
頼久は鏡の前に立って最終チェックをしていた。
別にあかねに何か言われたわけではないが、やはりあかねと共に人前を歩くことになるのだからみっともない格好だけは避けなくてはならない。
いつもならメガネをかけろだの人に顔を見られるなだのとうるさい天真も、何故か今回は変装の類は一切必要ないと言ってきた。
なんなら髪も結わえないで解き髪で来てもいいと言われて、少々気味が悪かったほどだ。
いつもはその辺のことにうるさい天真が何故今回に限ってそんなことを言うのか頼久には皆目見当がつかなかったが、それでも真の友の助言なのでありがたく入れておくことにした。
髪は邪魔なので後ろで一本に結わえて、あかねにも禁止されたメガネはやめておく。
服装は至ってシンプルに。
下は普通の綿のパンツに上は青いTシャツの上から綿の長袖シャツを羽織ってみた。
頭の上から足の先までチェックして、これでいいものかと首をかしげて溜め息をつく。
おしゃれに気を使ったことがないからこれであかねが気に入ってくれるのかどうかが全くわからないのだ。
それでも一応天真に言われたことは守っているし、問題があれば真の友が指摘してくれるだろうと思い切って頼久は鏡の前を離れた。
戸締りを確認して車に乗り込んだ頼久は、あかねが選んでくれたCDをBGMに気分よく車を走らせる。
向かうはあかねの通っている高校だ。
そう、今日は以前から頼久が招待されていたあかねの学校の文化祭。
天真が言うにはあかねが喫茶店のウェイトレスと劇で天女の役をやるらしい。
想像しただけでもその可愛らしさに口元がほころんでしまった頼久は、もちろん喜んであかねの学校を訪ねることを承諾した。
つい最近まで学校にあかねに会いに行ったりしては迷惑ではないか?と考えていたし、天真も目立つから学校へ迎えに行ったりするのは緊急時だけにしておけと言っていたのに、ここにきて天真も頼久が文化祭を見に行くことには賛成だった。
何故意見が変わったのかという部分は多少気になるものの、それでも頼久はあかねに会いに行けることが嬉しくて、機嫌よく運転を続けた。
しばらく車を走らせると目的の校舎を見つけて近くの駐車場へ車を止める。
文化祭一般解放の日とあって、辺りはけっこうな人の流れになっていた。
頼久は車を降りると穏やかな笑みを浮かべながら校庭へと向かった。
あかねはウェイトレスの当番中だからと天真と待ち合わせをしているのだ。
天真のクラスはお好み焼き屋をやっているらしいのだが、天真は参加する気がないらしく、さぼると宣言していた。
なんとなく自分に集まる視線を感じながら頼久が待ち合わせの場所へ行くと、そこにはもう天真が待っていた。
頼久を見つけた天真はその頭の天辺から足の先までを眺めて一つうなずいた。
「天真?」
「いい感じだな。」
「何がだ?」
「なんでもねぇ、こっちの話だ。さ、行くぞ。早くいかねーとあかねのウェイトレス姿見逃すからな。」
何がなんだかわからないまま、頼久は先を行く天真の後について歩き出した。
何が感じいいのかわからないが、そんなことを追求していてはあかねの愛らしいウェイトレス姿が見れなくなってしまう。
長身の男二人組は周囲の視線をかなりな勢いで浴びながら校舎の中を歩き、あかねのいる教室へとやってきた。
入り口には綺麗な看板がかけられている。
天真と頼久が中へ入ると、賑やかな教室の奥からすぐにあかねが飛んできた
紺を基調とした愛らしいウェイトレス姿に頼久が一瞬見惚れる。
「いらっしゃい、二人とも。」
「おう、連れてきたぞ。」
「うん、有難う、天真君。頼久さんも、来てくれて有難うございます。」
「いえ、ご招待、有難うございます。」
あかねと頼久はお互いに律儀に頭を下げる。
そんな様子を天真は苦笑しながら見守った。
「二人ともそこに座って。何か飲み物とお菓子用意するから。食べたいものあります?頼久さん。」
「いえ、お任せします。」
「はい。」
楽しそうに微笑んだあかねは奥へと姿を消し、天真と頼久は近くの席に腰を下ろした。
「頼久。」
「ん?」
「わかってると思うけどよ、今日だけは神子殿はなしな。」
「わかっている。」
文化祭の間はあかねを神子殿と呼ぶな、は、かなり前から天真に言われていたことだった。
クラスメイトの前で神子殿などと呼ばれたりしたら、それはもうあかねが後で色々と問い詰められること間違いないからだ。
事情はよくわかるから頼久ももちろん嫌だなどとは言わない。
ただ、ついうっかり言ってしまいそうだからここ数日は自宅であかねの名を呼ぶ練習はした。
実際には呼んだことがないのですんなり呼べるかどうかは不明だが、とにかく神子殿とは呼ばないようにと意識はしている。
「そうだ、カメラ持ってきたか?」
「いや、何故だ?」
「たはー。」
大げさに溜め息をついて天真はポケットから携帯を取り出した。
「よしよし、俺が撮っておいてやる。」
「何をだ?」
「もちろん、あかねをだ。」
そう言って天真はコーヒーとお菓子をのせたトレイを持って歩いてくるあかねに携帯のカメラを向けるとパシッと音をたてて一枚写真にとった。
「て、天真君!何やってるの!」
「何って写真撮ってんだろうが。」
「しゃ、写真なんか撮ってどうする気よ。」
「もち、頼久に送る。」
「ダメ!絶対ダメ!」
「頼久がカメラ忘れたっていうからちょっとした気遣いじゃねーかよ。」
「こんな恥ずかしい格好、写真で残さないで!」
「もう遅い。」
あかねがニヤリと笑う天真に食ってかかろうとしてトレイが揺れて、コーヒーがこぼれそうになったのを頼久が危機一髪で取り上げる。
それをテーブルの上に置いて頼久は何食わぬ顔で座り直した。
「あ、有難うございます…ひっくり返すかと思った…。」
「お前はしゃぎすぎなんだって。」
「天真君が変なことするからでしょ!」
「お前、ここで騒いでていいのか?もうすぐ劇始まるんだろう?」
「うわぁっ、そうだった!頼久さん、劇終わったらゆっくり校内回れますから、もう少し待ってて下さいね。」
「はい、ごゆっくり。」
頼久に見送られて少し恥ずかしそうに去っていくあかね。
そのあかねの背を見送る頼久の顔には幸せそうな笑顔が…
「どうよ、いいだろ、あかねのあの格好。」
「ああ、よくお似合いだ。」
「ほれ。」
何事かと頼久が小首を傾げて天真の方へ視線を移したその時、頼久の携帯が鳴った。
ジャケットの内ポケットから携帯を取り出すと天真からのメールが着信していて、開けてみると案の定、ウェイトレス姿のあかねの写真が添付されていた。
「待ち受けにでもしとけ。」
ニヤニヤと笑う天真に軽く溜め息をつき、頼久はそのまま携帯をポケットへ戻した。
待ち受けになど設定したら万が一あかねに見られた時にどれだけ怒られるかわかったものではない。
だからといって削除するのはもったいないから家に帰ってパソコンにでも保存しようかと頼久が苦悩しているうちに教室の前の方に作られた小さな舞台で劇は始まった。
有名な天女の羽衣の物語で、ついさっきまでウェイトレス姿だったあかねが天女の衣装でいきなり登場したものだから、心の準備ができていなかった頼久は思わずぽかんとその姿に見惚れてしまった。
体の小さなあかねに中国風の天女の衣装はよく似合っていて、そこだけまるで光っているように見えた。
頼久があかねに見惚れているうちに話は進んで、やっと我に返った頼久が隣の天真を見ると、同じように天真が頼久を見ていた。
どうやらお互い、考えていたことは同じ。
顔を見合わせて苦笑して、天真はすぐに携帯を構えると天女姿のあかねを写真におさめた。
すると、あちこちからパシパシとシャッター音が聞こえてきた。
天真が写真を撮ったの皮切りに、教室内にいた何人かが写真を撮り始めたらしい。
「頼久、油断すんなよ。」
「ん?何がだ。」
「お前なぁ…シャッター音聞いたろう?これ、みんなあかねの写真撮ってるぜ。」
「……。」
「まぁ、別にお前は何もしなくてもあかねと一緒に歩くだけでいいだろうけどな、それでも油断すんなよ。」
天真に言われて気にしてみれば、どうにも教室内にいる男子生徒の視線はあかねに集中しているように見えて、頼久は眉間にシワを寄せた。
もちろん、あれほど可愛らしいあかねなのだから、周囲の男が放っておくはずがないとは思っていたが実際に注目されているところを目にするのはあまり気持ちのいいものではない。
あかねに後で感想を聞かれるとわかってはいても、頼久はなかなか劇に集中できなかった。
劇は小さくまとめられていて30分ほどで終了した。
舞台から降りる時、あかねがちらりと自分の方を見て微笑んでくれたような気がして、頼久はほっと安堵の溜め息をついた。
学校という空間ではすっかり頼久は場違いで浮いた存在だ。
天真のようになじむことができない。
それだけに、同世代の男子生徒に注目されるあかねとの間にどうも何か壁があるような気さえし始めていた頼久は、それでもあかねの笑顔一つで機嫌を直す自分に苦笑した。
「お待たせしました。さ、色々見て回りましょう、頼久さん。」
「はい。」
そう答えながら頼久は一応、天真の顔色を伺った。
ここに天真一人残していっていいものかと一瞬考えたのだ。
「あー、俺のことは気にすんな。この後、蘭と一緒に回ることになってる。ま、二人でせいぜい楽しんでくれ。しっかりやれよ、あかね。」
「あ、うん、有難う、天真君。さ、行きましょう。」
あかねは頼久の手をとるとすぐに自分の教室を出る。
廊下は行き交う人でごった返していた。
「しっかりやれ、とは……何かなさるおつもりなのですか?」
「えっ。」
「いえ、さっき天真がしっかりやれとかなんとか…。」
「な、なんでもないです!全然なんでもないです!別に何もしません!」
明らかに焦っている様子のあかねが気になるものの、本人にここまで否定されてはこれ以上頼久に追求することはできない。
頼久は顔を赤くしながら手をとって先を歩くあかねについてゆっくり歩いた。
「ここはクレープとかサンドイッチとか売ってるんですよ。食べません?」
「私はさきほど頂きましたので。」
「じゃぁ、私ちょっと買ってきますね。おなかすいちゃったから。」
そう言ってあかねは楽しそうに頼久の手を引いて店の中に入っていく。
いつもなら手を離して一人でさっさと買い物を済ませてくるのに、今日に限って手を離さないあかねに違和感を感じながらも自分の手を離さずにいてもらえるのが嬉しくて、頼久は人込みの中、ピッタリとあかねについて歩いた。
あかねはというと勘定を済ませてクレープを受け取る時だけ頼久の手を離したかと思うと、再び歩き出す時にはまた頼久の左手を握っていた。
「色々たくさん見て回りましょうね。」
「はい。」
嬉しそうに振り返って言うあかねが愛らしくて、頼久も微笑みながら即答していた。
クレープを食べながら歩くあかねは本当に楽しそうだ。
この文化祭の準備のせいでずいぶんとあかねに会えない日が続いて頼久も寂しい思いをさせられたが、あかねがこんなに楽しそうにしているのならそんなことは忘れようとさえ思う。
いつもこんなふうに楽しそうなあかねを見つめていられたらいいと頼久が幸せに浸っていると、急にあかねが立ち止まってくるりと振り返った。
「あの…。」
「はい?」
「えっと……頼久さんも一口どうですか?」
即答で「私はけっこうです」と答えようとして頼久は慌ててその一言を引っ込めた。
あかねが何やら顔を赤くしてクレープを差し出している。
その視線はうつむき気味だ。
これはもしや、このクレープを一口食べることに何か意味があるのでは?
さすがにこちらの世界に来て天真や蘭に鍛えられた頼久は、生来の朴念仁ぶりからは考えられないほどの繊細さでそう察すると、更に少し考えてから微笑んでうなずいた。
「では、一口だけ頂きます。」
そういうが早いかあかねの手にあるクレープを一口食べてみる。
すると、何故か周囲がいきなりざわついた。
何事かと頼久が辺りを見回すと、周囲の男子生徒の視線が何やら自分に集中しているのがわかった。
「お、おいしいです?」
「はぁ、少々甘いですが…このような催しで出されるものにしては美味ではないかと…。」
「詩紋君が作ったやつの方が断然おいしいですよね。」
「はぁ。」
どうやら頼久の判断は正解だったらしく、顔を赤くしながらも嬉しそうに再びクレープを口にするあかねを見て頼久はとりあえずほっと安堵の溜め息をついた。
だが、どうも周囲の視線が気になる。
「よ、頼久さん!」
「はい?」
「蘭の教室行って見ません?」
「はぁ…。」
「お化け屋敷やってるんです、蘭のところ。ね、行きましょう。」
なんだかあかねが楽しそうにまた自分の手をとって歩き出したので、とりあえず頼久は自分に集中する視線のことは頭の片隅へと追いやってあかねに付き合うことにした。
とりあえず愛らしい恋人が楽しいのならそれでいい。
何しろ、体調を崩してまでこの文化祭のためにあかねが努力してきたことを頼久はよく知っていたから。
「あ、あかねちゃん!お、来たね〜頼久さん。」
「うん、さっき合流したの。」
「入ってく?」
「うん。いいですよね?」
「はい。」
あかねは食べかけのクレープを蘭に預けると頼久の手を引いて嬉しそうに暗い通路へ入っていく。
一瞬で盛り上がる女子高生二人に気圧されながら、頼久もあかねに手を引かれてお化け屋敷の中へと入った。
すれ違う蘭が何故か自分に向かってウィンクをして見せた気がしたが、それが何を意味するのかはさっぱりわからない。
窓をつぶして暗くなっている狭い通路に入ると、あかねはそっと頼久の左腕に抱きついた。
こんなただ暗いだけのところで恐がっているのかと思うと頼久はあかねがかわいくてならない。
ゆっくり二人で暗い通路を行くと、何やら血まみれに見せている人形が出てきたり、幽霊の格好をした生徒が悲鳴をあげたりと手作りのお化け屋敷らしい趣向が凝らされていた。
もちろん頼久はそんなものに驚いたりはしない。
あかねも頼久の腕に抱きついてはいるものの、そう恐がっている様子もなかった。
最後に定番のこんにゃくが飛んできて、それを薄暗い中で見事にキャッチしてしまった頼久は苦笑しながらそれを飛んできた方へ投げ返し、あかねと二人でお化け屋敷を出た。
そこにはちょうど蘭と、蘭を迎えに来た天真がニヤニヤと笑いながら立っていた。
「おう、いい感じじゃねーか。」
「何がだ?」
「天真君!」
意味深な天真に小首を傾げる頼久。
頼久の腕に抱きついているあかねは顔を真っ赤にしながら天真をにらみつけた。
「まぁ、いい感じのお二人さんはそのままどうぞ校内一周でもして下さいな。私は不本意ながらお兄ちゃんと回ってくるから。」
「ま、そういうことで。頑張れよ、あかね。」
蘭は食べかけだったクレープをあかねに返して、早々に歩き出した天真の後を追って言ってしまった。
頼久が自分の腕を話さないあかねを見てみると、顔は真っ赤になっていて、クレープ片手にうつむいている。
自分のあずかり知らぬところで何か起こっているようなのだが、うつむいているあかねにそれを問いただすことは頼久にはできなかった。
「い、行きましょう。次、体育館で音楽祭やってるんです。それ、見に行きませんか?」
「御意。」
顔を赤く染めてテレながらもあかねは幸せそうに微笑みながらうなずく頼久を見て安心したようだ。
いつもなら人前でそんなことは恥ずかしいといってなかなかしないあかねが、頼久の腕を抱いたまま歩き出したものだから、頼久は少しばかり驚きながらも、なんだか嬉しくなって微笑を浮かべながらあかねに促されるまま体育館へ向かった。
もとよりあかねに喜んでもらいたくてやってきたのだ。
あかねの行きたいところへ行くことになんの抵抗もない。
ただ、周囲の視線だけは気になったが。
二人が体育館へ入るとちょうどブラスバンド部が演奏を始めたところだった。
空いている席へ二人並んで座って、あかねと頼久はその演奏を楽しむことにする。
用意されていたパイプ椅子に座ってからもあかねが頼久の腕を離すことはなくて、もちろん、それが嬉しい頼久が振りほどくようなこともなく、二人寄り添ってブラスバンド部の演奏を楽しんだ。
趣味で組んだ生徒のバンドの演奏や、クラスで参加の合唱などを楽しんで、全てが終わると二人は顔を見合わせて微笑んだ。
「ステキでしたね。」
「はい。皆学生とは思えないほど達者でした。」
「こういうふうに音楽聞いたりすると思い出しますよね、永泉さんの笛とか友雅さんの琵琶とか。あぁ、雅楽とか今度聞きに行ってみましょうか?」
「いつなりとお供致します。」
「お、お供なんて……デートって言って下さい。」
「はい。」
テレながら言うあかねがかわいくてしかたなくて、頼久の顔に満面の笑みが浮かぶ。
そんな頼久を見て更にテレたあかねは、頼久の左腕を抱いたまま立ち上がった。
つられて頼久も立ち上がる。
「次は…ちょっと一緒に来てもらいたい所があるんです。」
「はぁ。」
「学校の裏手なんですけど、いいですか?」
「御意。」
今日だけではない、いつだって愛しい恋人の願いを断るつもりなどない頼久は笑顔でうなずいてあかねと並んで歩き出した。
周囲の視線が気になりながらもゆっくりと人込みをぬけ、あかねが頼久をつれてきたのは校舎裏にある花壇だった。
花がたくさん咲いている花壇の横には葉桜の大木がある。
その木の下に頼久をいざなって、あかねは頼久の腕を抱いたままその端整な顔を見上げた。
するとちょうどあかねを見つめていた頼久の紫紺の瞳と視線がぶつかって、あかねは顔を真っ赤にしながらも視線をそらすことなく口を開いた。
管理人のひとりごと
あかねちゃんが倒れたりなんかするほど頑張って準備していた文化祭がやってきました(^^)
もちろん頼久さんも訪問してます。
天真君と蘭はあかねちゃんを全面的に応援しているようです(笑)
なんだか前編はあかねちゃんのコスプレ披露みたくなってますが気にしちゃダメです(爆)
頼久さん、どうもあかねちゃんに何か言われるみたいですが、あかねちゃんが頼久さんに何を言うのかは後編を御覧くださいね(^^)
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