのドレッシング、どれをとってもやっぱり文句なし。

 味の好みもあかねのために作られているだけに本当においしい。

 これからメインが魚と肉で2品、あかねが甘いものに目がないことを知っているからデザートだって用意しているはず。

 頼久がこの日のためにどれくらいの時間を準備に割いてきたのかを思うと、あかねの目に涙が浮かんだ。

「魚の方はサーモンのムニエル、肉は……神子殿?」

 メインの調理を終えた頼久が二つの皿をあかねの前に置きながら目を丸くした。

 さっきまで自分の作った料理をおいしいと食べてくれていたはずのあかねが泣いていたからだ。

 頼久の顔から一瞬にして血の気がひいた。

「どうかなさいましたか?何かお気に召さないものでも…。」

「違います。こんなにたくさん色々用意してもらって…頼久さん凄く大変だったろうなって思って……私のためにこんなにって思ったらつい……。」

「神子殿…。」

「今年も外でお食事とか二人でお散歩とか、私はそんなんで全然いいんです。毎年色々考えてくれなくても…。」

「いえ、それはその……私がこうしたかったのです。」

「頼久さんの気持ちは嬉しいですけど大変じゃないですか…。」

「いえ、そうではなく、外へは出たくなかったので…。」

「はい?」

 頼久の言葉に今度はあかねが目を丸くした。

 確かに元々外出が好きだというわけではない頼久だが、最近ではよく外で食事もするようになっている。

 どうして今になって外へ出たくないのかがあかねにはわからなかった。

「えっと、やっぱり人の視線が気になりますか?」

「違います……。」

「じゃぁどうして…。」

「これからは神子殿もさらに勉学で忙しい日々を送ることになりましょう、そうなればこうして二人で会うこともそうそうはできなくなります。ですから、今日くらいはこうして静かに我が家に神子殿を閉じ込めて二人きりでいたかったのです。私のわがままで豪華な夕食を食べていただくこともできませんし、買い物もデートもできません。ですからせめてこれくらいのことはさせて頂きたいのです。」

「頼久さん…。」

 苦笑する頼久の顔を見ていたあかねの目に再び涙が浮かんだ。

 そう、あかねは進学のために受験勉強をしなくてはならない。

 だから、頼久の言うとおり、これからは簡単に二人きりの時間を持つことはできないかもしれないのだ。

 そのことを思ってこんなふうに二人きりの時間を演出してくれたのだとわかれば、あかねはもう涙をこらえることができなかった。

「神子殿…。」

「ご、ごめんなさい、せっかく頼久さんが色々考えて頑張ってくれてるのに私…嬉しくて…。」

「喜んで頂けているのでしたら私はそれだけで十分です。」

「でも、せっかく二人きりなんですから、準備に時間かかってもいいですから二人で食事、しませんか?頼久さんだけを働かせて私だけおいしくご飯なんて食べられないですよ。」

「神子殿…承知しました、では自分の分も作ってまいります。」

 涙をぬぐうあかねに微笑を浮かべて頼久は再び台所へ立った。

 今度はその後ろ姿をあかねの笑顔が見守る。

 こうして二人は3月14日の夕食をゆっくりと時間をかけて二人きりで楽しむのだった。








管理人のひとりごと

ということでホワイトデー遙か1バージョンでした♪
今回はあかねちゃんを独り占めしたいという頼久さんの欲望丸出しな感じです(マテ
まぁ、身近に詩紋がいるんで料理の味はもう間違いないですな(w
豪華なホワイトデーのプレゼントもいいですが、やっぱりこういうものはハートだと思う管理人です(’’)









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