
前日から家中を大掃除して頼久はこの日を迎えた。
この日というのはもちろん、クリスマスイブのことだ。
クリスマスイブは頼久の家でゆっくり。
それが今年のあかねの計画だった。
外へ出れば頼久が人目を引いてしまうこともあって、あかねは外食よりも頼久の自宅でのパーティを選んだらしかった。
外食の方がいいかと尋ねられたが、もちろん頼久にとってはどんな高級なレストランでの食事よりあかねの手料理の方がいいに決まっているのであかねの提案をすぐに承知した。
夕飯はあかねが色々作ってくれることになっていて、その準備のために昼ごはんを食べたらすぐにやってくることになっている。
昼食後の移動になったのは、料理の下ごしらえを自宅でしたいというあかねのたっての希望があったからだった。
そんなに手をかけなくてもいいと一応頼久は断ったのだが、どうしても作りたいものがあるとかであかねが譲らなかった。
その結果、頼久は朝早くに目が覚めたものの、鍛錬をしただけで他には何も手につかず、午前中をぼーっとして過ごしてしまった。
家の中の掃除など前日に全て終わらせてしまったから、やることが何もなくなってしまったのだ。
これまでに何度時計を見たのかわからないほど時計を確認して、携帯もチェックしている。
何か不都合が起これば電話かメールでの連絡があるはずだからだ。
もちろん、そのどちらもまだない。
時計を確認してみれば時刻はちょうど正午。
昼食を食べてからやってくることになっているから、あかねが来るまでにはまだだいぶ時間があるはずだ。
頼久がまだ昼だというのに何度目になるかわからない溜め息をついたその時、表に感じ慣れた優しい気配を感じた。
焦がれすぎて感覚がおかしくなったのかと自らを疑いつつも頼久はソファから立ち上がった。
玄関へ向かう足取りが軽いのが自分でもわかる。
扉を開けるのももどかしいというように頼久が思い切り扉を開けば、そこには両手一杯に荷物を抱えたあかねが立っていた。
「頼久さん、助かりました。今、どうやってチャイムを鳴らそうかなって思ってたところです。」
そう言ってにっこり微笑むあかねを見て目を見開いた頼久は、慌ててあかねの両腕から全ての荷物を取り上げた。
「頼久さん?」
「ここまで大荷物になるのでしたらお呼び頂ければお迎えに上がりますのでおっしゃってください。」
「そんなの申し訳ないですよ……私があれこれ欲張ってこんなになっちゃったんだし…。」
「とにかく、ここでは体が冷えてしまいますので、中へどうぞ。」
まだ昼間とはいえこの季節はさすがに冷える。
頼久は荷物を持って更に邪魔になった自分の大きな体をどけてあかねを中に入れると、後に続いて家の中へと入った。
両手のふさがっている頼久の代わりにあかねが戸を閉めてくれることさえなんだか嬉しくて、頼久は頬が緩むのを止められないままリビングへ入るとすぐにテーブルの上に荷物を下ろした。
「それにしても、ずいぶんと早いおいででしたが…。」
「あ、ごめんなさい。早すぎましたか?」
「違います!」
「はい?」
「いえ、その…早すぎたというわけではなく…もう少し遅くなられるかと思っておりましたので…。」
こういう時、頼久は自分の動かぬ口を呪いたくなる。
何故、待ち焦がれていたから嬉しかったということを端的に語ることができないのか。
頼久が一人胸の内で葛藤している間に、あかねはどうしてか少しだけ頬を赤くして頼久を上目遣いに見つめた。
最近は大人びてきたあかねのそんな視線は頼久には絶大な威力を発揮した。
必死に言葉を紡ぎだそうとしていた頼久の思考は一瞬で白旗を揚げ、その目があかねに釘付けになる。
「もしかして、頼久さん……早く来ないかなって思っててくれました?」
思いがけないあかねの質問に一瞬考え込んだ頼久は、次の瞬間、激しく首を縦に振っていた。
するとそんな頼久を見つめていたあかねの顔が、ぱっと明るく華やいだ。
「嬉しいです。」
「神子殿…。」
甘い視線が交わされること数秒。
先に立ち直ったのはあかねの方だった。
「早く来たのは準備に時間がかかりそうだったからなんです。」
「準備、ですか…。」
「えーっと…これが家で作ってきたサラダです。とりあえずこれは冷蔵庫に入れて、それからこれがローストチキンです。って言ってもここのオーブンで焼かせてもらおうと思って下ごしらえだけしてきました。これ焼くのにけっこう時間がかかるんですよね。あ、そうだ!ケーキ冷やさないと!他にも…。」
あかねは次から次へと持ち込んだ荷物の中から食料を取り出し始めた。
慌てたのは頼久で、あかねの指示を受けて食料品を次々に冷蔵庫へ入れていく。
こうしてあかねがやってくると家の中は急に明るくなる。
一変した家の中の雰囲気に頬を緩めながら、頼久はただ座って待っていて欲しいというあかねに懇願してパーティの準備を手伝わせてもらうのだった。
あかねが食材を持ち込んで作った料理の数々に舌鼓を打って、頼久はあかねの後ろ姿を眺めていた。
夕食が済んで、二人並んで後片付けも済ませて、あとは二人でゆっくりケーキを食べるだけ。
あかねは全ての片づけを終えると台所で紅茶をいれ始めた。
今、頼久はそのあかねの後ろ姿を眺めている、というわけだ。
小さな背中はどこか楽しげに見えて、そのことだけで頼久は幸せだ。
しかも今日はクリスマスイブ。
あかねからはプレゼントがあるから楽しみにしていてほしいとも言われている。
すっかり外は暗くなってしまっていたが、大学生になったあかねには門限もない。
帰りは頼久が送って行けばすむことなので、まだまだ時間もある。
こんなにも幸福な夜はそうはないと頼久が幸せを噛み締めているうちにあかねが湯気の上がるティーカップを頼久の目の前に置いた。
テーブルの上にはあかねの手作りのクリスマスケーキがある。
頼久がそれを綺麗に切り分けて、二人は並んで座ってケーキを手に微笑みを交わした。
「あまり綺麗に仕上がっているので、切り分けるのがもったいなかったですね。」
「そんなことないですよ。食べるために作ったんですから。」
しみじみと切り分けられたケーキを見つめている頼久にあかねは苦笑をこぼした。
確かに今回のケーキはかなり出来が良かった。
けれど、だからといって食べないでとっておくなんていうことはできない。
「さ、食べましょう。」
いつまでたっても頼久がケーキに手をつけようとしないので、あかねが先にケーキを口に入れた。
さすがに今までに何度か作ったことがあるだけに、作ったあかね自身も満足の味だ。
ケーキを口に入れて幸せそうな笑みを浮かべるあかねを見つめながら、頼久もやっとケーキにフォークを刺した。
「どうですか?甘すぎませんか?」
「ちょうどよいかと。」
頼久の感想はそれだけ。
けれど、あかねには頼久がどれほど喜んで食べてくれているのか、その顔を見るだけでわかった。
言葉が少ない頼久だからこそ、あかねは長い時を共に過ごす間にその表情のかすかな動きで何を思っているかがだいたいわかるようになっていた。
「蘭がおいしいケーキ屋さんができたって教えてくれて、今年はそれにしようかなとも思ったんです。でも…。」
「いえ、私は神子殿に作っていただいた物の方が…贅沢な話ですが…。」
「はい、頼久さんならそう言ってくれるかなと思ったので、今年も自分で作ってみました。」
ふわりと笑うあかねに頼久は目を見開いた。
初めて会った時はあんなにも儚げで、守らねば守らねばとばかり思っていた人だったのに、その人に今はどうやらすっかり全てを見抜かれているらしい。
そのことに気付いて驚きはしたものの、よくよく考えてみれば自分が愛した人は龍神に選ばれし尊き神子であり、その儚げな体で京を救った人であったと思い出してうなずいた。
そんな女性だからこそ自分は生まれ育った世界を捨ててまで追いかけてきたのだ。
改めてあかねという女性に惚れ直しながら、頼久はゆっくりとケーキを味わった。
京では甘いもの自体が珍しかっただけに、頼久は外見とは裏腹に、甘いものが苦手ではない。
どちらかというと好きなものに入るくらいだから、あかねの手作りケーキはあかねが食べた分の倍ほどの量を胃袋におさめた。
「あの、頼久さん。」
「はい。」
あかねが控えめに声をかけてきたのは頼久がケーキを食べ終わって残りの紅茶を楽しんでいた時だった。
静かに返事をした頼久に、あかねはそっとかわいらしくラッピングしてある包みを差し出した。
「メリークリスマス。」
頬をうっすらと赤く染めて差し出された包みを頼久は額に押し戴かんばかりに受け取った。
大きな紙袋に入れてあったらしいそこそこの大きさのある包みはあまり重さを感じさせない。
「有り難うございます。今開けてもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ。」
せっかく綺麗に包装されているその紙を破いたりはしないように、頼久が丁寧にはがしていくと、中からはブルーグレーのセーターが出てきた。
「これはもしや…。」
「あ、はい。手編みです。」
「有り難うございます。毎年このように手の込んだものを。」
「いえ…その…すみません、毎年変わり映えのしないもので…。」
「そんなことはっ!」
「でも、今年はちゃんと意味があってそれなんです!」
「は?」
慌てた頼久に今度は必死の形相であかねが身を乗り出した。
意味があって手編みのセーター。
手編みのものをプレゼントする特別な異性という意味で言ってくれているのなら、頼久にとっては嬉しいというだけのことだ。
けれど、そんなことを今更あかねが宣言する理由がわからない。
頼久は真剣に身を乗り出しているあかねを見つめて、これはもしかするととても重要な話をされるのかもしれないとばかりに姿勢をただした。
「神子殿、意味、とは…。」
「私、来年二十歳になるんです。」
「はい、存じております。1月には成人式もおありだったかと。」
「はい。それで、二十歳っていうと法律上でも大人って認められるし、名実共に大人の仲間入りだと思うんです。」
「はい。」
「だから、どうしても今年は自分で働いて作ったお金で頼久さんにプレゼントを買おうと思ったんです。でも、時計とか、筆記具とか、思いつくものがみんな凄く高価なもので…安いのもあるんですけど、そんなの頼久さんにプレゼントしたくないし…。」
「そこまでお気遣い頂かなくとも…。」
「気遣いっていうか…私が勝手にしたかったことなんです。ちゃんと大人として頼久さんにプレゼントがしたいなって。でもアルバイトをしてみたら、やっぱりたくさんお金をもらう仕事っていうのは大変なんだなっていうのがわかったんです。」
「アルバイト…先日の…。」
「あ、はい。本当はもうちょっとアルバイトしてお金をためようかとも思ったんですけど、頼久さんに会えないのが寂しくてやめちゃったから、想像以上にたまらなくて…。」
恥ずかしそうに苦笑するあかねが愛らしくて、頼久の口元には自然と笑みが浮かんだ。
先日、あかねはどうしても自分の給料で買いたいものがあるからと言って、ファーストフード店で生まれて初めてのアルバイトをした。
それについてはもちろん頼久も相談を受けていたから、どんなふうにあかねが働いていたかまでよく知っている。
何しろ、頼久はそのバイト初日、あかねのバイトしている店へわざわざ様子を見に行ったのだから。
あかねがそこまでしてどうしても自分の力で手に入れたかったものが自分への贈り物だったのだと思うと頼久は感動することしきりで、もともと器用に動いてはくれない頼久の口は言葉を紡ぐことができなくなってしまった。
「それで、毛糸を買ったんです。私にとっては大人になって初めて自分のお給料で材料を買って作ったものなので、特別なんです。そういう特別なものをどうしても頼久さんにもらって欲しくて…。」
恥ずかしそうに言うあかねの言葉を理解して、頼久はしみじみと手の上にあるセーターを眺めた。
つまりこれは、あかねの初めての給料で買った毛糸で、自らの手で編んだセーターということだ。
頼久は感動で息が詰まりそうになるのを必死になってこらえ、ゆっくり一つ深呼吸をした。
「頼久さん?」
「世界中を探しても私以上の果報者はどこにもいないでしょう。」
「お、大げさです…。」
「いえ、大げさなどでは決して…。私も神子殿に用意したものがあります、少々お待ち頂けますか。」
「あ、はい。」
頼久は大事そうにセーターを抱えると、そのまま書斎へと姿を消した。
頼久がいなくなってしまうと、リビングは急に広く感じて、あかねは深い溜め息をついた。
すぐ隣の部屋に恋人がいるとわかっているのに、なんだか急に寂しくなってしまった。
頼久にプレゼントを喜んでもらえたという安堵感と、本人が目の前からいなくなってしまった寂しさと、急に緊張が解けたのとであかねはソファに身をうずめて窓の外を眺めた。
冬の陽が落ちるのはとても早くて、外はもう真っ暗だ。
部屋の隅に飾られているクリスマスツリーの電飾が窓に映ってとても綺麗だった。
これも2週間ほど前に二人で飾りつけたものだ。
頼久が京からこの世界へやってきてくれてからというもの、どんな行事も楽しくて幸せで…
これからもずっとこんなふうに幸せでいられたらどんなに素敵だろう。
あかねがぼーっとそんなことを考えていると、頼久が書斎から出てきた。
「頼久さん…。」
書斎から出てきた頼久を見て、あかねは自然と微笑んでいた。
何故なら、頼久が早速プレゼントしたセーターを着てくれていたからだ。
嬉しそうに微笑むあかねに笑みを返すと、頼久はもといた場所に腰を下ろしてあかねにプレゼントの包みを差し出した。
「開けてもいいですか?」
「はい、どうぞ。」
あかねが受け取った包みは大きくなく、かといって指輪のように小さなものでもなく、ちょっとばかり中身の想像がしにくい大きさだった。
どんなものが入っているのかとあかねが急いで包みを開けてみると、でてきたのは赤い色の電子辞書だった。
「これ…。」
「電子辞書です。神子殿が以前、大学での勉強のためにいちいち大学の図書館まで行って辞書をひくのが大変だとおっしゃっていたので。不必要でしたか?」
「まさか!そうじゃなくて…私も買おうかなと考えてはいたんですけど…でも、これ…凄く高くて…。」
「その辺はご心配なく。先日受けた紀行文の仕事が予定外でしたので臨時収入があったようなものです。それに、その辞書は私も仕事で使っている物の色違いですから、使い方で何かわからないことがあれば聞いて頂ければ説明もできますので。」
「頼久さん…有り難うございます。大切に使いますね。」
あかねは思いがけない頼久からのプレゼントをキュッと抱きしめて微笑んだ。
前から欲しいと思っていたものを贈られたことだけではなく、頼久と色違いのおそろいのものを持つのも嬉しい。
「このように色気のないものはどうかと天真には言われたのですが…。」
「そんな!とっても嬉しいです。頼久さんと色違いっていうのも…。」
「そう言って頂ければ。天真には指輪などの宝飾品がいいに決まっていると言われたのですが、指輪というのも意味深になりそうな気が致しましたので。」
「意味深…。」
「はい。」
苦笑している頼久の顔を眺めながら考えること数秒。
やっと頼久の言っている意味に気付いてあかねは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「その…そんなふうに深読みとかはしませんけど…でも、別に宝石とかじゃなくても凄く嬉しいですから……。」
「神子殿ならそう言ってくださると思いました。指輪はいずれまた。」
「……はい。」
あかねは頼久が「いずれ」と言ってくれたことが嬉しくて、しっかりと一つうなずいた。
今はまだ早いけれど、いつか本当にその日が来て、頼久が約束どおり将来を誓う証の指輪をくれたらどんなに幸せだろう。
「電池は入れておきましたので、よろしければ今、使い方を少々御説明致しましょうか?」
「あ、ハイ!お願いします!」
クリスマスには不似合いな頼久の一言をきっかけに、これから小一時間、二人は電子辞書との格闘を続けるのだった。
管理人のひとりごと
管理人は書物というものは基本的に紙をめくりたい方ですが…
辞書は別です(TT)
電子辞書は色々な辞書をまたいで同じ言葉を調べることができるので非常に便利。
あと、辞書としては安い。
日本歴史大事典とかとてもじゃないけど紙で買えない…
そして邪魔で家に置いておけない…
そんな管理人の生態がわかるクリスマス短編でしたΣ(゚д゚lll)
あかねちゃんがアルバイトをしている場面は小説部屋、遙か1の現代版の中にあります。
でもって、頼久さんが臨時収入を得たお仕事というのは連載「雲井の余所」の中に出てきた中国の紀行文のお仕事です。
興味のある方はそちらも読んで頂ければと思いますm(_ _)m
その二つ、実はこの話と一緒に想像していたのでUPが遅れるとわかっていてもこの話を書かずにはいられなかったのでした(TT)
出遅れましたのに、読んで下さった皆様、有り難うございましたm(_ _)m
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