
「手紙?」
あかねがそっと御簾の下に差し入れられた綺麗な紙に気付いてそれを手に取ると、丁寧に折りたたまれたそれを広げてみた。
当然のように紙の上に広がっていたのは、あかねには全く読めない字の数々。
「どうしよう…。」
「神子殿には読めないかな?なら、私が口頭でお伝えしよう。まだまだ外は冬の寒さで、私は身も心も凍ってしまいそうなのだよ。もしも天女が許してくれるのならば、御簾の内に入れて暖を取らせてはくれないだろうか?ということが書かれているのだけれどね。」
「友雅さん!」
聞こえてきた声に反応してあかねはさっと御簾を跳ね上げた。
そこに立っていたのはもちろん、声の主、友雅だ。
いつものように扇子をひらひらと動かしながら艶やかな笑顔で立っている友雅にあかねはにっこり微笑んで見せた。
「お久しぶりです。でも、突然どうしたんですか?手紙なんて…。」
友雅はこちらの世界の達筆な文字をあかねが読めないことを知っている。
もっと言うならあかねは歌を理解することもできないということも知っている。
だから、友雅がこんなふうにあかねに手紙をよこすのはこれが初めてのことだった。
いつもなら手紙など渡さず声もかけずに御簾の中へ入ってきたりもするのだ。
「ああ、それはね、先日、頼久に叱られたのでね。」
「頼久さんが、ですか?」
「ああ、あかねは京の女性とは違って文句は言わないが、男性が人妻のもとへと許可もなしに入り込むのはどうか?とね。」
「はぁ…まぁ、ここの常識から言うとそう、ですねぇ。」
「だから文を送ってみたのだよ。少しわかりやすく書いたつもりだったが、私の字は読めないようだね。」
「すみません…。」
「ふむ、これは藤姫に少々手ほどきを受けようか。」
そう言いながら友雅は縁から上がって御簾の内へと腰を下ろした。
あかねは火桶を友雅の側へと寄せて、火桶を挟んで向かい側へと腰を下ろした。
「しばらく忙しくしていてここへは来られなかったが、神子殿には息災……に決まっているか。」
「はい?えっと…元気ですけど、決まってるんですか?」
「そりゃ、頼久に単を縫ってやることができる程度には息災だということだろうからね。」
「へ…なんで友雅さんが単のこと知ってるんですか?」
「それはもちろん、頼久が我ら八葉の皆に神子殿に単を縫って頂いたと自慢して歩いているからねぇ。」
「え…。」
あかねは火桶に手をかざそうとして途中でその手を止めた。
頼久が何かを自慢して歩くところなど想像もつかなかったからだ。
「まさか…頼久さん、そんなことしません。」
「なるほど、よく夫のことを理解しているねぇ。」
「友雅さん!からかったんですね!」
「いやいや、自ら自慢をしたわけではなかったが、あれは確信犯だ。」
「確信犯?」
「我々はばれんたいんでーとかいう神子殿の世界の行事を知っているからね。その直後に頼久が訪ねてくれば、神子殿に何を贈って頂いたのか?と聞きたくなるのは当然のことだと思わないかい?」
「…思います……。」
「だから、私も聞いてみたわけだ。神子殿からどのような『甘いもの』を頂いたのだい?とね。そうすると、わざわざ胸元を開いてこれですと単を見せてくれたよ。それはもう、あの男からは想像もできないような満面の笑みでね。」
「頼久さん…。」
なんてことをと一瞬思って、それからあかねの顔には笑みが浮かんだ。
想像もできないような満面の笑みでと友雅は言った。
それは頼久が満面の笑みを浮かべてしまうほどあかねからの贈り物を喜んでくれているということだ。
そう気づいてあかねはニコニコとその顔に幸せそうな笑みを浮かべた。
「同じような顔で笑うようになったね。」
「頼久さんとですか?」
驚いてあかねが問えば、友雅は何も言わずにただゆっくり一つうなずいた。
「そうでしょうか…。」
「どちらかといえば、頼久が神子殿のように笑うようになったのだろうね。あの男にとっては良いことだ。」
「友雅さん…。」
「私も神子殿の側でそのように笑えるようになりたかったのだよ…というようなことを言うと斬り捨てられそうだからそろそろ退散しようか。」
「はい?」
「ただいま戻りました。」
友雅が苦笑を浮かべ、あかねが小首をかしげるのと同時に御簾の向こうから頼久の声が聞こえた。
あかねが御簾を上げれば、憮然とした表情の頼久がすっと中へ入ってあかねの隣へと座り込んだ。
「お帰りなさい。早かったですね。」
「はい。部下達が仕事を早く済ませてくれましたので。それよりも友雅殿。」
「はいはい。とっとと退散するよ。せっかく早く帰ってきてみたらどうやら妻以外の人間の気配が御簾の内にあるからといって気配を消して近づいてくる危険な男からは一瞬でも早く離れたいのでね。」
「へ…。」
「ではね、神子殿。次はもう少し間を置かずにご機嫌うかがいに来るとするよ。」
「あ、はい…。」
ひらひらと手を振ってあっという間に立ち去る友雅をあかねはぽかんと見送るしかできなかった。
あまりにも突然の展開だったからだ。
「えっと…頼久さん、気配消してたんですか?」
そんな質問が口をついて出たのは、他に何を言っていいかわからなかったから。
ところが頼久はそんなあかねの質問に神妙な顔で口を開いた。
「はい。友雅殿の声が聞こえましたので。」
「じゃあ、友雅さんだってわかってて気配を消したんですか?」
「はい、私のいない間にあかねにあまりなれなれしくして頂いてはと思いましたので、私の覚悟のほどをお知らせしようかと。」
「覚悟のほどって…。」
そんな大げさなと言おうとしてやめて、あかねは苦笑を浮かべた。
何故なら、どうやら大げさではないらしい真剣な顔を頼久がしていたから。
「でも、頼久さんが気配を消していてそれに気が付くなんて、やっぱり友雅さんも凄いですね。」
「あかね…。」
「そんなふうには全然見えないんですけどね。」
一瞬悲しそうにゆがんだ頼久の顔が次の瞬間には苦笑を浮かべていた。
あかねはどうやら友雅に心酔したわけではなくて、ただ単に意外だと言っているだけだと気付いたから。
そしてその事実に気付いてしまえば、どこか友雅が哀れにさえ思える。
「そうだ、頼久さん、単のこと、みんなに話したって本当ですか?」
「友雅殿からお聞きになったのですね。別に触れ回ったわけではありません。皆にあかねからは何を贈られたのか?と尋ねられたので答えたまでのことです。」
自信満々といった様子で胸を張って答える頼久にあかねは思わずぽかんとしてしまった。
これは友雅の言った通り、どうにも確信犯のようだ。
「あかね?どうかしましたか?」
「頼久さん、変わりましたね。」
「そう、でしょうか?」
「変わりました。前よりなんていうか…楽しそうです。」
「それは…幸福、ですので。」
頼久はそう言って柔らかく笑って見せた。
ああ、友雅が言っていたのはこの笑顔のことだろうか?
あかねがそう思って見とれていると、頼久の長い腕があかねの体を抱き寄せた。
「良いように変わったのでしたら、それはあかねのおかげです。」
「凄くいいと思います。だから、嬉しいです。」
黙って夫の腕に身を任せてあかねが微笑を浮かべる。
その笑顔が頼久の笑みとそっくり同じ雰囲気をまとっていることに微笑む者はこの場にはいなかったが、友雅のみならず元八葉の皆はそれぞれの立場から、この二人の幸福を祝福しているに違いない。
管理人のひとりごと
先日のバレンタイン短編の後日談です。
友雅さんがからかいにくるところだけつけようかと思ってやめたんですよね。
でもどうしてもいじりたくて(笑)いじってみました!
結構な長さになったので短編としてUPしてみます♪
頼久さんの牽制が激しくなってきている気がしますが気のせいです(’’)
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