写真
 いつものように週末、頼久の家を訪れたあかねは昼食に手料理を振る舞って、その後、おいしい紅茶をいれて一息ついた。

 秋の庭は紅葉もとても綺麗で、秋の花も咲いていて、二人は縁側で庭を眺めながら紅茶を飲むことにした。

 二人並んで座って小春日和の庭を眺めるのは何よりも幸せだ。

「この前、ちょっと学校で話題になったんですけど。」

「はい?」

「付き合ってる人の携帯を見るか見ないかって。」

「携帯、ですか?」

 こくりとうなずくあかねはどこか真剣だ。

「頼久さんは見せてって言ったら見せてくれます?」

「はぁ…何故携帯など御覧になりたいのですか?」

「それはほら…知らない女の人からの着信があるとか、女の人の名前でメールが来てるとか……。」

 そう言いながらあかねの声はだんだん小さくなって、いつの間にか顔もうつむいていた。

 そんなあかねをまじまじと見つめて、頼久はふっと微笑んだ。

 どうやら自分の浮気を疑っているというわけではなくても、友人達とそのような話をしていて不安になったらしいあかねが直接には聞きづらそうにしているのが可愛らしくてしかたがない。

 頼久にしてみれば、自分の持てる全てを捨ててもいいと思ってこうしてこの世界へまで愛しい人を追いかけてきたのだから、欠片ほども浮気の心配などしなくてもいいのにと思うのだが、そんなふうに話して聞かせたところであかねは安心しないだろう。

 そもそもが口下手な自分なのだからと、頼久はテーブルの上に置いてあった携帯を取り上げてあかねへと差し出した。

 それを受け取ったあかねは視線を上げて頼久の表情をうかがう。

「いいんですか?」

「どうぞ、お好きなように。」

 頼久は優しい笑顔でうなずいて見せた。

 そんなことであかねの不安がぬぐえるのならお安い御用だ。

 口で言葉を紡いでくれと言われるより、頼久にとっては簡単なことだった。

 あかねの言う女性からの電話の着信は一切ないし、メールだって仕事の関係者とあかねと天真くらいしかやり取りをしていない。

 どこを見られてもあかねが心配するようなものが見つかるはずなどないのだ。

 そう思ってにこにこと微笑んでいた頼久は、あかねの顔が急に激しくゆがんだのを見て慌てた。

 頼久の携帯をぴこぴこといじっていたあかねは急に不機嫌そうに表情を曇らせて頼久をにらむかのように見上げたのだ。

 一瞬にして頼久は顔色を青くして自分の携帯に何が入っていたのかを思い出そうとつとめた。

 間違いなく着信やメールにあやしいものはないはずだ。

 あかねにあやしまれるような何かが入っていればもともと携帯を見せたりはしない。

 いや、少しでもあかねにあやしまれるようなことをした覚えもないのだ。

「頼久さん。」

「は、はい?」

「これはいったいなんですか?」

 いつにない低い声でそう言ってあかねが頼久の方へと携帯の画面を向けた。

 そこに映し出されていたのは、文化祭の時に天真から送られてきたあかねのウェイトレス姿の写真だった。

 その存在をすっかり忘れていた頼久は、さっと顔色を青くして、そのまま脂汗さえ流しそうな勢いでうろたえた。

「そ、それはその……。」

「どうしてこんな写真を頼久さんが持ってるんですかっ!」

「その…天真がとっておけと……。」

「そりゃそうでしょう。私が嫌がるってわかってて頼久さんが撮るわけないですもん、撮ったのは天真君でしょう。で、私が嫌がるってわかってて、こんなのまでとってあるんですか?」

 あかねが頼久に画面を見せたまま携帯のボタンを一つ押すと、今度はあかねの天女姿の写真が現れた。

 もうこうなっては頼久に言い逃れの余地はない。

「それは、その……。」

「もう!こんな恥ずかしいっ!」

「恥ずかしいなどと……確かに神子殿のお気にさわるかとは思いましたが、あまりにもお可愛らしくお美しいお姿でしたのでつい…。」

「可愛くも綺麗でもないですよこんなの…ウェイトレスの方はなんか失敗した後で落ち込んでるし、天女の方は緊張しちゃってて変な顔だし…。」

「は?」

「どうせならもっとちゃんと可愛く撮れてるるやつに…。」

「それは…。」

「友達に撮ってもらったんです、着替えてすぐでまだ着崩れたりとかしない時に、ちゃんと笑っててカメラの方向いてる写真。」

「はぁ…。」

「…もしかしたら頼久さん見たいかなぁと思って…ちゃんと可愛く撮ってもらったやつありますから……だからその…それ、削除して下さい…。」

「は?」

「だから、ちゃんと撮った写真あげますから、それ、削除して下さい。」

「神子殿…。」

「ちょっと恥ずかしかったし、頼久さんそんなの興味ないかなとも思ったから言わなかったんです…。」

「承知致しました。」

 そう言って微笑みながらあかねの手から携帯を受け取った頼久は、あかねの目の前ですぐに写真を削除した。

 嬉しそうに微笑むあかねの表情はいつものあかねのもので、頼久はほっと安堵の溜め息をつく。

「ところで、私の浮気疑惑はこれで晴れたのでしょうか?」

「う、浮気疑惑なんて!そんなのありません!全然疑ってなんかないです!ただ、ちょっと興味があっただけで…。」

「ならばいいのですが。私には生涯、神子殿しかいらっしゃいませんので、携帯を御覧になりたいのでしたらいつでもおっしゃって下さい。」

「は、はい…。」

 顔を真っ赤にしてうつむいて、あかねはしばらくそのまま動けなかった。

 頼久を疑ったわけではないけれど、そう思われてもしかたがないことをしてしまったことが恥ずかしくて、そんな自分の要求に答えてくれた頼久の優しさが嬉しくて。

 そんなあかねが愛しくてしかたなくて頼久がそっと肩を抱き寄せれば、あかねはすっと視線を上げて微笑んだ。

「写真、ちゃんとプリントしたのあげますね。だから…その……よかったら書斎に飾ってください。」

「は?」

「寝室にはちゃんと写真を飾ってくれてるでしょう?でも、頼久さんって一日のほとんどを書斎で過ごすのに、書斎は何も飾ってなくて殺風景だし、そういうところで我に返ると寂しいんじゃないかなって…だから少し恥ずかしいんですけど、私の写真、飾っておいてもらえたら少しは私が側にいてあげるかわりになれるかなって。」

「はぁ……。」

「ダメ、ですか?」

「いえ!とんでもない!ダメだなどということはっ!」

「でも、今ちょっといやそうだったような…。」

「いやということではなく…その…スペースがないといいましょうか…。」

「はい?書斎って本しかない殺風景な部屋でしたよね?」

「いえ、今はそれほどでも…。」

 頼久の言葉に一瞬きょとんとしたあかねは、さっと表情を不機嫌そうにゆがめると、肩を抱いている頼久の腕を逃れてすたすたと書斎の方へ歩き出した。

「み、神子殿!」

 頼久が後を追ってももう遅い。

 あかねはあっという間に書斎のドアを開けてしまった。

 するとそこにあったのは、数ヶ月前とは全く違う景色になった書斎。

 壁という壁のあいているところにはきちんと額に入れられたあかねの写真が何枚も飾られていた。

 ところが、もちろん、あかねにはそんな写真を撮らせた覚えはない。

 だいたいが、友達とおしゃべりをして笑っているところだとか、授業中、真剣にノートをとっているところだとか、体育の授業でグラウンドを走っているところなどなのだ。

 そんな時に写真を撮らせた覚えは一度もない。

 あかねは背後に歩み寄ってきた頼久を振り返ると、きりりと厳しい眼差しで長身の恋人を見上げた。

「頼久さん!」

「はい。」

「これはどういうことですか?!」

「それもその…天真が……。」

「こんなことするの天真君くらいだってことはよくわかってます!どうしてこんな写真をこんなにいっぱい額にまで入れて飾っちゃってるんですかっ!」

「それはその……。」

 言いよどむ頼久をあかねは絶対に許さないという勢いで睨みつける。

 だが、あたふたといいわけをするかとあかねが予想した頼久は真剣な顔で口を開いた。

「神子殿が学校にいらっしゃる間はどうしても私はお側にいることができませんし、学校で神子殿がどのようになさっているのかを知ることもできません。それがもどかしかろうと天真が撮ってくれた写真なのです。こうして書斎に飾っておくと、仕事をしている間も神子殿と一緒にいるような心持になれます。私の知らない神子殿がここにはいらっしゃるので、安堵することもあります。」

「頼久さん…。」

 あかねは頼久が自分の生きていた世界を捨ててこの世界へ自分を追ってきてくれたことを思い出した。

 ここには頼久が今まで培ってきた武士としての足跡は何一つないのだ。

 誇ってきた剣の腕も今は振るうことができない。

 それもこれも皆、あかねと一緒にいるために捨ててきてくれたのだ。

 それなのに、自分は頼久と共にいることができない。

 少なくても学校を卒業するまでは。

 そのことを思い出してあかねの目には涙が浮かんだ。

 本当はあかねもいつも頼久と一緒にいたいのだ。

 それで頼久が安心して、幸せでいてくれるのなら今すぐ学校をやめて両親に反対されようが自分の将来が台無しになろうがかまわない、そう思ってもいる。

 だが、それを頼久が望まないこともまたあかねにはよくわかっていた。

 だから、今のあかねには頼久にしてあげられることが何もない。

 そのことが悲しくて、あかねは泣きそうになるのを必死にこらえていた。

「ですから、この写真はこのまま飾らせて頂けませんか?もちろん、神子殿から頂ける文化祭の写真も並べて飾りますので。」

 優しい声にあかねはただうなずくしかできなかった。

 頼久の想いを知って、それでどうして拒否することができるだろう。

 本当なら自分が側にいたいのに、それができない。

 なら、写真に代わりをつとめてもらうしかない。

「神子殿?」

「ごめんなさい…。」

「は?」

「私のせいで頼久さん、寂しい思いをしてるでしょう?私、そんなことも忘れて、一人で勝手に怒ったりして……天真君だって気遣ってくれたのに…私が気付かないなんて…。」

「そのようなことは…寂しくないといえば嘘になりますが、あのまま京に残って神子殿と二度とお会いできなくなっていたことを思えば、こうして神子殿のお側にいられない間を寂しく過ごすくらいどうということはありません。電話をかければお声も聞けますし、メールもこうしてやりとりできますから。写真という便利なものもありますし。」

「……これからは…二人で撮りましょう、写真。」

「は?」

「私の写真だけじゃなくて、二人で楽しくしてる写真撮りましょう。で、同じ写真を飾りましょう。私の部屋と、ここと。そうしたらもっと幸せな感じになります、きっと。」

「神子殿…。」

「これからはどこに行く時も必ずカメラ、持って行きます。」

 うっすらと涙の滲んだ瞳で頼久を見上げるあかねは優しい笑みを浮かべていて、その姿はとても美しくて頼久は思わずそのほっそりした体を抱きしめていた。

 会えない時はそれはもちろん寂しいが、今はこうして腕に抱くことだってできる。

 京に残っていたら、こんなことは二度とできなかったのだと思えば、今の自分はどれほど幸せかと思い知る頼久だった。





 一週間後。

 夜、いつものように酒を片手に頼久の家へやってきた天真は書斎のドアを開けて息を呑んだ。

 あかねが自分から写真を頼久に提供し始めたというので面白半分に見に来たのだが、天真が扉を開けた瞬間目にとびこんできた風景は予想以上のものだった。

「いくらなんでもこれはどうよ…。」

「ん?」

「ん?じゃねぇよ…いくらなんでもお前、壁から机の上からあかねだらけじゃねーかよ…。」

「うむ。どれも神子殿があまりに可愛らしくていらっしゃるので、もったいなくてな。全て飾ってみた。」

「どこのアイドルのおっかけだよ…こんな部屋に俺達以外の人間が入ったりしたら…。」

「入っているが?」

「あああああああ?」

「私の担当の編集者が入ることがある。」

「……それ、そいつ、なんか言わねぇのか?この有様見て。」

「妹かと聞かれた……。」

 そう言って頼久が眉間にシワを寄せると、天真は深い溜め息をついた。

「で、お前はなんて答えたんだよ。」

「もちろん、否定した。一生を捧げたお方だと言っておいた。」

「………絶対何か勘違いしてるな、そいつ…。」

「そうか?」

「普通、恋人だとか彼女だとは言っても、一生を捧げたお方とは言わねーからな…。」

「………そう、かもしれんな…。」

 天真に指摘されてようやくわかったらしい頼久は、眉間のシワを深くした。

「まぁ、いいけどな。お前がちょっとストーカーみたいな勘違いされてても俺は別に気にしねーし。」

「す、ストーカー…。」

「アイドルでもなんでもない女子高生の写真をこれだけ飾った上に、一生を捧げたお方だなんて言ったら普通、ストーカーだろ…。」

「……。」

「次にそいつに会った時に結婚を約束した恋人だくらいの説明しとけ、通報される前に…。」

「うむ…。」

 激しく不機嫌そうな顔の頼久に苦笑してから、天真は再び辺り一面に飾られているあかねの写真をゆっくり眺めた。

 どれも生き生きとしたあかねの姿が写っている。

 そんな写真が飾ってあるだけで書斎はいつもよりもずっと明るく、華やかに見えた。

「今日はここで飲むか。」

「飲むのか?」

「もち!ここだとなんつーか、ちょっと幸せな気分で飲めそうだろ?」

 そう言って微笑む天真に頼久は鋭い視線を向けた。

「断る。」

 低い声でそう言って頼久はさっさとリビングへ戻ってしまう。

 天真は相棒の胸の内を悟って深い溜め息をつきながら後を追った。

「はいはい、あかねを独り占めしたいわけな、たとえ写真相手でも。」

「なっ!」

「いいからいいから、ほれ。」

 そう言って天真はソファの上に放ってあった自分のカバンの中から缶ビールを取り出して頼久の方へと放り投げた。

 それを素早く受け止めて、頼久は複雑な表情で手の中の缶を見つめる。

「お前のあかね馬鹿は今に始まったことじゃねーけど、そろそろ相手かまわずその馬鹿っぷり発揮するの気をつけねーと、ほんと、ストーカー扱いされるから気をつけろよ。」

「う、うむ…。」

「ま、今のままの方がお前らしいけどな。」

 そう言って天真はビールをぐびぐびとあおった。

 そして頼久はというと…

 真の友の忠告に従うべきか、だが、あの部屋の写真をはがすことは断じてできないし、だからといってこのままだと本当にストーカーのように思われかねないと心の中で苦悩していた。

 当のあかねは、自分が今のように、まるで付きまとうかのようにしていても許してくれているのか、それとも不快に思っているのかも確認しなくてはと、頼久は一人かすかなうめき声さえあげながら悩むのだった。








管理人のひとりごと

あかねちゃんは大胆に自分の写真をすすめてますが、管理人は無理です(’’)
まぁね、あかねちゃんはかわいいからいいんです…
で、管理人は絶対他人の携帯は見ません。
何があっても見ません。
というか見方がわかりません(’’)
信頼関係はそんなもの見なくたって築けるし、見なきゃならないような関係ならそこでもう終わってると思います。
まぁ、この二人の場合はそれさえネタにいちゃつきます(マテ





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