台風一過(前編)
 あかねは自宅で一人でテレビを見ていた。

 連休をむかえて両親が旅行へ行ってしまい、家に一人きりなのだ。

 いつもなら週末は頼久の家へ遊びに行くところだが、両親が家を留守にするというのであかねが留守をあずかったというわけだ。

 もちろん、せっかくの週末を無駄にするなんてもったいないことをするつもりはない。

 もうすぐ頼久がこちらへ訪ねてくることになっていた。

 家中の掃除をして磨き上げて、夕飯の料理の下ごしらえを終えてあとは頼久がくるのを待つばかりなのだ。

 頼久が来るといっていた時間まではあと15分。

 几帳面な頼久はだいたい約束の時間の5分前にやってくる。

 だからあと10分でその顔が見れるはずなのにあかねにとってはこの10分がとても長く感じられて、そわそわする気持ちをそらすためにテレビを見ているのだが、思いがけずニュース速報が流れてあかねは目を丸くした。

 近所で殺人事件が起こり、犯人が逃走しているというのだ。

 あかねは近くにあったクッションを抱きしめて一瞬かたまってしまった。

 テレビ画面を流れている住所はここからとても近いところで、犯人は刃物を持って逃走中となっている。

 しかも今は両親がいない。

 あかねは頼久がやってくるのが待ち遠しくて窓から外をのぞいてみた。

 するとそれでなくても心細い夜になるというのに外はとんでもない風と雨で窓越しにだと外の様子がよくわからないほどだ。

 ますます心細くなってあかねがクッションを更にぎゅっと抱きしめたところでドアチャイムが鳴った。

 あかねが慌てて鍵を開ければ、ドアの向こうには傘をたたみながら微笑んでいる頼久の姿があった。

 思わずあかねは安堵の溜め息をついてしまい、頼久が玄関に足を踏み入れながら小首を傾げる。

「神子殿?どうかなさったのですか?」

「いえ、なんでもないです。なんか頼久さんに会ったら安心しちゃった。」

「はぁ。」

「さ、入ってください。すぐ夕食の支度しますから。」

「お邪魔致します。」

 頼久がやってくることは両親も了解済みで、何遠慮することなく頼久がリビングへやってきたときにはもうテレビのニュース速報は終わってしまっていた。

 改めて話をするほどのことでもないだろうとあかねはそのまま台所へ向かってすぐに食事の支度を開始する。

「神子殿、これを冷やしておいて頂きたいのですが。」

「あ、ケーキ。有難うございます。」

「夕飯の支度、お手伝い致します。」

「じゃ、盛り付けたのを運んでもらえますか?」

「承知。」

 頼久が手土産に持ってきたケーキを冷蔵庫へと片付けてあかねはすぐに下ごしらえしてあった料理を次々と完成させて更に盛り付けていった。

 それを頼久が食卓へ運べば夕食の準備はあっという間に整って、二人は食卓をはさんで向かい合って座るといつものように穏やかに食事を始めた。

 テレビを消して食事を始めると風と雨の激しい音が時折聞こえる。

 あかねは微笑んで食事をする中でもその音が耳につくとつい不安げな表情を浮かべてしまった。

「神子殿?」

「あぁ、ごめんなさい。ちょっと外の様子が気になって。」

「台風が来ているようでしたが…食事が終わったら窓など大事無いか見て参りましょう。」

「あ、はい、お願いします。」

 頼久さんが確認してくれれば大丈夫、そう自分で自分に言い聞かせてあかねは食事を続けた。

 それでも台風への恐怖とさっきのニュースの逃亡中殺人犯への恐怖が完全になくなるわけではなくて…

 それでも頼久に心配かけまいとあかねはつとめて明るく振る舞いながら食事を終えた。

 二人でそろって後片付けをしてリビングで一息つけばもういい時間だ。

 あかねのいれた紅茶で頼久が持参したケーキを食べると、頼久は家の中の戸締りを見て回った。

 全ての窓の立て付けを確認し、鍵をかけ、外の様子から物が飛んできて窓を割るようなことはなさそうだと判断すると頼久はすぐに帰り支度を始めた。

 そんな頼久を見てあかねが寂しげにうつむく。

「神子殿、戸締りは全て確認いたしました。明日、早いうちに様子を見に参りますので。」

「あ、はい。ごめんなさい、心配かけちゃって。」

「いえ…。」

 別れ際はこうしていつもあかねは寂しげにしてくれるが、今日はまたいちだんと心細げだと頼久が心配していると、もう夜もかなり更けてきたというのに電話が鳴った。

 慌ててあかねが電話に出ると、どうやら電話の向こうの両親と会話をしながらその視線はすっと頼久へ向いた。

「あの、頼久さん。」

「はい?」

「お父さんがかわってって。」

「は?」

「お父さんが話したいんですって。」

「はぁ。」

 受話器を受け取って父と会話を始める頼久をあかねはじっと見つめた。

 父が頼久にどんな話をするのかなど見当もつかない。

 まさかこんな時間まで家にいるのかと怒ったりするわけではないだろうかと、そんな心配をしながら聞いていると頼久はどうやら父に叱られているわけではないらしく、困惑しているような顔をしていた。

「お邪魔しております、源です。はぁ…いえ、知りませんでした……はい、心配なさるのは当然のことと…はい、よくわかります……いえ、特に予定があるわけでは…はぁ、あかねさんさえかまわなければ私は一向に…御信頼頂き光栄です……はぁ、常人よりは多少できるかと思いますが…承知致しました、では、あかねさんに許可を得た上でそのようにさせて頂きます。許可頂けないようでしたらそのように…はい…はい……しかとお預かり致しますので御安心を……はい、安心してご旅行をお楽しみ下さい。はい、では、失礼致します。」

 頼久の対応だけでは何がなんだかわからずにあかねが小首を傾げている間に頼久は電話を切って受話器を置いてしまった。

「頼久さん、私、かわらなくてよかったんですか?」

「はい、お父上は私に用がおありだったそうで。」

「はぁ…。」

「神子殿、この近所で殺人事件が起きて犯人が逃走中だということはご存知でしたか?」

「へ?あ、はい、さっきニュースで…。」

 あかねがそう答えると頼久は深い溜め息をついて見せた。

「そのような事件が起きているのでしたらすぐに私におっしゃって下さい。それ相応の対処を致しますので。」

「でも、その…頼久さんに迷惑かけちゃうほどのことじゃないし…。」

「迷惑などではございません。今、旅先でニュースを御覧になったお父上からその話を聞きました。台風もきているので心配だとおっしゃって。」

「お父さんが?」

「はい。台風だけならたいしたこともなかろうが、殺人犯がこの辺りをうろついているとなると心配だとおっしゃって、私に今晩一晩、この家に泊まってゆくようにとの仰せでした。私には特に異論はありませんのでお引き受けしましたが、神子殿はお嫌ですか?」

「…………はい?」

「ですから、何かあってはいけないので私が今日はこちらへ泊まらせて頂きたいのですがお嫌でしょうか?と、お尋ねしているのですが?」

 それは…とあかねはとりあえず自分を落ち着けてゆっくり考えてみる。

 誰もいない家の中で、しかも外は台風、そんな状況で恋人と二人きりで一晩お泊り。

 これはとんでもなくとんでもないことになっているのではないか?とあかねは心の中で考えて、そして一つ溜め息をついた。

 さっき頼久は父が頼久に泊まっていくようにと言ったと言っていた。

 ということはつまり、この状況を父親が許可したということだ。

 いくら頼久が誠実な人物で両親からの信頼もあついとはいえ、嫁入り前どころかまだ高校生の娘と二人きりで一晩一緒にいることを許すのはどんなものだろう?

「神子殿?お嫌でしたら天真でも呼びましょうか?」

 一人で百面相をしていたあかねはこの頼久の問いかけではっと我に返った。

「はい?」

「天真でしたら神子殿のためとあらばこの台風の中でもすぐにバイクで駆けつけるでしょう。」

「どうして天真君?」

「お父上が、私のことは信用しているが神子殿がもし恐がるようなことがあれば友人を呼んでもよいと。」

「………それってまるでお父さんは頼久さんを信用してるのに私は頼久さんを信用してないみたいじゃないですか…。」

「いえ、そういうことでは…。」

「呼ばなくていいです!」

「はぁ…。」

 勢いでそう言ってしまったものの、天真を呼ばないとなるとこの家で一晩中二人きりは決定だ。

 その事実に気付いてあかねは急にそわそわし始めた。

「神子殿…。」

「えっと、お茶!お茶いれますね!」

 赤い顔をして台所に立つあかねを見て頼久は苦笑すると上着を脱いで邪魔にならないところへたたんで置いた。

 せっかく身支度をしたが必要なくなったことが嬉しくて、その顔には笑みが浮かぶ。

 あかねはというとせっせとお茶をいれて茶菓子と共にリビングのテーブルへ並べた。

 だが、そこまで終えてしまうとそれ以上やることもなくて…

「て、テレビでも見ましょうか?」

「どうぞ、神子殿のお望みのままに。」

「頼久さんは夜テレビ見たりしないんですか?」

「テレビはあまり見ません。先日天真にすすめられていくつか見ましたが面白いとは思えませんでしたので…。」

「ふ〜ん、何見たんですか?」

「水泳大会と深夜のなんとかいうクイズ番組でしたが…。」

「水泳大会って……それ、もしかしてこの前アイドルが総出演とかCMうってたやつじゃ…。」

「アイドル、だったのですか?あれは。皆あまりにやる気がなく、競技も何やらおかしなものが多かったのですぐに見るのをやめたのですが…。」

 あかねはそれはいわゆる女だらけの水泳大会とかそういう類の番組だと思うのだが、頼久はどうやら真剣な水泳競技の大会だと思ったらしく、眉間にシワを寄せて不機嫌そうだ。

「クイズ番組もそれ、深夜って……アイドルがコスプレして回答してるやつじゃ…。」

「アイドル、だったのですか?あれは。婦警だのウェイトレスだのが回答しているのでおかしいとは思ったのですが…こちらも回答者にやる気がなく、つまらなかったのですぐに見るのをやめました。」

「天真君、頼久さんに何をすすめてるかな、もう…。」

 あかねは深い溜め息をついた。

 天真にしてみれば相棒に美女が出演しているオススメ番組を紹介したのだろうが、頼久がそれに同調するわけがない。

 案の定、理解の方向を間違えているようだし、ますますテレビをみなくなってしまっているようだ。

「神子殿はいつも何を御覧になっているのですか?」

「私はドラマとか映画とか、あとは音楽番組かなぁ。」

「では、神子殿がいつも御覧になっているものをどうぞ。」

「はい、じゃぁ、今やってるのは…。」

 やっといつもの明るさをとりもどしてあかねがテレビのチャンネルを回し始めるのを頼久は優しく見守った。





 あかねがいつも見ているというドラマと音楽番組を見て、それから頼久が好きそうだとあかねが選んだ番組をいくつか見るとすっかり夜は更けていい時間になってしまった。

 このまま深夜番組を見てDVDなんかを見て徹夜するという手もあるにはあるけれどとあかねは考え込んだ。

 この後、朝までどうやって過ごせばいいんだろうか。

「神子殿はいつもどれくらいの時間にお休みなのですか?」

「は、はい?えっと…いつもはだいたい…もう寝てる時間です…。」

「ではどうぞお休み下さい。私のことはお気遣いなく。」

「でも…。」

 お気遣いなくといわれて気にならないわけがない。

 だいたい頼久はどこでどうやって寝るつもりなのか。

「えっと、頼久さんは…。」

「私はここで起きておりますので。」

「へ?寝ないんですか?」

「はい。」

「でも…。」

「寝ずの警護は慣れておりますから。」

「あぁ。」

 思わずあかねは納得してしまった。

 そうだ、この人のその寝ずの警護でこの身はどれだけ守られてきたことか。

 京ではそうやっていつも守られていたのだ。

 だが今は…

「あのですね。」

「はい?」

「別に殺人犯が逃走中だからって別に寝ないで警護してもらわなくても大丈夫だと思うんです。鍵だってちゃんとかけてるわけだし。京は建物自体がこう、スカスカな感じだから危なかったかもしれませんけど、今は大丈夫だと思います。」

「はぁ…。」

「だから、頼久さんもちゃんと寝てください。側にいてくれるだけで安心ですから。」

「側に、ですか?」

 と微笑んで尋ねられて、あかねは言葉につまった。

 側にいてもらうととてもじゃないが自分が眠れない気がする。

「えっと…。」

「冗談です。」

「はぅ。」

 楽しそうに微笑んでいる頼久の前であかねは真っ赤になってうつむいた。

 この人はいつから冗談を言うということを覚えたのだろうか。

 それでも、京にいた頃のようにいつも張り詰めて警戒しているような感じでいられるよりはよほどいいのだが、これでは今度は自分の方がもたないかもとあかねは心の中で小さく溜め息をついた。

「私はここのソファで休みますので、神子殿はいつもどおりにお休み下さい。」

「ここで、ですか?お父さんのベッド使うとか…。」

「いえ、ここでしたら玄関も近く不審者が忍び込んでくるにしてもリビングの窓が一番可能性が高いですし。」

「あぁ、そういうことですか…。」

 警護の関係でここが一番都合がいいと、そこまで考えているらしい頼久の言葉にあかねはうなずくしかない。

 ここはもう頼久に任せて自分はおとなしくいつもどおり寝てしまったほうがよさそうだ。

 そう判断してあかねはすっと立ち上がった。

「それじゃ、私はいつもどおりにさせてもらいますね。」

「はい、どうぞ。」

「じゃ、お風呂……。」

 そう言ってあかねははっと気付いて凍りついた。

 いつも寝る前にゆっくりお湯につかるのが日課なのだが、考えてみれば今は頼久と二人きりなのだ。

 あかねがおろおろしながらゆっくり頼久の方を見てみると、頼久は相変わらず穏やかに微笑んでいた。

「どうぞ、いつもどおりにお入り下さい。ご用意致しましょうか?」

「そ、それくらい自分でできますっ!」

 と勢いで言ってしまって、あかねは結局バスルームへ向かうことになってしまった。

 掃除は母がしてあるからあとはお湯を溜めるだけだ。

 溜め息をつきながらお湯を出すスイッチを押して、あかねは溜め息をついた。

 なんだかんだで結局お風呂に入ることになってしまった。

 ゆっくりお湯につかるなんて絶対に無理だ。

 それでもお湯までためて入らないわけにはいかないから、着替えを用意しに自分の部屋へ向かった。

 そしてここでまたあかねは凍りついた。

 いつもならパジャマに着替えて髪を乾かしたらすぐ寝てしまうのだが、今はというとリビングに頼久がいるわけで…

 その前をパジャマで歩くなんて考えただけでも恥ずかしい。

 結局、考えに考えてあかねは普通にTシャツとフレアスカートを手にリビングへ戻ることになった。

「頼久さん。」

「はい、何か?」

「えっと…よかったら先に入りませんか?お風呂。」

「お心遣いだけ有り難く頂戴いたします。風呂につかっている間に賊の侵入を許すかもしれませんので、私はけっこうです。」

「賊が侵入したりはしないと思いますけど…。」

「お父上に神子殿をお守りするとお約束致しましたので。」

「ん〜…わかりましたじゃぁ、私、入ってきますね。」

「はい、ごゆっくりどうぞ。」

「えっと…。」

 あかねが顔を赤くしてもじもじしていると頼久はくすっと笑みを漏らした。

 そんなふうに笑うのが珍しくてあかねは赤い顔のまま目を丸く見開いた。

「ご安心下さい、覗いたりは致しませんので。」

「そそそ、そんなこと疑ってませんっ!」

 この生真面目な頼久に限ってそんなこと絶対にありえないと思っている。

 思ってはいるけれど、確かにさっきは「覗かないで下さいね」と言おうとしてしまっていたわけで…

 あかねはすっかり自分の胸の内を見透かされてしまってどうしていいかわからず、バスルームへ駆け込んだ。

 ドアを閉めて一人になってほっと溜め息をつく。

 頼久と二人でいるのはとても幸せなことなのだけれど、こんなふうに夜二人きりで過ごすのはそれこそ京で警護してもらっていた時以来のことだ。

 しかもここは京とは違う。

 あかねはそんなことを考えながらゆっくり服を脱いで湯船につかった。

 どうしてもドアの向こうの頼久の気配をうかがってしまうが、もちろん近づいてくる気配はない。

 あかねはもう一度溜め息をついて顎までお湯につかった。

 京にいた頃は四六時中頼久が側にいて警護してくれていた。

 それこそ眠っている間だってずっとだ。

 しかも京はこちらの世界とは違って鍵をかけることができなかった。

 というか建物自体がスカスカだった。

 それなのにあの頃はこんなふうに緊張することはなかった。

 それが不思議でならない。

「京かぁ。」

 そうつぶやいてあかねは京にいた頃に思いを馳せる。

 なんだかんだいいながら結局、あの頃は京の常識がすっかり身についていた気がする。

 だから頼久が四六時中側にいようが、いつでも入ってこられるような場所で自分の眠りを守っていようが気にならなかったのだ。

 それが普通のことだったから。

 でも、こうしてこちらの世界へ戻ってきてしまえば、誰もいない家に二人きりでいるだけでこんなにあたふたしてしまう。

 そんな自分がおかしくて、あかねはくすっと笑うと髪を洗うべく立ち上がった。








管理人のひとりごと

はい!初のお泊り編です!(爆)
頼久さんが一方的に余裕なのお分かりいただけたでしょうか(^^)
さて、思いもかけず長くなった今回の作品、後編へと続きます。
とりあえずお風呂に入るところまでは終了したあかねちゃん、これから先、どうやって頼久さんと一晩過ごすのでしょうか?
後編をお待ち下さいませ〜♪





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