
あかねは玄関で呆然と立ち尽くしていた。
どうしてかというと、突然訪ねてきた頼久が両手いっぱいに大量の荷物を抱えていたからだ。
「頼久さん…どうしたんですか?」
「神子殿のお世話をしに参りました。」
「はい?」
あかねは目をまん丸にして凍りついた。
目の前の頼久は何やら嬉しそうに微笑んでいる。
しかも両手いっぱいの荷物。
頼久は体格がいいからその両手いっぱいとなるとそれはもうたいそうな量の荷物だ。
「神子殿は大切な日を控えておいでですので、本日は私が家事一切をお引き受けいたします。」
「………はい?」
目の前には頼久の穏やかな笑顔。
そしてその肩の上には白い粉雪が積もっていて…
「やだ!私、ごめんなさい!」
「は?」
「頼久さん外に立たせたままで…入ってください、外、雪降ってるんですよね?」
「あ、はい、少し冷えてきたようです。」
あかねは慌てて微笑む頼久を中へ引き入れた。
頼久の背後にはひらひらと白い花びらのような雪が舞っていて、足下には冷気が吹き込んだ。
その様子を少しだけ見つめて扉を閉めたあかねは、そのまま頼久をリビングへと通した。
「お邪魔致します。」
「いらっしゃい、じゃなくて!どうしたんですか?頼久さん、突然、そんなに荷物持って。」
「明日は神子殿にとって大切な日ですので。」
「それはそうですけど…。」
そう、あかねは大学受験を翌日に控え、頼久がやってくるまでは最後の追い込みをしていたのだ。
それを知っていればこそ、頼久が今日訪ねてくる予定ではなかったのだが…
「夕飯は私が作ります。材料もそろえて参りました。」
「えっと、どうして…。」
「お父上から電話を頂きまして。」
「……。」
あかねはハッと目を見開いたままじっと頼久を見つめた。
電話ならさっきあかねのところにもかかってきた。
母からのその電話では、今日旅行先から帰ってくるはずの両親が、雪で飛行機が欠航になったために帰ってこられないという話だった。
母からあかねへはその内容の電話。
ということは父から頼久へどんな電話がいったのか、あかねには予想ができた。
「まさか、お父さん…。」
「大切な日を前に一人にしておくのは心もとないと仰せでしたので、私でよければお世話させて頂きますと申し上げました。」
「……。」
「お父上には快くお任せ頂きましたので、ご安心を。」
ご安心をと言われてもあかねにはここですぐにはいそうですかと喜ぶことはできなかった。
試験の前日に帰ってこられなかった両親の心配はわかるけれど、だからといって頼久に全てを任せてしまうのはどうだろう?
一応、赤の他人なのだ。
もちろん、あかね自身は頼久がそばにいてくれるほど安心なことはないけれど、そうしてくれと父が頼久に頼んでしまうことにはさすがに抵抗がある。
「神子殿、もしや、ご不満でしたでしょうか?」
「へ、いえ、不満なんかじゃないです!もちろん。」
「では、早速夕食の支度をさせて頂きます。」
「晩御飯の材料をそんなにたくさん買ってきてくれたんですか?」
「ああ、これは、そのほかにも色々と。」
「色々?」
「はい、明日の朝食の材料に、湯冷めをしないように入浴剤と、湯たんぽも用意してみました。」
「……………はい?明日の朝食?」
「はい。明日の朝食も私が作らせて頂きます。その後、試験会場までお送りして、試験が終わりましたらお迎えにあがります。」
「……。」
まるでお嬢様が執事に付きっ切りで世話されているみたいだ。
というのがあかねの最初の感想だった。
食事の世話だけでなく、入浴の準備から試験会場への送り迎えまで頼久がするという。
それはそれであかねにとっては嬉しいような申し訳ないような複雑な事態だった。
「あのですね…その……そこまでしてもらわなくても…。」
「もちろん、神子殿が気が散るのでやめろと仰せでしたらやめますが…。」
「そ、そういうことじゃなくてですね…。」
しゅんとなって悲しそうにあかねを見つめる頼久。
試験期間は会えないだろうと思っていたところにあかねの世話ができるようになったものだから、頼久は相当張り切っている。
しかし、どんなに張り切っていても本人、つまりはあかねに拒絶されて無理強いなどできるはずのない頼久だ。
その視線は悲しげに翳りながらあかねをじっと捕らえた。
そして、その捨てられた子犬のような頼久の目に、あかねはめっぽう弱かった。
「やめろって言ってるわけじゃなくて…その、申し訳ないというか……。」
「そのようなことは決して。私がしたくてしていることですのでお気になさらず。」
「でも、頼久さんにだって仕事があるわけですし…。」
「片付けて参りましたので。」
「…えっと……。」
これはどうやって断ったらいいかとあかねが苦悩し始めたその時、頼久の口から小さな溜め息が漏れた。
そして両腕で抱えていた荷物をテーブルの上に置くと、中から食材をいくつか取り出してあかねに苦笑して見せた。
「わかりました。神子殿が嫌だとおっしゃることを無理強いするつもりはございませんので。ですが、どうか、夕食だけは作らせて頂けないでしょうか…。」
苦しそうなその声は、八葉であった頃、供に選んで欲しいと申し出た武士の頃の頼久によく似ていて、あかねははっとした。
あの頃みたいなつらい思いを今、自分がこの人にさせているのではないか?と思ってしまったから。
そして、あかねは次の瞬間、力なげに苦笑する頼久の腕をひしっとつかんでいた。
「嫌じゃないです!私も一人で心細かったから嬉しいです……だから、その、本当に頼久さんの迷惑じゃないなら…その…宜しくお願いします。」
頼久の腕をつかんだままあかねがぺこりと頭を下げると、頼久は表情を一変させて満面の笑みを浮かべると力強く一つうなずいた。
「神子殿のご迷惑にならないのでしたら、何なりとさせて頂きます。」
「迷惑だなんてこと絶対ないです。その、お父さんとお母さんが無理をお願いしたのかなと思って…。」
「いえ、是非させてくださいと私が懇願いたしました。ですから、神子殿はお気になさらず。」
「……はい。」
あっという間に幸せそうな笑顔を浮かべられてはもうあかねにはされるがままになるしか選択肢はなくて、あかねは顔を赤くしながらコクリとうなずいた。
「神子殿。」
「はい?」
「できましたら御手を離していただけますか?料理ができませんので。」
「あ、ごめんなさい!」
慌ててあかねが頼久の腕を解放すると、頼久は満面の笑みで首を横に振った。
「料理の後でしたら腕の一本や二本、いくらでも神子殿に差し上げますので。食事ができましたらお呼び致します。それまで神子殿は最後の追い込みをどうぞ。」
そう言い残して頼久は食材と共にキッチンに立ち、残されたあかねは顔を真っ赤にしたままリビングを後にした。
背後では頼久が調理を始める音が聞こえる。
きっと二階にある自分の部屋に入ってもその音を聞いたり気配を感じたりすることはできるだろう。
試験当日をたった一人で迎えるのだと思っていたあかねにとって、それはわずかなことであっても心強く、そして嬉しいことだった。
あかねはいつもよりかなり早い時間に起き出して身なりを整えた。
それは試験当日だからと言うこともあったけれど、昨日、夜遅くに帰ったはずの頼久が朝早くから朝食を作りに来るはずだったからだ。
パジャマに寝癖なんていうみっともない格好で、せっかく朝食を作りに来てくれる恋人を迎えるなんてことをできるはずがない。
昨日の夜は頼久が試験だからととんかつを作ってくれて、おいしく夕食を済ませた。
その後は頼久が用意してくれたデザートのケーキを食べて、浴用剤入りのお風呂で体の芯まで温まった。
最後に頼久が用意してくれたかわいらしいカバーのかかった湯たんぽを抱いて眠って、現在に至る。
布団の中であかねに抱かれていた湯たんぽはまだかすかに温かくて、それがなんだか頼久のぬくもりのような気がして、目覚めたあかねは思わず微笑んでしまった。
すっきりと朝早起きができたのはきっとこの湯たんぽのおかげだ。
こんなに体調万全、しかもなんだか幸せな気持ちで試験の朝を迎えられるとは思っても見なかった。
そんなことを考えながらあかねが階段を下りてリビングのドアを開けると、キッチンの方からカタカタと音が聞こえてきた。
慌ててあかねがキッチンへ駆け込むと、そこにはニッコリ微笑む頼久の姿があった。
「おはようございます、神子殿。」
「おはよう、ございます……。」
「いつもの朝食はパンとお聞きしていましたが、今日は大切な日ですのでしっかり朝食を用意しました。お召し上がりください。」
「はい……じゃなくて!頼久さん何時に来て準備してくれたんですか!?」
見れば食卓テーブルの上には焼き魚に浅漬け、湯気の上がっている味噌汁と炊き立てのご飯、それにたっぷりのサラダが載っていた。
5分や10分でできるメニューでは絶対にない。
「何時に来たかといわれましても…起きてすぐにとりかかりましたが…。」
「起きて、すぐ?はい?」
「お父上にお許し頂いておりましたので、昨夜はこちらに泊まらせて頂きました。」
「……。」
頼久の視線の先にはリビングのソファがあって、そのソファの上には明らかに昨夜、頼久が上にかぶって寝ていたと思われる毛布がきちんとたたんで置いてあった。
すっかり夕飯の後片付けが終わったら自宅へ帰ったのだとばかり思っていたあかねは何も言えずに立ち尽くした。
いつもならきちんと玄関で頼久を見送るのだけれど、昨夜は自分のことは気にせずに試験勉強を続けていて欲しいと頼久に言われたものだから、あかねはすっかり勉強に集中していたのだ。
おかげで頼久が泊まっていたことに全く気付かなかった。
あかねはあっけにとられて目の前の頼久を呆然と見つめた。
「神子殿?どうぞ、冷めぬうちにお召し上がりください。雪はやみましたが、道路状況がよくないようですので、少し早めに出ましょう。」
「……はい。」
思えば頼久が泊まっていると意識してしまうと熟睡はできなかったかもしれない。
これは気付かないように頼久が気遣ってくれたのだろうか?とも思いながらあかねはいつもの自分の席に座って箸を手にした。
向かい側には同じ献立の食事を食べ始める頼久の姿がある。
なんだか不思議な、それでいて幸せな気持ちであかねは食事を始めた。
「おいしい。」
「お口に合いましたか?」
「はい、とってもおいしいです。どうしてただ魚を焼くだけなのに、私が焼くとこういうふうにおいしくならないんだろう…。」
「神子殿に焼いて頂いた魚の方がずっとうまいと思いますが…。」
「そ、そんなことないですよ…。」
二人はそんな何気ない会話を交わしながら食事を済ませた。
試験の朝とは思えない穏やかで幸せな時間のおかげであかねは緊張せずに食事を平らげることができた。
もし、両親に心配されながら食べていたら、今の半分も喉を通らなかったかもしれない。
「では、準備が整いましたらお送りしますので。」
「あ、はい、一応荷物をもう一回チェックしますね。受験票と筆記具と……。」
あかねはカバンを開けて中身を確認して、最後に正月、頼久が神社で買ってきたという学業守りを頼久に見せてからカバンに戻し、持ち物チェックを終了した。
コートを着てカバンを持てば準備は完了だ。
「では、参りましょう。」
「はい。」
頼久にいざなわれてあかねは家を出た。
そして鍵をかけようとして先に頼久が鍵をかけているのを目にしてまたもやあかねはその場に凍りついた。
「頼久さん、えっと、それは……。」
「この家の鍵ですが…。」
「そうじゃなくて…その、どうして……。」
「先日、お父上より頂きました。」
「頂きましたって…。」
「家を留守にする時には神子殿をしっかりお守りするように言い付かっております。」
「言い付かってって……そんなもう、頼久さんは…じゃない!家の鍵まで渡しちゃうなんてお父さんってば…。」
悪戯っぽく武士の頃の物言いで言う頼久に顔を赤くしてから、あかねはとんでもない父の行動にあきれた。
いくら頼久が不貞を働くような人物ではないとわかっているからって、自宅の鍵を預けるのはやりすぎだと思う。
ところが頼久は、その鍵を大事そうにジャケットの内ポケットへしまうとあかねにきりりと引き締まった表情を見せた。
「家の鍵をお預け頂くということは、それだけご信頼頂いているということです。神子殿に害をなすようなことは決してしない、害をなすようなものから守ることができる者であると。ですから、私にはその信頼に答える責任がございます。」
「頼久さん…。」
「私に課せられた責務を果たすため、神子殿、そろそろ車に乗って頂けますか?」
「あ!はい!」
最後の方はニコニコと微笑みながらの頼久の言葉に、あかねは慌てて頼久の車の助手席に乗り込んだ。
そう、今日は試験なのだ。
父の突拍子もない行動にあきれている場合ではない。
「ごめんなさい、うちの両親、なんか頼久さんに色々頼みすぎ…。」
「いえ、ご信頼頂けるのは光栄と思っておりますので。それに、私に鍵を預けることで、ご両親が安心して旅行を楽しむことができるのでしたら、お預かりしている甲斐もあるというものです。」
「……頼久さんは私にもお父さんとお母さんにも甘すぎです…。」
「そのようなことは。それよりも神子殿。」
「はい?」
「試験の終了時間はわかっておりますので、ちょうどよい頃合にお迎えに上がるつもりではいますが、もしお待たせするようなことがありましたらすぐに催促の電話をしてください。」
「そんな!校門の前で待ってますよ!」
「いえ、お風邪を召されては大変ですから。それと、もし何か、不都合が起こりましたらいつでもすぐにこの頼久に電話をかけてください。すぐに駆けつけますので。」
「大丈夫ですよ、そんな…。」
「いえ、突然の体調不良ということもあるやもしれませんので。薬なども用意して待機しております。」
「だ、大丈夫ですってば……昨日から頼久さんが色々いっぱいしてくれて…いつもより元気なくらいです……。」
「それは…何よりです。ですが、油断は禁物です。この頼久、神子殿のお呼びとあればいつ何時でも参上致しますのでご遠慮なく。」
「はい。大丈夫だと思いますけど、でも、そういってもらえると安心です。」
やっとあかねの顔に笑みが浮かぶと、それを横目で確認した頼久の顔にも笑みが浮かんだ。
それからは二人とも何も言わず、ただ静かに車の走る音だけが車内に響いた。
そして試験会場に到着すると、頼久は自分がまず車を降り、助手席のドアを開けてあかねの手をとるとそっと車からあかねを降ろした。
「頼久さん、そこまでしなくても…。」
「転んだりなさっては大変ですから。」
「じゃぁ、その…行ってきます。」
「行ってらっしゃいませ。」
「それじゃなんか……召し使いというか…運転手というか……そういう人みたいです……。」
「実際、似たようなもんじゃねーか。」
「天真君!」
いきなり現われてあかねのカバンを取り上げたのは天真だった。
その顔にはあきれたと言わんばかりの表情が浮かんでいる。
「自分がお供できないなら俺にお供を依頼だぜ?ったく、俺が同じ大学受験するんじゃなかったら誰に託したんだかよ。」
「へ?」
「頼久に信用されてお前を託された以上、今日一日は俺がしっかり面倒見てやっから安心しろ。頼久、お前もな!」
「ああ、神子殿を頼む。」
「はい?へ?」
「ほら、行くぞ。」
「ちょ、え?」
何がなんだかわからないうちにあかねは天真に手を引かれて試験会場へと足を踏み入れた。
そんな二人の後ろ姿を頼久は穏やかな表情で見送った。
あかねがこれまでどれほど努力してきたかは頼久が一番よく知っている。
だから、信頼できる天真がそばについていてくれれば、もう何も心配はない。
必ずあかねは実力を出し切って帰ってくるだろう。
そしてその力が必ずあかねに吉報をもたらす。
頼久はそう信じて疑わなかった。
管理人のひとりごと
受験生の皆さんに送る管理人からのエール!だと思ってください!←言い切った
受験シーズンが始まると知って一日で完成しました!
だから誤字脱字は…(っдT)←いつものこと
頼久さんみたいな人がついていてくれて応援してくれたら試験だって嫌じゃないのになぁ(’’)
と、管理人、真剣に思いました。
ちなみに管理人の受験は基本的に大雪に見舞われました…
皆さん、雪で公共交通機関が麻痺しても焦ってはいけません。
特に北国の場合、公共交通機関が雪で遅れると、試験開始も遅れることがほとんどなので焦らずどんと構えましょう(’’)←経験者
あかねちゃんには専属のワンコ…じゃなかった運転手(←それもどうだ?)がいるから大丈夫!
今年受験の皆さんも、頼久さんが見守ってくれている!くらいの妄想で頑張ってください!(マテ
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