滞在
 あかねにとって人生でかなり重要な部類に入るイベントでもある受験が終わり、あかねと頼久はずいぶんと穏やかな時間を過ごすことができるようになってきた。

 もちろん合格発表がまだなのですっかり安心というわけにはいかないけれど、それでも二人きりで会う時間を焦りもなく過ごすことができるというのは大きな変化だ。

 あかねは受験が終わってからというもの、時間を見つければ頼久の家に入り浸っているといってもいい。

 もちろん、両親にも行き先を告げてから出かけているけれど、両親が何か言うことはなかった。

 三日ほど毎日出かけた時にはとうとうあきれた母にどうせなら泊まってきてもいいわよとまで言われて、あかねはようやく毎日通い詰めていたことに気付いたくらいだ。

 頼久の方はというと、こちらも仕事があるはずなのに、あかねが訪ねていくたびに満面の笑顔で迎えてくれた。

 特に何をするというわけでもなく、ただ頼久の側にいるだけのあかねを頼久もまた優しく見つめるだけだ。

 あかねはそんなふうに過ごせる時間がとても愛しくて大切で、この日も朝から頼久の家へとやってきた。

 三日前に一緒に晩御飯を食べたばかりだけれど、受験から解放された週末を頼久と一緒に過ごさないという選択があかねにあるはずがない。

 それは頼久も同じことで、あかねがやってくると絶妙のタイミングで玄関の扉を開け、あかねを中へといざなってくれた。

 いつものようにきちんと片付いたリビングに通されて、あかねはコートを脱ぐとすぐにキッチンに立つ。

 こうしてお茶をいれるのはあかねの仕事、その間に茶菓子を用意するのが頼久の仕事といつの間にか分担されていた。

「今日はちょっと外暖かいですよ。早く春になるといいですねぇ。」

「はい、神子殿のお好きな桜が咲くところが早く見たいものです。」

「ああ、でもその前に合格発表かぁ…。」

 あかねはお茶を手にソファに座り、「はぁ」と大きな溜め息をついた。

 頼久の側はそれは幸せで居心地はいい。

 けれど、合格発表がまだの現在はなんとなく落ち着かない状況でもある。

「大丈夫です。神子殿はできうる限りの努力をなさったのですから、結果が悪いはずがありません。」

 頼久は茶菓子をテーブルの上に置くと、あかねの向かい側に座って微笑を浮かべた。

 もちろん受験に合否があるのは知っているが、頼久はあかねが不合格になるとは露ほども思っていない。

「それは…やれることはみんなやったとは思ってますけど…私、滑り止めって1校しか受けなかったし…。」

 どうしても家の近所の学校に進みたい。

 それがあかねの希望の一つだった。

 何故かといえばそれは頼久の側を離れたくないから。

 もちろん、実家から離れた学校に通い、あかねが一人暮らしを始めるとして、その場合は頼久がもれなくあかねの家の近所に転居すると言っていたのだが、そんな迷惑はかけられない。

 だからあかねは家から通える2校に受験を絞った。

 つまり、2校不合格だったらその時点でアウト。

 浪人するか専門学校へ通うかを決めなくてはならない。

 就職という手もあるといえばあるけれど、この段階で就職活動が間に合うわけもなく、フリーターになるよりはちゃんと専門学校へ行って何か技術を身につけたいとあかねは考えていた。

 本人はそう考えていたのだけれど…

「ご心配には及びません。」

「頼久さんは私のこと過大評価しすぎです。解けない問題もけっこうあったし…。」

「いえ、そういうことでは…。」

「はい?」

「もちろん、神子殿が努力なさったのですから不合格ということはないと思っていますが、万が一、不合格であったとしても神子殿はなにも心配なさる必用はありません。」

「ありますよ。だいたい、浪人するか専門学校に行くかだって決めてないし…決めておこうかな…。」

「それは神子殿のお好きな方を選択なさればよろしいかと。神子殿はどのような結果になろうとも、神子殿のお望み通りに道を選ばれればそれで。」

「それは、まぁ、そう、なんですけど……浪人なんかしたら、またお金かかっちゃうし、それに、また頼久さんに一年あんまり会えなくなっちゃうし…専門学校、かなぁ、やっぱり…。」

 紅茶を一口飲んで深い溜め息をつくあかねをまじまじと見つめて、頼久はあかねの隣へとその身を移した。

「神子殿がどうしても大学へ行きたいとお望みなのでしたら浪人もよろしいかと。」

「それは…そう、なんですけど……。」

 この一年、受験生だというだけでずいぶんと頼久と過ごす時間を削られてきたあかねにとって、同じ生活をもう一年というのはかなりつらい選択だった。

 だから一年間、ずいぶんと自分では頑張ったつもりでいるけれど、それでも試験は失敗しなかったという程度で絶対合格できるというほどできはよくなかった。

 もう一年頼久に会えない時間を過ごすくらいなら専門学校へ行ってその後すぐに就職する方がいいに決まっている。

 けれど、両親や頼久はあかねが大学生になることを望んでいるようで、あかねはどうしたらいいかわからなくなってしまった。

「神子殿がそのようにお悩みなる必要は全くありませんので。」

「ありますよ、私だって悩むんです!」

「いえ、そうではなく…神子殿のお望みどおりになるよう、考えましょう。」

「だから、それが無理なんじゃないですか。」

「無理、なのですか?」

「無理ですよ。たとえば浪人するとして、私は今年一年凄く寂しくて、もっといっぱい頼久さんと一緒にいたかったのに受験のせいでいられなくて…浪人したら同じ感じがまた一年ですよ?そんなの…。」

「解決できると思いますが…。」

「はい?」

 何を言い出すのかとあかねは隣の恋人を見上げた。

 そこには真剣に何か考えている様子の頼久がいる。

「つまりは神子殿は私に会いながら勉強ができれば良いということになります。」

「そう、ですね…。」

「では、まずはこちらに移り住んで頂いて…。」

「はい?」

「予備校なども私も一緒に入学すれば…。」

「………はいぃ?」

「共に勉学にいそしめます。」

 これで解決、ニッコリ笑顔。

 頼久の満足げな笑顔を見上げながら、あかねはあっけにとられていた。

 この家に引っ越してくる?

 それは同棲しようってことですか?

 じゃなくて!

 いい大人の、しかも仕事もしちゃってる頼久さんが共に予備校に通う…

 勉学にいそしむって!

 あかねは心の中で今の頼久の言葉を噛み砕いて、それから口をパクパクさせた。

 もう何をどう説明していいのか、どこから突っ込めばいいのかわからない。

「神子殿?」

「そ、そんなことできませんよ…。」

「ああ、そうでした。」

「へ?」

「こちらに移り住んで頂くためにはもう一つしておかなくてはならないことがありました。」

「しておかなくてはならないこと?」

 あかねはもう何がなんだかわからずに小首を傾げる。

「神子殿が浪人の道を選ばれるのでしたら、その時は、きちんとご両親にも改めてご挨拶を致しますので。」

「……。」

 あかねは一瞬頭の中が真っ白になって、それからあっという間に顔が真っ赤になった。

 それはもう完全にプロポーズじゃないですか?

 今したようなものじゃないですか?

「頼久さん…それ……。」

「はい?」

「……今言われるともの凄く恥ずかしいです……。」

「恥ずかしい、でしょうか?」

「だって、その……プロポーズ、みたいです……。」

「……。」

 真っ赤な顔で言われて、頼久は一瞬キョトンとしてからすぐにその顔を手で覆い隠した。

 手の下の顔は頼久も真っ赤だ。

 いつも恥ずかしいことを言っているつもりはないと断言する頼久も、さすがに今回は自分がとんでもなく恥ずかしいことをさらっと言ったことに気付いたらしい。

 あかねと頼久は互いに一度顔を見合わせて、それから慌てて視線を反らすと真っ赤な顔でしばらく呼吸を整えた。

 すると、コンコンと窓を叩く音がして、二人が視線を向けたリビングの窓の向こうには天真が呆れ顔で立っていた。

 急いで頼久が窓を開けてやると、天真が冷気と共に中に入ってきた。

「お前らな。」

「何?どうしたの?天真君。」

「二人っきりで家の中にいて、なに赤い顔して顔そむけてんだよ。今頃告白ごっこでもしてたのか?」

「し、してない!」

「頼久も、お前、いい大人の男だろうよ、しっかりしろ。」

「しっかりとは……。」

 ここで天真は深い深い溜め息をついた。

 この二人がやたらとスローペースな付き合いをしていることはよく承知しているつもりだった。

 それもこれもあかねが高校生だという年の若さとか頼久の実直さとかが元になっていることも知っている。

 それでもだ、受験が終わってもうすぐ高校生を卒業するあかねと、いい大人でその気になればいつでもあかねを嫁にできる頼久が一つ屋根の下、二人きりで赤い顔をして座っているだけというのはもう天真にはいたたまれない状況なのだ。

 しかも、本人達はその状況のおかしさに気付いていないときている。

「押し倒すくらいの甲斐性はねーのかって話だ。」

「天真…。」

「天真君!」

「ハイハイ。」

 眉間にシワを寄せて殺気を放つ頼久と、真っ赤な顔でむくれるあかねを見比べて深い溜め息をついた天真は、二人の向かいにどすっと腰を下ろした。

「もぅ、そんなこと言いにわざわざ来たの?天真君。」

「おいおい、俺はそんなに暇人じゃねーよ。実は蘭が風邪ひいて熱出してな。」

「うそっ、大丈夫なの?」

「おう。まぁ、受験疲れが出たんだろうな。お前は受験疲れが出る暇もねーくらいここに通い詰めてるんだろうが、あいつはほっとして気が抜けてって感じじゃね?」

「それで、どうしてお前がここへ来ることになる?」

 いまだ不機嫌そうな頼久に天真は苦笑した。

「用があったのはあかねだ。どうせここにいるだろうと思って直行したら案の定だ。あかね、お前、蘭と合格発表見に行く約束してただろう?」

「うん、してた。でも、今熱出してるようじゃ…。」

「ああ、たぶん見に行けないだろう。で、俺が蘭の分も合格発表をチェックするんだが、蘭がお前との約束を破るのを気にしてたんで、当日は俺がお前と一緒に行くことになるって言いたかっただけだ。」

「そうなんだ。別に天真君が一緒なのは構わないけど、蘭、大丈夫かなぁ…。」

「大丈夫だと思うぜ。おかゆも食べてたし、熱はあるが咳もしてないしな。」

 苦笑しながら説明する天真の話を聞きながらもあかねはまだ心配そうだ。

 あかねと天真、そして蘭の3人は家から近いという理由もあって、同じ大学を受験していた。

 もちろん、受けた学科は違うのだが、同じ敷地内で受験もしたし、合格発表も一緒だと言うのであかねと蘭は一緒に合否を確認しに行こうと約束していた。

 天真はと言うと妹に確認を任せるつもりでいたのだが、そんな状況での蘭の風邪だった。

「神子殿。」

「はい?」

「今時期は風邪もはやっているようですし、やはり当日は私もお供致します。」

「それは……。」

 しばらく考えてからの頼久の発言にあかねは戸惑った。

 実は合格発表当日、頼久も二人に同行すると申し出ていたのだが、もし落ちていた時に泣いてしまいそうで恥ずかしいからとあかねは断ったのだ。

 まさかここでその話が再燃するとは思ってもいなかったから、あかねはうつむいて考え込んでしまった。

 合格していればまだしも、不合格だった時にはきっと頼久に頼って泣いてしまう自分が容易に想像できたから。

「いいじゃねーか、車で移動の方が断然楽だし、それに俺と二人で合格発表に行かせるのは頼久としては妬けるんだろ。」

「妬けるってことはないってば…。」

「いいえ、妬けます。」

「断言かよ…。」

 間髪いれずに断言した頼久にあきれたのは天真、驚いたのはあかねだ。

 頼久の顔には真剣な表情が浮かんでいて、あかねは思わずおののいてしまった。

「ですから、お供させて頂けませんか?」

「そ、それは…頼久さんに何も予定がないなら…。」

「有難うございます。予定など元から入れてはおりませんのでご安心を。」

 やっと頼久が穏やかな笑みを浮かべたので、あかねもつられるようにその顔に笑みを浮かべた。

 ところが、次の瞬間、頼久はさっと笑みを消して不機嫌そうな顔で天真をにらみつけた。

「な、なんだよ…。」

「そのような話ならメール一本で事足りただろう。お前は何故ここにいる?」

「そりゃお前……酒に決まってんだろ。受験も終わったしな、俺もそろそろハメ外そうかってところに蘭の風邪だ。自宅じゃにっちもさっちもで、ここにくればあかねにも話が通せて、あかねが帰った後なら堂々と酒が飲めんだろ。」

「ここは酒場ではない。」

「わーってんよ。源頼久の自宅だってことは。」

「天真君、ここに来る時はいつもお酒飲んでるんだね。ダメだよ?一応まだ未成年だし。」

「だからお前の前じゃ飲まねーだろ。」

「そういう問題じゃなくて!」

 あかねは意識して眉間に力を入れて怒ってみたけれど、どこから見てもその顔は愛らしくて、男二人はその顔に優しい笑みを浮かべた。

「わかったわかった。今日のところは退散するわ。どうせ大学入ったらサークルだなんだで飲み会だらけだろうしな。」

「天真君ならすぐ人気者になるからきっとあちこちの飲み会に呼ばれるだろうしね。」

「そうとは限らねーけどな。」

 そういいながら天真はすっと立ち上がるとあっという間に入ってきた大きな窓へと歩き出した。

「あ、蘭には俺から話しとく。あと…。」

「なに?」

「お前ら付き合ってもう長いんだからよ、誰もいない家の中で顔赤くして座ってるってのは勘弁な。」

「じゃぁ、どうしてればいいって言うの?」

 ふてくされたあかねの声に、窓に手をかけながら天真は少し頭上を見上げて考え込んだ。

 思っていることをそのままストレートに口にすればあかねに罵られ、頼久に稽古をつけられることは目に見えている。

 だからといって答えないというのもかなり不自然だ。

 天真は数秒考え込んでからむくれているあかねにニヤリと不適な笑みを浮かべて見せた。

「まぁ、そこは年上の彼氏に教えてもらえ。」

「へ?」

「天真!」

「じゃぁな。」

 ここは逃げるが勝ちとばかりに天真は窓を開けて外へ出ると、素早く靴を履いて駆け去った。

 残された頼久はあきれたような深い溜め息をついた。

 天真の言いたいこともわからないではないが、そういうことを意識しすぎてあかねがここにいづらくなることだけは避けたいというのが頼久の本音だ。

 京からこの世界へやってきた頼久にとっては、あかねがここ、自分の家にいてくれるだけで幸せなのだから。

 ところが、頼久がそんな思いでうつむいていると、その横顔に視線が刺さるのを感じた。

 見れば、興味深々の顔であかねが自分を覗き込んでいる。

「神子殿?」

「で、私達はどうしてれば天真君の言う普通な感じなんですか?」

 『年上の彼氏に教えて貰もらえ』という天真の言葉を実行に移したあかね。

 その興味にあふれた顔はまだ幼さを残していてとても愛らしい。

 頼久は一瞬その顔に見惚れて、それからやわらかく微笑んだ。

「そうですね、では、神子殿は目を閉じていてください。」

「はぁ…。」

 何がなんだかわからないけれどとりあえず頼久の言う通りにしてあかねが目を閉じていると、ふわりとその唇に優しい口づけが降ってきた。

 驚いてあかねが目を開けた時にはもう頼久の顔は離れていて、優しく微笑んでいるのが目に入る。

 あかねは一瞬で顔を真っ赤にしてうつむいた。

「そ、そういうこと……天真君はもぅ……。」

「ああ見えて、私のことを案じてくれているのでしょう。」

「頼久さんを?」

「天真にしてみれば私はさぞかし甲斐性なしに見えると思います。」

「頼久さんは別に甲斐性なしじゃありません!とっても優しくて紳士的なだけです!天真君が不良なんだ。」

 真っ赤な顔のままぶつぶつと文句を言うあかねが愛しくて、思わず伸びそうになった腕を頼久はどうにか押しとどめて立ち上がった。

 ここであかねを抱き寄せたりしたら、それこそ恐がられてしまいそうだから。

「頼久さん?」

「昼食の用意を致します。神子殿も一緒に昼食をとって頂けますか?」

「もちろんです!っていうか、私が作ります!」

 慌てて立ち上がったあかねは意気揚々と腕まくりをしてキッチンに向かった。

 そして…

「お手伝い致します。」

 優しくて紳士的と言われて上機嫌の頼久は、あかねの後ろを従者のようについていくのだった。








管理人のひとりごと

受験生から脱出一歩手前のお二人さんです♪
なんか頼久さんがフライングっぽくプロポーズ的なことをしてますが(’’)
あかねちゃんを思うあまり、自分でもとんでもないことを言う、それが頼久さん(マテ
そしてこの、のほほんなお二人さんに一番やきもきするのはたぶん天真君。
頼久さんの真の友な分(笑)蘭より二人のことを真剣に心配しそう。
特に頼久さんを心配しそう、こいつ大丈夫か?みたいな(笑)
そろそろあかねちゃんも大学生♪
キャンパスライフとか書くぞーーーー!








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