賜物の行方
 冬空の下を一台の牛車がゆるりゆるりと進んでいる。

 牛車を見ただけでも中に座っている人物が身分の高い者とすぐにわかるほど牛車はきらびやかだったが、それでいて嫌味なほどではないところは持ち主の優雅さがにじみ出ている。

 そんな牛車はゆるゆると土御門邸へと入っていった。

 止った牛車から降りてきたのは左近衛府少将橘友雅だ。

 女性ならば誰もが憧れてやまないと噂の美丈夫は優雅な身のこなしで、土御門邸を慣れた感じで歩いていく。

 口元にはうっすらと微笑が。

 右手で長い髪の先をもてあそびながら友雅はやがて見えてきた御簾の前に座った。

「この薫りは…友雅殿ですのね?」

 御簾の向こうから聞こえてきたのは少女の愛らしい声だ。

「ええ、姫君に先日仰せつかった件のご報告にね。」

「まぁっ!」

 嬉しそうに声をあげた少女は物凄い勢いで御簾を跳ね上げて友雅にその素顔をさらした。

 左大臣の娘という高貴な身分のこの少女、藤姫は自分が姉とも慕う龍神の神子に出会ってからその影響を受けて色々と様変わりした。

 こうして友雅に素顔を見せるようになったのもその変化の一つだ。

 友雅は楽しそうに目を細めた。

「それで、頼久は神子様に何を贈りましたの?」

 少女らしいキラキラとした目を興味でいっぱいに見開いた可愛らしい藤姫に、友雅は満足そうな笑みを浮かべる。

 目の前にいるこの幼い姫のころころとよく変わる表情を見ていると、彼女が姉とも慕う龍神の神子のことを思い出した。

 龍神の神子あかねもよく表情を変える少女だからだ。

「友雅殿?意地悪なさらずにお教え下さいませ。」

「そうだねぇ…では、姫君は何を贈ったとお思いかな?」

「さぁ…頼久のことですから、きっと髪飾りや紅などではないでしょうし……。」

 友雅の質問の答えを真剣に考え始める藤姫。

 小首をかしげ、サラリと髪飾りを鳴らして悩み続けている。

 そんな愛らしい幼姫の様子を見ていることは最近の友雅にとって楽しみの一つになっていた。

「わかりませんわ。」

「まぁ、髪飾りでも紅でもないところは合っていますよ、姫君。」

「友雅殿、からかっておいでですの?」

「こういうことはすぐにわかってしまってはつまらないからねぇ。では、藤姫なら神子殿に何をお贈りになるのかな?」

「そうおっしゃる友雅殿でしたら神子様に何をお贈りしますの?」

 思いもかけない幼姫の反撃に友雅は一瞬キョトンとした。

 まさか質問で返されるとは思わなかった。

 友雅は、さて神子殿に何を贈ろうかと考えてすぐにその顔に艶な笑みを浮かべると藤姫の耳元へ唇を寄せた。

「神子殿には私自身を贈りたいものだね。」

「友雅殿っ!」

 藤姫は顔を真っ赤にして友雅をきりりとにらみつけた。

「ま、まさかあの頼久がそのようなことを神子様に申し上げるとも思えませんし…。」

「まぁ、あの頼久に限って、ないだろうねぇ。」

「わたくしなら、神子様に美しい小袿や鏡などをお贈りしますけれど、頼久がそのようなものを選ぶとも思えませんし…。」

 そう言って再び考え込む藤姫を見つめながら友雅は思わず想像してしまった。

 あかねのために小袿や鏡を選んでいる頼久の姿を。

 それらの雅なものに囲まれて眉間にシワを寄せている頼久。

 そんなものを想像してしまって、思わず友雅はクスッと笑い声をたててしまった。

「友雅殿!また私を見てバカにしておいででしたのね!」

「いやいや、想像してしまってね。」

「はい?」

「神子殿のために小袿や鏡を選ぶ頼久を想像してみるといい。」

 そういわれて藤姫もその脳裏に頼久の姿を思い浮かべて、思わずクスッと笑ってしまった。

「ありえませんわ。」

「ありえないねぇ。もちろん、頼久がそのようなものを選んだりはしなかったが…。」

「それで、頼久は神子様に何を贈りましたの?そろそろ教えて下さっても…。」

「ああ、そうだった。藤姫と話をするのがあまりに楽しいのでね。ついつい忘れてしまったよ。」

 そんなことを言われて藤姫はポッと顔を赤くした。

 なんとも初々しい幼姫の態度に友雅は満足げだ。

「花。」

「はい?」

「花を贈ったのですよ、姫君。」

「花、ですか?」

「それも自ら山に入って美しく咲いているものを選んで両腕にいっぱいほども抱えてね、それを神子殿に贈った。」

「まぁっ!」

「頼久にしては上出来だったねぇ。」

 そう言いながら友雅は遠い目をして空を見上げた。

 友雅が藤姫に、頼久に贈り物をするようにと命じておいたからあかねが贈り物を贈られてちゃんと喜んでいたか、様子をうかがってほしいと頼まれたのが四日前。

 そして頼久がやっとの思いで贈り物に花を選んで贈ったのが昨日のことだった。





 あまり頼久が何を贈るかを決めかねているのでからかってやろうかとあかねの元へと参上した友雅は、まさにその贈り物を贈られた直後のあかねと、大役を終えてほっとしている頼久の二人と出くわした。

 いつものように先触れもなく友雅があかねの局へと歩いていくと、その気配を察して頼久がさっと身を引いた。

 その様子を見て友雅はすぐに今の今までどうやら頼久はあかねを抱きしめていたらしいと悟って、からかってやろうと思ったのだが、あかねの両腕で抱きかかえられている花束を目にしてそんな考えは吹き飛んでしまった。

 あかねの両腕からこぼれ落ちそうなほどの花は美しいがおとなしく、あかねの美しさを引き立てている。

 花を両腕いっぱいに抱えたあかねは嬉しそうに微笑んでいて、頬がほんのり赤く染まっていてしっとりと美しかった。

 そんなあかねに見惚れて、思わず友雅は苦笑した。

 この美しい少女が他人のものだということを思い出したから。

「あ、友雅さん、こんにちわ。」

「やあ、神子殿はご機嫌うるわしいようだね。」

「はい、これ、頼久さんが私にってわざわざ摘んできてくれたんです。こんなにたくさん。」

「ほぅ、美しい花だね。美しいが派手ではないし、いい趣味をしているね、頼久。」

「友雅殿にお褒め頂くほどでは…。」

「撫子だね、よく似合っているよ、神子殿。」

「有難うございます。」

 嬉しそうに微笑むあかねの笑顔は輝いて見えた。

 それほど本当に心から嬉しかったのだろう。

 こんなあかねの笑顔を見ていると許婚となった今でも頼久がまだまだ従者のようなのをあかねが気にしていると藤姫がこぼすものだから、つい贈り物をすればいいなどと余計なことを言ってしまった自分に文句の一つも言いたくなる。

 周囲を気にせずに苦笑をもらしてしまってからふと頼久の方を見ると、この実直な武士はあかねに指一本でも触れれば刀を抜きそうな勢いで友雅の方をにらんでいた。

 どうやらいくら鈍感なこの青年武士でも友雅があかねに対してどのような想いでいるのかには気付いているらしい。

 友雅はそんな頼久を無視して、己の想いになど気付いてもいないらしい可愛らしい神子殿に微笑んで見せた。

「やはり最近の神子殿は女性らしくなってきたようだね。私もついつい恋の歌の一つも送りたくなってしまうよ。」

 頼久の前でわざとそんな話をしたのは、やはりあかねを独り占めにされて悔しかったからかもしれない。

 そんな自分の気持ちに気付いてやはり友雅は心の内で苦笑をこぼした。

「また友雅さんはそんなこと言って、恋の歌なんかもらっても絶対返事しないんですから。」

 相手にする気がないのなら、たとえ断りの返事でも返事を出してはいけないのだということをちゃんと学んだあかねは上目遣いに友雅をにらんでそうこたえた。

 そんなしぐさも愛らしくて友雅は右手で長い髪の先をもてあそびながら目を細める。

「まぁ、神子殿は歌が苦手なことだしね。」

「うっ……べ、別に苦手だから返事を出さないわけじゃないです……。」

 あかねはこの京に留まることを決めてからずいぶんと色々なことを学んできたし、その努力は人並みのものではなかったがやはりまだまだできないことはある。

 歌を詠むのはそのできないことの中の一つだった。

「冗談だよ。神子殿には許婚殿からの贈り物がよほどお気に召したようだし、二人の間に入って邪魔をするほど無粋なものもないから、私はこれで失礼するよ。また今度、頼久のいない時にでも。」

 そう言ってあかねに流し目を送りながら友雅はあかねと頼久に背を向けた。

「もう帰っちゃうんですか?」

 呼び止めようとしたらしいあかねに片手だけあげて応えて、友雅は何も言わずにその場を去った。

 あかねが頼久に何を贈られたのかは確かめられた、それをあかねが気に入ったかどうかもだ。

 これで藤姫に頼まれた役目は終えた。

 これ以上、幸せなあかねの姿を見続けることは友雅にとっては耐え難いことだった。

 だから、普段は牛車を使ってゆるゆると帰る友雅は、珍しく徒歩でさっさと自宅へ戻ったのだった。





「そんなに神子様は喜んでいらっしゃいましたの。」

 あかねが頼久から撫子の花を山ほど贈られた時の話を友雅から一通り聞いて、藤姫はうっとりと微笑んだ。

 大事な神子様が幸せそうな姿を想像したらしい。

「花を贈るなんて、本当に頼久にしては上出来でしたわ。」

 嬉しいことこの上ないらしい藤姫は胸の辺りで両手を握って微笑んでいる。

 その愛らしい様子を見ているうちに友雅は自分もこの幼姫に何かを贈ってみようかと思い始めていた。

「さて、私は何を贈ったら喜んで頂けるだろうね。」

「あら、友雅殿も神子様に何か贈り物をなさるのですか?間違っても恋の歌などお付けにならないで下さいませね。」

 きりりと目尻を上げて怒って見せる藤姫が愛らしくて、友雅の顔には自然と笑みが浮かんだ。

「恋の歌、ねぇ。さて、藤姫は、殿方に何か贈り物をされるとしたら、何が一番嬉しいかな?」

「わたくし、ですか?そうですわね……神子様と一緒に読める絵物語などが嬉しいですわ。」

 友雅は何か楽しげにくすくすと笑みを漏らした。

 ここでもまた神子様が出てきたことが面白くてしかたがない。

「友雅殿?わたくし、真剣にお答えしておりますのよ?」

「わかっているとも。藤姫があまりに神子殿のことばかり言うもので微笑ましくてね。さて、では私は用も済んだことだし、帰るとしようか。」

「まぁ、もうお帰りですの?」

「用を思い出したのでね。」

 そう言って艶な笑みを残して、友雅は藤姫の前から立ち去った。

 心なしか寂しげに見送る藤姫は三日後、友雅からたいそうきらびやかな絵巻物を贈られて、このしっかりした姫君には珍しく小躍りするほど喜んだ。

 そしてその絵巻物についていた文を一読して、幼いが整った顔を真っ赤に染め上げたのだった。








管理人のひとりごと

友雅さんお誕生日記念でございます(^^)
藤姫とのその後のお話ですね。
拍手御礼SSともつながっていたりします。
この作品単品でも大丈夫なように書いたつもりですが、気になる方は小説部屋、その他の拍手御礼SS「指南」を御覧くださいませ。
女性へ贈り物といえば少将様でしょう(笑)
逆に頼久さんは苦手そうです。
最後にはしっかり少将様、藤姫にプレゼントしてます。
藤姫も喜んでいるようですよ(笑)
なにはともあれ、友雅さん、お誕生日おめでとうございます(^^)





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