
あかねは慣れた手つきで針を進めて、やがてぷつりと歯で糸を切ると出来上がった単衣を確認して一つうなずいた。
「これでよしっと。」
そうつぶやいたあかねの顔は満足そうだ。
仕事を終えた右手が自然と自分のお腹を撫でてしまうのは、そこに大切な命が宿っているから。
外から見てもまだそんなに目立ちはしないけれど、あかねには自分の中に確かに一つの命が宿っていることがはっきりとわかっている。
だから、周囲に色々言われるまでもなく、今日はこうしておとなしく仕立物に専念していた。
本日は師走二十四日。
つまり12月24日、クリスマスだ。
去年までのあかねなら色々と企画して、今頃はあちこち飛び回っていてもおかしくなかった。
けれど、今年は違う。
絶対安静とは言わないまでも、雪が積もっていたり凍っていたりする道を駆け回るようなことができる体ではない。
当然のことながら夫の頼久はもちろんのこと、元八葉の仲間達も屋敷の人間も、藤姫だってあかねがこの季節に外を走り回ることを許すわけもなかった。
そして今回ばかりはあかねも、無理に駆け回るつもりはなかった。
ただ静かに聖なる夜を迎えるというのも悪くはないものだと思い直して、今のところは一人のクリスマスを楽しんでいた。
「頼久さん?」
仕立て上げた単衣を綺麗にたたみ終ったその時、あかねはすっと顔を上げて御簾の向こうにある人影に声をかけた。
「はい、ただいま戻りました。」
御簾の向こうで律儀に片膝をついて挨拶をした頼久は、すぐに御簾をくぐってあかねの前へとやってきた。
「今年はどんな感じになったんですか?」
「今年も滞りなく、全て子供達に配り終えました。」
「喜んでくれてました?」
「はい、それはもう。」
そんな会話を交わして二人は微笑み合った。
実は今年、あかねはクリスマスプレゼントをイノリがいつも親しくしている子供達に配ることを企画していたのだ。
もちろん、今年はあかねが自分で配りに行くわけにはいかなかったが、そこは元八葉の面々が代わりに配ることを申し出てくれた。
特に去年は友雅をサンタクロースに変装させて配ったりと賑やかだったから、今年も楽しみにしている子供達がいるはずだと八葉の面々がすすんであかねの代わりを買って出てくれていた。
「それでその……。」
「さんたくろーすのお役目のことでしょうか?」
全て承知しているといわんばかりの頼久は微笑を浮かべながら問いかけた。
あかねは興味津々の顔でうなずいて見せる。
「さすがに今年も友雅殿ではお気の毒ということになりまして、今年は鷹通殿が担当なさいました。」
「えっ、鷹通さんだったんだ。」
「はい、友雅殿のご教授でそれらしくなっていたと思いますが。」
「んー、ちょっと見たかったかも…。」
「何年か後には見られるかもしれませんが…。」
「はい?」
「さんたくろーすが子供達にとてもなつかれることがわかりましたので、これは毎年持ち回りでお役目につこうということになりました。」
「持ち回りっていうことは…来年は泰明さんで再来年は永泉さんで、みたいな感じですか?」
「はい。ですので、一周すれば鷹通殿にまた回ってくることになるかと。」
「なるほど……っていうことは、そのうち頼久さんもやるってことですか?」
「はい。」
「……。」
あかねはそっとみんながサンタクロースのかっこうをするところを想像してみた。
泰明はぶっきら棒ながらも、いつも落ち着いている様子だからきっと貫禄のあるサンタクロースになる気がした。
永泉はいつも優しく穏やかだから、子供達に人気のサンタクロースになりそうだ。
イノリに至っては子供達の喜ばせ方をよく知っているからきっと楽しいサンタクロースになるだろう。
では、自分の夫は?と考えて小首を傾げる。
この生真面目な人が仮装をしているところなんて想像もつかない。
目の前にある端正な顔をまじまじと見つめながらあかねは思わず真剣に考え込んでしまった。
「あかね?私の顔に何か?」
「違います!えっと…頼久さんのサンタクロースってどんなかなぁって…。」
「不調法者ですので、うまくお勤めが果たせるかはわかりませんが、その時には精一杯やらせて頂く所存です。」
まるでこれから戦場に向かうといわんばかりの緊張感でそう言う頼久に、あかねは思わず笑みを漏らした。
なんだか以前と変わらないこんなところが嬉しいような楽しいような気持になったからだ。
そんなあかねに頼久は訝しげな表情を浮かべた。
「あ、ごめんなさい。おかしくて笑ったんじゃないですから。頼久さんらしいなと思って、なんか嬉しかったんです。」
「嬉しい、のですか?」
「はい。大丈夫です。頼久さんはいつも真剣にやってくれますから、すごく楽しいサンタクロースになってくれると思います。」
「そうなれば良いのですが…。」
「なりますよ、大丈夫です。楽しみです。」
とりあえず自分に「さんたくろーす」がうまくつとまるかはわからないが、目の前の妻が幸せそうに微笑んでいるので頼久はとりあえず安堵した。
「子供達の喜ぶ顔が目に浮かびます。」
「はい、皆、とても喜んでおりました。そのうち、イノリを通じて何か礼がしたいと申しておりましたから、イノリが何か持ってくるでしょう。」
「そんな!子供はもらって喜ぶだけでいいのに…。」
「あかねの世界ではそういうものなのですか?」
「私の世界ではっていうか…子供はどこの世界でもそうあるべきだと思いますけど……でも、ここでは違うのかな…。」
「子供達もよほど嬉しかったのでしょう。」
「それならよかったんですけど…普通はクリスマスって子供達がプレゼントもらって喜ぶだけでお礼をしたりはしないんですよね。」
ここ数年、あかねと共に暮らしているおかげで頼久はある程度あかねの使うこの京には存在しない言葉も理解できるようになっている。
だから、クリスマスが12月24日の祭りであることはもちろん、プレゼントが贈り物であることも承知だ。
それでもあかねの想像しているクリスマスの様子を思い浮かべることができなくて、頼久の眉間にはシワが寄ることになった。
「礼はなし、ですか…。」
「はい。んー、本来はプレゼントもなんか違うような…。」
「そう、なのですか?」
「違うっていうか、本来は確か、キリストの誕生日っていうだけのことだったような…。」
「ただの誕生日なのですか?」
「ただのっていうわけじゃないんですけど…んー……向こうの世界にはキリストっていう、なんて言ったらいいか……ああ、物凄い人がいるんです!偉い人です!」
「偉い人、ですか。」
「です。世界中に知られている偉い人で、すごーく昔に亡くなっちゃってるんですけど、その偉い人が生まれた日が12月24日なんです。だから、世界中のみんなでその誕生日を祝うっていうのがクリスマスの始まり、だったような気がします…。」
正直なところ、あかねはクリスチャンではなかったから、正しいクリスマスの定義はわからない。
けれど、確かイエスキリストの誕生日だったはずというくらいの知識はある。
もちろん、このキリストが何者かを頼久に説明しようとするとそれはそれで難しい仕事になったのだけれど…
「世界中の人間に誕生した日を祝われるとは、そのきりすとという人物は神のごとくあがめられた人物だったのですね。」
真剣な顔でそう言う頼久にうなずいてよいものかどうか考えながら、あかねは苦笑した。
「確かに凄い人だったんだと思いますけど、私達にはそんなに実感はなかったですね。せっかくだからクリスマスは楽しんじゃえっていう感じでした。だから、向こうではクリスマスというと恋人同士が二人の時間を楽しんだり、本来のお祝いとはちょっと違った過ごし方になってたんですよね。」
「恋人同士が二人の時間を、ですか。」
「はい。あとは朝起きたら枕元にサンタクロースからのプレゼントが置いてあるっていうのは定番でした。だからこっちでも子供達に何かしてあげたいなって思ったんです。」
「本来は枕元に置いておくべきものなのですか?さんたくろーすからの贈り物は。」
「あ、はい、良い子のところには寝ている間にサンタクロースがプレゼントを持ってきて枕元に置いてくれるんですけど、もちろん、サンタクロースは実在しないので、たいていはお父さんとかお母さんが置いてあげるんです。」
「なるほど。」
「ここでは子供達みんなの枕元に置くのは無理ですから、配ってもらったんです。でも、この子には私達でちゃんと枕元にプレゼントを置いてあげましょうね。」
そう言いながらあかねはまだ目立たないお腹を優しく撫でた。
一瞬目を丸くした頼久は、次の瞬間には感極まったように目を細めてあかねの体をそっと抱きしめていた。
「その日を迎えるのが楽しみです。」
「はい。」
あかねの耳に届いたのは優しく響く艶やかな低い声。
その声にうっとりとあかねが目を閉じれば、小さな体を抱く腕がそっと力を込めて大切そうに更に抱き寄せてくれた。
御簾の向こうには雪がちらつく12月24日の夕暮れ時。
あかねはその身を気遣って常に身近に置かれている火桶よりもずっと温かい想いに抱かれて、聖なる夜を迎えようとしていた。
管理人のひとりごと
ちょっと遅れましたが、クリスマス企画京版です。
友雅さんに毎年サンタクロース役をやらせるのもかわいそうなので(笑)今年からサンタクロースは持ち回りです!
そのうち頼久さんにもお役目が!
と喜んでいるのはたぶん武士団のみんなだけ(笑)
頼久さん自身は自分の子供の枕元に何を置くか悩むといいよ!というお話のつもり(’’)
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